有翼のリヴァイアサン   作:ヤン・デ・レェ

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第五話 皇帝とは

第五話 皇帝とは

 

 

 

 

バルカン=テトラ神聖帝国。森林帝国の名で知られるこの帝国にとって皇帝という存在は二人といない。

 

万世一身制。国家の最高法規に刻まれる複数の例外なき絶対法の一つとしてそれは知られる。

 

条文は以下の通りである。

 

[バルカン=テトラ神聖帝国は神聖皇帝によって統治される。神聖皇帝位は帝国建国の爾後、永久にテトラ・バルカン・ドラコニウス・ノトヘルム=ノトガーミュラー・バシレウスが有するものとする。これは万世に渡り唯一無二である。この法規を改めることは例外なく認められない。]

 

魔物と呼ばれてきた存在。彼らの祖先は遥か遠くの星から移住した異星人の末裔である。神代に故郷である宇宙に寵愛されて生まれた宇宙の意志を体現する奇跡の存在こそ御宇(ユーニアスター)であった。

 

 

その存在は唯一の奇跡である。

 

 

御宇の不老不滅に服属した古の民は繁栄を享受したが、人間種との競争に敗北した。敗者達は命辛々に現代にも遺る古の大森林へと落ち延び、そこで御宇の再来をただひたすらに耐えた。神代にこの星へ渡った祖先達の遺産。ロストテクノロジーにより構成された森林の自動迎撃機能だけを頼みとして。

 

御宇は不老不滅であって不死ではない。御宇は癒しを齎す奇跡そのものであるが故に、その玉体は癒しの奇跡と引き換えに人間の子供ほどの膂力しかなく、無限の魔力を持ちながらも相手を傷つける力を行使できないという誓約に囚われている。

 

太古に人間に敗北した理由もまた、御宇が人間の異世界人と勇者の手により殺されたからである。

 

一度失われた御宇は果てしない年月の果てに再臨する。ロストテクノロジーは御宇の存在が有れば必要のないものである。故に、その存在が一度消失したことで初めて発動した。失われた御宇の魂が受肉する事で、ロストテクノロジーは役目を終えた。

 

再臨した皇帝の一日は幸福に満ち溢れていなければならない。

 

そう発言したユリアナは即位と戴冠を済ませたばかりの皇帝に軍事統帥権、絶対命令権、国家私有権、戦争権…他複数の絶対権を付与しこれの剥奪を絶対法で例外なく禁じた。

 

過剰にも思える采配にはユリアナの溺愛の度合いがいかに莫大なのか、その甚だしさが伺える。

 

元より、この国において皇帝に忠を誓わないものは殆どいないだろう。神秘的な何か、存在するかもわからないものに対して傾倒するよりかは遥かに信仰する価値があった。例えなくとも、森人達が崇敬して止まない皇帝には彼らにのみ通じる、言外のカリスマが溢れていた。

 

それは千年や二千年で足りない歴史の蓄積の中で培われた、人間への憎悪や憤怒への裏返し、眩しいほどの希望、神威が再臨したという事実から胸を満たす筆舌に尽くし難い歓喜。

 

そして、その受肉に至るまでの道のりを守るべく立ち上がるという絶対の大義。それまで蔑まれてきた、追いやられてきた者たちが、はじめて太陽の光を全身で噛み締めたのだ。

 

皇帝として坐しているのは単なる便宜上の処置にすぎない。本来の御座はむしろ玉座ですら霞んで然るべき、人間種が狂気を上げて渇望してもこれまでも、未来にも与えられない無限の宇宙から奉戴された奇跡なのだから。実体として存在するソレは、もはや人間種にとっての神以上の何かである。

 

ただ、信服する。平伏し、全てを献じて、身命をとして守護する。そうすれば繁栄を、豊かさを齎してくれると幾千年の間、絶えることなく伝承されてきたのだ。

 

そして、現実としてテトラを奉戴して以来。ほんの数十年で森人の生きる環境は飛躍的に向上した。

 

失われていた全てがまるで最初からあったかのように、むしろそれ以上のものがもたらされた。信仰なり、忠誠なり、彼らが感じた感動を言葉で表現すれば、救世主への報恩や崇拝が全てであっただろう。

 

帝国は皇帝の私物である。そんなことが許されるのも、議会の賛成を満場一致で勝ち取るのも、全て彼が、テトラが図らずとも齎した事実に基づいたものだった。

 

彼が皇帝として、その権能に見合った責務を果たさんと、微笑ましい頑張りを見せるのはそう遠くない未来の話である。

 

そして、彼が最初に自らの権威のもとに下す勅許が結果として大陸全土の国家への宣戦布告となることもまた、未だ誰も預かり知らぬ近い将来のことである。

 

 

 


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