悪役(ヒール)と黒幕(フィクサー)   作:RKC

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十四話 病院

 病院の個室。そこでレイは目を覚ました。

 

「起きたかい……?」

 

「トレーナーさん……」

 

 レイは顔を動かしてトレーナーの方を向く。その視界にはギプスが巻かれた左足も映っている。

 

「大丈夫かい……? 痛みは……?」

 

 ギプスに目を取られていたレイ。続くトレーナーの声に彼と目を合わせる。

 

「……かなり痛いです」

 

 しかし、彼女はすぐに彼から目を逸らした。

 

「医者を呼んでくるよ……。痛み止めも打ってもらおう……」

 

「……ありがとうございます」

 

 トレーナーは部屋から出ていく。しばらくして白衣を着た医者が部屋に入って来た。

 

「レイハウンドさん。足の具合はどうですか? 痛みはありますか?」

 

「かなり痛みます」

 

「そうですか。では痛み止めの注射をしておきましょう」

 

 医者は手に持っていた注射器をレイの左ももに注射する。

 

「少ししたら効いてきます。それまでは痛いでしょうが我慢してください」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 医者は使用済みの注射器の処理をしている。そこにレイが問いかけた。

 

「先生……私はもう一度走れるようになりますか?」

 

「……元のように走れる可能性はかなり低いです」

 

 医者は残念そうな表情を。しかし、レイは気を落とさずに続けて聞く。

 

「元のように、でなくとも構いません。レースで勝てなくても。ただ走る事が出来れば良いんです。その場合はどうでしょうか?」

 

「それならほぼ確実に大丈夫と言えます。リハビリには時間がかかりますが、しっかりとやれば走行機能を取り戻す事は可能です。下手に転ばなかったのが幸いしました」

 

「そうですか」

 

 医者の言葉を聞き、安心するレイ。が、すぐに心配そうな表情に。

 

「……転ばなかった、と言いましたが、私を支えてくれた人が誰か、先生は知っていますか?」

 

「えっと……確か、あなたのトレーナーが支えたと救急隊から聞きましたが」

 

 彼女の表情があからさまに曇る。

 

「そう、ですか……」

 

「他に何か質問はありませんか?」

 

「……いえ、ありません」

 

「では、しばらくは安静にしていてください。特に左足には気を使うように。移動したい場合はナースコールで看護師を呼ぶようにしてください。

 リハビリについては後日説明させていただきます」

 

「分かりました」

 

 医者は部屋を出ていく。入れ替わるようにトレーナーが部屋に入ってきた。

 彼の姿を見た途端、無造作に放り出されていたレイの手が、お腹の上に引き寄せられる。

 

「痛みはどうかな……?」

 

「……少し収まりました。痛み止めが効いてきたようです」

 

「なら良かった……」

 

 トレーナーは椅子に座る。

 

「申し訳ありませんでした。私の勝手な判断で足を折ってしまって」

 

 (うつむ)いて自分の手を見つめるレイ。

 

「スパートを早めないと勝てないと思ったんだろう……? なら責任はトレーナーの私にあるよ……。

 骨に負担を掛けない走法を開発しようと思ったんだけど、私の実力不足、準備不足で菊花賞に間に合わなかった……。ごめん、レイ……」

 

「いえ、そんな事までトレーナーさんの責任にはなりませんよ。今回の件は私の勝手で骨折した、それだけですから。

 それより……」

 

 彼女の手が震える。

 

「……気を失う前の事は痛みでよく覚えていません。ですが、何かを握っていた感触。それと、ゴール直後に脚から聞こえてきたのと同じ、骨の音……。

 その二つははっきりと記憶に残っているんです」

 

 レイの顔がどんどん思い詰めた表情に。

 

「ゴールした私を支えてくれたのはトレーナーさんだと聞きました。……もしかしたら私、トレーナーさんに、怪我を……」

 

 彼女は右手を握りこむ。そして自分の手を握る感触に、怯えるように手を開く。

 

「レイ」

 

 トレーナーに呼ばれた彼女はビクリと肩を揺らした。

 

「別に私はどこも怪我していないよ……。君の言う通り何か骨の音がしたのなら、君と同じくギプスを巻いていないといけないだろう……?」

 

 トレーナーは手を広げ、どこにも異常が無い事をレイに示す。

 

「…………そう、ですね。すみません、冷静では無かったです。嫌な感触がずっと残ってて……」

 

 レイは自分の右手を触る。その様子を見たトレーナーは少々悩んでから、口を開く。

 

「…………とはいえ、君に掴まれた右腕には少し(あざ)が出来たけどね……」

 

 トレーナーが袖をめくると、手首の部分に手の形の青痣が。

 

「やはり……。すみませんでした……」

 

「これぐらいなら大丈夫だよ……。痛みもほとんど無い……。

 骨の音の方はきっと、足が折れた時の音を勘違いしただけだと思う……。痛みで正常な意識状態じゃ無かっただろうし……」

 

「そう……そうですよね。……良かったです」

 

 レイは自分の右手を左手で撫でる。そしてようやくトレーナーと目を合わせた。

 

「改めてありがとうございました。支えていただいたおかげで最悪の結果は避ける事ができましたから」

 

「どういたしまして……。とはいえトレーナーとして当然の事をしただけだよ……」

 

 そこで彼女の瞳に不安が浮かんだ。伏し目がちに口を開く。

 

「……トレーナーさんは、私が走れるようになるまで待っていてくれますか?」

 

 それに対して、トレーナーはいつも通りの口調で答える。

 

「うん……。いつまでも……」

 

「元のように走れなくても、レースで勝つ事が出来なくてもですか?」

 

「もちろん……。リハビリは辛いかもしれないけど頑張って欲しい……。君の走る姿がもう一度見たいからね……」

 

「…………承知しました。トレーナーさんのご命令とあらば、仰せのままに」

 

 そう言ってレイは笑う。その表情は選抜レースやオークスで見せた底意地の悪い物ではなく、年相応の無邪気な物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レイが目を覚ましてから少しの時間が過ぎた。病院の個室には彼女一人。

 

 コンコン

 

「どうぞ」

 

 扉が開く。部屋に入ってきたのは勝負服姿のスター。

 

「邪魔するよ」

「おい、スター……! し、失礼……」

 

 次いで入ってきたのはスターのトレーナー。

 

「スター、ウイニングライブはどうしたのですか?」

 

「すっぽかしてきた」

 

「格式ある菊花賞のライブをすっぽかすとは……。アナタもたいがい(わる)ですね」

 

「もっと言ってやってくれないか? こいつ、どうしてもレイハウンドの様子を見に行くって聞かなくてよ……」

 

 スターは不機嫌そうに眉をしかめる。

 

「ふん……。レイの様子も見ないでライブに出るなんてのんきな事してられないよ。

 それにライブはライブでも”ウイニング”ライブだよ? 勝者が病院で寝てるんだから、やらなくても良いでしょ。センターを欠いたライブに価値なんかない」

 

「だから二着のお前にセンターを、って」

 

「はぁ~~~!? 負けた私が! 繰り上がりセンター!? バカにするのも大概にしろ! G1のライブを中止にすると体裁が悪いからってふざけた提案しやがって、URAの奴ら……!」

 

 ぐしゃぐしゃと髪を掻きむしるスター。荒れるスターとは対照的に、レイは口元に人差し指を当て、冷静に注意する。

 

「病室ではお静かに」

 

「それに発言がかなり危ないぞ。もう少し自制してくれ」

 

「ふー…………。騒いだのはごめん。でも文句言うのはいいじゃん、僕たちしかいないんだし」

 

 口を尖らせるスター。

 

「お前、人の目があると結構いい子ちゃんだけど、根はかなりわがままなのな」

 

「当然。こちとら、トレセン学園に入るまで負けも挫折も失敗も知らなかった温室育ちだし」

 

「胸を張る事じゃねぇんだけどな……」

 

 スターのトレーナーは呆れ顔だ。

 

「とにかく、僕はライブに出るつもりは無いから」

 

「へいへい……。どうせ今からレース場に戻っても間に合わないし、俺が代わりに怒られてきますよ。

 じゃあな、レイハウンド。お大事に」

 

「お気遣い、感謝いたします」

 

 それきり、スターのトレーナーは個室から出ていった。

 しばらく経って、スターは“やってしまった”という表情を浮かべる。

 

「はぁ……。後で謝っとかないとな」

 

「素直じゃないですね」

 

「レイに言われたくは……いや、レイは口調が仮面被ってる風なだけで、普通に素直か。

 マスコミの前でも自分を貫き通すし」

 

「そうでもありませんよ。特にトレーナーさんの前では」

 

「ま、好きな人の前じゃ、しょうがないんじゃない? とはいえあのトレーナー、相当鈍そうだからガンガン行かないと、そのうち横取りされるかもしれないけど」

 

「…………」

 

 レイは不安そうに布団の端を握る。

 

「あー、そんなに悲しそうな顔しないでよ……。

 大丈夫、大丈夫だって。あの人ぐらい死んだ目してると、寄り付いてくる女の人もそういないだろうし」

 

「そう、ですかね……?」

 

「うん、本当に大丈夫だと思う。正直私だったら絶対アプローチかけない」

 

「その言い方は少し引っ掛かりますが……」

 

 何とも言えない顔をするレイをよそに、スターは近くの椅子に座る。

 

「それで? お見舞いに来てくれたのですか?」

 

「同室のよしみでね。…………」

 

 さっきまでの軽い雰囲気が消え去った。スターは何度か口を開閉させる。意を決したのか、言葉を紡ぐ。

 

「……ついでに愉悦の見舞い品も……デリバリーしに来て、あげたから……」

 

 その言葉を境に、スターの瞳に涙がにじんだ。

 それを見た途端、レイの口角が吊り上がる。

 

「……もう少しこちらに近付いて来てもらえませんか?」

 

「………」

 

 涙目のまま、椅子ごとベッドの方に近寄るスター。レイはそんな彼女の頬を手で挟み込んだ。

 

「……くふ……っ、くふふふふ……っ」

 

「……っ」

 ギリ…

 

 レイの不気味な笑い声に、身を(すく)ませつつも歯を食いしばるスター。

 

「選抜レース。初めての敗北を知ったあなたは、私にリベンジを誓った。

 そして秋のファン感謝祭で三冠を取るとトレーナーに宣言したにも関わらず、本番では負けてしまった。

 そんな時、アナタはこんな表情をするんですね……くふふふっ……」

 

 レイはスターの顔を色々な角度から覗き込む。

 

「無念、屈辱、不本意、そして怒り……。怒りは自分に対してでしょうか。私に勝てなかった自分に対して、得意な長距離で負けてしまった自分に対して。

 ……強いですね、スターは。私と戦って負けたウマ娘は心が折れてしまう事がほとんどでしたが、あなたは私に二度負けてもなお立ち上がろうとしている」

 

 レイがスターの目の端に浮かんだ涙を拭おうとする。

 

「ふん……!」

 

 スターはレイの手を掴んで引きはがした。服の袖で目元を拭く。

 

「当たり前じゃん! 言っとくけどレイに勝つまで挑むつもりだから。

 …………だから、足は大丈夫なの? こんな所で引退されちゃ困るんだけど。シニアでも活躍してレイのための舞台も整えてあげる……あげるからさ、絶対復帰してよ……?」

 

 拗ねた様子の中に不安が混ざった口調のまま、レイに問いかけるスター。

 レイは目を伏せ、少し考える。遅れて口を開いた。

 

「…………えぇ、そうですね。スターは私のために無敗の二冠を達成してくれましたから。今度は私の番。

 怪我を治し、もう一度ターフであなたの前に立ち塞がる。それを見舞いの返礼としましょうか」

 

「そ、なら良いんだけどさ」

 

 レイの返事を聞いて、満足そうな顔をするスター。

 

「……リハビリ、頑張らないといけませんね」

 

 

「ん? 何か言った?」

 

「いえ、独り言ですよ。お気になさらず」

 

「ふ~ん? ……そういえばレイのトレーナーは? 別の病室?」

 

「今は席を外していますよ。そろそろ帰ってくる頃だと思いますが……ちょっと待ってください。別の病室? どういう意味ですか?」

 

 スターの一言にレイが食いついた。

 

「どういう意味も何も……肩、脱臼してたでしょ? あの人」

 

「……脱、臼……?」

 

 レイの顔から表情が抜ける。

 

「うん。レースが終わった直後は呆然としてたから、トレーナーがどうしてそうなったかまでは分からないけど、あの人の左腕がブラブラしてたのは見たよ。多分脱臼してたと思うけど。

 レイのその様子だと怪我してなかった? あれ? 私の見間違いかな? 遠目だったから……」

 

「…………」

 

 レイは自分の右手を見つめる。彼女の眉がハの字に歪む。ギリ……と歯がきしむ音が。

 

「それとも脱臼ってすぐ治るのかな? 関節を()めるだけとか?」

 

「…………いえ、きっとスターの見間違いですよ」

 

 レイはヒビが入りそうな程噛みしめた歯をやっとの思いで開き、言葉を紡ぐ。そして自分の右腕を左手で握りしめた。

 

「トレーナーさんがそういう事にしたいようですから……」

 

「?」

 

 しばらくしてレイは左手を緩めた。その右腕、入院服の下には手の形の(あざ)がくっきりと残っていた。

 

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