悪役(ヒール)と黒幕(フィクサー)   作:RKC

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六話 黒幕

 5月23日。東京競バ場。

 

『さぁ、今日の第11Rは待ちに待ったオークス! 今、出場ウマ娘達がパドックで顔見せを行っています!』

 

『一番人気は当然この娘! 三枠プラムチェリー! 桜花賞では2バ身差で堂々と逃げ切り勝利を収めていました!

 このままオークスも勝ち、トリプルティアラにリーチを掛けるのか!?』

 

「頑張れー!」

「今日も一着とってー!!」

「あいつに負けんなー!」

 

『良い顔していますね。観客の声援もプレッシャーではなく、力に変えてくれそうです。好走が期待できますよ』

 

『続く四枠はこのウマ娘! 十八番人気、レイハウンド! 問題発言が祟ったのでしょう! 人気は最低です!

 しかし彼女は今まで不敗! 実力は疑いようがありません! 悪役としてオークスの舞台で大立ち回りを演じるのか!?』

 

「良く顔だせたな……」

「逆にメンタル強ぇよ……」

「引っ込めー!!」

「すっこんでろー!」

 

『ああっ! 批判はお止めください! 歓声はあくまで健全にお願いします!』

『表情も少し硬いですね。アウェイのような空気に委縮してしまっているのか。とにかくゲートインまでに落ち着いて欲しいですね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パドックを終え、レイハウンドとトレーナーは控室にいた。彼女はソファに姿勢よく座っている。

 

「…………」

 

「レイ、大丈夫かい……?」

 

「……ええ」

 

 返事をする彼女の手は震えていた。

 

 トレーナーはそれを見て、彼女の前で膝をつき、目線を合わせる。震える彼女の手を両手で包み、優しく言う。

 

「深呼吸を……。多少は落ち着くかと……」

 

「スー……ハー……スー、ハー……」

 

 しかし彼女の呼吸は浅い。緊張しているのがはっきりと分かる。手も震えたまま。

 

「全身に思い切り力を入れて……」

 

 グッ、と彼女の身体に力が入る。

 

「そのまましばらく……力を抜いて……」

 

「ふー……」

 

 力みから解放された彼女の身体は一時的に平静を取り戻す。

 しかし、数分と持たずに震えだした。今度は足。

 

「…………すみません。止まらなくて……」

 

 彼女は手で膝を抑え、無理やり震えを押し込もうとする。しかし効果は無かった。

 

「パドックでの事を気にしているのかい……?」

 

「……いいえ。いまさらあの程度の批判は気になりません。しかし、私が負けた時……負けた時は……。どうなるんでしょうかね……?

 記者会見であれだけ大口を叩いて、結果負けました、なんてことになれば……」

 

「…………」

 

 コンコン

「本バ場入場です」

 

「もう時間ですか……。行ってきますね、トレーナーさん」

 

 彼女は震える膝を何とか動かし、控室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い地下バ道。光が差す方向へ歩みを進める。

 その間考える事は今日と過去の比較について。

 

 過去のいずれの場合も、私は無責任に戦ってきた。レースで標的を負かせば愉しい。負けても愉しくないだけ。

 プラスに振れる事はあっても、マイナスになる事はない。

 

 しかし今日は違う。事前に挑発をしてしまった今、負ければ観客の批判はより力を持ち、鋭い暴言となって私を貫くだろう。

 加えて、負けてしまえばその暴言を私は甘んじて受け入れるほかない。言い訳は決して出来ないのだ。

 

 これほどなのか……負けられないプレッシャーというのは。

 

 人生で初めての感覚に自分がこのレースに出ている目的すら忘れ、ただ負けたくないとだけ思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さぁ、次々とウマ娘達が本バ場入場してきます! その中で最後に現れたのはレイハウンド!』

『少し速足ですね。緊張してしまっているかもしれません』

 

 

 

「そりゃそうだろ。なにしろ観客のほとんどが敵みたいなもんだからなぁ……」

 

 実況、解説の声を聞き、そう呟くのはシューティングスターのトレーナー。その横にはシューティングスターもいる。

 菊花賞で競う事になるだろうと思って、偵察に来ているようだ。

 

「レイ、ガチガチじゃん。もうちょっと図太いかと思ってたけどそうでもないんだ」

 

 シューティングスターは失望の感情を顔に浮かべる。

 

「おいおい、その評価は少し酷じゃないか? あいつの立場になったら誰だって委縮するだろ」

 

「だから普通はああいう立場にならない様に上手く立ち回るんじゃん。

 わざわざ自分からその立場に立って、委縮するなんてバッカみたい。選抜レース以降、敵視して損した。

 トレーナー、もう帰らない? 見るだけ無駄だよ」

 

「ここまで待ったんだ、もう5分ぐらい追加で我慢しろ、スター。

 ……つーかあいつはどこにいんだ? 場所間違えたのか? もうすぐ自分の担当が走るってのに……」

 

 きょろきょろと辺りを見回すスターのトレーナー。その時、

 

「退けぃ!」

 

 そんな声が観客席に響き渡った。二人は何事かと、声がした方を振り返る。

 

「前を開けよ。このバッジが見えんのか?」

 

 すると黒いローブにトレーナーバッジを付けた人物が、人ごみを割って最前列に進み出てくるのが見えた。

 

「あれは……まさかアイツか? それになんだあの長い髪。ウィッグ?」

「レイのトレーナーじゃん。……うわ、こっち来るし」

 

 そのままスターのトレーナーの横まで歩いて来た彼は、辺りから一身に注目を浴びながらも大声で叫ぶ。

 

「レイ!! 我が篤実(とくじつ)なる猟犬よ!!」

 

 

 

 

 

 

 大きな声に私は振り向く。視線の先には長いウィッグを付け、真っ黒な外套を纏ったトレーナーさんが。

 

 私だけでなく、観客、果ては実況、解説の人達ですら無言。

 誰もが彼を見つめる中、彼はゆっくりと動いた。

 

 バサリと黒の外套をたなびかせながら、バ場にいるプラムチェリーを指差す。

 

「……(にえ)が足りん。手始めにそこのスモモとサクランボを狩って来い」

 

 威風堂々、悪役(ぜん)とした態度のトレーナー。

 

(そもそも私から悪役のような発言をしてしましたからね。

 これからはもっとそれらしく振舞いましょうか。もちろんトレーナーさんもご一緒に)

 

 前に私が言ったのを守ってくれたのだろうか。

 それとも私の緊張をほぐすために芝居を打ってくれているのだろうか。

 はたまた私と一蓮托生、運命共同体となるため、わざと観衆の前で黒幕のロールプレイをしたのか。

 

 彼の真意は分からない。

 ……なら私の方で勝手に解釈をしてしまおう。

 

 強張(こわば)った私の身体はいつの間にか弛緩していた。

 顔に悪戯っ子のような笑みを浮かべ、鷹揚にお辞儀を返す。

 

「ご命令とあらば、仰せのままに……」

 

 赤信号、二人で渡れば怖くない。私が負ければ一緒に破滅ですね、トレーナーさん。

 会見ではあくまで中立的に発言をしていましたが、そこまでやってしまっては言い逃れできませんよ?

 

「……くふっ……」

 

 平静を取り戻した私は獲物の方を向き、静かに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「………………はぁぁぁああああ!!????」」」

 

 トレーナーとレイの演劇が終わり、しばらくは静寂が続いていたが、すぐに怒号が押し寄せる。

 

「プラムがお前らみたいなのに負けるわけないだろ!!」

「こんな奴らに負けないでー!!」

「会見の時とキャラ違くね?」

「引っ込めー!!」

「というかなにちゃっかり最前列に居座ってんだよ!!」

 

『あぁーっ! 観客の皆さん! 落ち着いて!! 落ち着いてください!!』

『すごい嫌われようですね。物が飛び交わないだけ、ましかもしれません』

『そんな事まで解説しなくても良いですから!!』

 

 色々な声が混ざり、てんやわんやになる場内。

 レイのトレーナーはすまし顔でその最前線にいた。その隣にいるスターのトレーナーは気が気でないが。

 

「お、おい……」

 

「下賤で矮小なる人ごときが気安く話しかけ……っと、君か……。何か……?」

 

「何か? じゃねぇだろ! この後始末、どう付けるんだよ! というか何だその恰好! その口調! 頭イカレちまったのか!?」

 

「格好と口調について、女装をする君にとやかく言われたくないけれど……。とにかく私は至って正気だよ……。

 そしてこの騒ぎの後始末の付け方は彼女次第かな……」

 

 彼の目線はゲートインを待つレイの方へ。それにつられてスターのトレーナーもバ場の方へ目を向ける。

 

「彼女? ……レイハウンドか?」

 

「ええ……。彼女が勝てば非難の声を聞き流しながら魔王のようなロールプレイをすれば良し……。

 負ければ暴言を浴びながらの敗走かな……。ライブにも出ない方がよさそうだ……」

 

「本当に大丈夫かよ、おい……。こんだけ悪目立ちしちまって、マジでどうなるんだ……?」

 

 スターのトレーナーは頭を抱えて、顔を青くしている。一方でレイのトレーナーはいつもの調子だった。

 

「まぁ、何とかなるよ……。そんな事より彼女の緊張が少しでも解れていれば良いんだが……」

 

「それなら心配いらないと思いますよ……。レイ、もう自然体だから。

 レイのトレーナーさんは勝った後の演技でも考えていれば良いんじゃないですかね」

 

 スターはゲートイン寸前のレイを見ながらそう言う。

 

「そうかい……。同室相手の君がそう言うのなら心強いよ……」

 

「とはいえ勝つと言い切るのは流石にじゃないか? レースに絶対は無い。何があるか分からねぇだろ?」

 

「下手に緊張なんかしなければ、あいつには絶対がある。……不確定要素になれるのは私だけだよ、トレーナー」

 

 スターは鋭い目つきでそう言った。

 

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