悪役(ヒール)と黒幕(フィクサー)   作:RKC

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十八話 看病

 

「え……?」

 

「どったの? そんな顔して」

 

 トレセン学園の学生寮。その一室でレイが眉をハの字に曲げていた。

 

「その、トレーナーさんが風邪を引いたと今連絡が……」

 

「……それだけ?」

 

「とても心配です……」

 

 スマホの画面を眺めて眉を下げるレイ。

 彼女とは対照的にスターは呆れたよう顔をしていた。

 

(風邪だけで大げさな……とはいえ、今日はクリスマスイブか。デート出来ないのは確かに残念かな。……いや、待てよ)

 

 スターは何かを思い付いたのかニヤリと笑う。

 

「まぁ、心配なら看病にでも行けば? チャンスでもあるし」

 

「チャンス……?」

 

「そうチャンス。トレーナー、一人暮らしでしょ? 一人暮らしで風邪なんか引いた日には、本当に心細いからさ。そこで看病してあげれば、弱った心に自分の存在を刷り込めるじゃん」

 

 スターはレイの肩に手を置いて、ささやくように語る。

 

「想像してみて。風邪で体調が悪いけど、家には自分の他に誰もいない。

 体調が悪いから栄養を付けて安静にしたいけど、料理も自分で作らないといけない。

 自分で作るのは辛いから、外に買いに行こうか? けど近くのコンビニに行くのさえ辛い。しかもコンビニで買えるものは喉を通りそうにない。

 結局ゼリーとスポーツドリンクを買って、じっとしているしかないか……。

 あぁ、頭も痛いしだるいなぁ……。

 そんな所に押し掛けて色々看病してあげた挙句、卵とネギたっぷりの雑炊でも作ってあげた日にはもう、たまらんのよ! 一発で心の中に入り込めるから!」

 

 スターはまるで自分が体験したかのような口ぶりで話す。

 

「しかし、そんな弱った所につけ込むような……」

 

「別に悪い事してるわけじゃないじゃん。風邪引いてるトレーナーを看病する……むしろ良い事。気に病む必要ないって」

 

「…………」

 

「ほら、ただでさえ担当バとトレーナーっていう立場で向かい風。学園卒業するまで心を引き留めとかないといけないんだから、ガンガン行かないと」

 

「…………」

 

「それに雑炊作ってあげたら、あ~んとか出来るかもよ? 風邪で弱ってるトレーナーが意外に甘えてきて、ふーふー冷ましてあげた雑炊をあ~ん……とか」

 

「………そうですね。看病に行きましょうか」

 

 レイの頬は少し赤かった。

 

「そうそう、看病してあげなって……。でも冷静に考えると、うら若い女学生が先生の家に押し掛けるって図式かぁ。何か事件があったら報告してよ?」

 

「何もないですよ。看病するだけですから」

 

「へいへい……ま、事件じゃなくても何かあったら連絡してよ。今日はクリスマスパーティあるけど、緊急の要件だったら抜け出して手伝うから」

 

「ありがとうございます。何かあればその時に」

 

 レイは身支度をして、学生寮を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピンポーン…………………………ピッ

 

 チャイムの音の後、かなりの間があってから玄関モニターがオンになる。

 

「どちら様でしょうか……」

 

 モニターに映ったのは、レイのトレーナー。しかしその顔は赤く、声にも覇気がない。いや、普段も覇気は無いのだが、いつにもまして覇気が無かった。

 

「レイです。風邪を引いたと聞いたので看病しに来ました」

 

「わざわざかい……?

 …………気持ちは嬉しいけど、風邪を移してはいけないし……。それにせっかくのクリスマスを私の看病で潰す事も無いよ……」

 

 レイはインターホンのカメラに顔を近づける。

 

「いえ、トレーナーさんの事が心配です。そのまま放っておくと気がかりになりすぎて、それこそクリスマスが台無しになってしまいます。なので看病させてください」

 

「…………いや、ダメだ……。君が私の部屋に上がるというのは……。私は大丈夫だから帰っておくれ……」

 

 拒否されるレイは、目線を下に逸らして少し考える。

 

「……では、顔だけ見せて貰っても? モニター越しでなく直接顔を見たいです。そうすれば安心できますから」

 

「分かったよ……」

 

 ガチャリと音を立ててドアが開いた。その瞬間、レイは扉の隙間に靴を差し込み、閉まらない様に押さえる。そして体を玄関の中に滑り込ませた。

 

「……! ちょっと、レイ……!」

 

 体調が悪いのと、突然の事に驚いたトレーナーは、レイの侵入を阻むことは出来なかった。

 

「すみません、嘘を付きました。けれど、今日は是が非でも看病させていただきます」

 

「しかし……」

 

「毎週土曜日はトレーナーさんの二時間を私が貰うという約束ですよ? なのでトレーナーさんは今から二時間は私に看病される義務があります。違いますか?」

 

「…………分かったよ……」

 

 納得したのか、それとも言い返す気力が無いのか。とにかく、トレーナーはレイの看病を認める事にした。

 二人は玄関から部屋の中に入る。その時トレーナーの体がフラフラとよれる。

 

「トレーナーさん!?」

 

 レイはとっさに彼の体を支えた。

 

「ごめん……。大丈夫だから……」

 

 そう言うトレーナーだが、目を閉じたまま動こうとしない。

 

(玄関では気丈に振舞っていましたが、かなり深刻なようですね……)

 

 レイはトレーナーを支えたまま歩き、彼をベッドに寝かせる。

 

「喉、乾いていませんか? スポーツドリンクを買ってきましたけど」

 

「あぁ……ありがとう……。そこに置いておいて欲しい……」

 

「お腹、空いていますか?」

 

「うん……。朝から何も食べてなくて……」

 

「では雑炊を作りますのでトレーナーさんは大人しく寝ていてください」

 

「そこまでしてもらわなくても…………いや、ありがとう、レイ……」

 

「どういたしまして」

 

 レイはキッチンへ向かう。片手に下げていた買い物袋を床に置き、料理の準備を始める。彼女にとっては初めての台所なので準備には若干手間取ったが、調理は滞りなく進んでいった。

 20分も経たない内に雑炊が出来上がる。ご飯はレンジでチンするだけのインスタント物。

 

「食事、出来ましたよ。トレーナーさん」

 

「ありがとう……」

 

 トレーナーはベッドから起き上がり、のそのそと机の前に移動する。

 

「卵とネギの雑炊です。まずは梅の付け合わせと一緒に食べてください」

 

 小皿に盛り付けられた雑炊。具材はたっぷりのネギと卵、加えて上にちりばめられた梅干し。

 雑炊の汁は粉末出汁で取った簡易的な出汁だが、水溶き片栗粉でとろみが付けられている。

 トレーナーは何気に手の込んだ雑炊を一口食べた。

 

「酸っぱい……」

 

 小学生のような感想を口にしながら、食べ進めるトレーナー。酸味には食欲増進効果がある。さらにとろみのある汁のおかげで、滑るように米が彼の喉を通る。

 あっという間に小皿が空になった。

 

「二杯目以降は好きな付け合わせで食べてください。梅、たくあん、昆布の佃煮、鮭フレークなど用意してありますから」

 

 熱で汗をかいた体が塩分を求めるのか、たくあんや昆布の佃煮を主な付け合わせとし、二杯三杯食べ進め、レイが作った雑炊を完食するトレーナー。

 

「ご馳走様……」

 

「風邪薬です。飲んでください」

 

「ありがとう……」

 

 風邪薬を白湯(さゆ)で流し込むトレーナー。ベッドに戻ろうと立ち上がるが、足元がふらつき机に手を付いてしまう。

 

「無理しないでください。私が支えますので」

 

「ごめんね……」

 

「いえ、こんな時ぐらいは私を頼ってください」

 

 トレーナーは肩を借りながらなんとかベッドまで戻り、横になる。

 

「おでこに張りますね」

 

 レイは買ってきた冷却ジェルシートをトレーナーの額に張り付ける。その際、指が彼の顔に触れた。

 

(熱い。何度あるんでしょうか……)

 

「熱、計りましたか?」

 

「計ってない……」

 

「ひどい熱です。タクシーを呼ぶので病院に行きませんか?」

 

「いや、良いよ……。今はじっとしていたい……」

 

「……そうですか」

 

 トレーナーはそれきり目をつむった。

 

 

 

 

 

 

 トレーナーさんは眼鏡をかけたまま寝始めた。そっと眼鏡を外し、邪魔にならない所に置く。

 改めて彼の頬に触れる。やはり熱い。何度熱があるのだろうか。立つだけでふらつくほど衰弱していた。微熱などと言う段階ではない。

 

「トレーナーさん……」

 

 看病に来る前はスターの言葉に浮かれた考えの一つや二つを持っていたが、今のトレーナーさんの状態を見ると、ただただ心配の感情だけが浮かんでくる。

 

「……ぅぅ……」

 

 トレーナーさんが眉をしかめて(うめ)く。それを見ると私の方まで苦しくなってくる。

 私の体調が悪化したわけでは無い。彼の苦しむ姿を見るのが苦しい。

 

 許される事ならトレーナーさんの苦しみを私が請け負ってあげたい。彼は私の後ろ暗い本能、(ごう)を半分背負ってくれた。だから今は私が……。

 

 風邪は移すと治るという迷信がある。なら私がトレーナーさんから風邪を貰えば、彼の風邪が治るだろうか?

 

 風邪はインフルエンザなどと同じようにウイルスの影響でそうなる。風邪を引いている人が咳やくしゃみをすると、飛沫と共にウイルスが空気中に散らばり、それを他の人が吸い込むことで感染が広がる。

 

 つまり直接彼の風邪ウイルスを体に取り込むのが早い。

 

 この時の私はトレーナーさんの事が心配過ぎて、正常な思考では無かった。迷信を根拠に行動しようとしたのはそのせいだ。

 

 とにかく彼の風邪ウイルスを取り込んで、風邪をうつしてもらおう。そう考えた私は、顔をトレーナーさんの顔に近付け…………唇を重ねた。

 

 何の感慨も無かった。しかるべき時にすれば、顔を赤面させ、心臓の鼓動が二倍速になっていた事だろう。

 しかし今の私にとってはするべき事をしただけ。感情が動くことは無かった。

 

 ちろ、と彼の口内を舐め、唇を離す。

 

「これできっと……」

 

 それ以降、私はベッドの横で、彼の様子を見守り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しんどい。

 頭が痛いわけでは無い。喉が痛いわけでは無い。呼吸が苦しいわけでは無い。

 ただしんどい。体が重い。安静にしているのに体の熱が自身を苛み続けている。

 

 意識を消してしまいたかった。寝るか気絶してしまえば、一時はこの苦しみから解放される。

 しかしこれまでに寝すぎたせいか、なかなか寝つけない。半覚醒状態のままうなされ続ける。

 

「……レイ……」

 

 なぜか担当バの名前を呼んでしまった。(かす)かな意識の中、手にひんやりとした感触が。

 

「はい。ここに」

 

 手に感じる冷たさが全身に広がっていく。熱に浮かされた体が少し楽になった。

 薄く目を開けると、見慣れた彼女の顔が見える。体の不調に引きずられ、不安定になっていた精神が落ち着く。

 

 彼女がそばにいてくれる。今はそれが何より頼りに思えた。

 

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