悪役(ヒール)と黒幕(フィクサー)   作:RKC

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八話 幕間

 5月30日。東京競バ場。

 

『さぁ、先週に引き続き今週もGIレースです! クラシック期の優駿を決定する日本ダービー!! 最も運の良いウマが勝つと言われていますが、果たして幸運の女神がほほ笑むのはどのウマ娘か!?』

 

『パドックで顔見せしているのは堂々の一番人気! シューティングスターです! ここまで無敗の一等星!! 流星の如き速さで今日も一着をもぎ取るのか!?』

『彼女の武器は速さもさることながら、縦横自由自在のフットワークと視野の広さにも注目したいです。

 彼女がバ群に飲まれる事はまず無いので、見ている方も安心して応援出来ますね』

 

 

 

 

 

 

 東京競技場で日本ダービーが行われようとしているその時、レイとトレーナーの二人はトレーナー居室にいた。

 

「そろそろじゃないかな……」

「もうそんな時間ですか」

 

 レイがコーヒーカップ片手にリモコンを操作し、テレビをつける。

 

『第四コーナー曲がって最終直線へ!! シューティングスターは内側に居るが大丈夫か!? 

 前を塞がれて……っとぉっ!? う、内から!? 外ではなく内から来たぞシューティングスター!!

 コーナーで膨らんだバ群の内をスルスルと抜けて先頭に立った!!』

『素晴らしいセンスですね。外ではなく内を最短距離から行ったので、足も残っているはずです。これは一着、ありますよ』

 

『前を塞ぐ者がいなくなった今、彼女は止まりません! 一気に加速し、トップを走る走る!! 今、一着でゴールイン!!

 クラシック三冠の二冠目、日本ダービーを制したのはシューティングスター! また一つ無敗記録を伸ばしました!! このまま無敗のクラシック三冠を達成できるのか!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くふっ……」

 

 テレビ画面を見つめるレイの口元が歪む。

 

「悪い顔が出てるよ……」

 

 トレーナーに指摘され、口元を手で隠すレイ。

 

「……失礼しました。しかし……ふふっ……すみません、くっ……ふふふ……っ!」

 

 笑い声を抑えきれないレイ。しばらくの間、顔を伏せて体を揺らし続ける。

 

「彼女には感謝しないといけませんね。最高の舞台を整えてくれましたから」

 

「そうだね……。君の目的は一人だけでは完結しない……。

 優秀なライバルが居ることは幸運だったね……」

 

「ええ、本当に……」

 

 薄ら笑いを浮かべながら、レイはコーヒーカップに口を付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつもの居酒屋。スターのトレーナーは手にスマホを持ち、レイのトレーナーに見せている。

 

「ほら、この記事見てみろよ。

『菊花賞、勝つのは流星か猟犬か!?』

『最も強いウマ娘は王者シューティングスターか? はたまた性悪レイハウンドか?』

 こっちに至っては『勇者シューティングスターvs魔王の使いレイハウンド!!』なんて書かれてるぞ」

 

「二つ名がまったく統一されてないね……。それに勇者に対してなら魔王が適切だろうに、魔王の使いとは……」

 

「そりゃここに魔王がいるからな! 居酒屋で飲む妙に庶民的な魔王がな!」

 

 スターのトレーナーはレイのトレーナーの肩にわざとらしく手を置く。

 

「私が魔王なら君はさしずめ……何だろうね……? 勇者に付き沿う大男……小間使いとか……?」

 

「えぇ……? 魔王に魔王の使い、勇者ときて俺は小間使いかよ。一気にグレードダウンしたな……。

 せめて執事ぐらいには……いや、いっそのこと女装してメイドってのも……」

 

「またシューティングスターに引かれるよ……」

 

「いや、構わない!! 俺はオークスでお前らから己を貫き通す勇気を学んだ!

 俺は周りから何といわれようと好きな時、好きな場所で女装をする!!」

 

 スターのトレーナーは拳を握り、胸を叩いた。

 

「まぁ、迷惑防止条例に引っ掛からない程度にね……」

 

「そんな事よりだ。10月の菊花賞、ついに俺らの担当がぶつかるわけだが……どうよ?

 勝算の程は?」

 

「君は担当を慰める準備をしておいた方が良い……。それだけ言っておこうかな……」

 

「おいおい、自信満々だな! ……というより、お前、そういう迂遠な言い回しをするタイプだったっけか?」

 

「いや……。オークスでのロールプレイが残っているのかな……。それともレイに影響されたのか……」

 

「確かに。もったいぶったようなセリフ回し。言われてみれば、あいつっぽい喋り方だ」

 

「やはり人は他人から影響を受けるものだね……。彼女から私にと言う事は、当然、私から彼女にも……。

 気づかない内に悪い影響を与えてなければ良いのだけれど……」

 

「そうだな。お前の壊滅的なセンスの無さとか、わけわからん比喩の仕方とかが移ってなければ良いな」

 

 レイのトレーナーは眉を少しだけしかめた。

 

「失礼な……。センスはともかく、他の人がついてこれていないだけで的確な比喩を行えているよ……」

 

「比喩ってのは分かりやすく例えるのが本懐だろ? 他の人がついてこれてない時点で比喩としては的確じゃねぇよ」

 

「それは……、………………」

 

 その言葉に対して、レイのトレーナーは何も言葉を返せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウィーン……

 

「…………ねぇ」

 

「なんでしょうか?」

 

「それ……何?」

 

 寮の廊下でレイと鉢合わせたスター。目の前の光景に、つい彼女の口から疑問が飛び出た。

 

「これですか? 電動車椅子ですよ」

 

 レイは発言通り、電動車椅子に乗っている。

 

「いや、それは見れば分かるんだけど……。なんでそんなもんに乗ってるの? しかも寮の廊下で……」

 

「ああ、理由の方でしたか。足に負担を掛けないようにですよ。

 私は骨が弱いですからね、練習しない時は出来るだけ座っていようかと。

 それに漠然と立っていると、どうしても片足に体重をかけてしまったりしますからね。体幹や骨が歪んでしまわないようにという意図もあります。

 さっき届いたようなので試乗しているのですよ」

 

「えっと……いや……えぇ……?」

 

 困惑するスター。

 

(いや、言わんとする事は分からなくもないけど……そこまでする? ふつー……)

 

 呆れ気味なスターを他所に、レイは車椅子を扉の横に停車させ、ダストカバーをかける。

 

「外に停めといて良いの? これ」

 

「寮長に許可は取ってますよ。部屋に置くには大きすぎるでしょう?」

 

「まぁ、それはそうだけど……。

 邪魔になるなら買わない方が良かったんじゃないの? 毎日こいつに乗るのもいちいち面倒だろうし……」

 

「面倒なのは確かですね」

 

 レイはスターの横を通り過ぎる。

 

「しかし、これぐらいやらないと菊花賞のアナタには勝てそうもありませんので」

 

 すれ違いざまにそう言って、レイはさっさと自室に入っていってしまった。

 

「…………」

 

 廊下に残されたスターは壁に寄り掛かる。

 

(レイ……僕に唯一土を付けたウマ娘。

 そこまで本気って事は、今の僕になら負けるかもしれない、って思ってるはずだよね)

 

「……ふん。リベンジ、やってやろ―じゃん……」

 

 スターは手のひらに拳を突き合わせ、そう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 季節は初夏から盛夏へ。

 

 トレセン学園も普通授業は夏休み。長期休暇という事で、トレセン学園付属の合宿所に泊まり、特訓するウマ娘達もいる季節だ。

 しかし、レイとトレーナーの二人はトレセン学園に残っていた。

 

「夏休みなのに合宿所にも行かず、トレセン学園でトレーニングしてるけど……。良いのかい……?」

 

「ええ。別に合宿所に行かなければいけない、というわけでもないでしょう?」

 

 額を流れる汗をタオルで拭きながら、レイは答える。

 

「それはそうだけど……。同じトレーニングでも新しい場所ですれば、気分も変わって効率が上がるとも言われてるし……。

 変化は人を新鮮な気分にするからね……」

 

「変化というなら長期休暇中のトレセン学園もいつもと違って良いじゃないですか。

 いつもなら騒がしい校舎も人が少なくて静か。トレーニングコースも空いてて走りやすい。

 同じ場所なのに違う所に居るような情緒を感じませんか?」

 

 レイに振られ、トレーナーは辺りを見回す。

 

「言われてみれば確かにそうだね……。今なんて朝早いとはいえ、私達以外には人がいないし……」

 

 朝日が完全に昇り切っておらず薄暗い中、トレーニングコースには二人以外に誰もいない。

 しかもトレーニングコースの周りは土手で囲まれており、外の世界から隔絶されたような雰囲気が漂っている。

 

「…………まるで世界に二人っきりみたいですね」

 

 レイはトレーナーに流し目送りながらそう言った。

 

「二人っきり、か……。トレーニングコースから出たら外にはゾンビが溢れてたりするかもね……」

 

 トレーナーの返しを聞いて、顔をしかめるレイ。

 

「…………まったく、雰囲気が台無しですよ」

 

「雰囲気通りじゃないかな……?

 少し前に見た映画ではこういう良い雰囲気の後、ゾンビが大量に乱入してきたんだけれど……」

 

「どんなB級映画を見たんですか……。はぁ……」

 

 レイはため息を付きながらトレーナーのそばに寄る。

 

「まぁ、さんざん変化について話してきましたが、変わらない方が良い物もあるでしょう?」

 

「変わらない方が良い物……。例えば……?」

 

「そうですね……。

 私がコースを走って……その横にトレーナーさんが居て……そういういつも通りの光景ですよ。

 それさえ変わらなければ、他はどれだけ変化してもかまいません。トレセン学園だろうと合宿所だろうと競技場だろうと……」

 

「…………」

 

 トレーナーは黙ったまま、レイを見つめる。二人ともそのまま動かない。

 

 この場には二人しかいないと言うのに、その二人が動かないものだから、あり得ない程に静か。

 吹く事しか出来ない風と、鳴く事しか出来ない蝉までもが己の役割を怠惰に放棄しているせいで、周囲の時間が止まってしまったかのよう。

 

「……お、お喋りはこれぐらいにして練習を再開しませんか?」

 

 沈黙に耐えかねたレイは目線を下にずらし、時を動かした。

 

「あ、うん、そうだね……。ごめん、少し見つめすぎたかな……」

 

 バツが悪そうに謝るトレーナー。

 

「い、いえ、大丈夫ですよ。……嫌ではありませんでしたから」

 

「そうか……。じゃあ練習を始めよう……」

 

「ええ」

 

 二人は今日も同じ時を過ごす。菊花賞に向けて。

 

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