悪役(ヒール)と黒幕(フィクサー)   作:RKC

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七話 オークス

 レイとそのトレーナーの振る舞いによって、一時は騒がしかった東京競バ場。しかし、ウマ娘がゲートインする時間になると、流石に騒動は下火に。

 

『客席でひと悶着ありましたが、各ウマ娘ゲートインを終え……今スタートしました!! やはり飛び出すのはこの娘、プラムチェリー! 抜群のスタートセンスでトップに躍り出た!』

『素晴らしい反応でしたね。他のウマ娘達も遅いというわけではありませんでしたが、その中でも特に速かったです』

 

『その後ろにはレインボーループ、クラウドヘイブン、シーストリームと続きます』

『各ウマ娘、それぞれ得意な走りをしていますね。これは実力が出るレースになりそうです」

 

『そして(くだん)のレイハウンドはここにいるぞ! 後方三番手! かなり後ろの方から前を狙っている!』

『彼女の一番の武器はスパートでの末脚ですからね。今は様子見といったところでしょうか』

 

 

 

 

 

 

『さぁ、軍団は第3コーナーに差し掛かってレースも終盤、今一度順位を振り返ります!

 前を走るのは相変わらずプラムチェリー! 続いてシーストリーム、レインボーループ、アメノシズク……っと!? 五番手にはレイハウンド!

 いつの間に上がってきていたのか!? 少し目を離した隙に……まるでワープしたかのよう!! こうして実況している内にも順位を上げているぞ!』

『凄い伸びですね。この勢いのままごぼう抜きもありえますよ』

 

『最終直線に入り、他の娘達もスパートに入る! 東京の直線は500もあるぞ! 後ろの娘達にもチャンスはまだある!

 ……しかし伸びてこない! 前を行く二人が速すぎるのか!? 先頭を逃げるはプラムチェリー! それを追うのはレイハウンド! 差がどんどん詰まっているぞ!

 5バ身から4バ身……3バ身……猟犬の牙が迫ってきている! プラムチェリー、粘れるか!? もう既に差は一バ身…ついに並んで、いや! 並ばない!!

 更に速度を上げるレイハウンド!! 併走など許さない! 恐ろしい切れ味だ!!』

『上り坂なのにあのスピード。すごいパワーですよ」

 

「止めろーー!!」

「お前なんかが勝つなー!!」

「プラムの邪魔すんなー!!」

 

『観客の非難を尻目に、今ゴールイン! 一着はレイハウンド! 二着のプラムチェリーに六バ身差! 三着はアメノシズク!

 一着のタイムですが……い、1:56.21秒!! これはレコード一歩手前!』

『素晴らしい走りでしたね。GIの舞台で六バ身差というのは並大抵ではありませんよ』

 

『堂々の一着! しかし……』

 

「「「…………」」」

 

『歓声がありません……! 重い雰囲気! これほど静かなオークス、(わたくし)初めて体験いたします!』

『観客のどよめき、愚痴がここまで聞こえてきそうですね。あからさまなブーイングが無いだけましでしょうか』

 

『当の本人は……っと、プラムチェリーに近寄っています!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ……はぁっ…はぁ…はぁ…」

 

 膝と手を地面に付き、息を整えるプラムチェリー。そこに近付く黒い影が。

 

「いい勝負でした。プラムさん」

 

 レイは、うなだれるプラムに対して手を差し出す。

 

「…………っ……」

 

 プラムは上を向く事も無く、うずくまったまま。

 

「おや、握手していただけないので?」

 

「…………」

 

「ずっと俯いたままでは私が愉しめないので……失礼」

 

「っ……!」

 

 レイは膝を付き、プラムの頬を手で挟み込む。

 そして優しく、ゆっくりと、彼女の顔を上げさせる。

 

 弱弱しい抵抗。プラムの顔はすぐにレイの目に晒された。

 

「…………くふっ……くふ、くふふふふふ……っ」

 

 笑い声に釣り合うような底意地の悪い笑みを浮かべるレイ。

 

「トリプルティアラの夢破れ、観客の声にも応えられず、負けてしまったアナタはそんな顔をするんですね……。

 失意、不甲斐なさ、無念、後悔……いや、無念や後悔とは違う……絶望?」

 

「っ……!」

 

 プラムはビクリと体を震わせる。

 

「……そうですか、アナタは絶望してしまったんですね。

 私の走りを体験し、この先覆す事ができない程の圧倒的な差を感じてしまった……だからこその絶望。

 きっと、今日のアナタは過去一番の走りが出来たのかもしれません……。

 自分の才能、今までの努力を全て出し切った最高の走り……。それを私にすべて否定され、折れてしまったんですね……。 

 ……くふ…ふふふふ…………っ!」

 

 表情から彼女の内面を勝手に分析するレイ。その行為はまるで咀嚼。

 獲物を噛み、砕き、口の中で調和させ、味わっているかのよう。

 

「ひっ……ぐ……」

「……おや、涙が。可愛い顔が台無しですよ?」

 

 プラムの目じりに浮かんだ涙を指で(すく)うレイ。

 その際、プラムの耳元に顔を近づける。

 

「ご馳走様でした。次は……無さそうですね。アナタの味、よく覚えておきましょう……」

 

 それだけ耳打ちして、レイは悠々とバ場を後にする。

 静まり返った観客達と崩れ落ちているプラムを背中にしながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レースは終わってウイニングライブの時間。しかし場は異様な雰囲気に包まれている。

 

「結局アイツが勝っちまったな……」

「はぁ~……プラムがセンターで踊る所を見たかったのによぉ……」

「あんな奴がセンターのライブなんか見たくねぇよ……」

「でもまぁ、センターサイドのプラムが見られると思えば……」

「次は頑張れよー! プラム!」

 

 ウイニングライブ。本来ならば勝ったウマ娘がセンターで踊れる栄誉を飾り、応援してくれた観客・ファンに対して感謝の気持ちを表す場面だ。

 ファンもウマ娘を全力で応援する。翌日、声が出なくなるまで応援する人もいる程。

 

 しかし今、センターを飾っているウマ娘を応援する声は無い。その横にいるプラムチェリーを応援する声がまばらに聞こえてくる程度だ。

 しかも、応援されるプラムは非常にぎこちない笑顔しか浮かべられていない。レイに心をへし折られた彼女。最後の責務を果たすため、ライブの場に立っているだけ気丈と言えるだろう。

 

「予想はしてたけど想像以上だなこりゃ」

「そうだね……。気にして何かミスをしないと良いんだけど……」

 

 観客席の最前列にスターのトレーナーとレイのトレーナーはいた。スターは「ライブまで見る義理は無い」と言って、先に帰っている。

 

 不穏な空気の中、ついにライブが始まった。

 センターで堂々と踊るレイには剣呑な視線が向けられていたが、それも最初だけ。ミスの無い彼女のダンスと歌。それはセンターとして申し分のないパフォーマンス。

 しかしその表情だけは不気味だ。ニヤリというオノマトペが似合う、底意地の悪そうな笑みを浮かべて踊り続けるレイ。

 

(くふふ……。良い……。プラムチェリーに期待していた観客達の残念そうな顔、失望した雰囲気……。

 大勢の期待を挫いたのはこれが初めてだけれど、思ったよりも愉しい……。

 そして私が完璧なライブをこなすことで、観客達の期待を裏切られた鬱憤の晴らす場もない。

 私がミスをすればけなして憂さ晴らしも出来るのだろうけど。……くふっ……)

 

 センターで踊る彼女は満たされていた。しかし、それはレースで強敵を倒して一着を取り、センターで踊る事に対してではない。

 一番人気のプラムチェリーを下し、多くのファンが期待していたウイニングライブを台無しにすることに対してだ。

 そして推しが負け、悪役がセンターで嬉々として踊るさまを見るファンたちの顔は優れない。

 

 今のライブ会場はウイニングライブとしてあるべき姿を失っていた。

 

 そんな中、曲はセンターのソロパートに入る。レイが前に出て、一人で歌唱する。その途端、観客席のサイリウムの動きが止まった。

 

(随分と嫌われているようで…。けれど心地良い。ライブを形無しにしている実感がひしひしと湧いてくる。本来、センターで踊るはずだった彼女を押しのけ、私がセンターの座を蹂躙している実感が……)

 

 センターのソロパートを終え、センターサイドのパートに入る。少しの休み時間。

 

(トリプルティアラの二冠目でこれなら、無敗のクラシック三冠を阻止したのならいったいどれほどの……)

 

「く……ふふっ……」

 

 ピンマイクを一時的にオフにし、密かに笑うレイ。

 

(来週の日本ダービー、スターにはぜひとも頑張って欲しいですね。私のためにも勝ってくださいよ……)

 

 そこで彼女の意識は現実に戻ってきた。センターサイドのパートでは、彼女のソロパートの時とは違って、サイリウムがリズムよく動いていたり、合いの手が上がっていたりする。

 

「…………」

 

 それを見て、レイは少し悲しそうな顔をした。

 

(本性を隠して走っていれば、私もあんな風に応援してもらえたのだろうか……。

 いや、本性を隠したまま応援してもらっても、それは本当の私を肯定してくれた事にはならない。きっと虚無感に襲われるだけ……)

 

 そう納得しようとするレイだが、応援してもらっているウマ娘を見る目には羨望の感情が浮かんだまま。

 

 しかし全体パートに入る前には、その感情を作り笑いの下に押し込めた。機械のように正確な踊りと歌を披露する。

 

 そして曲は二番に入り、再びセンターのソロパートに。やはりと言うべきか、サイリウムの動きが止まる。

 

 レイの眉がほんの少しだけ下がった。

 

(人の希望、期待を挫いておいて応援してもらおうと言うのは虫の良い話……。悲しいと思うのは私が欲張りだからだろうか……)

 

 その時、最前列で八つのサイリウムが揺れた。レイの目は動く光に惹きつけられる。

 

(トレーナーさん……)

 

 彼女の視線の先には彼女のトレーナーがいた。5本の指の股に4本のサイリウムを挟み、大きく腕を振っている。

 

 彼のすぐ横でもサイリウムの手が上がった。スターのトレーナーだ。レイのトレーナーを見て、しょうがねぇな、と言う顔でサイリウムを振っている。

 

 そして観客席の所々でもサイリウムの手が上がり始める。まるで彼のサイリウムの光に触発されたかの様に。

 揺れるサイリウムは非常にまばらで、全体から見れば1%にも満たないだろう。

 

 しかし、彼女を応援する色とりどりの光が確かに揺れていた。

 

(隠れていただけで、私を応援してくれるひねくれ者もいるんですね……)

 

 彼女の作り笑いが、いつに間にか自然な笑みに変わっていた。

 

(そんな奇特な皆を引き出してくれたのはトレーナーさん。本当にあなたは私が望む物をいつもくれますね……)

 

 機械のように正確な彼女の踊りと歌に変化が現れた。踊りには柔らかさと不自然にならない程度のタメが。歌声には大胆な伸びが。

 

(愉悦はこれまでで十分楽しんだ。今は私を応援してくれる奇特な人達、そしてトレーナーさんへの感謝を込めて踊ろう、そして歌おう……。精一杯の心を込めて……)

 

 この時、ウイニングライブは少しだけあるべき姿を取り戻した。

 

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