有翼のリヴァイアサン   作:ヤン・デ・レェ

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伸びた。ごめん。


第二十五話 逆鱗に触る 中編

第二十五話 逆鱗に触る 中編

 

 

勇者率いる聖銀騎士団二千名とテクナイ率いる百騎が平野で衝突してから暫く。

平野より少し離れた地点にゼルプは斥候と共にいた。

勇者の突撃がテクナイによって切り裂かれたのを目の当たりにしたことで彼は相異なる情に心穏やかではなかった。

 

「…世に名を遺す怪物がまた、どうして我が敵として現れるのか…。」

 

そう言わずにはおれまい。ゼルプは重苦しいため息と共に、自らの胸に立ち込めた憤激が霧散していくのを感じていた。

 

「大佐!我らはいかが致しましょう!」

 

若い斥候兵は勇者の信奉者であった。しかし、恐怖の体現者たるテクナイの前に清涼な向上心は砕かれた。怪物の相手はゴメンであった。

 

「…急ぎ陣地へ戻るぞ。全てはそれからだ。まだ何も終わっておらん。」

 

ゼルプの自らの熱を押しとどめるような声に兵は畏れを抱いた。

 

「閣下!では、勇者様をどうお救いするのですか!!」

 

兵が言わずにおられなかった疑問にゼルプは厳しい面持ちで答えた。

 

「…勇者様にはまだ暫しの時間を稼いでいただく。全ては勝利のためだ。陣地に戻り次第、敵陣地を包囲する我が全軍へ総攻撃の号令を下せ。あの化け物の矛が我らに向かってくる前に魔王を殺す。」

 

要約すれば勇者の身を人身御供に勝利を掴むことを告げたゼルプ。

ゼルプが馬に鞭を入れると、周囲の兵士達は物言わずに従った。

死の鱗粉を吸い込んだ彼らに勇者を救う勇気は無かったのである。

 

 

「大佐!全軍出撃準備が整いました!!いつでも行けます!」

 

数刻とかからず全軍の支度を整えたゼルプは腰につけた革袋から銀の戦喇叭を取り出すと静かに下命した。

 

「全軍出撃。」

 

爆発する歓声と共に無数の馬蹄が猛り狂う。

 

「重装騎兵団突撃!!」

 

重厚な銀光を誇る金属塊二千が固い土を抉りながら呂文桓とオドアラクの構築した陣地正面へと突撃を開始した。

 

「軽装騎兵団は敵の背後に回れ!!騎銃兵団は両脇から挟射せよ!!」

 

軽騎兵二千は鉄塊のような重装騎兵とは対照的に、軽快に大地を滑り馬車の残骸と土嚢で編まれた陣地後方へと回り込み、騎銃兵三千は半数ずつに分かれて射程距離を侵しつつ両脇を塞いだ。

 

 

我が生涯の頂点はここにあり!!

 

「我に続けぇぇ!!」

 

重装騎兵二千卒と共に簡易陣地の第一線に突入したゼルプは自らの幸運に感謝して槍を奮った。

 

「止めろぉ!!」

 

頼りない木の柵と土嚢で陣地の機能を平野に現した呂文桓は有能である。しかし、一方で勇者の敗北を知らずに士気が依然として高い騎兵隊の突撃は強烈な衝撃を持っていた。第一線が抜かれるまでは時間の問題と言えた。

 

「貫け!!」

 

柵を張り倒し、下敷きの兵士を柵の隙間から槍で突き殺した。

 

「ギャッ!」

 

馬蹄に踏み抜かれた兵士の断末魔は、隆盛甚だしい興奮に掻き消された。

 

「我が軍の旗を掲げよ!喇叭を吹け!!」

 

勇壮な銀喇叭をゼルプ自ら吹きつつ、黒地に銀の剣が刺繍された旗を掲げた。兵士達の士気は最高潮に達しいよいよ勝利への確信を堅くした。

 

 

 

「柵の隙間より馬の首を突け!!」

 

対して後方では軽騎兵からの攻撃を見事に第一線で防いでいた。

 

「将軍!敵重騎兵の攻勢苛烈なり!前方から援軍を求める声が!!」

 

防護柵と、即席とはいえ踏み固められた土嚢は騎馬の脚を難んだ。

陣地に基づいた強固な守備姿勢を崩さない桓の陣頭指揮は見事だったが、オドアラクの指揮する前方陣地からは悲鳴が頻りに届いていた。

 

「私が行く!オドアラク殿には陛下の御身を第一に黒騎兵をまとめるよう伝えてくれ!!」

 

実質的に呂文桓は陣地の防衛を一手に引き受けていた。

オドアラクには統率者としての器はあったが、将としての豪気が欠けていたからである。

何者にも歪められない強固な忍耐力をもつ桓は守りの匠としてその才能を大いに生かして主君の身を守っていた。

 

 

同刻。四方形に木柵と土塁の三重の防衛線をはる陣地の左右の側面にて、耳長の白森族(ライトエルフ)の複合長弓が放つ矢と、騎銃の小鉄球が遠距離戦闘を展開していた。

 

「矢を番よ!!鉄球は盾で受け、敵が火縄に火縄を取り替えるまで頭を出すな!!」

 

死鉄の応酬は騎兵突撃にも勝る白熱したものとなった。

 

「敵の矢に当たるなよ!騎乗盾で受け止めようとするな、貫かれるぞ!」

 

騎銃兵の騎銃を分厚い盾で受けつつ、より長大な射程を生かして精確な斉射を射かける森人(フォームレスト)の弓兵に騎銃兵団は既に数十名の落伍者を出していた。

 

「第三斉射!ッてーー!!」

 

火薬が爆ぜる音と共に馬上で煙が上がる。

ガンガンと金属を叩く音が柵の向こうから上がり、悲鳴が散発的に聞こえてきた。

 

帝国兵側にも数十人規模の被害が出ていた。

 

 

「盾兵は土塁の内側に下がれ!槍兵は前に、弓持ちは騎馬の足元に縄を張れ!いまだ!!」

 

呂文桓へと指揮官がかわったことにより前方陣地での重騎兵の勢いは堰き止められることとなった。

 

「ぐぎゃぁ!?」

 

指揮を代わった桓は陣地の一線を超えた重装騎兵の速度が落ち始めたのを見逃さなかった。重厚な白銀の騎士達は矢を通さぬ防備と、重量と速度を利用した衝撃力を持つ平野において最も強力な破壊の申し子である。

しかし、同時に馬から振り落とされればその重量がそのまま動きを規制する重りとなる。

 

「大佐!!第二線が抜けません!!」

 

焦りを含んだ声がゼルプを呼ぶ。

 

「わかっている!!騎銃兵へ旗で指示を送れ!!弓兵の牽制はもういい、獣耳の長槍兵とヒゲモジャの墾窟族(ドワーフ)の盾兵を殺れ!!はっ!」

 

ゼルプは柵の隙間を縫って槍を奮いつつ、視界の端から突き出された槍を掴み、馬の腹を蹴った。

 

「ぐはっ!!ぬ、抜かれるぞぉ!」

 

ゼルプが勇猛を発揮して柵の一部を破った。土嚢に乗り上げる覚悟で鎧を被せた馬体ごと突進したのだ。ゼルプの開けた隙間から騎兵が雪崩れ込む。

 

「後方より軽騎兵が侵入!!」

 

畳み掛けるように苦い報せが続いたが、背後からの悲鳴に桓は驚かない。

 

「くそ!陛下に脱出のご用意を!テクナイ将軍に期待するな!」

 

そもそもの母数が違う。聖銀騎士団を除く一万強の内、騎兵は七千を占めている。受け止め切れる衝撃力を遥かに越える力押しに、呂文桓の巧みな防御もを苦しさが目立ち始めていた。

 

「もう少しだ!もう少しだ!!」

 

部下達の声は勇み、気は昂っている。

しかし、ゼルプは静かに自らが相手にすべき存在への警戒を強めていた。

 

そしてついにその時が現れる。

 

「大佐!!黒騎兵です!!黒騎兵が現れました!」

 

第三線。つまりは最後の防衛線の奥には上等な天幕が張られているのが見え、そこを他の兵とは一線を画す全身を黒い鎧で固めた騎兵が囲んでいる。ゼルプ達の接近に気づいた百騎ほどが向かってくるのがわかった。

 

「ここが正念場だ!!奴らを抜けばもはや魔王を守る盾は無い!!敵も死兵と化すことを覚悟せよ!!進め!!」

 

ゼルプのこれまでになく熱い檄に応えるように、第三線を落伍者を出しつつも勢いをつけ、力強く乗り越えた重騎兵団はついに往年の仇敵とも呼べる黒備の騎兵と激突した。

 

「陛下の御為に。」

 

人の背丈ほどある長柄の戦斧で戦闘の二騎をまとめて片付けたオドアラクはここに来て初めてゼルプと会合した。

 

「……オドアラク!!裏切ったのか!?」

 

怒りではなく純粋な疑問から声を張るゼルプ。彼の周囲では人間の重装騎兵団と森人(フォームレスト)の黒備の重装騎兵が激突を開始した。

 

「否!!」

 

ゼルプからの問いに強く否定を答えるオドアラクは斧を振り上げてゼルプに迫る。

 

「まぁいい…では!なぜ魔王へと尽くすのか!!傭兵から我が国の少佐にまでのしあがった貴様がどうしてか!!」

 

ゼルプもまたオドアラクへと問いを投げかけることをやめない。オドアラクの斧に槍で答えつつ、剣戟の合間にゼルプはオドアラクへ叫んだ。

 

「ゼルプ殿は勘違いをしているようだ、なっ!」

 

オドアラクは一笑し、面白がる様子でゼルプに応えた。

 

「何?私が勘違いだと!?」

 

ゼルプは謎が深まる感覚を覚える。

斧が風を切り馬の首へ迫る。

ゼルプは手綱を強く引き斬馬の禍を回避した。

 

「そもそも、私は貴方に支えたことなどない!元より私は忠義を一つとしている!」

 

オドアラクは斧を一度払い、不敵に笑ってゼルプへ言い切る。辺りでは徐々に兵士の質を数が上回りつつある。

 

「……最初から、向こう側だったということかね?」

 

黒備に被害が出始めてもオドアラクに焦りは見えない。汗を散らしつつ、二人の剣戟は距離を時折開けつつも、散談義を交えつつ続いた。

 

「然りッ!!我らは元より舞台上から降りることは許されぬ身であるのよ!!」

 

オドアラクは突然、抽象的な表現を用い出した。ゼルプは首を傾げて槍を突きつけた。

 

「…何が言いたい?我が舞台…どうして降りることすら出来ないのか?魔王や貴様はそうであろうが…。」

 

オドアラクがゼルプの疑問に答えることはない。二人は黙って武器を交えた。

 

「敵兵を囲んで殺せ!!もはや談義に用は無し!悪いなオドアラク!我らも魔王を生かしてはおけぬのだ!!」

 

一対多であっても苛烈に攻勢に出る黒備達は、人間の精鋭で構成された勇者の剣の面々が見たこともないほどの高い技量の精兵揃いであったが、後方より進出した軽騎兵も数えれば三千を越える敵に囲まれた三百に満たない黒騎は刻一刻と数をすり減らしていく。

 

「いくぞ!オドアラク!貴様の名は魔王の側近として遺るであろうが恨むなよ!」

 

ゼルプは激情を振り撒きながら、自らの憂いを振り払わんとオドアラクへ迫った。

 

「ははっ!!ゼルプ殿の言うことはごもっともである!!しかし、元より我らは駒に過ぎぬのだ!!大局は二週間前に決しておる!!私に与えられたのは人の身に産まれた忠義の者として新たな時代初めの嚆矢となる名誉を賜ることのみよ!!」

 

ゼルプの槍を斧でいなしたオドアラクは一度距離を取り、その禿頭をピシャリと叩いて笑った。

 

「人間の裏切り者め!」「面汚しに死を!!」

 

周囲には白銀しか居なくなっていた。

泥に沈んだ三百余の黒忠は物言わぬ身となっても、彼らが殺した三倍に近い白銀の遺骸の中で存在感を放っていた。

 

「陛下を無事に送り届けよ!!伝説の始まりぞ!!大陸の歴史は今日より塗り替えられるッ!!!ははっ!!まっこと、恐ろしい御方よ!!」

 

自身を睨む数千の白銀の騎士に恐る様子もなく、数重に囲む彼らの向こうに不安げな主君の無事を認めると、オドアラクはテトラを囲む狂忠の黒士達に最期の大命を任せると哄笑した。

 

「死ねぇい!!」「殺せ!!」

 

「……ッ!!………」

 

ぞぱ…。アッサリと一槍を首に受けたオドアラクは絶命した。

噴き出る血を受けとめるように、さらに複数の槍や剣が彼の体から生やされた。

 

「……さぁ!敵将を一人討ち取ったぞ!!将を失った敵をどうして恐るのか!我らの勝利は近い!!猛者どもよ、私に続け!!」

 

一瞬の瞑目。血を噴き上げながら血泥へと沈んで動かなくなったオドアラクに再び目を向けることなく、目を見開いたゼルプは大本命へと槍先を向けた。

 

激戦の爪跡を中天から東へ傾く太陽が照りつけた。

 

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