有翼のリヴァイアサン   作:ヤン・デ・レェ

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マハルバル→マハル・バアル


第三十話 司令官マハル・バアル

第三十話 司令官マハル・バアル

 

 

ハンナ率いる竜騎軍が派手に敵の横陣を貫通したことで二日目の本来の開戦時間は大いに遅れることとなった。

 

ハンナに指名されて司令官となったマハル・バアルはハンナの同郷で南方生まれの竜人(ドラゴニア)だ。灰色の角が特徴的で、山羊角のように見える土の竜人である。やや短い尻尾をぴこぴこ動かして歩く様は愛嬌がある。

 

彼は当初馬具屋の長男として職人の道を目指していたがハンナに無理矢理引っ張り込まれる形で軍へ入隊。当初は眉を顰めていたハンナの父ハミルカスがマハルが穏やかな青春を取り戻すための唯一の希望だったが、マハルは意外にも騎馬戦闘に大いに才能を発揮。騎兵部門を首席の成績で卒業する羽目になり、ハミルカスからの後押しもあって望まぬハンナの副官に収まった。

 

大要塞地下にある司令官室で昼前に起床したマハルはハンナの出立を報告されてゴツゴツした尻尾を猫のように跳ね上げて驚いた。

 

マハルは「どうして教えてくれなかったんだよ!!」と叫んでからヘナヘナと寝台に突っ伏した。五分ほど突っ伏してから復活したマハルはすぐに部将全員に召集をかけた。

 

集まった顔ぶれにバイバルトとニーライのものはない。軍議のための部屋もまた地下の岩盤を掘ったものであるからやや手狭であった。低い天井に、入り切らなかった巨人の部隊長は座り込んでなるべく体を小さくさせて入り口から軍議に耳を傾けている。

 

マハルは揃ったと見ると「これより二日目の作戦計画についてお話しします。皆さんご存知の通りかと思いますが、私はマハル・バアル。ハンナ・バアル様の副官をさせていただいております。ハンナ様のご命令に従い、これからしばらくの間総司令官として働かせていただきます。何卒よろしくお願いします。」と話を切り出した。

 

巨人の兵士は「あんたも将軍かなんかなのか?」と問いかけたが、マハルからは「いいえ、僕は馬具屋の息子です。」という答え。求めていたものとは違ったが自信満々の声に圧されて巨人の兵士は変に納得した。

 

確かに、ハンナ将軍ほどの変人の副官が馬具屋の息子で、その彼が総司令官に抜擢されることもおかしなことではないか、と思ったのだ。

 

マハル総司令官からの最初の命令は「野戦陣地以外の地上部分に保管されている可燃物を全て地下に格納してください。」と言うものだった。部将達はこの頓珍漢だが度胸はありそうな新米司令官のお手並み拝見だと、意気込んでそれぞれ持ち場へ駆け足で向かった。

 

大要塞は森林から数百メートル進入した所に南北に長い長城として存在している。この巨壁は百年間継ぎ足し継ぎ足し改築が施され、複雑な内部構造と、縦横に広大な奥行きを有している。その防衛施設は大きく二つに分けられ、これは地上構造物と地下構造物である。

 

地上構造物には特筆して湿気の多い地下に格納できない品々が保管されており、また目立った防衛設備などが要塞線の壁沿いに設置されている。地下構造物には迷路のような各施設との連絡又は動員用の通路と、巨大な地下農場で菌類の栽培、脱出路や本国との通信・補給のためのトンネルが構築されている。地下にはこれらに加えて、司令室や作戦室、常駐の兵士たちの宿舎などが完備されている。暮らし向きは日射量は最悪であることを除けば中々に住み良いとのこと。

 

マハルの命令を受理した部将達の仕事は、ハンナの直進撃で乱れた統率を敵が取り戻す前に、地上にあるすべての可燃物資を地下に格納することであった。極端なことを言えば初めから使わないものは燃やしてしまえくらいの勢いで、彼らは麾下の部隊へ命令を伝達し、伝達された兵士たちはおおわらわで地下部と地上部を行き来した。まだ早朝だと言うのに兵士たちは物資運搬の長い行列を作ったのだった。

 

「物資運搬完了しました!地上部には燃えない防衛設備しか残しておりません!!」と伝令がマハルに伝えた。指揮棒を手にしていたマハルは、その指揮棒で大要塞を基点にした敵と味方の分布を示した戦場の略地図のある部分を示した。マハルは指揮棒で敵軍の拠点ノルマンディア要塞の前に陣取っていた駒を前へ押し出すと「では、今度は兵士も全員地下に格納してください。前線部隊も全てです。ニーライ軍団長はご自分で掩蔽壕を作られていたそうなのでお任せします。では、三十分以内に完了するように。」と言った。

 

伝令は「ただいま!」と言うとすぐさま駆けた。

 

 

要塞線の地下に兵士も物資も全てが格納された。防衛戦については経験があるものが多い森林帝国だったが、彼らにとってこれほど大規模な戦争は初めてのことだ。その証拠に、これまで一度たりとも要塞線への侵攻らしい侵攻はなかったため、誰もが勝手のわからない状態だった。

 

マハルは人間の戦い方を知らなかった。だが、彼は自分が都市や要塞を攻めるとしたらどうするかと言う想定に基づいて、謂わば机上の空論と言われても仕方がない人間側の思考への飛躍的想定を確信として、迷いなく素早い指示を出したのである。

 

 

マハルの指示から一時間、人間側の陣営は統率を取り戻し、負傷者と戦闘不能者達の回収を済ませ、陣を敷き直した。

 

地下から伸びる野戦望遠鏡で確認した陣営は旗の並びからわかる限り、南北に長い要塞線から見て並行に布陣しており、西から最も外様の東マネルワ遠征軍重装歩兵師団1万の横陣、次に正面にログリージュ王国軍15万の三列の多層陣と奥にノルマンディア要塞、そして最も東にフランキ王国軍10万とブリテーナ王国軍10万が配置されている。

 

マハルがこの布陣からわかることは、ブリテーナ軍とフランキ軍は両名とも今のログリージュが配置されている地点から最も自領に近い軍だと言うことだ。逆を言えば、この二カ国は恐らく一部を除いて戦意が低い。布陣から見ても彼ら二カ国だけが縦に長い陣を敷いており、後方に行けば行くほど旗は鮮やかで目立っている、観戦にきた貴族なのかわからないが、恐らくそこに陣取るのは戦う必要がないからだと考えられる。戦場からの忌避感が見えたのだ。

 

マハルは視線を中央に移した、視線の先には戦意が最も高いであろうログリージュ軍15万…今朝の大事件によりやや…というよりかなり減って14万ほどになった、それでも尚重厚な戦列だ。彼らは他の軍勢よりも目立って騎兵が多い。恐らく2万に届くであろう騎兵を擁している。森での機動戦を有利に進めるためなのか、もしくはこの要塞線を抜けてからの高速進軍を想定してなのか、どちらなのかはわからない。マハルは後者だと予想した。

 

そして西端の1万の兵は他とは兵装がかなり異なる。遠征軍として参戦した東マネルワ王国の重装歩兵だ。長い槍と丸い金属盾、革サンダルに金ピカのコインのような板鎧。重装にしては軽装な彼らこそ、南方の雄が派遣した勇敢な精鋭たちだ。肌は日焼けして黒い。背丈が高く頑強な肉体を持っていることが、両軍緊密に固まって整列するログリージュとの比較で遠目にもわかった。

 

西方諸国の鎧は銀色に光を反射しており、一種の統一感が国問わず見られる中で、東マネルワの兵士たちはかなり浮いていた。

 

マハルの視線は再び移り、中央へと向かった。

 

案の定、そこには彼が想定していた、いやもとよりくるであろうと確信されていた巨大な物どもが並んでいた。

 

軍勢は動き出し、先鋒軍の代わりに最前線に立たされて進むのは西方中から掻き集められた5万の傭兵(フリーランス)達だ。

 

投石機や他にも沢山の攻城兵器を中心に幾つもの塊に分かれた彼らは金を貰った分は危険な仕事もやってやるさと、マハルの指示で牽制程度に野戦陣地から放たれた矢をものともせずに大きな石や死んだ兵士の死体、油樽なんかを受け皿に用意していく。

 

「投石開始!!!」の掛け声があちこちから上がった。マハルが牽制を指示していた一部の弓兵達は掛け声がかかると亀のように地下要塞に引っ込んでいった。

 

風の抵抗を受けてグルングルンと巨人の鼾のような不快な音が響き、大きな音と衝撃が地上構造物を揺さぶった。

 

岩が砕ける音や、火のついた油壺が一気に燃え盛る音、人の体が生々しい骨折れの音と共に叩きつけられる音…恐ろしい音は、地下の兵舎や救護所で待機を命じられた兵士たちにとって未知の恐怖だった。

 

獣人族(ランドノーム)の兵士達はフサフサの体毛を逆立てて耳を塞ぎ、互いの尻尾を隣の仲間の足にくるりと巻いたりして恐怖と戦っていた。

 

飛翼人(コンキスタス)の兵士達は大きな音に驚くたびにバタバタと翼を跳ね上げて羽毛を辺りに散らしていたり、互いに寄り集まって耐えていた。

 

黒と白の森族(エルフ)達、それに墾窟族(ドワーフ)達は何の気負いもしていない様子でペチャクチャおしゃべりをしていたり、墾窟族達なんかは、鉄の氏族なら互いの髭を褒めあったり、金の氏族達は互いの研究について語ったりしていた。黒森族(ダークエルフ)と白森族(ライトエルフ)は互いにライバル関係と言うよりは古くから続くお隣さん関係だったため、ついでにお互い限りなく脳筋だったために、ただでさえ手狭な休憩室や食堂に、そこの大机を中心に円を作り、気が済むまで腕相撲をして和やかに過ごす始末だった。

 

攻城兵器の猛攻は続き、その間に十種十色のユニークな防御体制で耐える森人(フォームレスト)達は一時間が立つ頃にはすっかり轟くような音にも慣れてしまっていた。

 

初めはあんなに怯えていた獣人(ランドノーム)や飛翼人(コンキスタス)達も、今ではすっかり落ち着いて、自分の得物を磨いたり、待ち時間に飽きたものは居眠りし始めていた。

 

兎に角山登りが大好きなハンナや厳格な近衛軍団長のニーライが司令官だったら、良くも悪くもこんな状況にもならなかっただろうけれど、それがとても悪いことだとも言えない。

 

結果はまだ出ておらず、マハルは一人相手の動向に注目し続けていた。彼の命令に律儀に従うもの達も、やはり軍人として忠実に職務を全うしていた。具体的にはマハルと共に相手方の動きをひたすら監視し続けているのである。

 

「やはり攻城兵器がきたか…」とマハルは呟いた。彼の呟きを拾い、副官の副官という面白い立場に立つことになった魚人族(アクアノーム)の兵団長ラバラの喉がゴクリと鳴った。魚人と言う割に鰐や蜥蜴頭のまんまな彼らアクアノームは見た目の恐ろしさに反してかなり繊細で臆病なたちだった。中々終わらない攻撃にも痺れを切らしていた。

 

ラバラは「司令官、まだですか?まだですか?」と急かすように聞いた。彼らは守りに立つと臆病なものが多いが、反面攻めるときは恐怖を忘れる方なのだ。早く攻め手に回りたいと進言するラバラは良くも悪くもマハルの正反対だ。マハルは静かに「まだだよ、全然ね。向こうに飽きるまで攻めさせてからだよ。」と言ってラバラを宥めた。

 

地下の様相など知らない人間の兵士達は地上の、遠目に見ても堅固な楼閣群が、その実もぬけの殻であるが、それらが虎の子の巨大投石機に次々に破壊される劇的な様に大いに喜び、一つ壊されるたびに歓声を上げた。

 

戦意の有る無しに関係のない、喜劇に素直な喜びを見せるような、見事な技芸に感動を覚えた時のような爽快な歓声をあげた。彼らの間にはこれまでの百年間に全く歯が立たなかった相手に対する恐怖に代わって、侮とも、頑固な自信とも言える気持ちの大きな勢いが共有されていた。

 

ノルマンディア要塞の楼閣上から味方兵士たちの反応を見遣り、満足げに顎髭を扱いているのは人間側の総司令官ヴァレンシュタインだ。

 

ヴァレンシュタインは「うむうむ。」と頷きながら、ゼルプと描いた謀略の結末を想像していた。

 

彼の周囲の参謀達も興奮した面持ちで「閣下!!目障りな大要塞線も、我ら人類の叡智の前には呆気なく崩壊させることができました!!どうして我々が恐れる相手がこの先におりましょうか!!」と言った。

 

流石のヴァレンシュタインも鼻息を荒く一吹きすると、「70万の圧倒的兵力と物量を用いて大要塞線を抜いた先、敵は撤退線と共に新たな戦線を描こうとするだろう、敵は周辺の城砦を頼りとして大いに争う心算もあるに違いない。」と言った。

 

一度言葉を切ったヴァレンシュタインは若い参謀達に、その自信満々の顔を寄せて、「だが、その先にはゼルプが率いる勇者の剣一万が待ち受けておる。敵は我がログリージュが長年に渡り鍛え上げた精鋭騎兵一万によって、その希望ごと無残に握りつぶされるのだ。」と言った。

 

若い参謀達はおぉと喜色に満ちた声を上げた。ヴァレンシュタインは満足気にまた何度も頷いだ。

 

戦勝の美酒の味を舌に想像して心を震わせる幕僚達の元に伝令が駆け込んできて言った。「全楼閣沈黙!!我が軍の投石部隊も撤退が完了!!前方の森林部分もかなりの被害が確認されております!!」

 

幕僚達の気合は鰻登りだ。どうしてこれから負けることができよう。敵の防衛設備のほとんどを全くの残骸と大差のない有様に変えてやったのだ。大いに気持ちが奮い立ち、常ならば石筆と軍議駒を相手に格闘する彼らも、腰に帯びた儀礼用の美剣でもって幾万の強者どもを率いる自分の姿を瞼の裏に夢見た。

 

「この戦いは歴史に残るぞ。我々の偉大な勇気が後世の王国に、大陸の英雄の名前として永遠に刻まれるのだ。」とヴァレンシュタインは言った。

 

「いつでも出撃できます!!」と二人目の伝令が駆け込んできて言った。

 

参謀達と出撃許可を貰おうと将軍達が集まりつつあった。皆、瞳に熱い熱い義感と祖国へ凱旋する偉大な自分の姿を夢見ていた。情熱が燃え上がる様を幻視したヴァレンシュタインはついに「第一軍出撃開始!!!」と宣言した。

 

幕僚達と将軍達の雄叫びが次々と伝播していき、遂に時が来たと悟った一兵卒までが腹の底から雄叫びを上げた。

 

古の森を打ち倒す気概素晴らしき兵士たちの雄叫びは、些か戦意に欠くブリテーナやフランキの兵士たちにもお祭り気分にあるような浮かれた自信と情熱に薪を焚べることに成功していた。

 

全軍70万の雄叫びが天地を震わせていると誰もが錯覚せずにはおられずにいた。全てが完璧な状態で進軍が始まった。

 

「突撃!突撃せよ!」とやはりログリージュ王国軍の第一軍擁する傭兵と正規歩兵の混成部隊が森林への一番槍をものにして、突入を開始した。

 

弓が穿たれることもなく、堆い残骸の長城と化した要塞線へと真っ直ぐに進む彼らは数えて5万余にのぼった。

 

「遅れを取るな!森へ進め!!」とフランキやブリテーナの勇猛で戦意に満ちた一部の者達がログリージュの中央軍に追従した。

 

「様子を見る。いつでも出れるようにしておけ。」と言ったのは遠征軍一万を率いてきた東マネルワ軍の司令官、イルドラ州総督のカナンである。彼に忠実に従う死をも厭わぬ重装歩兵達は応と短く答えて不動の構えをとった。この時中央軍の司令部から、すなわちヴァレンシュタインの幕僚からの出撃要請が降りたがカナンはこれを「同時展開可能な軍隊の規模を越えるべきではない。」として断固出撃しなかった。

 

カナンの言葉を聞いたヴァレンシュタインはカナンを「有能な戦術的視野を持つ者」として称賛すると、撤退を除く独立行動を認めた。

 

 

要塞深部で敵の森林侵入を確認したマハルは副官ラバラからの「早急に瓦礫を除いて迎撃せねばなりません!!」と言う悲鳴に、望遠鏡を覗いたままの姿勢で「瓦礫は退かさなくて結構です。」と答えた。

 

焦るラバラが煩かったのか、「まだ動かないでください。敵軍は後少しでニーライ殿の縄張りに侵入します。そこで敵の足が止まってから、瓦礫を退かさないままで迎撃準備をお願いします。」と素早く指示するとすぐさま望遠鏡を覗き込み、時折指揮棒で騎乗の駒を動かしたりした。

 

要塞内各所の指揮所同士を繋ぐ伝声管に指示を伝えながら、一方的に敵の侵入を許している今の状況にも全く動じた様子がないマハルの伸び切った背筋に尊敬の視線を送るラバラは少しだけ落ち着きを取り戻したのだった。

 

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