悪役(ヒール)と黒幕(フィクサー)   作:RKC

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十一話 我儘

 秋のファン感謝祭。その一角で行われたダンスバトルの終了後。

 

『ふふふ……。今日のダンスバトルに関してはお前らの勝ちだ。それは認めてやろう。

 しかし! 前哨戦に勝ったぐらいで良い気になるな。本番は一か月後、それもターフの上でなのだからな。

 その時は我が篤実なる僕(しもべ)が貴様らを噛み砕くだろう……。

 ……ふふふふふ……はははははは……! はーはっはっはぁ!!!』

 

「帰れー!!」

「何しに来たんだお前らは!!」

「後、うるせぇ!! ピンマイク切ってから笑え!!」

 

 レイのトレーナーはマントを翻(ひるがえ)しながら、舞台から去っていく。レイは観客達にお辞儀を残し、トレーナーの背中に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 舞台から退(しりぞ)いた二人は、トレーナー居室に戻ってきていた。レイは相変わらず電動車椅子に乗っている。

 

「お付き合いいただき、ありがとうございました。それとすみません、いきなりダンスショーに乱入したいなんて我儘を言いだして」

 

「いや、問題無いよ……。レイと踊るのは楽しかったしね……。可愛い我儘だったよ……。

 それより良かったのかい……? 乱入したものの、結局は非難されただけで終わってしまったし……」

 

「ええ。悩んでいたスターを激励したかっただけなので。

 それにあの場の主役は彼女とそのトレーナー。乱入者が主役を食ってしまうのはマナー違反ですから。引き立て役としては良く振舞えたでしょう?」

 

「そうだね……。結果的には大盛り上がりだったし、それで良しとしようか……。

 それより意外だったな……。君がダンスなんて……」

 

 それを聞いてレイは少しムッとした表情に。

 

「おや、私はダンスを踊るようなタイプには見えませんか?」

 

「いや、そうではなくてね……。

 電動車椅子に乗るほど足を気遣っているのに、踊るなんて足に余計な負担のかかる事をするとは、と思っただけなんだ……」

 

「あぁ、そういう事ですか。それなら……」

 

 レイは“菊花賞で争うスターの調子を取り戻す方が重要だっただけですよ“、と言葉を続けようとしたが、少し押し黙る。

 

「……トレーナーさんと踊る方が大事だった、という答えはいかがでしょうか?」

 

 レイは揶揄(からか)いの笑みを浮かべる。

 

「ダンスショーに参加したのはシューティングスターを励ますためじゃなかったのかい……?」

 

 トレーナーのズレた回答に対して、レイはじっとりとした目を向けるが、すぐに気を取り直す。

 

「それは半分……いえ、三分の一ぐらいでしょうか。

 残りの三分の二はトレーナーさんと踊る事が目的でしたよ。そして非常に楽しかったです」

 

「そうか……。こちらこそ、で良いのかな……?」

 

「ええ。私とのダンス、楽しんでいただけたようなら幸いです」

 

 レイはそう言うと、トレーナーに背を向けてコーヒーを作り始めた。その口端を少し持ち上げながら。

 一方でトレーナーはウィッグと外套、上着を脱ぎ、クローゼットにしまった。

 

「さて、これからレイはどうするんだい……? ファン感謝祭はまだ終わってないけど、どこかを見て回るとかするのかな……?」

 

「これからですか……。そういえば「ダンスショーに乱入したい」というのは可愛い我儘、なのですよね?

 でしたら、もう一つ可愛い我儘を聞いていただいても?」

 

「構わないよ……」

 

「では、この服を着て耳と尻尾と髪の手入れをしていただきたいです」

 

 会話中にコーヒーを作り終えたレイは、どこからともなくチェーン付きの黒ベストと白手袋を取り出した。

 

「それは……」

 

「私のクラスがウマ娘の執事喫茶をやるそうなので、一着余分にオーダーしておいたのです。

 サイズは目測なのでぴったりではないかもしれませんが。大方は合っていると思いますよ」

 

 トレーナーは服を受け取り、黒ベストと白手袋を着用する。ワイシャツにネクタイ姿と相まって、まさに執事のような格好になった。

 

「サイズは問題無いね……。まずは耳からで良いかな……?」

 

「えぇ。耳は手袋のままでどうぞ」

 

「じゃあ、失礼して……」

 

 トレーナーはゆっくりと指をウマ耳に触れさせた。その途端、ウマ耳がピクンと痙攣する。

 

「……少しびっくりしただけです。続けてください」

 

 レイの言葉の後、五本指がウマ耳を捕らえた。すぐさま、もう五本の指がウマ耳の根元を優しく抑える。

 そのままウマ耳の外側を手が撫でていく。

 

 カチャッ……

 

 レイが持っているコーヒーカップと、ソーサーが触れ合う音がした。

 

「珍しいね……。普通、ウマ娘は耳を触られるのを嫌うと聞いていたんだけれども……」

 

「それは少し偏見ですね。耳を触られるのが嫌なのではなく、気を許していない人に触られるのが嫌なだけですよ。

 人だって赤の他人に耳を触られたくはないでしょう? 物珍しいからとウマ耳を遠慮なしに触り、嫌がったという事例が表面化しているだけかと」

 

「それもそうか……。耳の中もすれば良いのかな……?」

 

「……え、えぇ…。その前に少し失礼します」

 

 レイはコーヒーカップを傾け、中身を半分ほど飲み干した。

 

「どうぞ」

 

 ウマ耳の外側を撫でていた指が、内側に侵入する。

 

 ガチャッ……!

 

 レイが持っているコーヒーカップとソーサーがぶつかり、大きな音を立てた。

 

 指は耳輪の部分をなぞるように動く。そして徐々に奥の方に寄って行く。

 

 カチカチ、カチ……

 

 コーヒーカップとソーサーが細かくぶつかる音がしている。

 

 時間をかけて周辺部を整えた指は、ついに耳の穴にまで侵入した。

 

「っ……!」

 

 レイの上体が鋭く前傾する。少しだけ零れたコーヒーがソーサーを濡らした。

 

 耳の穴に侵入した親指が回転し、ごぞごぞ、という音がレイの頭に響き渡る。

 指から逃れようと首を傾ける無意識の反射を押さえつけ、不動のまま耳をほじくられるレイ。

 彼女の顔はトレーナーには見えてないが、くすぐったそうな、嬉しそうな、それでいて真っ赤な……とにかく混沌とした表情をしていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 長いようで短い間、耳を蹂躙していた親指が引き抜かれた。その代わりに人差し指と中指が耳の内側を撫で、耳毛を整えていく。

 しばらくして右耳の手入れは終わった。トレーナーは手袋に目を落とす。

 

「綺麗にしてるんだね……。垢一つなかったよ……」

 

「ま、まぁ……毎日……耳掃除を……してますから……」

 

 レイの息はなぜか荒く、その言葉はとぎれとぎれだ。

 

「なら耳の穴までする必要は無かったね……。ごめん、勝手に指を入れてしまって……」

 

「い、いえ……汚れが残っている可能性もありますし……全然大丈夫ですよ……はい……」

 

「そうか……。じゃあ、もう片方も同じようにやるね……」

 

 トレーナーがそう言った瞬間、まだ手付かずの左ウマ耳がペタン、と伏せた。

 レイは残りのコーヒーを全て飲み干し、カップとソーサーをテーブルに置く。

 そして耳を再倒立させ、

 

「……ど、どうぞ……」

 

 そう言った。

 

 

 

 その結果はここに書くまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悶絶の耳掃除を終えた二人。次は髪の手入れ。

 ダンスで大きく動いたため、毛先が少し荒れている。それをトレーナーが手櫛で梳いていく。

 

 さっ……さっ……さっ……

 

 髪と指が擦れ合う音だけが部屋に広がる。

 

「何というか、柔らかいね……。私の髪質とは比べ物にならないな……」

 

 レイの髪を梳きながら、感想を述べるトレーナー。

 

「ええ、それはもう。髪と尻尾はウマ娘の命とも言いますから」

 

「なら今の私は君の命を預かる身だ……。丁寧にやらないとね……」

 

 トレーナーは柔らかな素材のブラシを手に取り、優しく髪に通す。

 

「もう少し奥まで差し込んでも大丈夫ですよ。そのブラシは先端にマッサージピンが付いていますから。

 頭皮に先端が触れるぐらいでお願いします」

 

「分かった……」

 

 レイの言葉に従い、ブラシが奥まで髪の奥まで差し込まれた。ブラシの先端が頭皮に触れる。

 そのままブラシは頭の形に沿うように動かされ、髪を梳いていく。

 

 さっ……さっ……さっ……

 

 一連の流れが繰り返されるたびに、レイは目を細め、頭にブラシが当たる感覚を意識していた。

 

 

 

 しばらくすると髪が綺麗にほぐされた状態に。

 

「仕上げはこれでお願いします」

 

 レイがトレーナーに獣毛ブラシを手渡す。トレーナーがそれを使って髪梳くたび、動物由来の油分を含んだブラシのおかげで、髪に艶が増していく。

 

「すごいね、このブラシ……。髪がまるで……」

 

 お得意の比喩表現を用いようとしたトレーナー。しかし、途中で口を噤む。

 

「一梳き毎に綺麗になっていくよ……」

 

 代わりに無難な感想を述べる。

 

「おや? いつもの例えは無しですか? てっきりまたヘドロの様だと言われるのかと……」

 

「友人に注意されてね……。比喩は止める事にしたよ……」

 

「まぁ、賢明な判断ですね。個人的には好みでしたが」

 

 場は再び、髪を梳く音だけが支配する。

 

「……こうして世話をされていると、まるでお嬢様と執事のような関係に思えてしまいますね」

 

 ふとレイがそんな事を言った。

 執事服を着たトレーナーに、ダンスの時のドレス姿のままのレイ。確かにお嬢様とその世話をする執事の様だ。

 

「お綺麗ですよ、お嬢様」

 

 いつもの間延びした喋り方ではなく、はっきりとした口調でそう言うトレーナー。

 

「……お嬢様、ではなく「レイ」でお願いします」

 

「承知しました。お綺麗ですよ、レイ」

 

 褒められたレイは、へにゃりと破顔する。

 

「それではトレーナーさん……いえ、セバスチャン。尻尾もお願いしますわ」

 

「承りました」

 

 二人はそのままロールプレイを続けながら、尻尾の手入れを行った。

 

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