有翼のリヴァイアサン   作:ヤン・デ・レェ

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第七話 皇帝と昼間のお勉強

第七話 皇帝と昼間のお勉強

 

 

どうも皇帝です。みなさんがご覧の通り、俺は甘やかされております。いや、なんかもう介護だよね。まだ体は小さいからぎりぎり保育かもしれないけど、それにしたった今日はまだ一度も箸とかスプーンすら持たせてもらってない。水飲むためのコップすら持ってない。恥はないのかと聞かれればすごく困る。だって、ユリアナママはめちゃくちゃ完璧なのだ。そのタイミングといい、一匙、一口の量といいちょうどいいんだもん。口移しだって、俺はユリアナママ以上に口移しが上手い人を見た事ない。いや、俺も経験などユリアナママが初めてなのだが…。それはさておき、今日は少し楽しみにしていることがあるのだ。そろそろくる頃だ。

 

コンコンと言う音と共に身長2mはあろうかという巨躯の黒森族の女性が入室してきた。

 

「おはようございます陛下。五騎筆頭、幕騎のセキウ、参上いたしました。」

 

ズバ!と効果音がするようなキレキレの拝手で朝の挨拶をしてくれたのは幕騎大将軍のセキウテクナイ。正式には籍羽狄古乃と書く。何と古代文字と呼ばれている漢字名である。人間や森人(フォームレスト)の中でも黒森族(ダークエルフ)と白森族(ライトエルフ)しか読めないらしい。俺が読めることを伝えた時は「流石です!!」と頭のてっぺんが禿げるくらい撫でられたものだ。

 

実は彼女、赤さん生活で荒んだ俺の心を癒してくれる貴重な存在でもある。

 

「おはようセキウ。今日は何をするの?」

 

「はい!今日はこちらを勉強しようかと思いまして、大軍学院の書庫から持ち出してまいりました!」

 

「わぁ!帝国の法令大典だね!」

 

「はい!今日はコレで我が帝国の身分制度とその法について学んでいただきます!」

 

「よろしく!セキウお姉ちゃん!」

 

「〜〜〜!!凄くイイです!ありがとうございます!で、では!まずは民の身分制度について学びましょう。」

 

「姉」制度。五騎大将軍による皇帝近侍職の持ち回りが可決された時、一緒にユリアナママが議会に通した制度だ。皇帝近侍職は皇帝の姉として実の家族以上に絆を深めるべし。近侍職は妻にして姉であり、護衛でもある。役割が多いな、と思ってはいけない。一応志願制である。百年先まで埋まってるらしい。

 

さて、俺がセキウを気にいっているのは彼女が絵に描いたような銀髪赤眼の黒森族(ダークエルフ)の超絶美女だからというだけではない。身体もグラマラスで胸も尻も大きいかもしれないが、俺は純粋にママとしか見れなくなってしまった。コレも全部ユリアナママのせいである。それに、外見は完璧かもしれないけど彼女は、というか森族(エルフ)は腕っ節が強い。ファンタジーの定番のか弱い森族(エルフ)など見た試しがない。俺と同い年の子供エルフですら人間の成人男性二人分の背筋力があるのだ。なのに顔も身体も美しいと言う不思議。一度どうしてか聞いてみたら俺が望んだかららしい…あ、そっすね。まぁ、脳筋森族(エルフ)の中でもセキウは特に異常で巨人族より剛力だ。背筋力は怖くて聞けなかった。少なくとも大軍学院(軍人の大学校)の訓練施設にある訓練用の鉄柱は全て持ち上げられたらしい。大軍学院には巨人族(ジャイアント)の士官も通っているので彼らも使うはず…まぁそう言うことだろう。

 

話が逸れた。彼女が俺の癒しになってくれているのは、彼女がしっかり期待してくれているのかわかるからだ。勿論、ユリアナママや他の義姉達も皆俺に期待してくれている。けれど、それ以上に過保護で酷い時だと何も自分で物を持たずに終わる日がある。今までで一番酷かったのはその日一度も足を地面につけないで過ごしたこともある。まだ二ヶ月くらいしか過ごしてないのにコレである。どことなく受け止められる自分にもびっくりだ。

 

でも、やはり愛されるのは嬉しいし、過剰であれば胸焼けもする。そんな時に、セキウやハミルカスのような存在が癒しになってくれるのだ。セキウは武人の極みに居るみたいな人だけど、大軍学院の首席をとれるくらいのスーパーエリートでもある。彼女は真剣に俺と向き合ってくれるから、俺も皇帝になったからには誰かの役に立ちたいと考えていることを後押ししてくれてる。其の気持ちを素直に彼女に伝えると、「尊い皇帝を敬愛するのは当然だけど、誰かのために頑張ろうとする皇帝はなお愛おしい」と言ってくれた。ありがたい。あと重いな…ありがとう。それ以来、こうして俺が皇帝として君臨してる国のことや人間の国のことについて教えてくれるのだ。

 

「陛下。我が国にはいくつかの階級がございます。軍人と文官でも違いますし、特に軍階級や文官の序列は職位と言われます。」

 

椅子に座るセキウの膝に座らされ、絵本を読みきかせてもらう時みたいな姿勢でセキウ先生の授業が始まった。彼女が時折身じろぎすると俺の頭が二つの霊峰にバインバインとはたかれる。勉強すればするほどバカになりそう。エッチな気分にはならないけど…甘えたくなってしまう。もはや病気である。

 

「また、職位とは別に官位が存在しています。これは皇帝への忠誠や名誉の高さを評価されて昇降致します。これは文武民の3種類、それぞれ上/准/少の三段階あり、正/従の2種類存在します。官位が高いほど高い確率で名誉ある職務に就きやすく、陛下に近しい身分といえます。」

 

セキウ先生の言う官位は滅多に聞かないけど、人事を司る部署ではかなり重要らしい。専門用語かな?

各省庁の人事は皇帝に近しいほど名誉が高いため実務能力と忠誠心が重要視される。職務態度や勤続年数、従軍経験などを参考に一年に数度官位の昇降または維持が勧告される。軍人は兵位、文官は書位、民間人は民位という官位を持てるらしい。

 

「さらに、コレとは別に存在するのが国民の身分制度です。これは臣民位と言います。公種、貴種、市民、臣民、間民、兼民の六区分に分けられます。この制度は帝国の暦にあたる御宇暦005年に制定された二級法令である臣民令に基づきます。」

 

身分制度…これはアレルギーがある人が多い繊細な問題だと思う。帝国のソレはかなり独特で、二重国籍者や人間種が移住間もない時に与えられる兼民という身分にさえ衣食住と義務教育と医療保障が国の負担で保証されている。

 

驚くべきことだけど、帝国では資本主義も共産主義もバッチコイで部分的に導入されていて、貨幣経済も普及しているのに経済格差からくる社会問題が発生してない。

 

これは国民のほぼ九割九分が森人(フォームレスト)であり、彼らは豊かな生活や蓄財よりも、皇帝への忠節や名誉をかなり極端に重んじる。逆に、敵対者への名誉とか常識とかは全く無頓着で、極端なまで非情になれる。興味のあるなしが乱高下してるな…。

 

そもそも、仕事という概念は衣食住の満たされた生活に娯楽成分やメリハリを齎すため、皇帝の富を増大させて名誉と忠誠を捧げるためという側面が強いらしい。働かなければならないという考え方があったのは最初の三十年までだったらしい。魔導技術の発展や国土の開発と文武官と産民の徹底的な分立分業が進み、極端に機能的な国家に辿り着いたのだ。自由が何より尊重される元いた世界の日本と比べると窮屈な面もあると思うかもだけど、それが民族性だと言われれば何もいえない。それに俺が思うよりずっと帝国は豊かなのだ。結果的に、この身分制度もいかに皇帝に近いか、名誉と忠誠が高いかを明確にするための謂わば自慢や勲章に近い。少数派の人間種の民からの不満も少ないらしい。敢えて明確な格差を上げるとすれば、公種や貴種、市民なんかは俺が住む国都テトラリアに居住する権利があるが、それ以下の臣民、間民、兼民は国都や公都への居住の自由がないこと位だ。

 

むしろ、間民や兼民は基本権利としての衣食住の保証がついたまま、納税義務が無いのでまず生活苦に陥ることはない。そのうえ、住めないだけで国都や公都への留学は身分に関係なく無償であるし、長期宿泊も可能である。あってないようなものだと俺なんかは思ってしまうが、そう言ったらセキウからわかってないなコイツみたいな顔をされた。ダメな皇帝ですみません。彼女曰く、国都や公都みたいにより皇帝に近い所に住むことは、より近くに神様がいるみたいなものらしい。崇拝をキメ過ぎてる国民の皆さんが心配です。俺は自分がとんでもない存在に転生したことに少し遠い目をした。

 

「職位、官位、臣民位…ここまではよろしいですね?次が最も重要な制度の一つですので覚えておいてくださると私も嬉しく思います。」

 

セキウ先生はいつの間にか教科書をほっぽり出して両手で俺を抱きしめている。身動き取れなくされてしまったけど、授業は続行するみたいだ。

 

「それは家格制度といいます。家格とは専門職に着くための免許を発行してもらえる派閥に分かれた道場のようなものだとお考えください。生まれに関係なく受け入れてくれる所もあれば、血族主義や民族主義で縛りがあるところもあります。」

 

この国にも差別とかそういうのがあるんだなと思った。まぁ、それも規制されない程度なのだから根強くのこる有害な伝統というよりは単純に考え方の一つとか、同人の集まりみたいなものみたいだ。

 

「家格は上から特令官家、上監家、執官家、下監家、令官家、使士家の六区分です。」

 

「先程の順で拝命できる役職が限定されています。人間の国で言う爵位に近いかもしれません。特令官家は総監職と執政官職以上の、官位で言うところの正上兵位、正上書位、正上民位相当以上の、臨時で大権を付与されるような家格です。平時は一個下の上監家と同じで総監職か執政官職につくことがほとんどです。」

 

「二番目に高い家格は先ほど説明に登場しました上監家です。例外を除けば最高位の家格となり、この家格をもつ家は極めて少ないです。ちなみに私は自分の代から特令官家の家格を頂きました。エルフは名前が皆さんよりも複雑ですので、私の名前を例に家名を説明しますと、名前が籍、字名が羽、家名が狄古乃となります。なので、ユリアナ様のお名前のように直すとテクナイ・セキ・ウとなります。字名は特別な意味を持つ大事な人にだけが呼んでいい名前のことです。なので、私のことをセキウと及びになって宜しいのは世界でも陛下だけです。父や祖父にもセキとしか呼ぶことを許しておりません。家族以外は私のことをテクナイと呼びます。ユリアナ様を同じようにお呼びすると、ツェーザル様、もしくはカエサル様となります。ユリアナ様のお名前の中だとディクタトラは陛下から賜った唯一無二の神聖名ですから、陛下以外が呼ぶと物理的に首が飛んでしまいますね。」

 

首が飛ぶんか…神聖名の重さが俺には衝撃的であった。なんでも褒章とかの意味もあるらしく、昔の武将みたいに褒美に名前をやろう的なやつらしい。それを俺が同じようにすると名前が石板に刻まれた上で保管され、他の人間が侵してはならない一つの権利扱いになるらしい。俺は真剣に軽々しく名前をつけてはいけないことを学んだ。

 

「話が逸れてしまいましたが上監家は総監職に就ける家格で、平時における最高位の家格です。三番目は執官家といって執政官(コンスル)に就任するとこができる家格です。これは少し特殊で、後程学ばれることになる血族の中から一定する選挙で選出される役職ですので、高い家格ではありますが上監家ほどではありません。その下の下監家は次監(クンクタートル)に相当する職に就ける家格です。数は執官家より少し多いくらいです。その下の令官家は現場のトップに相当する役職を担う家格です。軍だと大兵官や総兵官、文官だと大法官や総法官が挙げられます。官家は多いですが、監査令や尚書令を輩出する令家の数はそこまで多くありません。最後の使士家は最も多い家格です。」

 

監査令とか尚書令とかは元いた世界での扱いで言うと事務次官とか次長みたいな感じかな?国でも指折りに優秀な官僚とか、法の知識があって法に厳格な人が選ばれるらしい。

 

「家格は1代限りのものですので人間のように何代も引き継ぐことはできません。臣民位は生まれた家や血族から引き継ぐことができるので、実務能力の高い人材を養成するために家格制度はあると言えます。大抵は私のように若いうちに高い家格を持つ人の、望ましいのは現職にある人の家格に弟子入りでも養子入りでもいいので入ることです。家格に入れてもらったらその人の補佐官として働きつつ家格推薦状をいただき、これを各省の人事部署に上申して認められれば晴れて家格獲得です。要約すると、才能のある人を才能のある人が育てる制度ですね。特令官家や上監家レベルになると流石に推薦状一枚では難しいので、先に官位なりをとって置いて、推薦状と一緒に出すか、もしくは陛下からの勅任や勅許をいただく必要が出てきますので難易度は高いですね。」

 

前回の授業でのセキウの話によると、大抵の職位、官位、臣民位は俺が下す勅許に任免権とか付与権があるらしい。…確かに、行政の長で首相に当たる執政総監がユリアナママだからな…。あり得ない話じゃないと思った。戴冠式とか即位のすぐ後に、聞いたことのない、それこそ子供が考えた最強の権力を山盛りに与えてきた時は少し引いちゃったからな。国の名前にも、首都の名前にも、ついでに貨幣の名前にも。テトラ、テトラ、テトラ…。全部に俺の名前を使うくらいだ。あの義母はこの国でも特に俺を甘やかしすぎだと思う。有難いけど、この国の将来が心配だ。俺がしっかりしなきゃと思う。

 

其の後も幾つか重要な制度や経済の話を教えてもらった。途中から俺の頭をいつもみたいに、無心でなでりこなでりこし始めたセキウは幸せそうだった。俺は禿げないか心配だった。

 

そんなこんなで、気がつけば三時間が経っていた。

 

もう直ぐ午後一時になる。いつもよりも有意義に時間を使えた気がする。この後の俺の予定は午後一時から遅めの昼食。午後三時からお茶会をユリアナママと、セキウとの三人で楽しむ。

 

其の後は勅許の必要がある重要事項の処理と、公種や貴種の人たちとの謁見。上奏があれば適宜受け付けて、少しずつ皇帝としての仕事を勉強していくのだという。


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