悪役(ヒール)と黒幕(フィクサー)   作:RKC

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十六話 カフェ

 レイが骨折してから一か月。

 

「もう大丈夫そうですね。ギプスを外しましょうか。

 それにしても凄い回復力ですね……。痛みで嫌になる人が多いのにリハビリもよく頑張りました。この状態なら元通りの走力を取り戻すことも不可能ではないかもしれませんよ」

 

「そうですか。なら頑張った甲斐がありました」

 

「ギプスが取れたといっても、いきなり走らない様にしてください。リハビリを続けていたとはいえ、筋力の低下と関節の硬化の影響はあります。なので、まずは歩行から慣らす様に」

 

「分かりました」

 

 そうこう話している内に、レイの左足からギプスが取れた。

 

「ひとまず、ここで立ってみてください」

 

 医者に促された彼女は、その場で立ち上がる。

 

「痛くありませんか?」

 

「はい……足首、動かしてみても良いでしょうか?」

 

「どうぞ」

 

 レイは左のつま先を立て、足首を回す。そして何度か左足を踏みしめる。

 

「確かに以前より足首が硬くなっていますね。きちんとほぐさないと……」

 

「すごいですね。骨折してギプスが取れた直後は、折れた部分を動かすのを躊躇うのが普通なのですが……」

 

「そうなのですか? 私の場合は、もう一度レースの場に立たないといけなくなったので、躊躇ってはいられませんから」

 

「頑張ってください。私も一人の競バファンとして、アナタの走りをもう一度見てみたいので」

 

「ご期待に応えられるよう頑張ります」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガラガラ

 

 病院の扉からレイが出てくる。扉のすぐ隣では彼女のトレーナーが待機していた。

 

「レイ、もう歩いても良いのかい……?」

 

「えぇ、トレーナーさん。とはいえ、まだ走れませんけどね。当分は歩行訓練になりそうです」

 

「そうかい……。とにかく良かったよ、君の足が治って……」

 

二人はゆっくりと歩き始める。

 

「そうですね。こうして並んで歩くのも久しぶりですね」

 

「君と一緒に行動する時はずっと車椅子の背を押していたからね……」

 

「二か月、本当に久しぶりですね」

 

「二か月間リハビリ、お疲れ様……。よく頑張ったね……。快気祝いに何か欲しい物やしたい事は無いかな……?」

 

「快気祝い、ですか? そうですね……」

 

 口元に手を当て、考え込むレイ。

 

「そこまで考えこまなくても……。直感的に思ったことを言ってみたらどうかな……?」

 

「…………では、私の散歩に付き合ってくれますか? 久しぶりに自分の足で外を歩いてみたいので」

 

「良いよ……。というより、それだけで良いのかい……? もっと我儘を言っても……」

 

「もっと、ですか……?」

 

 レイは再び口元に手を当てる。

 

「…………では、毎週土曜日にトレーナーさんの時間を二時間、私に頂けませんか? 私が走れるようになるまでで良いので……」

 

「お安い御用だよ……。…………それだけかい……?」

 

「だ、だけ……? ま、まだ良いんですか……?」

 

 トレーナーの言葉を聞き、うろたえるレイ。

 

「う、うん……。毎週君に付き合うぐらいなら快気祝いでなくても喜んでするけど……。他には無いのかい……?」

 

 他には、と聞かれたレイは困ったような表情をする。

 

「……………その、今の段階では思いつかないので保留にしてもらっても良いでしょうか?」

 

「わかったよ……。じゃあ、ひとまずは散歩に行こうか……」

 

「そうですね。行きましょう」

 

 二人は病院の外へと繰り出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今は12月。街路樹はすっかり葉を落としている。寒さ故か、人以外の生物の気配が希薄な道を二人は歩く。

 

「外は寒いですね」

 

 レイが口を開くと、吐く息が白く染まる。

 そこに冷たい風が吹いた。レイは首をすくめて体を震えさせる。

 

「ならこのマフラーを使うと良い……。私が身に着けていたもので良ければだけど……」

 

 トレーナーは自分の首に巻いていたマフラーを解き、レイの方に差し出した。そして上着の襟を立たせて、マフラー代わりにする。

 

「……ありがとうございます」

 

 レイは差し出されたマフラーを受け取る。少し長いそれを、何周も自分の首に巻いた。

 その時、トレーナーの香りがレイの鼻腔をくすぐった。

 

「…………」

 

 レイはマフラーを少し緩め、鼻に近付くよう位置を調整した。

 

 

 

 そのまま二人はしばらく歩く。そしてレイはあるカフェの前で足を止めた。

 

「ここで少し休憩しませんか? 行きつけのカフェなんですけど、骨折してから来店できなかったので、久しぶりに寄りたくなってしまいました」

 

「構わないよ……」

 

 店内に入る二人。カフェの内装は壁やテーブルが木で出来ており、窓はすりガラス。照明も控えめなので、全体的にシックで落ち着いた雰囲気だ。

 

 時刻は10:20。昼時からも、オープン直後からも外れた最も人の少ない時間帯。店内には二人の他に、一組しか客がいなかった。

 

 二人は一番奥のボックス席に座る。トレーナーはメニュー表を開き、目を通す。

 

「軽食だけでなく、パスタやカレーなんかの料理も置いてるんだね……」

 

「少し早いですが、昼食替わりにしますか? その食後にコーヒーなど」

 

「そうだね……。とはいえ私はコーヒーが苦手だから、パスタだけを頼もうかな……」

 

 トレーナーはメニュー表を閉じ、元の場所に戻した。

 

「そういえばトレーナーさんがコーヒーを飲んでいる所を見た事無いですね。コーヒーのどこが苦手なのですか?」

 

「単純に苦いのがダメでね……。この年にもなってまだ子供舌で恥ずかしい限りだよ……」

 

「そうですか、苦いのがダメですか……」

 

 そう呟きながらレイは手を上げる。すると、ややもせず店員が来た。

 

「ご注文は?」

 

「ブレンドコーヒーとハニートースト、それにコーヒーゼリーを」

 

「私はボンゴレパスタとボロネーゼを……」

 

「かしこまりました」

 

 店員はオーダーを聞き、下がっていく。テーブルは再び二人だけの空間に。

 

「レイは良くコーヒーを飲めるね……。いつ頃から飲む様になったんだい……?」

 

「小学生高学年の頃からですね。その時はカフェオレを嗜んでいました。ブラックで飲むようになったのはトレセン学園に入ってからです」

 

「う~ん……。コーヒーって苦いだけの飲み物だと私は思っているんだけれど、レイは味を感じるのかい……?」

 

「味、というよりは風味、ですかね? それはしっかりと感じますよ」

 

「風味か……。私は苦さに惑わされて感じられていないのかな……」

 

「そこは慣れですね…。といっても、苦いせいで風味を感じるまでのハードルが高いというのは確かにあると思います。

 そういう時はミルクを混ぜたカフェオレや、ホイップクリームを浮かべたウィンナーコーヒーなどを呑んでみてはいかがでしょうか?」

 

「カフェオレか……。コンビニにおいてあるコーヒー牛乳とかなら飲んだことがあるよ……。

 甘くて飲みやすかったけれど、あまりコーヒーの風味は感じなかったかな……」

 

「市販のコーヒー牛乳は製造から時間が経っていますし、砂糖が大量に入っていますからね。

 作り立てのコーヒーをミルクで割っただけのカフェオレは飲みやすい上に、コーヒーの風味をしっかり感じられますよ」

 

「そうかい……。今度機会があればカフェオレを頼んでみようかな……」

 

「えぇ、トレーナーさんも是非コーヒーを。私も嗜んでいる程度ですが十分楽しめますよ」

 

 そんなことを話していると、店員が注文の品を持ってきた。

 

「ブレンドコーヒーとハニートースト、コーヒーゼリーです。パスタはもう少々お待ちください」

 

 テーブルに料理を並べ、下がっていく店員。

 

「お先に頂きます」

 

「気にせずどうぞ……」

 

 レイは小さく手を合わせ、蜂蜜とスライスアーモンドがたっぷりと乗ったトーストを口にする。

 ゆっくりと咀嚼して飲み込んだ後、コーヒーカップに口を付ける。黒い液体を飲み込んだ後、ほぅと落ち着いた息を漏らした。

 

「甘い物とコーヒーを合わせるのもよさそうだね……。甘ったるい羊羹(ようかん)に渋くて苦い抹茶を合わせるようなものかな……?」

 

「そうですね。私もここのハニートーストとコーヒーの組み合わせが好きで良く通っているんです。

 過剰なぐらい蜂蜜が乗ったトーストに、濃いめのコーヒーが良く合うんですよ」

 

 そこでレイはトーストを皿に置いた。そしてコーヒーゼリーをトレーナーの方に差し出す。

 

「パスタが来るまで口が寂しいでしょう。コーヒーゼリー、食べてください」

 

「しかし、これは君のじゃあ……」

 

「元々トレーナーさんに食べさせようと注文しましたから。主食の前にデザートいうのは少し戸惑うかもしれませんが、ここは騙されたと思って」

 

 しばし、固まっていたトレーナーだが、コーヒーゼリーの入った容器を自分の方へ引き寄せる。

 

「君に薦められた物だ、断れないな……」

 

 トレーナーはスプーンを手に取り、黒いゼリーを掬う。そして口に運んだ。

 

「どうですか?」

 

「…すごいね、このコーヒーゼリー……。コーヒーから苦さだけを抜いたような味、いや、風味……。

 君が食べさせようとした訳が分かったよ……。コーヒーを飲む人はこの風味が好きなんだろうね……」

 

「ふふ……苦いのがダメな人に、コーヒーの美味しさを分かってもらうにはぴったりでしょう?」

 

「本当に……。これは全部食べても良いのかな……?」

 

「えぇ、どうぞ」

 

 そのまま二人は、緩やかな時間を過ごしていった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

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