カーテンの隙間から朝日が漏れている。その光に反応してトレーナーの瞼は開かれた。
「う……」
トレーナーは、汗で寝間着が張り付いているのに顔をしかめる。すぐに布団をめくり、ベッドに腰掛ける体勢に。そして額に手を当てた。
平熱。体のどこにも異常が無い。
それを感じた彼は部屋の中を見回す。彼の目はソファで横になっているレイの姿を捉えた。
少しの間、彼女を見つめてから彼は浴室に向かった。
軽くシャワーを浴びた彼は普段着に着替える。そしてキッチンでコーヒーを淹れる。
彼が二つのマグカップを手に部屋に戻ると、ちょうどレイが目を覚ましていた。
「おはよう、レイ……」
「……おはようございます」
「コーヒー、機械で淹れたものだけど飲むかい……?」
「……いただきます」
レイはトレーナーからマグカップを受け取る。レイはブラックで、トレーナーはミルクを混ぜ、それぞれのマグカップに口を付けた。少しの間をおいて、トレーナーが口を開いた。
「一日中看病してくれたのかい……?」
「……えぇ。スターに頼んで着替えなども持ってきてもらいましたし、外泊届けも出しています」
「そうか…………。ありがとう……」
トレーナーの手がレイの頭に伸びる。彼女は頭を撫でられるがままにしていた。
「あ、っと……ごめ、ん……?」
不用意に頭を撫でてしまった事を謝ろうとしたトレーナーだったが、何か異変を感じて口をつぐむ。
頭を撫でていた彼の手は額や頬に移動する。
「レイ、熱が……」
レイはトレーナーの手を握り、ゆっくり引きはがす。
「……大丈夫ですよ。私、平熱が高いだけですから。コーヒーを飲んだらすぐ帰りますね」
急いでマグカップの中身を飲み干そうとするレイ。しかしトレーナーはその手を止める。
「ごめん、私の看病をしたばっかりに……」
トレーナーの言葉を聞いたレイは、悲しそうに眉を曲げた。
「……いや、ありがとう……。君の看病のおかげで私はすっかり元気になったよ……」
続く言葉を聞いたレイは顔を綻ばせる。尻尾が一跳ねした。
「……良かったです。トレーナーさんが元気になって」
「だから今度は私が看病する番だ……」
「……いえ、そうすればまたトレーナーさんが風邪にかかるかもしれません。幸い微熱のようなので、寮に戻って安静にしていればすぐ治りますよ」
「ならここで安静にして、風邪を治してから寮に戻った方が良い……。少しなら私も大丈夫だから……」
トレーナーはレイの手を優しく、しかし強く握った。
「……分かりました。少しの間、トレーナーさんのお世話になろうと思います」
「うん……。して欲しい事があれば遠慮せずに何でも言ってほしい……」
「何でも……」
レイは斜め上に目線をやり、少し考える。
「……では一つお願いを。朝ごはんは辛さ控えめのスンドゥブチゲにして欲しいです」
「分かったよ……」
もうしばらく二人の時間は続く。
ゥゥゥゥン…………
暖房の作動音が響く部屋の中で、二人はソファの上にいた。
レイはソファに横たわり、その頭は座っているトレーナーの膝の上にある。所謂、膝枕の体勢。
「……トレーナーさん、手を……」
レイがそう言うと、トレーナーは彼女の頬に手を触れさせる。
「……冷たくて気持ち良いです……」
トレーナーは指の甲、指の腹、手の甲、手のひらを順に押し当て、冷たさを余さずレイに届ける。
片手が終わればもう片方の手。再び同じように冷たさを届ける。頬と手の温度が同じになると役目を終えた手は頬から離れようとする。
しかし、離れ際にレイが頬をトレーナーの手に擦り付けた。その動きを受けてトレーナーの手は頬の上に留まる。
「……頭……」
小さな声がレイの口から洩れた。トレーナーに伝えようとして発した言葉ではない。考えていた事を無意識に漏らしてしまった結果だ。
その声はトレーナーの耳に届いたらしく、彼の手が彼女の頭に置かれる。
ぽす……とわずかな音の後、すっ……と指で髪を梳く音が断続的に部屋に響く。
レイは満足そうな表情で目を閉じる。朝に飲んだコーヒーのカフェインが切れたのか、彼女の意識はまどろみの中に溶けていった。
ガチャ
「ん、お帰り。看病お疲れ様」
場所は変わって学生寮。トレーナーの部屋ですっかり体調を回復させたレイが、スターとの相部屋に戻ってきたのだ。
「…………」
レイはスターに「ただいま」とも言わず、荷物を床に置いた後、ベッドに倒れ伏す。枕をがっしりと掴み、顔をうずめた。
「どうしたの? 風邪でも貰った?」
「…………」
レイは返事を返さない。
……ビリッ…………
「ん? 何か変な音が……?」
ビリッ……ブチブチブチブチ!
その正体はレイが枕を引きちぎる音。中の綿が露出しても、なお枕に顔をうずめるレイ。
「い、いきなり枕引き裂いて何やってんのよ……」
「うぅぅぅぅぅ…………! なぜ私はあんな事を……!!」
レイはベッドでじたばたと悶える。
「何? もしかして向こうで何かあった?」
レイの異常な様子に面白そうなものを感じ取ったスターは、ニヤリと口角を上げる。
「……今日の朝、トレーナーさんから風邪を貰ったようで熱が出たんです……。トレーナーさんは体調が悪かった私の看病をしてくれたんです……」
レイは枕に顔を埋めたまま話し始めた。
「は~、それで今日は帰りが遅かったのかぁ。それでそれで?」
「……体調が優れなかった私は、その、理性が弱くなっていたのかトレーナーさんに色々甘えてしまいまして……」
「具体的には?」
「……膝枕……頬……頭……」
「そんな暗号チックに言わなくても……。ま、とにかく膝枕してもらいながら顔中撫でてもらった、って事か」
面白い事を聞いた、という顔をするスターだが、どこか物足りなさそうでもある。
「う~ん、結構控えめだね。枕を引きちぎるくらいだから、てっきり弱っているトレーナーの唇を無理やり奪うくらいはしたのかと思ったよ」
びくり、とレイの体が震えた。
スターはレイの様子を見て、目を丸くする。
「……え? マジ……? 冗談のつもりだったんだけど……。え? 本当にやっちゃった……?」
ブチブチブチ……!
「違うんです……! あれはトレーナーさんのためにと思って……!
けしてやましい気持ちあったわけでは……! 医療行為! ただの医療行為なんです……」
「キスのどこが医療行為なのかは分からないけど、分かったから。……分かったから中綿まで引きちぎらない!」
その日、レイは枕無しで寝る羽目になった。