悪役(ヒール)と黒幕(フィクサー)   作:RKC

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二十話 帰省

 二階建てのどこにでもあるような一軒家。そこはレイの実家だ。レイは玄関前で白い息を吐いていた。

 しばらく立ち呆けていたが、やがて玄関のインターホンに彼女の手が伸びる。しかし、ボタンを押す手前で指が止まった。再び玄関前で立ち尽くす。

 

 彼女は両親の事を長い間避けていた。骨折をきっかけに、病院で和解したとはいえ、それだけで今までのわだかまりが全て無くなったわけでは無い。

 何度かお見舞いに来た両親とは会っているものの、それからしばらく間を開けての帰省。レイは両親と顔を合わせる事に躊躇(ためら)いを抱いていた。

 

 彼女はインターホンを押す代わりに、玄関のドアノブに手を掛ける。ガチャ、と控えめな音が鳴った。

 彼女は鍵がかかっていない事に少し驚いたが、扉を開いてそのまま中に入る。

 

 これといって特筆するべき所のない玄関。しかし、彼女にとっては懐かしい玄関だ。トレセン学園に入る前は毎日見ていた玄関。

 

 久しぶりの実家に、目を細めて昔を懐古する彼女。そんな時、廊下に出てきた母親が玄関に佇(ただず)む彼女を見つける。

 

「レ、レイ……!」

 

「……ただいま帰りました」

 

 驚く母親。顎を引き、気まずそうな顔をするレイ。

 

「帰ってきてたのね! 玄関は寒いでしょ? 早く中に入っちゃいなさい」

 

「……はい」

 

 破顔してレイを歓迎する母親に、彼女も雰囲気を和らげた。靴を脱いで廊下に上がる。母親の後を追うようにリビングに入ると、そこには父親もいた。

 

「お父さん! レイが帰ってきたわ!」

 

「ただいま帰りました」

 

「おぉ、お帰り。帰ってきてくれたんだな」

 

「大晦日と正月は二人と一緒に居ようかと。去年は帰省すらしなかったので……」

 

 レイのウマ耳が垂れた。それを見た父親は優しく声を掛ける。

 

「今年は帰ってきてくれたじゃないか。ほら、外は寒かっただろう。コタツに入ったらどうだ?」

 

 レイは小さく尻尾を振る。

 

「……分かりました。その前にお風呂に入ってきますね」

 

 荷物を置き、着替えを取ろうと衣装ダンスの方に向かうレイ。彼女はタンスの一番下の段を開くが、そこには何も入っていなかった。

 

「おいおい、着替えはトレセン学園に持って行っただろう」

 

「……そうでしたね。昔の癖でつい」

 

 レイは恥ずかしそうな顔をしながら、持ってきた荷物から着替えを取り出す。そして浴室の方に向かった。

 

 

 

 

 

 

 体を清めたレイはラフな格好に着替え、リビングに戻る。両親たちはコタツに入って、テレビを見ていた。その輪の中にレイも入る。

 

 しばらくは誰も喋らず、年末の特番を三人で静かに眺めていた。番組がCMに入った時、父親が口を開く。

 

「レイ、コーヒー飲むか?」

 

「そうですね。淹れましょうか」

 

「今日は私も飲もうかしら」

 

 テレビを消した後、三人は立ち上がり、キッチンへと向かった。キッチンには食器棚とは別に、ポット、グラインダー、フィルター、ドリッパー、サーバーなどコーヒー用品が並べられた棚がある。

 その棚から器具を取り出し、一通りの準備を終えた三人は棚の一番下を開く。そこにはラベルが張り付けられた茶色の紙袋が。ラベルにはコーヒー豆の銘柄が書かれている。

 

「父さんはサントスだ」

 

「アイリッシュコーヒー*1ですか? 昔から変わっていませんね」

 

「大晦日の夜だし、アルコールを入れようかなと……」

 

「お母さんはマンデリンかな。冷蔵庫から牛乳取ってこないと」

 

「ブラックで飲めないのは相変わらずですね」

 

「この年になると、そうそう味覚は変わらない物よ。ミルクを混ぜないと苦くて苦くて」

 

「レイはどうする?」

 

「私は……」

 

 どのコーヒー豆にしようかと目を滑らせるレイ。やがて、一つの紙袋を手に取った。

 

「ハワイのコナ……買ってくれたんですね。私しか飲まないのに」

 

「あぁ、レイの好きな銘柄だからな」

 

 コーヒーは肉や魚と同じ生鮮食品。密封状態で約90日。開封後は約30日程度が賞味期限だ。

 レイが二年ぶりに帰ってきたにも関わらず、彼女しか飲まない銘柄がある。それは昔の残りでは無く、わざわざ両親が買ってくれたという事に他ならない。

 

「……ありがとうございます」

 

 レイは尻尾を嬉しそうに二、三度揺らした。

 銘柄を選び終えた三人は、コーヒー豆を挽き始める。ゴリゴリ、と豆が砕ける音が響く。

 

「学校ではどうなの?」

 

 母親がレイに話しかける。

 

「赤点は取っていませんし、レースの方も観戦に来ていただいた通り好調でしたよ。今は療養中ですが」

 

「いえ、そうじゃなくてね……。その、友達とか、ちゃんと出来た?」

 

 腫れ物に触るように聞く母親。

 

「友達、ですか……」

 

 レイはコーヒーを挽く手を止める。

 

「一人だけ。不道徳な私には過ぎる、良い人です。

 彼女が背中を押してくれなければ、お二人を避けたままだったかもしれません。

 今こうして二人と……。お父さん、お母さんと一緒にコーヒー豆を挽く事も無かったかもしれません」

 

「そう、そんな子が……! お母さん、安心したわ。それとその子に感謝しないとね」

 

「それとトレーナーさんにもな。父さんと母さんは、彼に背中を押してもらったんだ。そうでなければあの日、レイの病室に行かなかっただろうから」

 

「……そうですね、トレセン学園では良い縁に恵まれました」

 

 三人はとっくに挽き終えていたコーヒー豆をグラインダーから取り出した。

 

 

 

 

 

 

 それぞれが自分のコーヒーを淹れ終え、コタツの中に入る。静かなリビングにコーヒーが喉を通る音だけが響く。

 レイのカップの中身が半分になる頃、父親が口を開いた。

 

「レイは向こうで好きな子でも出来たか?」

 

「……っ! げほ、げほっ……!」

 

 父親の発言にむせるレイ。

 

「お父さん。もう酔いが回ったの?」

 

 父親の発言を(たしな)める母親。父親のカップの中身はすでに空になっていた。

 

「す、すまない、レイ。思ったより酔っているようだ……。それにトレセン学園はウマ娘しかいないから実質女子高みたいなものだったな。男の子がいないなら浮ついた話も無いか」

 

 そう自己完結する父親だが、レイの顔が赤くなっているのを見て驚いたような表情をする。母親は何かにピンと来たのか、ニコニコと笑っている。

 

「あのトレーナーかしら? 真面目で誠実そうな人だったわね」

 

「わ、私の口から言ったわけでもないのに……」

 

 レイの遠回しな肯定の言葉を聞いた母親は“やはり”という顔で話し続ける。

 

「まぁ、トレセン学園で交流のある男性は限られるし、それにしたって担当トレーナーと恋仲になる……っていうのは昔からある事例だしねぇ。創作でもたまに見るわよ、そういう設定。

 お母さんも地方のトレセン学園にいた時はそういうの夢みてたのよ? まぁ、私の担当をしてくれたのは定年間際の歳を召した女性だったから、そういう事にはならなかったけど」

 

「そ、そうだったんですね……」

 

「あ、あぁ、そういう事か……」

 

 話をするレイと母親の隣で、父親は納得がいった、という顔をしていた。

 

「お父さん、そういう事ってどういう事?」

 

「いや何、トレーナーという発想が頭に無くてな。てっきり同性愛の気があるのかと勘違いしてしまっただけだよ。友達が一人だけいると言うからその娘かと」

 

「ス、スターと私が恋仲ですか。

 とはいえ彼女が男性だったとしたら…………。まんざらでもありませんね。一緒にいて楽しいですし、飽きる事はなさそうですから」

 

「あら、かなり仲良くしてるのね。……で? トレーナーさんの事はどう思ってるの?」

 

「誤魔化されてはくれませんか……」

 

 目を輝かせながら、話題を戻す母親に苦笑いをするレイ。こうなっては仕方ないと、話す内容を考え始める。

 

「…………彼と一緒に居ると、とても落ち着くんです。彼がそばにいるだけで心が満たされます。欠けていた心の隙間が満たされるんです。

 彼は私の事を受け入れて、一緒に修羅の道を歩んでくれましたから……」

 

 遠くを見つめるような表情をするレイ。トレーナーへと思いを馳せているのだろう。

 

「「………」」

 

 両親は少し悲しそうな、不甲斐ない、といったような表情を浮かべる。

 

「今も満たされていますよ。お母さんも、お父さんも、私を受け入れてくれましたから」

 

 レイはそうフォローする。それを聞いて両親は表情を和らげた。

 

「……そうか」

「……ありがとうね」

 

 レイの頭に両方向から手が伸びてきた。二つの手はレイの耳を避け、頭を撫でる。

 レイは目を閉じて、両親の手に身を委ねた。

 

 しばしの間、無言の時間が続いた後、レイが口を開く。

 

「トレーナーさんと一緒に居ると、落ち着くのもそうなんですが、それ以上に胸が高鳴る事もあるんです。例えば、ふと彼の香りがした時とか、彼に触れられた時とか。

 そ、それと……それ、と……………」

 

 レイの顔が一瞬で真っ赤になる。

 

「何を思い浮かべた事やら」

「が、学生の身として行き過ぎた行為はいかんぞ!?」

 

 呆れるような顔をする母親と、慌てる父親。レイは両手で顔を覆い、その場に寝転がる。

 

「まぁ、年齢差もあるし、担当とトレーナーの立場が有利に働く事も不利に働く事もあるだろうけど、頑張りなさい。

 卒業するまできちんと彼の心、引き留めておきなさいよ?」

 

「……善処します」

 

 レイは小さな声で母親に返事した。

 

「……もう11時半か。そろそろ年越しそばを食べようか」

 

 時計を見た父親がそう提案した。

 

「そうね、そろそろ作ろうかしら。レイ、具はネギとカマボコと海老天で良いわよね?」

 

「あ、七味唐辛子ありますか?」

 

 レイがそう言うと、両親は驚きを顔に表す。

 

「レイ、辛い物苦手じゃなかったか?」

 

「そうよ、カレーも蜂蜜とリンゴを混ぜた甘口じゃないと駄目だったのに…」

 

「つい最近、食べれるようになりまして……」

 

 レイはトレーナーの顔を思い浮かべ、やんわりと笑みを浮かべた。

 

*1
アイリッシュウイスキーにコーヒーを混ぜ、生クリームを浮かべたカクテル

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