10月24日、京都競バ場。
『さぁ! 今年もやってまいりました、菊花賞! ウマ娘達にとって一生に一度の挑戦! クラシック三冠の最終舞台!
しかも今年は無敗の三冠に手を掛けたウマ娘がいるぞ! 現在パドックで顔見せをしている5枠シューティングスター! 当然一番人気!
秋に唯一輝く一等星! まさにフォーマルハウト! 胸に二冠の勲章を携え、大歓声を受けています!』
『無敗のクラシック三冠となると、20年以上ぶりですからね。是非とも頑張って欲しいです。会場にいるほとんどの方々もそれを見に来ているのではないでしょうか』
『しかし! 煌めく彼女の前に不気味な影が! 三か月前にティアラの栄誉をズタズタに引き裂いた黒い猟犬! 6枠レイハウンド!
冠ハンターがクラシック三冠にも表れた! 彼女の前で三冠を賜る事は叶わないのか!あぁっと! 全く歓声がありません!』
『相変わらず人気は低いですが、実力はオークスで証明済みですよ。しかし、彼女は2400m以上を走った事がありません。3000mという長丁場を走りきれるのか、気になる所ですね。
おや……? 彼女、上着の胸の部分を指でさしていますね』
『上着の胸……。おっと、そこにはスモモとサクランボをかたどった記章があるぞ! これはいったい?』
『おそらく撃墜マークのつもりではないでしょうか。オークスでプラムチェリーを討ち取ったぞ、というアピールの可能性がありますよ。
あ、そして星形の記章を取り出し……歯で噛みました。シューティングスターも討ち取ってみせるぞという意気込みが感じられますね』
boooooooooooo!!!
『あー! ブーイングはお止め下さい!! ちょっと! 係の人もあの娘下げて!!』
「……競バ実況ってこんなんだっけか? プロレスみたいになってるんだが……」
「まぁ私達が色々煽ってしまったからね……。こうなるのもしょうがないんじゃないかな……」
「んで、お前もその衣装なのな……」
観客席でパドックの成り行きを見守っていたスターとレイのトレーナー。
レイのトレーナーはもちろん、黒の外套を着て、長めのウィッグを装着していた。
「彼女のトレーナーとして役割を果たさなければいけないからね……」
「そのせいでやたら敵視されてんだよな、俺ら」
ギュウギュウ詰めの観客席だが、二人の周りには少し空間が出来ている。
そしてレイのトレーナーには厳しい視線が注がれていた。
「敵視されているのは私だけでは……?」
「その近くにいる俺もとばっちり喰らってんだよ」
「なら離れた所に行けば良いのでは……?」
「もう観客席は全部埋まっちまった。ここ以上の特等席は無ぇよ。……っと、もう本バ場入場か」
パドックでの顔見せを終えたウマ娘達が、続々とゲート前に集合している。その中には当然、スターとレイの姿も。
「レイ! 我が
オークスの時と同じ口上を叫ぶレイのトレーナー。
「流れ星の正体など、所詮は数センチの
お前の手で引導を渡してやれ。流星は今日、菊の舞台で燃え尽きるのだ」
「ご命令とあらば、仰せの通りに……」
それに対して鷹揚にお辞儀を返すレイ。スターのトレーナーは耳を塞いだ。
BOOOOOOOOOOOO!!!
その直後、観客席は怒号に包まれた。京都競バ場が人の声で震える。ここが雪山なら確実に雪崩が起こっていただろう。
『あーもう! また煽ってからに! 係員はなんであの人入場させちゃったんですか!?』
『トレーナーは関係者として裏口から入れますからね。入場を止めるのはまず無理でしょう』
『そんな解説はしなくて良いですから!!』
「はぁ……。まーた悪目立ちしてからに……」
罵詈雑言をBGMに、呆れた顔をするスター。レイは微笑を絶やさずに答える。
「私は
「ふん、あほらし。なんでわざわざそんな事……」
「スター!! 頑張れよー!! お前は空に輝く流星だ!! 犬っころの牙なんか届くわけねぇってとこを俺に見せてくれ!!」
轟音の中でもはっきりと聞きとれる大きな声。スターのトレーナーが叫んだようだ。
「……ですって、流星さん」
「……あーもう!」
スターはガシガシと頭を掻いた後、三本指を突き上げる。
ワアアアアアアアァァァァアァ!!!!!
それをきっかけに、客席のブーイングが全て歓声に変わった。
三本指、つまり三冠を取るぞという宣言。観客が湧かない訳は無かった。
「何だかんだでノリノリですね」
「ふん……。トレーナーが煽るから仕方無くやっただけ」
「仕方無く、ですか。その割には満更でもない顔ですが」
「っ……う、うるさい! もうゲートインするから!」
そんな茶番を繰り広げる二人。それを見つめる二人のウマ娘が。
「二人とも余裕だねぇ」
「まぁ、あれだけ強ければねぇ。無敗の猟犬と流星、カッコいいねぇ」
「でも二人の無敗が競えば片方は無敗じゃなくなっちゃうよねぇ」
「そうだねぇ……。今日はどちらかの無敗伝説が確実に崩れ去る。勝負の無情だねぇ。
ま、もっとも崩れ去るのは片方だけじゃないかもだけど、ね……」
「…………そうだねぇ……」
二人はニヤリと笑った。
『さぁ各ウマ娘、ゲートインを終えました! ……そして今! クラシック最強のウマ娘を決めるレースがスタートしました!!
素晴らしいスタートを決めて真っ先に飛び出したのはこの二人! ジャックティアとクイーンコーヴァス! クラシック戦線はこの二人が
『3000mという長丁場。大逃げが決まる事は稀ですが、頑張って欲しいですね』
『シューティングスターはいつも通りの好位置! 6番手につけている! そしてレイハウンドは後ろの方で目を光らせているぞ! いつ牙をむくのか!
レースはそのまま一度目の第三コーナーへ!』
(実況もあの二人を
先頭を走るジャックティア。
(でも、私達は菊花賞のために積み上げてきたんだよねぇ。皐月賞、日本ダービーと
そのすぐ後ろを走るクイーンコーヴァス。
二人は菊花賞のために協力し、皐月賞、日本ダービーで布石を打っていた。
(普通の逃げじゃなくてわざわざ大逃げをしている理由。それはこの菊花賞で後ろのペースを乱すためなんだよねぇ)
(そうそう。前の二つのレースで大逃げをする事で、私達が他の皆を先導……つまりレースのペースを作る役割をしたんだよねぇ)
(その上で、今は大逃げよりはペースを落としている……。
その結果、私達をペースメーカーとしている娘はいつもより遅く走る事になってしまうだよねぇ)
(そして私達をペースメーカーにしている娘をペースメーカーにしている娘も、いつもより遅く走る事になってしまう。その連鎖は最後尾まで続く。
つまり私達がこのレースのテンポを握っていると言っても過言じゃないんだよねぇ)
(全体的にスローテンポにすれば、終盤後ろから差されないだけのスタミナと脚を私達は残せる。
そして後ろの娘達はスタミナを余らせての不完全燃焼に終わる)
ジャックとクイーンは再びニヤリと笑う。
((私達ながら、完璧な作戦なんだよねぇ……!))
『コーナーが終わりホームストレッチへ! っとぉ!! ここでシューティングスターが上がってきた!! 逃げる二人のすぐ後ろにいるぞ!
後ろの方でもレイハウンドが順位を上げている! 序盤は控える彼女にしては珍しい!!』
「「なっ…………!」」
「無駄だ」「無駄だね……」
「スターは50kmから70kmまで1km単位で速度を調節できる。元々前の奴なんかペースメーカーにしてねぇんだよ」
「レイは5分を誤差1秒以内で数えられる……。ペース配分を間違える事はないよ……」
『さぁ!! 二人に釣られたのか全体のペースも上がってきたぞ! こうなると苦しいのは逃げる二人! 詰まりすぎている! 簡単に捲られてしまう距離だ!!』
「「くっ……!」」
(良い体感速度をお持ちで……!)
(良い体内時計をお持ちで……!)
策を破られたジャックとクイーン。
((けど、これぐらいは想定内。二の矢もあるんだよねぇ、私達には……!))
しかし彼女たちの目はまだギラリと光ったままだった。