悪役(ヒール)と黒幕(フィクサー)   作:RKC

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十三話 三冠の行方

 

『直線も終わり軍団は第一コーナーへと差し掛かる! ここで逃げの二人がペースを上げたぞ! 後ろから追い立てられ、気が気でなかったか!』

 

『先頭の二人、素晴らしいコーナーリングです。体がまったくヨレていませんよ。二人でぴったり張り付いたまま曲がる姿は組体操にも似た芸術性を感じますね』

 

『おっと! ここでジャックの後ろを走っていたクイーンが前に出てきた! しかしジャックも容易くは抜かせない! 先頭は私のものだ、と競り合っているぞ!

 しかし、ここで先頭交代! クイーンがジャックを抜かし、前に出た! ジャックはクイーンの後ろにピタリと張り付く!』

 

『ジャックティア、先頭を譲りはしましたが、すぐ後ろに付いたのはなかなか冷静ですよ。前を走るクイーンコーヴァスを上手く風よけにしていますね。そのまま脚を溜める作戦でしょう。

 一方的に利用されているクイーンコーヴァスはかなり嫌だと思いますよ。ペースを乱さなければ良いのですが』

 

 

 

 

 

 

(解説さん、ご名答だねぇ。そう、確かに僕はクイーンを風よけに使ってる)

 

(けど前を走る私が嫌がっている事は無いんだよねぇ。だって、風よけ役を交代しただけだから)

 

(そう、序盤は僕が先頭を走り、1000m地点まではクイーンの風よけになっていたんだよねぇ)

 

(そして1000m地点で競り合いを演じているように見せ、ジャックと私で自然に先頭を入れ替わった。

 露骨に先頭を変わっても、進路妨害を取られるかもしれないし、談合だ、と騒がれるかもしれないから、あくまで競り合いを演じながらゆっくりとねぇ……)

 

(そしてここから1000mは僕がクイーンの風よけになる。

 他の娘達が自分だけの力で3000mを走るのに対して、私たちは1000mずつ体力を温存している)

 

(つまり圧倒的有利、なんだよねぇ……!)

 

(そうして他の娘達に有利を取った後は、私達で、恨みっこなしの末脚勝負……)

 

((これぞまさしくスリップストリーム・トレイン作戦。

 私達の内で完結する、邪魔される事も破られる事もない完璧な作戦なんだよねぇ……!))

 

 

 

 

 

 

『さぁレースも終盤に差し掛かってきた! 第一コーナー抜けてそのまま第二コーナーへ! っと! ここで一気に上がってきたのはシューティングスター!! まさかこんな所からスパートか!?』

 

『いえ、前を逃げる二人のすぐ後ろに付けましたね。恐らく彼女も前を風よけにしようという作戦ではないでしょうか?』

 

 

 

「「なっ……!」」

 

 クイーン、ジャック、スターの順番で三人がぴったりと並んだ。まるで三両編成の電車のよう。

 

(いつの間に……! 気配を感じなかった。いや、僕と足音、呼吸を合わせて気づかれないようにした……!?)

 

 いきなり後ろを取られ、取り乱してしまうジャック。

 

(このままじゃ、こいつにも脚を溜めさせてしまう……! くっ!)

 

 ジャックは強く踏み込み、芝と土を後ろに巻き上げた。風よけにされないための後ろへの妨害。

 

(どうだ……!?)

 

 後ろを確認するジャック。しかし彼女が後ろを確認した時、スターはそこにいなかった。

 

「っ……!?」

 

(どこに……!?)

 

 左右を確認するが、スターは見当たらない。しかし再び後ろを見ると、そこには確かにスターがいた。

 

(い、いったい何が……!)

 

 

 

『おっと! ジャックティアの後ろに付いていたシューティングスターがいきなり横にヨレた!? しかしすぐに後ろに戻りました!』

 

『めくれた芝や土を避けたのでしょうか。それにしても機敏な動きですね。縦横自由自在の素晴らしいステップです』

 

 

 

(ならもう一度……っ!)

 

 再び土を後ろにめくりあげるジャック。しかし不自然な脚の力の入りを見抜いたスターは難なく避ける。

 

「くそっ……!」

 

 風よけにされるだけのジャックはどんどん平静を失っていく。

 

(落ち着けジャック……! ペースを落とすんだ。そうすれば後ろのスターもペースを落とさざるを得ない。

 しかし私達と一緒にペースを落とし続ければ、後続に差される恐れが出てくる。スターは前に行くしかない。

 無敗の三冠を期待されてるスターなら、その気負いから、なおさらペースは落とせないはずだ。私たちはその後ろに付いて体力を温存すれば良い……!)

 

 前を走るクイーンはジャックより冷静だが、その思考をジャックに伝えることは出来ない。

 彼女は自分からペースを落として後ろを走るジャックのペースを落とそうとも考えた。しかし、後ろを気にしてばかりのジャックにそれをすると、下手すれば衝突してしまうかもしれない。

 

(くっ……!)

 

 何もできない状態に歯噛みするクイーン。

 一方でジャックは無駄に芝をめくりあげたり、後ろを気にしすぎたせいで無駄に体力を消耗している。

 そして後ろを気にしすぎるあまり、クイーンの真後ろから離れてしまったので、風よけの恩恵も受けられなくなった。さらに体力を消耗する。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 

 ジャックの息が荒れ始めた。

 

 

 

 

 

 

『先頭を行く三人! しかしジャックが段々と失速している! 後ろにぴったりとつかれたプレッシャーにやられたのか!? ズルズルと後退!

 こうなれば二人旅! シューティングスターがクイーンコーヴァスの真後ろにつける!

 またまた前を風よけに使うシューティングスター! 貪欲にスタミナを溜めているぞ!』

 

『多少のリスクを負ってでも、スリップストリームを狙う。勝利への執念が伺えますね。全力投球です。

 無敗の三冠を目指すウマ娘として王者の走りを期待していましたが、今の彼女はまるで挑戦者ですよ。実力以上の走りをしよう、という気概が感じられます』

 

『レースは2000m地点を通過! ……っと、ここで後続が追い上げてきた! 先頭との差が段々と縮まって……いや、これは前を行く二人が失速しているのか!?』

 

『そうですね。後続との差、ゴールまでの距離を考えて息を入れているのでしょう。風よけにされているクイーンコーヴァスにとっては、急ぐ意味もありません。冷静ですよ』

 

 

 

 

 

 

「ふっ……!」

 

 クイーンが段々とペースを落とす中、スターは横に飛び出し、一気に加速する。

 

(来たっ……! ついに焦れたねぇ。今度は私がスリップストリームに……!)

 

 前に出るスターの後ろに位置付けるクイーン。前後が入れ替わる。

 

(良し……! このままスターの後ろに付けて脚を溜める。そして最後に差して勝つ!

 逃げ脚質の私には一瞬の切れ味は無い。けど、へばったウマ娘を抜くだけなら私にも……というより誰でも出来るんだよねぇ……!)

 

 そう考え、表情を緩めるクイーン。

 

「ふっ………ふっ………ふっ………」

 

 しかし、彼女は前を行くスターの呼吸音を聞いてしまった。

 

「っ……!」

 

(どうしてこいつは息が切れてない!? まるでジョギングでもしているかのような息遣い……! どんな心肺機能して……っ! もう、2000mも走ってるんだぞ……!?)

 

 ペキ……

 

「はっ、はっ、はっ……!」

 

(私はこんなに息が荒れているのに……!)

 

 ピキピキ……

 

「ふっ………ふっ………ふっ………」

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 

(スターを風よけにして呼吸を整えれば……。いや、もうそんなレベルの差じゃ……)

 

 

 

 ボキ

 

 

 

 その時、何かが折れる音がした。

 その音は誰にも聞こえない。無論、クイーン自身にも。

 しかし確かに折れたのだ。彼女の心が。

 

 闘争心を失った彼女は、自身でも気づかない内に失速する。スターの真後ろから外れ、風の抵抗をモロに受けてしまい、更に失速する。

 

 この時、彼女の菊花賞は終わってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『クイーンコーヴァスどうした!? ここに来て急に失速!

 こうなればシューティングスターの一人旅! このまま逃げ切るのか!? しかしレースはまだ800mも残っているぞ!』

 

 

 

 

 

 

(まぁ、いくら心肺機能が強いとはいえ、脚の方は結構限界なんだけどね……。

 早めに折れてくれて助かった。あのまま後ろに付かれていたらどうなっていた事やら)

 

 クイーンの失速を確認したスターは少しペースを落とす。

 

(スリップストリームに入ったおかげで後続とはかなり距離を離した。けどスパートの脚は残ってない。

 後は休みたいって駄々こねてる脚をなだめながら走り切るしかないか……。もう後ろを気にしてもしょうがない。体勢をいたずらに崩すだけ)

 

 スターは前を向く。

 

(………とはいえ怖いなぁ……。アイツにいつ抜かされるとも分かんないのは)

 

 そして少し頬を引き攣らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(速い。先頭のスターは……もう残り三ハロン。だとするとゴールタイムは……3:01:00~3:01:50ぐらいか)

 

 バ群の後ろに控えていたレイは、類稀(たぐいまれ)な体内時計からスターのゴールタイムを推定する。

 そしてそのタイムは、レイがレース前に想定していたものより速い。

 

(私の今のペースは3:02:00想定。つまり今のままでは勝てない。ならどうする? 早めにスパートをかけるか? けれど……)

 

 そこでレイの脳裏にトレーナーの言葉が浮かぶ。

 

(いいかい……? スパートを掛けるのは600m地点からだ……。そして全力で走って良いのは400、いや、300mだけ……。それ以上は君の脚にとって負担になりすぎる……。

 だから間違っても800m地点の下り坂でスパートをかけないように……。下りで勢いをつけてスパートにつなげたいかもしれないけど、我慢するんだよ……)

 

(…………)

 

 レイは目を閉じる。

 

「……すみません、トレーナーさん。でも勝つにはこうするしかないんです」

 

 思うだけでなく、わざわざ言葉にしたのは罪悪感の発露か。

 

 レイは目を開く。その瞬間、芝と土が爆発した。

 

 

 

 

 

 

『さぁ、後方集団が下り坂に差し掛かり、一気にペースを上げてきた! 先頭を行くシューティングスターとの大差をゴールまでに埋める事が出来るのか!?

 その中に順位を上げる一つの影が! 来たぞ来たぞ! 黒い凶兆、六枠レイハウンドォ!!』

 

 

 

「……っ!!」

 

 レイのトレーナーは、彼女の早仕掛けを見て目をカッと開いた。そして観客席から身を乗り出して叫ぶ。

 

「スパートが早すぎる!! ダメだ!!」

 

 しかし彼女と彼の距離は遠すぎる。観客の歓声も相まって彼の声は彼女には届かない。

 それでも限界ギリギリまで身を乗り出して叫ぶ。

 

「レイ!! ダメだ!! 脚が折れるぞ!!」

 

「な……っ! それは一体どういうことだよ!?」

 

「くっ……!!」

 

 彼はウィッグと外套(がいとう)を放り捨て、ゴール後方へと移動を始める。

 

「どいてくれ!!」

 

 いつもの間延びした口調と、無表情はなりを潜めている。焦りを隠せない彼は、満員の観客の間を強引に進んでいった。

 

 

 

 

 

 

『先頭は第四コーナー終わって最終直線に! 後続集団が後ろからどんどんと追い上げてきているぞ! しかしシューティングスターの足色が衰えない! このまま逃げ切るのか!?

 ここで上がってきた! 上がってきたぞレイハウンド! 一人だけ早回しだ! 後方集団から抜け出し、先頭を行くシューティングスターに迫る!! 猟犬が流れ星を射程に捉えた!! その差は8バ身!

 

 後ろは追いつけそうもない! 二人の一騎打ち! 猟犬の牙が流星に突き刺さるのか!? それとも数多の星屑を振り切り、一等星がターフで輝くのか!? 残りは200m!

差は2バ身! 1バ身! そして並んだ!! そのまま勢いが止まらない!! 半バ身差でゴール!! 菊花賞でも黒の猟犬が冠を狩り取ってしまったぁ!!

 

 ……っと? ゴールしたレイハウンドの様子が……おかしいぞ……? まるで片足をかばうかのように……っ! こ、故障でしょうか!? 危ういフォームのまま減速していきます……!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 みし……っ

 

「……っ“…!」

 

 ド…ッ…

 

「はぁっ……!」

 

 みし…っ“

 

「っ“……ぁっ”!」

 

 ズザ…ッ

 

「っはぁ……っ!」

 

 みし…っ“!

 

「ぁ“ぎ…っ”…!」

 

 激痛と少しの安寧を何度繰り返しただろうか。とても長い時間そうしていたような気がする。

 その甲斐あってか、私の身体は小走り程度にまで減速していた。

 

 左足を引きずるようにして、歩き続ける。

 

 ……勝った。勝ったんだ。左足が痛い。無敗のクラシック三冠を阻止してやった。負けたスターは今どんな顔をしているだろうか? きっと、痛い、表情をしているはずだ。早く彼女の表情を味あわないと……痛い。観客達も、痛い、きっと静まり返って、痛い、失望の、痛い、痛い。

 

 苦痛が思考に不純物として混ざって気持ち悪い。

 体が何かに受け止められた。

 

「レイ……。すぐに横になるんだ。左足を安静にして……」

 

「ダメですよ……それじゃあ……。スターの顔が……見れないじゃないですか……」

 

 スターの夢を。大勢の観客の期待を挫いてやった。今、この時のために私は頑張ってきたのだ。誰かは知らないが、最高の愉悦を邪魔しないで欲しい。

 

「それどころじゃない……。君の左足はおそらく骨折してるはずだ。すぐに病院に……」

 

「それに……ウイニングライブにも……出ないと……。最後まで……無敗の三冠を……ズタズタに引き裂いて……センターで……」

 

 そうだ。生まれ持っての性を今こそすべて開放するんだ。そうでなければ、今までどれだけ非難を浴びようとも頑張ってきた甲斐が無い。

 

「レイ……!」

 

「だから……どいてください……行かないと……」

 

 誰かは知らないが邪魔だ。早くどいて欲しい。誰かの腕を掴み、力を込める。痛みで加減が出来ない。ミシミシと言う音が聞こえてくる。

 

「……っ! ……今、無理をすれば二度と走れなくなるかもしれないんだよ……?」

 

「構いません……今が終われば……もう走る必要はありませんから……!」

 

 理由も説明した。もういいだろう。早くどいてくれ。さらに力を込めて腕を下に引っ張る。

 

「ぅぐっ……! ゆ、夢を砕けるのはクラシック三冠だけじゃない……。秋シニア、春シニア三冠に天皇賞連覇もある……っ!」

 

「今が全部ですから……。無敗のクラシック三冠の阻止以上の愉しみは……もうないので……! この大一番を愉しめば後はどうでも良いんです………! だからどいて……ください……!」

 

 いい加減にしろ。こっちは痛みで問答どころじゃないんだ。

 

 ガコ

 

 何かが外れた音がした。掴んでいる誰かの腕が下にズレた気がする。

 

「…っ“! き、君がコースを走っ、て……! その横に私……君のトレーナーがいて……。 そんないつも通りも……どうでも、良いのかい……?」

 

「…………」

 

 それを聞いた途端、全身から力が抜けた。頭に上った血が下がっていく。

 

「…………どうでも、良くないですね……。走れなくなるのは……トレーナーさんの横に……いられなくなるのは……とても……困りま……す……」

 

 そこで私は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「3、2、1、はい!」

 

 救急隊の人達が、息を合わせてレイを担架に乗せる。そしてレース場の外に運び出していく。

 

「私もついていきます……」

 

「トレーナーの方ですか? っ! というよりあなた、その腕! 脱臼して……アナタも病院に……!」

 

「いえ……、これぐらいなら……」

 

 レイのトレーナーはブラブラと揺れる左手を地面に付ける。そして左の肩を右手で抑えて、左腕に体重を乗せる。

 

 ガコ

 

「はまったので大丈夫です……」

 

 救急隊の人は目を丸くする。

 

「そ、それでも、一応診察は受けた方が良いですよ! さぁ、あなたも!」

 

「そうですね……。結局は同じ病院に行くわけですし……」

 

 トレーナーとレイ、二人は同じ救急車に乗って、病院に向かった。

 

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