悪役(ヒール)と黒幕(フィクサー)   作:RKC

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九話 シューティングスター

 季節は夏から初秋へ。

 天高くウマ娘肥ゆる秋。トレセン学園の食堂にはいつにもましてテーブルの皿の量が多い。

 その食堂の一角にウマだまりが出来ていた。

 

「スター先輩! 一か月後の菊花賞頑張ってくださいね!」

 

「うん。応援ありがとう」

 

 ウマだまりの中心にはシューティングスターがいた。

 

「絶対三冠取ってくださいね!! それも無敗の!」

 

 スターは少し困ったような表情をする。

 

「……そうだね。三冠目指して頑張るよ」

 

「レイハウンドなんかに負けないでくださいよ!?」

 

 スターの顔が若干強張(こわば)った。

 

「……もちろんそのつもりだよ。期待しててね」

 

「あっ! それと週末は待ちに待った秋のファン感謝祭ですよね! スター先輩はどんな催しをするんですか?」

 

「確か……男装して、女装したトレーナーと一緒にダンス、だったかな……」

 

「えぇ~! 先輩、男装するんですか!? ぜひ見に行かないと!」

「だよねー! めったに見れるもんじゃないよ!!」

 

「楽しみにしてくれてるようなら何よりだけど……。

 完全にトレーナーの趣味だよねこの出し物……」

 

「先輩、何か言いました?」

 

「な、何でもないよ……あはは……」

 

「ダンスが終わったら私達のクラスにも来てくださいよ!! カフェやってるんで!」

「あっ! 抜け駆けずるい! 私達のクラスに来てくださいよ! ライブやってるんですけど、先輩なら飛び入り参加OKですよ!!」

「いやいや! こっちのクラスにぜひ! 私たちのクラスは……って」

 

 そんな風に盛り上がっていた食堂だが、一人のウマ娘が入ってきただけで静かになる。

 

ウィーン……

 

 その正体は電動車椅子に乗ったレイハウンド。

 

「せっかく盛り上がってたのに……嫌なの見ちゃった」

 

「というか何なんですかね、あの車椅子。前からそうでしたけど、なんで乗ってるんでしょうか?」

 

「脚に負担を掛けないように、って言ってたかな」

 

「負担……って、それだけのためにずっと乗ってるんですか!?」

 

「バカみたいだよねー。なんていうの? 意識高い系って言うんだっけ、ああいうの」

 

「あそこまで行くとねー……私、普段からレースの事しか考えていません、って感じで鼻につくなー」

 

「言えてるー!」

 

「もしかして寮の部屋でも乗ってるとか!? 先輩、どうなんですか! 確かあいつとは二年生に上がった時に同室になったんですよね? 部屋にも持ち込んでたらマジやばくない!?」

 

「あんなのに負けないでくださいよ!! 菊花賞! ここにいるみんなで応援しますから! あいつに赤っ恥かかせて……」

 

 ガラッ!

 

 スターは椅子を後ろに蹴とばし勢いよく立ち上がる。

 

「……みんなごめん、先生に呼ばれてたから先に行くね」

 

 彼女はぶっきらぼうにそう言い、食堂を後にした。

 

 

 

 

 

 

 時は放課後。トレーニングコースではたくさんのウマ娘達が練習に励んでいる。

 その中でもウマ密度が特に高い場所が。

 

「スター先輩! 凄かったですね、さっきの一本! タイムは何秒だったんですか!?」

 

 やはりその中心にはスターがいた。

 

「トレーナー、何秒だった?」

 

「50:84。かなり良かったぞ」

 

「えー! 51秒切ったんですか!? 速すぎませんか!?」

 

「あはは……ありがとね」

 

 口ではそう言うが、表情はやや堅い。

 

「先輩! 次は併走ですよね? わ、私としませんか!?」

 

「うん、良いよ。僕が先行でも良いかな」

 

「はい! 先輩の走り、参考にさせてもらいます!」

 

「あっ! ずるい! 先輩! 私と併走してくださいよ!」

「私とも! お願いします!」

 

「ちょ、ちょっとみんな……」

 

 併走を迫られるスター。後輩に詰め寄られ、仰け反っていた所に後輩のある一言が。

 

「あいつ……もう練習切り上げてる……」

 

 その場の皆が同じ方向を向く。視線の先には、やはりと言うべきかレイがいた。

 

「まだ日も沈んでないのに……サボり?」

 

「あんなんでもGI出れるなんて……ホント不公平」

 

 スターは前髪をいじり始める。

 

「……別にサボってるわけじゃ……。レイは骨がもろいから早めに切り上げてるってだけで……」

 

「えー……でもズルいですよね。スター先輩はこんなに頑張ってるのに。あいつはちょこっと練習するだけで速く走れるなんて……」

 

「だよねー。あーあ、あんなのが居ると頑張るのがバカらしくなっちゃう……」

 

「おい、お前ら……」

 

「併走!……やるんでしょ。早くやろ」

 

 見かねたスターのトレーナーが注意しようとするが、それより先にスターの大声が場を支配した。

 

「えっ……あ、はい!」

 

 スターと後輩が横並びになり、スタートポジションに入る。

 

「トレーナー、合図」

 

「……よーい、始め!」

 

 併走開始の合図が出た瞬間、スターは本気で地面を蹴る。

 

「えっ! これ併走じゃ……は、速っ!!」

 

 後輩は置いてけぼりを食らった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間が経ち、日が沈んだ。今は夜間照明が辺りを照らしている。さっきまで僕にまとわりついていた奴らも練習を切り上げ、静かな中で練習出来ていた。

 

「はっ……はっ……はっ……」

 

「良し。今日の練習は終わりだ。しっかり柔軟しておけよ」

 

 タオルで汗を拭き、水筒を空にした後、片づけをしているトレーナーに話しかける。

 

「ねぇトレーナー、ちょっとプール行ってきても良いかな? ゆっくり泳ぐだけだからさ……」

 

「ん? それぐらいなら良いぞ。けどあんまり張り切るなよ? 結構きついトレーニングやった後だ、無理したら()るかもしれん」

 

「うん、分かってる。柔軟は泳いだ後にするから」

 

 僕はトレーナーに背を向け、その場を後にしようとする。その時、後ろから声が掛かった。

 

「スター、ちょっと待ってくれ」

 

「なに?」

 

 振り返ると、トレーナーは心配そうな表情を浮かべていた。

 

「遠慮して言えないようなら、俺から言っておこうか? あの後輩達に」

 

「……いいよ、そんなことしなくて」

 

「けどよ……」

 

「いいから。それじゃ」

 

「……また明日な」

 

 僕はトレーナーと別れ、室内プールに足を向けた。その足取りはかなり乱暴。

 ここ最近イライラする事が多い。もちろん人前では出来るだけ表にしていないが。

 

 思い出すのは今日のお昼の事。

 

(レイハウンドなんかに負けないでくださいよ!?)

 

(バカみたいだよねー。なんていうの? 意識高い系って言うんだっけ、ああいうの)

 

(あんなのに負けないでくださいよ!! 菊花賞! ここにいるみんなで応援しますから! あいつに赤っ恥かかせて……)

 

(えー……でもズルいですよね。スター先輩はこんなに頑張ってるのに……あいつはちょこっと練習するだけで速く走れるなんて……)

 

(だよねー……あーあ、あんなのが居ると頑張るのがバカらしくなっちゃう……)

 

「……っ!!」

 

 反射的に近くにあった自販機を蹴り飛ばしそうになった。

 すんでの所で踏みとどまる。今、脚を傷つけるような行為をするわけにはいかない。

 

 ざり……っ! ざり、ざり……っ!

 

 代わりに極限まで耳を引き絞り、右足で前かきをする。

 

 ……「なんかに」? 「あんなのに」? 僕の前でレイをそんな風に呼ぶな……!

 成績を見てみろ。そう言っているお前らの方がよっぽど「なんか」「あんなの」だろうが……! 有象無象どもめ……!

 

 「バカみたい」? 「意識高い系」? レイは僕に勝つために必要だと思っているからやってるんだぞ?

 周りにどれだけ罵られようと馬鹿にされようと必要だと思うからただやってるんだ……お前らにそんな事が出来るのか? 

 

 それにレイは結果をだしてるだろうが! 何が意識高い系だ……! レイより成績が悪い癖にレイの事をバカにするな……!

 

 「ちょこっと練習」? 「頑張るのが馬鹿らしい」? あいつは骨が弱くて実際に走る練習が出来ない分、プールでの練習と座学をずっと頑張ってるのを知りもしないで……! 「悪役」って肩書と上辺だけ見て勝手にレイを評価しやがって!

 

「ふーっ……ふーっ……ふーっ……」

 

 酷く息が荒れている。それに気づくと、怒りに染まっていた頭が冷静さを取り戻していった。

 

 レイの陰口を叩かれてイラつくのなら、あいつらと縁を切れば良い。それが一番手っ取り早い。

 

 とはいえそれが出来れば人もウマ娘も有史以来、対人関係で悩んでこなかっただろう。そもそも陰口を叩かれるのにはレイにも原因がある。

 あいつがもう少しまともなメディア対応をしていれば、あそこまで悪しく言われることはなかったはず。

 

 とはいえ、私個人としては彼女の思想が悪いとは思ってない。

 選抜レースの時は面食らったけれど、何のために走るのか、そんなものは人の自由だろう。だからそれだけでレイが批判されるのが、頭では理解できても心では納得できなかった。

 

 レイは僕より速いんだから僕より評価されるべきなのに……! どうして……

 

 レイに対する評価が自分と他人で違っているのにどうしようもないイラつきを覚える。

 

「…………くそっ……」

 

 もやもやとした思いを抱えながら、僕はプールへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 仏頂面のまま更衣室で着替え、室内プールに足を踏み入れる。時間も遅いためか、中には数人のウマ娘が居るだけだった。

 

「おや……? これから泳ぐのですか?」

 

 プールサイドまで近寄ると、プールの中から聞きなれた声が。

 

「レイ……」

 

 彼女の琥珀色の瞳が僕の目を捉える。そのまま見つめ合って、しばらくすると、

 

「練習熱心なのは良い事ですが、もう少し落ち着いて取り組んだ方が良いかと」

 

 イラついていた私の心の内を見透かしたような言葉を掛けてきた。

 

「落ち着こうと思って落ち着ければ苦労しない……。というかなんで分かるの?」

 

 耳にも尻尾にも、当然顔にも感情が出ない様にしていたつもりだったが。

 

「何となく」

 

「何それ……。原理はともかく便利そうだね、その能力。」

 

「えぇ、特に相手を負かして愉しむ時とかは役立ちますよ?」

 

 気味の悪い笑みを浮かべながらそう言うレイ。

 

「……はぁ、そんなんだから陰口叩かれるんだよ」

 

 もっとまともにしてたら電動車椅子の件も、早めに練習を切り上げる件も、もう少し前向きに捉えられていたはずなのに。

 

「陰口ですか。私もずいぶんと嫌われたものですね。

 まぁ、あれだけの事をした後ならば致し方無し、と言った所でしょうか」

 

 レイは事もなげにそう言った。

 

「……全然気にしてないの?」

 

「ええ。人づてに陰口を叩かれてると聞いただけでヘコむ程度のメンタルなら、とっくに首をくくっていますよ」

 

「ま、それもそっか……」

 

 ハシゴを使ってプールの中に入る。

 

「んで? レイはどれくらい泳いでんの?」

 

「10kmほど」

 

 10km。ウマ娘がそこそこのペースで泳いで二時間程かかるだろうか。

 レイがコースでの練習を切り上げたのが二時間ほど前だったから、それからずっと泳いでいるわけだ。

 

「えらい頑張ってるね」

 

「まぁ、骨がもろいせいで走れる時間が限定されますから。その分は負担のかからない方法で鍛えませんと」

 

「…………」

 

 ぎり……っ。

 

 レイが遅くまで頑張っているのを再確認すると、後輩の陰口を思い出し、また腹が立ってきた。

 

「……泳ぎましょうか」

 

 歯ぎしりをする僕にそう提案してくるレイ。

 

「……うん」

 

 息を吸い、水の中に潜る。そのまま壁を蹴って、けのびで水中を進む。

 

 水中は静かだ。雑音に惑わされる事は無い。やっと静けさを取り戻した気がする。

 

 

 

 気づけば反対側に手が付いていた。

 

 もう50m泳いだのか……。

 

 水中でターンをしてもう一度壁を蹴る。

 

 

 

 壁を8回ほど蹴った所で、息が苦しくなる。4往復泳いだところで足を付けた。

 

「ぷはぁっ! はぁ……っ! はぁ……っ!」

 

 水面から顔を出し、荒れた息を整える。平常時の呼吸に戻る頃、横から声を掛けられた。

 

「素晴らしい肺活量ですね。400m息継ぎなしとは」

 

 そう褒めてくれるレイだが、僕より先に泳いで待ち構えていたようなので素直に喜べない。

 

「そっちの方が速いじゃん」

 

「私は息継ぎをしながら全力で泳いでいましたし、比較するのはナンセンスかと。

 それに水泳で速くても意味が無いでしょう。私たちは水泳選手では無いのですから」

 

「それはそうだけどさ……」

 

 どうしてもレイには対抗心を抱いてしまう。

 

 僕に唯一勝ったウマ娘。

 公式ではないが、選抜レースで僕の無敗を破ったウマ娘。

 自分が最強最速だと信じて疑わなかった僕の鼻っ柱をへし折ってきたウマ娘。

 

 ……次は勝つ。

 

 そんなことを考えていると、

 

「ありがとうございます」

 

 急にレイがお礼を言ってきた。

 

「え? な、何に対して?」

 

 困惑する僕に、レイはゆっくりと語りかける。

 

「無敗で二冠を取った事に対してです。アナタという同期のおかげで、私は過去最高の晴れ舞台を手に入れたのですから。

 夢を阻止するには夢を打ち立てようとするライバルがいませんと……こればかりは自分の力だけではどうにもなりませんからね」

 

 夢を阻止、か。

 僕にとっては、三冠はもうどうでも良い物だ。レイに勝てれば舞台はどこでも良い。彼女を引きずり出すために二冠を取り、決戦の場面が三冠目と言うだけの事。

 

 だから彼女の言っていた事は少しズレているのだが、わざわざ指摘する必要もないだろう。今の私の夢はレイに勝つ事。結果はほとんど変わらない。

 

「……ふん、僕に負けて泣いても知らないから。

 あれだけメディアの前であれだけ大口叩いたんだから、下手したら競バ界に居られないかもよ?」

 

 対抗心からか、つい脅しのような発言をしてしまった。しかし、レイは相変わらず涼しい顔をしたまま。

 

「確かに。今の私は勝っているからこそ掛けられる言葉はギリギリ批判止まり。負ければ暴言の嵐でしょうね。そうなったら競バ界には居られないかもしれません……。

 けれど、それはそれで良いかもしれませんね。トレーナーさんと共に罵られ、表舞台から姿を消す。その後は隅っこの方でひっそりと。それもまた悲劇的でロマンチックな……」

 

 トレーナーの事を話し始めたレイはどこか嬉しそうに見える。いつもの事だ。

 

「……レイ、本当にトレーナーの事好きだよね」

 

 僕が揶揄(からか)う様に言うと、レイは顔を赤くする。照れ隠しなのか、レイは反論してきた。

 

「好きと言うのは少々浅い言葉ですよ。私と彼はもう一蓮托生、運命共同体なのですから。

 例えるならばそう、連理の枝」

 

「連理の枝?」

 

 聞きなれない言葉に首をかしげると、レイが補足説明してくれる。

 

「おや、知りませんか? 連理とは、別々に生えた二本の枝が連なって木目を同じくする事です。

 生まれた場所も違えば、異なる時間を過ごしてきた私とトレーナーさんがトレセン学園で相混じった……まさに連理の枝と言えるでしょう」

 

「知らないよそんな難しい言葉……というかレイ、そんな比喩表現するタイプだったっけ?」

 

 僕がそう聞くと、レイは驚いた表情をする。すぐに柔らかい笑みに変わった。

 

「それもまた連理、ですよ」

 

「いや、ぜんぜん分からんけど……」

 

 なぜだか嬉しそうにしているレイに、少し気が抜けてしまった。

 

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