悪役(ヒール)と黒幕(フィクサー)   作:RKC

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十五話 家族

レイが担ぎ込まれた病室の廊下。そこに二人はいた。レイが乗った車椅子をスターが押している。

 

「わざわざありがとうございます」

 

「別に良いよ。ウイニングライブ、バックレちゃったからどうせ暇だし。

 ……にしても病院なのに普通の車椅子しかないんだね。レイが乗ってた電動の奴は無いの? もしかしてこの病院、赤字とか?」

 

「電動の車椅子は結構値段が張りますよ。ただでさえ多くの車椅子を用意しなければいけない病院で、全てを電動にしていては予算がかかりすぎます。

 電動の物はどちらかと言えば個人向けの物なのではないでしょうか?」

 

 そんな事を話しながら、移動を続ける二人。病院の待合室の前まで来た。

 そこにはレイのトレーナーの姿が見える。彼の姿を見てレイは頬を緩ませる。しかし、トレーナの近くに立っている人を見た瞬間、顔が一気に強張(こわば)った。

 

「あ、レイのトレーナーじゃん。ホントにケガしてないや」

 

「止まってください」

 

「え? でもトレーナーを探しに来たんじゃ……」

 

「引き返してください。……お願いします」

 

 いつになく真面目で、かつ弱気なトーンのレイ。スターは彼女の言葉に素直に従う。待合室からは見えない廊下の角に姿を隠した。

 

「いきなりどうしたの? 急に引き返せ、だなんて」

 

「…………」

 

「言いにくい事?」

 

「……両親が来てたので」

 

 レイは悲しそうな顔をする。いや、悲しいというよりは情けない、と言った表情だろうか。

 スターの顔が若干険しくなる。

 

「不仲なの?」

 

「いえ、私が一方的に遠ざけているだけです。両親は悪くありませんよ」

 

「何があったか聞いても良い?」

 

「私の例の思想が原因です。私の思想は両親にとって(こころよ)い物では無かったようで。

 それを両親に話し、否定されてからは私から距離を取っています」

 

「両親に悪く言われたの?」

 

「いえ、そこまでは。苦笑を浮かべられたり、道徳の本の朗読をしてはもらいましたが」

 

 そこまで語ると、レイの顔にはいつもの微笑が張り付けられた。

 

「…………」

 

 一方でスターは目を伏せ、悲しそうな表情に。

 

「理由は分かりましたか? では病室に戻ってください、お願いします」

 

「……やだ」

 

「えっ……! ど、どうして……?」

 

「やだったらやだ」

 

「では自力で戻ります」

 

 レイは車椅子の車輪の部分に手を掛ける。しかし、手に力を込めても車輪が回る事は無かった。スターが車輪にロックを掛けたからだ。

 

「外してください、このロック」

 

 振り向いてスターに抗議するレイ。その時、二人の目がばっちり合った。スターの厳しい瞳がレイを射抜く。

 

「逃げちゃ駄目。ちゃんと向き合わないと」

 

「……っ」

 

 泣きそうな顔になるレイに、今度は優しい目を向けるスター。

 

「レイはさ、お父さんとお母さんの事、嫌いなの?」

 

「……いえ。不自由なく育てていただきました。嫌いどころか好きです」

 

「なら、ちゃんと向き合わないと」

 

 スターはレイの肩に手を置く。しかし、レイはその手をすぐに払いのけた。

 

「けれど、向こうは私の事をきっと疎ましく思っています。こんな不道徳な私の事は……」

 

 レイは顔を伏せる。

 スターはレイの後頭部に額を当てて話す。

 

「…………きっとレイのお父さんとお母さんもレイの事、好きだと思うよ。じゃないとわざわざ病院に来ないだろうし。

 今はすれ違っちゃってるだけ。仲直りした方が絶対良い。家族なんだしさ」

 

「………………」

 

「ほら、トレ―ナーと話してるみたいだし、どんな話してるのか聞くだけ聞いてみれば? 私は部外者だし、耳塞いどくから」

 

 スターは自分の耳を手で塞いだ。レイは伏せていたウマ耳を待合室の方に向けて、聞き耳を立てる。

 遅い時間帯のためか、待合室には人が少ない。レイの耳は彼らの話し声をしっかりと捉えた。

 

 

 

「申し訳ありませんでした。私のせいで娘さんに怪我をさせてしまって……」

 

「あ、頭を上げてください! トレーナーさんが謝る事じゃありません。どんなに気を付けていても、ウマ娘がレースで走っていれば怪我をする事があります。ある種の事故です。

 あの娘は特に骨が弱いですし……」

 

「……そ、それで、娘は大丈夫でしたか? その、骨折の具合は……」

 

「レースで再び走れるかどうかは分からないそうですが、普通に走行する程度の機能は取り戻せると医者が言っておりました……」

 

「そうですか……。歩けなくなるほどでは無くて良かった、と言うべきなのでしょうか……」

 

「ウマ娘にとって、レースで走れないのはとても辛い事。けど、あの娘の場合はどうなんでしょうか?

 あの子は走って勝つ事、それ自体には固執していませんでしたから。

 それよりもあの子自身の欲を満たすために、他の娘を負かすために走っていたので、あまり落ち込んでいないかも……」

 

「そうですね……。元のように走れないかもしれないと聞いても、それほど気落ちしていませんでした……。

 それでもただ走りたいとは言っていたので、彼女もウマ娘の一人という事だと思います……」

 

「そう、ですか……。とにかく容体が聞けて良かったです。失礼しました、トレーナーさん。今後も娘をよろしくお願いいたします」

 

「よろしくお願いいたします」

 

「娘さんに会っていかないのですか……?」

 

「…………きっと、私たちが会いに行ってもあの子は嫌がるだけでしょうから」

 

「理由をお聞きしても……?」

 

「娘の特殊な思想はトレーナーさんもご存じでしょう?」

 

「えぇ……。人の夢を挫きたいと……」

 

「娘は昔からそうでした。幼い頃、娘はその事を私達に打ち明けてくれたのです」

 

「しかし、私たちはあの子のその言葉を肯定してあげられませんでした。不道徳な考えだと思い、その考えを矯正しようとしてしまったのです……」

 

「娘は聡い子でしたから、不道徳な思想だと分かった上で私達に打ち明けてくれたのでしょう。困った人がいれば率先して助けていましたし、親切心や道徳心は間違いなくありました。

 けれど人の夢、目標を挫くという一点において、喜びを感じてしまう。そんな自己矛盾に苦しんでいたんだと思います。だから私達に打ち明けてくれた」

 

「けど、私達はそれを認めてあげる事が出来ませんでした。あの子の考えを否定してしまったんです……。

 生まれ持っての(さが)を……! 親である私たちが認めてあげられなかったんです……!」

 

「それ以来、娘は私達を遠ざけるようになりました。そしていつの間にか、誰に対しても、親である私達にも敬語を使うように……」

 

「トレセン学園に行ったのも私達と一緒に暮らしたくなかったからだと思います。親失格の私達があの子に合わせる顔はありません」

 

「だからトレーナーさん、娘をこれからもどうかよろしくお願いします。あなたは娘の初めての理解者ですから」

 

「私からも、どうかよろしくお願いします。それでは……」

 

「お二人とも、待ってください……」

 

「まだ何か……?」

 

「レイに、彼女に会ってあげてください……」

 

「……しかし……」

 

「お二人が彼女の事を大切に思っているなら一言、一言で良いんです……。頑張ったね、と声を掛けてあげてください……」

 

「「……」」

 

「お願いします……」

 

「……分かりました。会うだけ会ってみます。娘が私達を拒絶しなければ……」

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

 レイはスターの体をつつく。

 

「終わった?」

 

「えぇ、病室に戻ってください。すぐに来客が来ますので」

 

「……了解、分かった」

 

 スターは車輪のロックを外し、車椅子を押し始めた。

 

 

 

 

 

 

「じゃ、私はもう帰るね」

 

「え、あの、ベッドに戻るの、手伝ってくれないんですか?」

 

「来客、来るんでしょ? その人たちに手伝ってもらいなよ」

 

「え……」

 

「じゃ、バイバイ。暇だったらまた見舞いに来てあげるから」

 

 そう言い残して、スターは部屋から出て行ってしまった。

 

「あ……」

 

 すると病室に残ったのは困ったような表情のレイだけ。個室を静寂が支配する。

 

 コンコン

 

 それも束の間、すぐにノックの音が響いた。

 

「……っ。ど、どうぞ……」

 

 扉が開く。中に入ってきたのはレイの両親。

 

「ひ、久しぶり、レイ……」

 

「そ、そうね、久しぶり、レイ……」

 

「お、お久しぶりです……」

 

「「「………………」」」

 

 長い沈黙。レイの父親は何かを言おうと口をもごもごさせている。レイの母親はしきりに自分の手を触っている。レイは両親の間で目線をさまよわせていた。

 

 

 

「……今日のレース、見てくれていましたか?」

 

 沈黙を破ったのはレイ。

 

「あ、あぁ、見てたぞ。父さんと母さん二人でな……」

「え、えぇ、そうよ。二人でね……」

 

「……少し前のオークスもですか?」

 

「あ、あぁ……」

「え、えぇ……」

 

「そうですか……」

 

 レイは不安そうな顔をしながら、それでも両親の方に手を伸ばした。

 

「……私、頑張って勝ちました……。オークスも、菊花賞も……。

 トリプルティアラとクラシック三冠、どちらも阻止しました……。

 観客の期待も、ウマ娘達の夢も、挫き……ました……」

 

 両親の方へ伸びる手はひどく弱弱しい。すぐにでも下に垂れてしまいそうな程。

 レイの両親は伸びてきた彼女の手を握る。目じりからは涙を流れていた。

 

「あぁ……あぁ! 良く……良く頑張ったな……!」

 

「えぇ……えぇ! GIを二つも取って……! 本当にすごいわ……! 良く頑張ったわね……!」

 

「…………許して、くれますか……? 認めて、くれますか……? 不道徳に生まれた私を……。そう生まれた親不孝を……」

 

 消えそうな声でそう言うレイの目からも涙が溢れていた。彼女が泣くのは、物心ついてからはこれで二度目だ。

 

「バカを言うな……! 父さんの……父さんの方こそ親失格だ……! レイをこんなに苦しめて!」

 

「お母さんの方こそレイの気持ちを全然考えてあげられなくて……! ごめんね……本当にごめんね……!」

 

「良いんです。私は、ただ認めてくれれば……許してくれれば……それだけで良いんです……」

 

 三人の涙が水たまりを作る勢いで床に垂れていった。

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