有翼のリヴァイアサン   作:ヤン・デ・レェ

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第二十一話 勇者

第二十一話 勇者

 

 

 

「おぉ!!陛下!テクナイ大将軍!!ご無事でございましたか!!!」

 

「陛下!!この度は何と!何と申し開きを致せばよいか!!!」

 

「それはあとでいいよ。まずはどうしてこうなってるのか教えてほしいな。」

 

「呂文桓殿、オドアラク殿、あなた方も無事で何よりだ。」

 

陣地と言われていたそれは騎馬の死体と兵士の死体と物資運搬のための荷車などを防壁代わりにしたものだった。その陣地の中心でテトラは将軍二人と再会を果たした。

 

「はい。陛下、私の方からご説明させていただきます。現在までわかっていることは敵兵は恐らくログリージュ王国兵であること、我々の隊列の真横に垂直に北より奇襲が仕掛けられたこと、敵兵は騎兵が主体であること、恐らく魔導を利用した兵器か火薬を用いた火筒を多用してくること、そして敵方には勇者なるものが指揮官として存在していることです。」

 

「他には何かないか?我々の現状戦力は?」

 

テクナイの追求に進み出たのは呂文桓だ。

 

「はっ!そのことに関しては私が御報告いたします。第一攻撃により前衛と後衛が分断され、前衛と合流する前に後衛は壊滅。敵は我々の隊列を三分割した上で最後尾から各個の背を穿つ戦術を繰り出して参りました。ツェーザル家の私兵団は現地に残り時間稼ぎのために格闘したため分離奮戦中ですが流石は総監の私兵なのか粘り強く損失は軽微です。」

 

ユリアナの送り込んだ黒備はやはりというか優秀だった。呂文桓としても予想以上の練度に驚きつつ、その半数を自由にさせることで敵の包囲を防ぐ役割を負わせていた。何とか構築した陣地からは未だ彼らが奮戦しているのが、遠くの砂煙でわかる。彼らには第一波を生き残った歩兵、騎兵と共に連携をとりながら漸次撤退するように伝えていた。

 

「我が隊はここに集結して陣地を構築しました。陛下の御車を横転せしめたのは敵の炸裂する鉄筒によるものでした。反応が遅れ、剰え陛下の御身を敵陣に残した大罪は陛下の玉体を公都にお届け奉ったのちにしかと頂きたく。」

 

「…うん。わかったよ。二人ともありがとう。」

 

二人に状況説明を求めたテトラ。しかし、彼らもまた状況を完全には把握しきれていないというのが実情だった。相手が人間の兵隊だということ、初めて剣を向けられたこと、全てがテトラにしてみれば悪い意味で新鮮な体験だった。恐怖や悲しみ、困惑など…どれもそれまで城や国都の中では決して味わうことのなかった感情だった。テトラは自分の手足が震えていることに気がつかないフリをした。暑いわけでもないが冷めた汗が額を伝った。

 

「閣下!新手です!!あ!敵方が包囲を開始しました!!」

 

「何!?新手の兵種は何か!!」

 

「重騎兵です!!恐らく二千!!」

 

「敵の後詰めか!」

 

悲鳴が届き、呂文桓が受けた。軽騎兵より遥かに重厚な圧力を発しながら今にも防陣を踏み潰さんとする重装騎兵隊が向こうに見えた。騎馬と兵士双方の体格がいいこともあるがその身を覆う分厚い鉄色のプレートアーマーがより一層彼らを大きく見せていた。

 

「いかがいたしますか!!」

 

「やりたくは無かったが重装騎兵と真っ向からかちあうのは悪手だ!!撤退戦だ!!オドアラク殿にも話は通す!!」

 

反応は早く。的確な対処を実践できる呂文桓は優秀な前線指揮官と言えるだろう。彼は既に自身の腰元にある直刀に手を按じている。陣地を半包囲する形で敵の先鋒と後詰めできた騎兵が足を止めた。中央に陣取ったのは銀ピカの鎧と白のマントが特徴的な一団だった。恐らくは彼らが聖銀騎士団であろう。いつぞや総兵官として西に赴任した折に触れた情報の中、注意を払うべき謎多い兵団だと聞いたことを呂文桓は覚えていた。その一団の奥から一人の男が出てきた。

 

「魔王に告ぐ!!!オレの名はユウヤ・ナカムラ!!貴様を打ち倒し正義と平和をこの大陸に取り戻す真の勇者だ!!!」

 

「「「「ウオォォォ!!!勇者様バンザイ!!!」」」」

 

呂文桓はテトラに一礼すると退席した。彼が物見の兵から情報を受け取りつつ部隊に指示を出した所で見知らぬ声があたりに響き、それに従い歓声が爆発した。

 

「………ナカムラ??勇者??」

 

テトラは疑問が首をもたげた。呂文桓やテクナイ、オドアラク達は特に驚いた顔をしていない。不思議に思ったのは自分だけなのかと疎外感を感じてしまう。それはさておき目の前の黒髪黒目…東洋的な外見といい、名前と言い何というかアレである。既知の感覚を覚える。これは断じて面識があるとかではなく、テトラにもあったであろう異世界で言う日本という国に住む人間の名前とよく似た響きだったからだ。

 

「オレは勇者として魔物とその王である魔王を倒す使命がある!!しかし、お前達は魔物と呼ばれて入るものの、外見が人間によく似たもの達がいることもオレは知っている!!」

 

「さらに!お前達の中にはオレ達と同じ人間もいるはずだ!!オレは君たちのこれまでの忍耐を賞賛して罪に問うつもりはない!!ただ…」

 

勇者は突然演説を始めた。降伏勧告が名乗りかと思い聞いていると雲行きが怪しくなっていた。

 

大胆不敵。背中の大剣を抜き放った勇者ユウヤは自身に溢れた微笑を浮かべて人と、人と似た外見のもの達に向けて声をかけた。

 

「この剣を見よ!!これこそ聖剣バベル!!この輝きを受けたとき君たちは再びオレ達の仲間となる!!」

 

赤熱する聖剣から溢れる光に釘付けとなる勇者の周りの人間の兵士たち。彼らの瞳には疲れなどまるでなかった。

 

「さっき部下に聞いたぞ?エルフがいることは分かっているぞ?エルフはオレ達人間と外見も似ていることは知っている!!そこにいるのはわかっているぞ!!銀髪のダークエルフ!お前はオレのこの剣から放たれた光を受けて何を感じる?そこの男のエルフもだ!!お前達はオレのこの聖剣の加護を受けて、そして目を覚ましたはずだ!!!そこにいる魔王こそが悪なのだと!!」

 

テトラを抱えて疾駆したテクナイや呂文桓に目をつけた理由は分からないが、やたらと勇者ユウヤは人間に近い外見にこだわりがあるのか剣を光らせながら演説を続けていた。

 

「この聖剣に誓って!オレは共に魔王を倒す勇気をもつものを仲間として迎えてやろう!!さぁ!オレと一緒に魔王を倒そう!!覚悟の証として、そこにいる魔王の首を持ってこい!!さぁ、君たちの中の正義を悪に見せつけてやれ!!」

 

うおおおぉぉぉぉ!!!!

 

熱狂的な歓呼で演説に応えた人間の兵士達に対して、テトラの周囲を固める森人(フォームレスト)達の間には真反対の静寂で満ちていた。

 

「………魔王に勇者。つまり、貴様は転生者というわけだな?」

 

低く。よく通る声は誰のものか。

 

「ん?あぁ…なんだい?君はダークエルフに転生した元人間なのか?なら仲間じゃないか!オレは勇者に生まれ、そしてこうして聖剣バベルを授かった!神はホントにいるんだって思ったよ!!それで…君の名前は?君みたいに綺麗で強いエルフがオレの仲間になってくれれば魔王なんてすぐに首だけさ!!」

 

「…軽々しく、私に話しかけるなあぁッッ!!!」

 

ビリビリビリビリ!!!

 

陣地から無手で進み出たテクナイの大音声はよく通った。

 

「…なんだよ?オレの仲間になりにきたんじゃないのか?もしかして疑ってるのか?」

 

威声にビビったのか反射的に背中の剣に手を回す勇者。

 

「貴様らにとって、私たちがどのような存在なのかよくわかった、礼を言う。そして…。」

 

ゴクリ。生唾を飲み込んだのはテトラだったかもしれない。

 

「私の名は籍狄古乃!!!貴様が我が主君テトラの道を塞ぐものであると言うのならば私はそれを抹殺するのみ!!貴様の小賢しい細工などに惑いはしない!!我々はこの国に生まれ、この国で育ち、そしてこの国に受け入れられた!!そこに生まれや外見は関係ない!!ただ志を持つか否か!それだけだ!!お前が望んだようなものはこの国には無い!我らの怒りが鉄槌を形作り貴様らを断罪する前に命が惜しくば立ち去るがいい!!!」

 

「それでも我らが主を害そうというのなら…森林帝国にあって敵は無し!!!覇王テクナイの双剣をその身に刻め!!!」

 

拳を強く握り固めて天を押し上げる勇壮な姿でテクナイの演説は幕を閉じた。赤い瞳はいつにも増して炯々として肌刺すような覇気を発している。

 

ウオォぉぉぉぉ!!!!

 

今度こそテトラ達の歓呼が彼女に応えた。

 

「へー…いいぜ、ならテクナイこうしようじゃないか!!オレとお前、どっちが強いのかを決闘で示そう。そして、オレが買ったらお前はオレの仲間になれ!!オレは勇者としてこれからも戦う必要がある!そのためにはお前の忠誠心が必要だ!!オレに忠誠を誓うのも、戦うのもどっちも今すぐにでもいいぞ!!」

 

不機嫌そうな顔をしたかと思えばニタニタとした顔で…それこそ勇者がしてはいけないような…テクナイへと挑戦状を突きつけた勇者ユウヤ。テクナイは「ルールを教えろ」と短く返して腕を組んだ。

 

「両軍から代理の指揮官とそれぞれ二千ずつで戦おう。戦うのはここから少し先にある狭い平原でだ!!騎馬戦で決闘だ!!全滅したら負けだ!!」

 

「………いいだろう。」

 

テクナイの表情は無に等しい。だが彼女の表情の豊かさを知るテトラは彼女が憐憫の表情を浮かべていることに気づいた。

 

半刻後に開戦する。

 

勇者ユウヤはそう言って陣を払った。残ったのは傭兵と重騎兵のみ。特に文書を交換していないにも関わらず気付けば停戦の運びとなっていた。

 

半刻の間、この隙にテトラをザマスへ送り届けるべきだという意見と、テクナイの側から離れるべきではないという意見が対立した。結局決まらず、テクナイは現状の最精兵といえるツェーザル家の私兵ではなく、呂文桓の率いてきた部隊から自ら選び出した騎兵百騎を率いて平原へと向かった。

 

 

 

騎馬戦はテクナイの到着を待って開始された。

 

「オレに続け!聖銀騎士団!!」

 

「応!!!」

 

ドドドドド!!!

 

ユウヤは騎士団の先頭で息のあった走り出しに満足しつつ、馬の間隔を取った。最初の勢いは散開した状態を維持し、テクナイの部隊と接敵する瞬間に最高密度でぶつかる。

 

相手の能力は未知数だが少なくとも剣使いだということは知っている。騎兵が短兵器を扱うのには並々ならない技量が必要であり、むしろ好都合だった。転生の特典(チート)として固有魔法剣術を手に入れたユウヤにとって剣は最も得意とするところであり、まして相手はファンタジー世界では魔法が得意な割に矢鱈と膂力が脆弱なエルフである。聖剣バベルは勿論、常人からかけ離れた身体能力も特典(チート)とは別に手に入れているユウヤにとって目の前のダークエルフの女は自らの強さを最初に見せつけるべき、いわば物語の好敵手とヒロインを兼務するような存在程度にしか見えていない。

 

彼はサクッとテトラとかいう魔王を殺し、正義とダークエルフの美女という実績を解除するためのクエストを大いに楽しんでいる。故に、先ほどの彼女の話にも心を動かされることもなかったし、或いは彼は勇者というロールプレイングに実に模範的に没頭していた。演技者としてなら一流になれたかもしれない。

 

彼はルーティン化した士気向上の儀式を行うために大剣を抜き放った。

 

「さぁ!この戦いに勝って魔王を倒そう!!この大陸に、オレ達の手で福音をもたらすんだ!!」

 


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