悪役(ヒール)と黒幕(フィクサー)   作:RKC

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十話 ファン感謝祭

 今日は秋のファン感謝祭。この日ばかりは学校中がお祭り騒ぎだ。だというのに僕の内心はむしゃくしゃしている。

 

 原因はやはり、レイの悪評についてだ。

 

 ファン感謝祭は基本クラスで出し物をすることが多いが、有名なウマ娘になると一人でも多くのファンを呼べるので、単独での催しが出来る。

 

 僕がこれから行おうとしているトレーナーとのダンスが良い例だろう。なんなら僕は無敗のクラシック三冠を一か月後に控えている。集客力だけならトレセン学園の中でもトップだと思う。

 

 だったらレイも単独での催しが出来て然るべきだ。

 

 レイも僕と同じ公式戦無敗だ。クラシック三冠にリーチこそかけていないものの、注目度で言えば単独で催しが出来るぐらいのはず。

 けど、悪役という肩書のせいで健全な集客が見込めないからと、彼女に単独での催しは許可されていない。

 

 ここでも世間の評価と自分の評価のズレに苛立ちを覚える。

 

 ざりっ……

 

「坊ちゃま。何があったかはご存じありませんが、落ち着いてくださいませ」

 

「っ! な、なんだトレーナーか……。女声で急に話しかけないでよ、驚くじゃん」

 

 急に声を掛けられて振り向くと、そこには身長190cmの女装メイドトレーナーがいた。ただでさえ見た目が心臓に悪いのに、驚かせないで欲しい。女声も相まって威力が二倍だ。

 

「いえ、今はトレーナーではなく、ちょっとガタイの良いスター坊ちゃまの忠実なメイドですよ」

 

「うぇぇ……敬語も止めてよ……。何か気持ち悪いし」

 

「今回のダンスはウマ娘が男装、トレーナーが女装して行うという趣旨です。

 ですのでアナタには名家の若き天才子息としての設定が、そして私にはそれに付き従うメイドという設定が付加されています。きちんと役柄は守りませんと」

 

 一応そういう設定らしい。僕は燕尾服を身に纏い、トレーナーはメイド服を着ている。

 

「役柄ねぇ……。付く物付いてる癖に」

 

 僕はトレーナーの来ているスカートをバサリとめくりあげた。

 

「おわっ!! ちょ! 何すんだスター! あ“、いえ……何をなさるのですかお坊ちゃま!」

 

「うぇぇ……わざわざ女声で言い直さないでよ……。というか一応短パン履いてるんだ。少し安心した」

 

 もし女物の下着をそのまま履いていたら、流石に契約解除に踏み切る所だった。

 

 とはいえ、バカみたいなやり取りをしたおかげで少しは気分が紛れる。うるさいトレーナーを他所に時計を見ると、そろそろ開演の時間だ。

 

「ほら行くよ。メイドさん」

 

「はぁ……承知しました。お坊ちゃま」

 

 僕が先行しながら二人で舞台に足を踏み出す。

 

 ワアアアアァァァ!!!

 

 すると場は大きな歓声に包まれた。

 

「キャー! カッコイイーー!!」

「こっち向いてー!!」

「メイドがデカ過ぎんだろ……」

 

 歓声には黄色い声も交じっていれば、トレーナーに対する感想も含まれていた。

 

『みんな! わざわざ見に来てくれてありがとう! 今日はファンの皆のためにダンスを披露するから楽しんでいって!』

 

「今日は喉が枯れるまで応援するから頑張ってねー!!」

「菊花賞も勝って無敗の三冠を飾ってー!!」

「レイハウンドなんかに負けんなよー!!」

「スター! お前がトィンクルシリーズをあの狂犬から守ってくれー!!」

 

 ピンマイクで僕の口上が拡散されると、再び歓声が上がった。中には耳を塞ぎたくなるようなものも交じっていたが。

 

 ……なんでこいつらのためにサービスしなきゃいけないんだろ。レイの事を悪く言って、僕に勝手な期待を押し付けてくる奴らなんかのために……。

 

 とはいえ、一か月前から企画された僕とトレーナーのダンスショー。僕のわがままで中断することは許されない。

 

 ヒクつきそうになる頬を何とか押さえつけながら、既定の立ち位置に立つ。ピンマイクをオフにし、トレーナーと手を繋いだ。後は曲が流れるのを待つだけ。

 

『待て……!』

 

 

 突如大きな声がスピーカーから響き渡った。

 裏方の娘が何かヘマでもしたのだろうかと思ったのも束の間、舞台に上がってくる二人の人影が見える。

 

『我らを除け者にして随分と楽しそうな事をしているな』

『えぇ……。悪役と善玉とはいえ、同じ菊花賞の注目株同士、ダンスの場に誘ってくれても良かったのではないですか?』

 

 乱入者の正体はレイとそのトレーナーだった。

 レイは黒いドレスに身を包み、レイのトレーナーはオークスの時と同じような黒い外套に片目が隠れるようなウィッグを被っている。

 

 突然の乱入者にその場の皆が顔に驚きを浮かべていた。

 それは当然私達も。こんな展開は知らされていない。舞台裏が騒がしくなっているのも鑑みると、台本に無い乱入なのだろう。

 

「ふ、二人ともなんで……!?」

 

「こ、これは一体なんだよ、おい! あ“、い、いえ……何事ですか!? というかマイクはどこから……!?」

 

『我らが崇高なる目的の前ではそんな事など小事。黙して耳を傾けろ、小間使い風情が』

 

 トレーナーの疑問をバッサリと切って捨てるレイのトレーナー。普段の落ち着いた口調は鳴りを潜め、傍若無人なセリフ回しだ。

 

「なっ……! キャ、キャラになりきりすぎですわ……!」

 

「そういうトレーナーは口調が崩れてるよ……」

 

 キャラを見失う僕のトレーナーはさておき、乱入者二人組が口を開く。

 

『これはいったい何事か。そうおっしゃいましたね? ダンスの場への乱入と言えば決まっているでしょう?』

 

『そう…………ダンスバトルだ』

 

 

 

 

 

 

「「……は?」」

 

 そんな黒幕っぽいコスプレをしているのに「ダンスバトル」とか気の抜ける事を言わないで欲しい。

 観客達もぽかんとしていた。しかし、皆すぐに正気を取り戻したのか、大きな野次が飛ぶ。

 

「いきなり出てきてなんだお前ら!」

「これからスターのダンスだったのに……」

「邪魔すんなよー!」

 

 いきなり乱入してきたレイ達に対して当然の非難。とはいえ、観客達に不信感を持っていた僕はその非難に対しても腹を立ててしまう。

 いや、非難の声にだけではない。わざわざ非難されるような行動をするレイにもだ。

 

 こんな事をすれば悪く言われるのは分かっているだろ? なのになんでわざわざ……!

 

 冷静さを欠いた僕はレイを指差しながら、ピンマイクをオンにして叫んだ。

 

『なんで!! どうして君は悪目立ちする!? 炎上しに行く!? 必要以上に悪役ぶる!? 速いのに! 強いのに! どうして非難される!!?』

 

 

 レイへの不満と観客への不満を同時に吐き出したため、滅茶苦茶な内容。

 

 キィィィィィー……ン

 

 不快なマイクのハウリングに、血の上っていた私は少し落ち着く。大勢の前で叫んだ事を後悔し始めた頃、レイがゆっくりと喋り始めた。

 

『悪役ぶるも何も、私は悪役そのものですよ。自らの栄光には興味のない、人の栄光の架け橋を壊すことに快楽を覚える腹黒ウマ娘……。

 それに私が観客からいくら非難されようとアナタには関係無いはずでは?』

 

『いや、それは……!』

 

 そんな事はない。僕が認めたレイが非難されるのはムカつく。

 しかし、僕がそう言う前にレイは割り込んでくる。

 

『関係無いはずです。大切なのはアナタが何を信じるか。そしてアナタを信じてくれるのは誰か……。

 それさえハッキリと分かれば、雑音は耳に入ってこなくなりますよ。このように……』

 

 そこまで言って、レイは観客の方に体を向ける。

 

『ここにお集まりの皆様方。全員が菊の舞台で流れ星が輝くのを期待しておられる事でしょう。

 どうか存分に期待してください。思いの限り彼女の勝ちを願ってください。その方が失望した時の落差が大きくなりますから。

 流星が(またた)くのは一瞬……光り続けはしません』

 

 ドレスの裾を持ち上げ、お辞儀をして締めるレイ。当然観客席は大騒ぎ。

 

「ふざけんなー!!」

「人の邪魔するお前とは違って、無敗のクラシック三冠を目指すスターは強いんだよ!!」

「3000m走れんのかー!!?」

 

 場はもう滅茶苦茶だ。下手をすれば暴動になってしまいかねない程。

 

 レイにとっては、その場の全員から敵視されていると言っても過言ではない状況だ。しかし、彼女はただ堂々と舞台に立っていた。

 

(大切なのはアナタが何を信じるか。そしてアナタを信じてくれるのは誰か……。

 それさえハッキリと分かれば、雑音は耳に入ってこなくなりますよ)

 

 雑音。レイにとってはこれが雑音なのか……。

 

 その姿を見ていると、レイの事を悪く言われて心を乱していた自分が、ひどく弱い様に感じられた。

 

 僕が何を信じるのか。僕を信じてくれるのは何か。

 

 がやがやがや……!

 

 ……ああもう、こっちが考え事してるってのに……!

 

『みんな静かにして!!』

 

 私が叫ぶと、場は再び静まる。

 

『……僕は勝つよ。菊花賞でレイに勝って三冠を果たす。

 今日はその前哨戦。ダンスでも僕は負けない。だから皆は静かに見ててよ』

 

 場をひとまず静かにさせる為に僕はそれだけを言い、トレーナーの手を取った。それを見て、レイとそのトレーナーも踊り出しの構えに入った。

 

 観客達も僕の言葉どおり静かに事態を見守っている。

 

 そこに音楽が流れ始めた。グチャグチャになった流れの中、裏方の娘は機を逃さず良くやってくれたと思う。

 

 練習で何度も聞いた曲。トレーナーも僕も反射のレベルで踊り始めた。僕たちが躍るのはアップテンポなタンゴのダンス。踊りの最中、考える。

 

 僕が何を信じるか……。僕を信じてくれるのは何か……。

 

 僕が信じる物……。レイが速くて強いって事。

 彼女はトレセン学園に入学するまで無敗だった僕を負かして、それ以来快勝を続けている。学園内の野良レースですら彼女は負けなしだ。

 僕なんかとは違う真の無敗。

 

 天賦の才だけでなく、確かな努力によって鍛造された日本刀のような脚。骨がもろく、下手をすれば壊れてしまう脚を、あそこまで正確に良く鍛え上げたものだ。

 

 周りから何と言われようと気にせず、我を貫き通す精神力。もろい彼女の脚を壊さずに鍛え上げたのにはそれも一役買っているはず。

 

 彼女は同期の中では間違いなく一番優秀だ。尊敬すらしている。……彼女の素行は除外するが。

 

 ちらとレイの方を見ると、彼女達は落ち着いたワルツのダンスを踊っていた。

 

 タンゴ用の曲にワルツのダンスを良く合わせられるものだ。かなり前から乱入を計画していたのか? と思う程の完成度。

 

「……なんでい、あいつら、自信満々にダンスバトルを吹っ掛けてきた割には大したことないじゃねぇか」

 

 しかし、観客席からそんな声が聞こえてきた。大きな声では無かったが、ウマ娘の優れた聴力はその声を勝手に捉えてしまう。

 

 確かにタンゴの僕達とワルツのレイ達を見比べれば、動きが派手な僕たちの方が良く見えるだろう。そもそも曲がタンゴ用でもある訳だし。

 それを考慮せずに、大した事が無いと言うのは少し乱暴だ。

 

 とはいえ、(いわ)れ無いレイに対する非難を聞いても、僕の心は落ち着いたままだった。

 

 ……僕とレイは同室で、レイの事は僕が一番よく知っている。レイの凄さは僕が知っていれば良い。それで事足りる。

 

 前までは腹を立てていただろうが、今は不思議とそう思えた。

 

 レイの事を考えていると、そこから派生して次のレースに思考が飛ぶ。

 菊花賞、京都競技場3000m、右回り。その舞台で僕はレイに勝てるのだろうか?

 

 勝てる算段はある。勝つために努力もしてきた。

 しかし、選抜レースでの敗北の記憶がいつも僕を咎める。全力で走ってもレイには追いつけなかった場面を回想すると、ひどい無力感に包まれてしまう。

 

 僕は自分自身を信じ切れていない。自分ならレイに勝てると信じ切れていない。自分を信じているのは、少なくとも自分ではない。

 

 自分でなければ誰だ? ……観客?

 いや、観客は僕を信じてくれているわけでは無いと思う。

 

 信頼、期待というよりは要望? 僕に三冠を取る義務を課しているようでどうにも嫌だ。

 

「…………」

 

 グイと手を引っ張られた。そこで動きが小さくなっているのに気づき、慌てて修正する。

 

 ごめん、トレーナー。

 

 目配せで謝意を示す。すると、トレーナーはウインクで返してきた。…………申し訳ないけど、少し気持ち悪いと思った。

 

 曲も終盤に差し掛かり、ダンスもクライマックス。そこで思わず口を開いた。

 

『……トレーナーは、菊花賞で僕が勝てると思う?』

 

 トレーナーは驚いたような表情をした。しかし、すぐに自信満々に返事をしてくれる。

 

『勝てるさ。お前は天才だ。その上努力家。油断と慢心も選抜レースで克服した。

 しかも舞台は京都競技場の3000m。バケモンみたいな肺活量にステイヤー気質の脚を持っているお前が負ける道理は無い。

 あの魔王達に思い知らせてやれよ、勇者様。戦う舞台を間違えた、ってな』

 

 僕の次に……いや、走りに関しては僕以上に僕の事を知っているトレーナーからの言葉。心に芯が通ったような気がする。

 同時に照れくさくなってきた。普段は三枚目のキャラなのに、こういう時だけカッコつけないで欲しい。

 

『……口調。キャラ守れてないよ』

 

『さっきはトレーナーとしての発言ですことよ。今からはただのメイドに戻りますわ』

 

『ふふっ……。都合が良いんだね』

 

 そんな事を話していると、曲は最後の小節へ。

 曲の終わるタイミングで、決めポーズとしてスローアウェイ・オーバースウェイを決める。

 本来この決めポーズは男性側(僕)と女性側(トレーナー)の間に距離を作り、大きく印象的に魅せるポーズなのだが、僕は一歩踏み出し、トレーナーに詰め寄る。

 

『えっ……! ちょ、顔近いって……! それにポーズ! ポーズ!』

 

 僕に背中を支えられ、顔を間近に近づけられたトレーナーは驚いている。予定外のポーズだから尚更だろう。

 しかし、僕はトレーナーの苦情申し立てを無視して(ささや)く。

 

『……菊の舞台で三冠を贈るよ、トレーナー』

 

 自分自身ですら信じられなかった、僕の勝利を信じてくれるトレーナーのために。

 

『お、おぅ……』

 

 ……女装姿で頬を赤らめるのは止めて欲しい。

 

 ウワアアアアァァァ!!!!

 

 締まらないな、という思いは大きな歓声にかき消された。

 

「スター!! 勝てよー!!」

「応援してるからねー!!」

「トレーナーを三冠男にしてやれー!!! いや、女か……?」

「頑張ってー!!」

 

 どうしてそんなに観客達が騒いでいるんだろうか。いや、ダンスが終わったのだから歓声が上がるのは不思議な事では無いが、それにしては歓声の内容が妙だ。

 まるで僕たちの話を聞いていたかのような……。

 

 頭に疑問符を浮かべていると、トレーナーが顔を真っ赤にしながら僕の胸元を指してくる。

 

 胸元? 胸元には……

 

『あっ、ピンマイク……。切るの忘れてた……』

 

 トレーナーとの会話は全部筒抜けだったわけね………………。

 

 トレーナーと僕、二人して顔を真っ赤にしながら、その日のダンスショーは終わりを迎えた。

 

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