留学中にクリスマスに一時帰国したうるかと成幸の話です。

※pixivにも投稿しています。

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一年前より近い距離

「ごめんなさいねうるかちゃん。せっかくのクリスマスなのに水希のワガママでウチに来てもらっちゃって。美味しいお料理ありがとう」

「いえいえ、あたしこそ家族の団らんに割り込んじゃってすみません! 今日は楽しかったですし、みずきんの作ったケーキも美味しかったです」

「じゃーね、うるかねーちゃん!」

「じゃーなー!」

「うん、じゃーね! また来るからねー」

 

 クリスマスイブ。聖夜の夜。唯我家の前でクリスマスパーティーを終えた唯我一家が武元うるかを見送るために集まっていた。

 先ほどまで行われていたパーティーではうるかの作った料理に舌鼓を打ち、水希の作ったクリスマスケーキを堪能していた。

 

「……武元先輩! 来年も! 来年もまた来てください! 来年は受験終わりますから、もっと練習して次はもっと美味しいケーキ作りますから!」

 

 朗らかな雰囲気が漂う中で唯一人、水希は必死に来年もまた来てほしいと訴えていた。

 

「え? 今年のもジューブン美味しかったよ?」

「……というか来年も呼ぶ気なのかお前」

「今度こそ武元先輩の料理に負けないくらいのケーキを――」

「こら水希、いい加減にしなさい。成幸、ちゃんとうるかちゃん送ってくのよ」

 

 まだまだ続きそうだった水希の声を花枝が遮って、遅くなってしまわないよう成幸とうるかに帰るよう促す。クリスマスだというのに二人きりになれなかった息子たちを二人きりにさせてあげたいという親心でもあった。

 

「わ、わかってるって。じゃあ行くか」

「うん。ありがとうございましたー!」

 

 花枝が促すのに従って成幸とうるかは歩きだす。水希がまだ話したそうにしているのを花枝が抑えて、2人の姿が見えなくなったところで解放した。水希は不満げな顔で母親を見るが、花枝はため息をついて呆れていた。

 

「ねーちゃん、うるかねーちゃんに料理で良いとこ持ってかれたからって荒れるなよ」

「うんうん。おねえちゃんのケーキもおいしかったよ」

 

 水希の様子を見ていた双子の弟妹が慰めの言葉をかける。実際2人にとっては水希のケーキもうるかの料理に負けないくらいのごちそうだったし、こんなふうに荒れるほどの差があるとも思えなかった 

 

「……ありがと。でもね、お兄ちゃんの恋人になったのはしょうがないけどせめて料理ではと思ったのに、武元先輩凄く料理上手だったし、何より私のケーキを食べたときと武元先輩の料理とか食べたときのお兄ちゃんの表情を見ると差が……! そういえば去年バレンタインのチョコケーキを食べてたときも……!」

 

 どちらがおいしいかの問題ではなく成幸の反応の問題なのだという水希の言葉に、双子は自分たちでは手に負えないと顔を見合わせてため息をついた。

 

「味だけじゃなくって、誰が作ったのかってのもあるでしょ。あんたのケーキもうるかちゃんの料理に負けないくらい美味しかったわよ。ほら風邪引くから家に入りなさい」

「誰が作ったかって余計に悔しいんだけど!?」

 

 見かねた花枝が割り込んで、これで終わりと話をまとめる。そっちのほうが問題なのだという水希の叫び声が聖夜の冷たい空気の中に響いていた。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「すまん。今日は悪かった。せっかくのクリスマスなのに、水希がうるかにケーキを食べてもらいたいとか言ったせいでウチに来てもらっちゃって」

「ううん全然。まあ成幸のお母さんいるからキンチョーしたけど、ほんとに行きたくなかったら違うタイミングでケーキだけもらったりとかしてるから」

 

 冬の澄んだ空気の中。銀色に輝く月に照らされながらの二人きりの帰り道。成幸とうるかはパーティーが終わって以来の2人での会話を楽しんでいた。

 成幸の謝罪に、うるかは断りづらかったから参加したわけじゃないと笑って答える。

 

「毎年クリスマスはみずきんのケーキでお祝いしてたんでしょ? 成幸とあたしが恋人になったから、家族の延長線的な感じであたしにも食べさせたかったんじゃないかなって思うとむしろ嬉しいし」

「……そういう理由だったか?」

 

 うるかが水希から誘われた理由に話が及んで、家族みたいなものだから誘ったのではないかといううるかの言葉に成幸は首を傾げた。

 

「そうじゃない? だって家族でお祝いしてたところにわざわざ呼んでくれたんだし。逆に成幸は何だと思ったん?」

「単に憧れの先輩が兄貴の恋人になって前より誘いやすくなったから、クリスマスを一緒に過ごしたり自分が得意なケーキを食べてもらいたかったりしたかったんだと思ってたけど」

 

 「あれで子供らしいところあるんだよ」などと知っているふうに付け加えて、前から誘いたかったけどより身近になったから甘えてみせたのではないかと伝えた。

 実際は成幸を取られてしまったから、せめて料理ではうるかに負けていないことを見せようと思ったという可愛らしい対抗心からの誘いだったのだが、2人には知る由もなかった。

 

「憧れってそんな大げさなこと言ってー」

 

 成幸の言葉をうるかは笑って否定する。水希の先輩として慕われているかもしれないが、憧れという言葉は単なる先輩に対して使うにしては重すぎるように思えた。

 

「……いや、言い過ぎじゃないって。水希が一番沈んでた時期に元気にしてくれた人だし、水泳でも凄い成績残してるし。……あと、まあ、俺にとってもそうだしさ」

「……そ、そっか。も、もう恥ずかしいってば」

 

 水希にとっても自分にとっても、うるかは憧れと言っていい相手なのだと、照れながらも真面目な顔で成幸が呟く。ふざけた様子のない真剣な声色に、うるかは頬を赤く染めていた。

 

「……ちょっと遠回りだけど河川敷のほういかないか?」

「う、うん。いいよ」

 

 どことなく緊張した雰囲気が漂い、2人ともなんと言っていいかわからなくなってしばらく沈黙が流れてしまっていた。気まずい沈黙ではなかったが、うるかを送るまでの短い道のりを無言で費やしてしまったことが惜しく思えて成幸は回り道をすることを提案した。

 センター試験の後、うるかが犬のコタローを散歩するのに使っていた河川敷。成幸とうるかは当時のことを思い出して、緊張した雰囲気もほぐれていった。

 

「でもほんと悪かった。お客様なのに料理作ってもらっちゃって」

「ダイジョーブ! ていうか待ってるだけのほうが居心地悪いし。それに成幸も手伝ってくれたじゃん」

「それこそ俺がやらないわけには行かないだろ」

 

 話題を変えて会話を再開する。うるかは成幸の家族に得意の料理を振る舞って好印象を与えられたので気にしていなかったが、成幸は誘われて来たうるかに料理を作らせたことに後ろめたさを感じていた。

 

「気にしなくていいのにー。でもありがと。成幸も慣れてたよね。今年はみずきんが受験だから成幸が結構料理してたんだっけ」

「まあ去年は散々助けてもらったから兄貴としてそのくらいはやらないと」

「自分のベンキョーもあるのに頑張ってて偉いじゃん! 褒めたげる」

 

 そう言ってうるかはいい子いい子というように成幸の頭を撫でる。成幸は今年が高校受験の水希の代わりに料理をするようにしていた。去年の受験のときは水希に助けられていたのだから当然のことだと思っていたが、それでもこうやって正面から褒められるのは嬉しかった。まして愛する恋人からであればなおさらだ。

 

「……う、うるか」

「あ、ごめん。嫌だった?」

 

 頭を撫でられることは心地よかったが、誰に見られるかもわからないところでされていることが気恥ずかしくてやめてほしいと名前を呼ぶ。うるかは子供扱いされたようで嫌だったのかと思い手を止めた。

 

「あー、ほ、ほら。ベンチあるから座らないか?」

「嫌ってわけじゃないんだ」

 

 嫌だと言ってしまえばもうしてくれなくなるのではないかと思った成幸は話を逸らしてベンチを指した。うるかは成幸の内面を悟ったかのようにクスクスと笑ってそのままベンチへと腰を掛けた。

 

「ここでボート乗ったの覚えてるか?」

「うん。留学の前だったよね」

 

 話を続けると泥沼になりそうだと察した成幸は、視界に入ったボートのことに話題を変えた。

 コタローを追いかけて2人で必死でボートを漕いだことも、その後にゆったりと寂寥感を漂わせながら漕いだことも。うるかも成幸もよく覚えていた。恋人になれなければ胸を締め付けるような思い出になってしまっていただろうと思いながら2人は会話を続ける。

 

「あのときはうるかとこうやって恋人になるなんて思ってなかったよ」

「あたしも。もう留学しちゃうし無理だと思ってた」

「俺はまさかうるかが俺のこと好きだなんて思ってなかった」

「……ちょっと鈍感すぎない? あたし結構アピールしてなかった?」

 

 去年1年間、必死でしていたつもりのアピールに全然気づいていなかった恋人に、うるかは唇を尖らせて不満を訴える。成幸はそんなうるかの様子を見て、ため息をついて口を開いた。

 

「あのな、お前が好きなの俺かって聞いたとき違うって言ったの誰だよ」

「ほんとごめんなさい……!」

 

 語気を強めた成幸の言葉を聞いて、うるかは深々と頭を下げた。それを持ち出されてしまうと勝ち目がない。自分で否定しておいて、それでも好きだと思えなんていうのはさすがに理不尽だったと反省した。

 

「……まあ、あのときそうだって言われても付き合おうって言えたかわかんないけどさ。……うるか。告白してくれてありがとう」

「……ううん。成幸こそ空港に来てくれてありがと。本当に嬉しかった」

 

 そう言って成幸とうるかは見つめ合う。2人の間に漂う甘い雰囲気が胸を高鳴らせている。

 銀色の月明かりと対岸の街の光が2人を照らしていた。夜闇の中で照らされるうるかが、成幸にはいつになく幻想的に思えた。

 

「その、今日は何時までに帰ればいい?」

「……えっと、じ、実はね」

「うん」

 

 このまま離れてしまうのが寂しく思えて、成幸はうるかに問いかける。うるかは一瞬言葉を詰まらせて、一度深呼吸をしてから口を開いた。

 

「家には今日友達の家に行くって言ってて……泊まってくるかもって言ってるから」

「そ、そうか。じゃあ今日は……」

「……うん」

 

 うるかは返事をするとそのまま成幸にしなだれて、成幸は梳くようにうるかを撫でた。冬の冷たい空気が、今は消えてしまったように思えた。

 無言のまましばらく続けて、そのうち静かに唇を重ねた。大切な思い出ではあるけれど、付き合えなかったかもしれないなんて思っていた思い出だけの場所にしないように。たっぷりと時間を使って、情感を込めて。

 

「じゃ、じゃあ行くか」

「う、うん」

 

 やがてどちらともなく唇を離して、成幸がうるかに声をかけた。

 うるかは返事をしながらそっと成幸に腕を絡める。長い口付けの余韻で、成幸の支えがないと倒れてしまいそうに思えた。

 普段することのない恋人の行動で成幸の中で気恥ずかしい気持ちと嬉しい気持ちがせめぎ合い、最後はクリスマスならあまり目立たないだろうと自分を納得させた。

 そうして2人は顔を真っ赤に染めて、腕を組んだままゆっくりと、イルミネーションの輝く街へ歩いていった。


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