中央トレセン学園──日本最大級にして最高峰のウマ娘の教育機関である。地方のそれとは一線を画す設備や教育水準を備え、重賞を走るウマ娘のほとんどは中央トレセン学園所属だというのだから、いかにハイレベルかがわかるだろう。
どれをとっても地方のトレセンとは比べ物にならないので、レースを志すウマ娘のほとんどはまずこの中央を目指すことになる。学園側はその中から一握りの才あるウマ娘を選抜しなければならないので、必然、入学試験はそれなりに厳しい。実技、面接……。
そして、学力。
「はぇ……おっきい……」
新品の制服に身を包み、巨大な校舎を見上げて少し間の抜けた顔を晒している黒髪のウマ娘、リボンペルデーン。IQが猛烈に下がったような言動をしているが、これでも入学試験を受け
ペルデーンは懐からこれまた新品のスマートフォンを取り出した。ロック画面の壁紙に設定してあった家族写真を見てにやつきながら、カメラアプリを起動し校舎の写真を一枚、『ついた!』というメッセージと共に母親に送信する。『メッセージを送信しました』という画面の文字の上に、ひとひらの花びらが舞い落ちた。
季節は春。晴れ上がった好天のもと、トレセン学園の桜並木が満開となり、新たな生活を祝福するかのように新入生を歓迎していて――それに導かれるように、ペルデーンは歩き出した。
▽
生徒会長がやけに答辞で同じ単語を繰り返していたこと以外は、入学式は何の変哲も無く終わった。授業は明日からであり、新入生はこれから放課後となる。まだ練習場やトレーニングルームの使用が許可されていないから、生徒によっては同室のウマ娘に学園を案内してもらったり、あるいは食料やトレーニング用具の買い出しに行ったりするのだろう。
そんな中、荷解きを終えた私は一人で図書室までやってきていた。この学園の図書室は素晴らしいぞ、と同室の先輩に唆されたのだ。トレセン学園はもちろん教育にもしっかり力を入れており、その意向は蔵書にも、そして図書室自体にも反映されている。
室内には大きめの窓から明るい光が差し込み、部屋全体に開放感を与えている。所々に設置された観葉植物は、活字を追うのに疲れた眼を癒してくれるだろう。ずらりと並ぶ本棚の他に自習スペースも大きく取られており、もはや大学レベルの設備と言って差し支えない。
つまり、根っからのインドア気質の私にとっては天国と言えた。
「広い! 多い! 最高!」
小声で叫びながら、はち切れそうな期待を胸に本棚の間を歩いて回る。「微分積分・基礎編」「彼女はいかにして伝説となったのか」「駆けろウマス」「一から始める筋肉育成キット」――。誰もが知る名著から、聞いたこともないマイナーな出版社の本まで、あらゆるジャンルの本が所狭しとひしめき合う。
……筋肉育成キットとは本なのだろうか? 気になってやけに分厚く箔押しされたそれを手に取り、
「重たっ!?」
思わず声が漏れた。図書室は静謐を尊ぶ空間である――慌てて周囲に頭を下げて、反省しつつその本を眺める。どう考えても紙の重さじゃない。そう、例えば表紙に鉄板か鉛板が仕込んであるような――。
「……えーと? 『運動と無縁なあなたのための筋トレ指南書。読書しながら筋トレしたい文系マッチョ志望におすすめの合金ブックカバー付き』」
かなりのイロモノの気配に思わずニヤついた。誰が借りるんだろう。そう思って背表紙を開いたら同じ名前が貸し出し履歴にずらーっと並んでいて、私は引きつる腹筋を必死に抑え込んだ。ある意味筋トレ指南書の面目躍如である。波が収まるのを待って、それを棚に戻し……重たっ。元あった場所に戻すの、けっこう力がいるんだけど……!
未知の本というのはそれだけで読書家の心を沸き立たせるものである。私は読書に関しては悪食であり、ジャンルを選り好みしない質だと自負している。その後も気の向くままに目についた本を試し読みしていって、最終的に十冊ほどの本を貸出カウンターに並べた。
「あの……これ、全部借りるんですか?」
「……もしかして、貸し出し冊数に制限があった? ごめん、図書室を使うのは今日が初めてで……」
「あ、いえいえ! 上限は10冊ですから、えーと、ギリギリ大丈夫ですよ。貸し出しカードをお渡ししますので、クラスと名前をお願いしますね」
杞憂だったらしい。渡された紙に名前を書いて返すと、図書委員のウマ娘は驚いたように眼を見開いた。
「あの、つかぬことをお聞きしますが……リボン家の方ですか?」
「そうだけど……えっ、もしかして知ってるの?」
「もちろんです……! 私、歴史についての本を読むのが好きなんです。偉人とか英雄とか、時の為政者から学べることは多いと、そう思ってて。それで」
語り口が徐々に熱くヒートアップしていく。比例するかのように彼女のウマ耳はぴこぴこ揺れ、目の奥の輝きは増していった。
「ちょっと古い史料でしたが、ウマ娘のレースの歴史書にリボン家の記述がありました。曰く、『黎明期のレース人口を支えた家系。現代からすると派手さや突出した才能こそ少ないものの、その走りには『基本』があった』と。さすがに当時のレース映像は残っていませんでしたが、そういった記述にしか存在しない影の立役者もまた魅力があって──」
私は直感的に察した。これ、止めるまで話が続くやつだ。
「ま、まあ今のリボン家は貧乏家系だからさ! そこまで褒められるとちょっと申し訳ないっていうか」
「……すみません。偉人の子孫に会えたような気分で、少し浮かれてしまって……」
「そういわれるとなんか……うーっ、こそばゆい」
思わず少し大きな声が出てしまったが、出自を褒められて悪い気はしないのである。ただ、少し恥ずかしいというだけで。お互いほんのすこし気まずくなりながら、私は足早に図書室を後にしたのだった。
しかし、この時の私はすっかり失念していたのだ。図書室は静謐を尊ぶ空間であることを。
「……ふむ?」
目の下に酷い隈をこさえたスーツ姿の女性が、本棚から抜きかけていた本を戻して歴史書のコーナーに向かった。
モブウマ娘紹介:リボンペルデーン
黒髪ロングと耳元のリボン以外にこれと言って特徴のないウマ娘。作者は「マスカレードアイ」ちゃんのような容姿をイメージしていますが、見た目の解釈は個人にお任せします。
身体能力も至って平均的。ただし勉強は前世と読書好きな面が合わさって結構できる。
「リボン家の一員として……そして、お姉ちゃんとして。全力でがんばるよ!」
モブウマ娘紹介:リボンリゾルート
ペルデーンの母。モノクルをかけた理知的な女性。長い黒髪をポニーテールにまとめている。三姉妹の中で1番レースが上手かったが、レース中の怪我で片目の視力を著しく落とし引退。以降は猛勉強し、教職につきながら資金難のリボン家をなんとかやりくりしている。
モブウマ娘紹介:リボンアニマート
リゾルートの妹にしてリボン家の大黒柱。走るの大好きツンツン頭のウマ娘。瞬発力は世代の中でも上位だが、馬群がとにかく苦手。ちなみにペルデーンとの朝ランでは、最終的に走る時の癖を全部見抜かれて負けた。
モブウマ娘紹介:リボンカルマート
リゾルートの妹。三姉妹の末妹。ゆるくカーブした栗毛のふんわり雰囲気ウマ娘。何もわかっていなさそうで時折鋭い一面を見せるように見えて、本当に何もわかっていない。実はスタミナお化けで、超長距離なら強い。が、やっぱり仕掛けどきをわかっていないので勝率は低い。
なお、引退後はコンビニの長時間シフトでスタミナを活かしている。ふにゃふにゃな物腰がクレーマーのやる気を削ぐとして、店長から重宝されている。
これらのウマ娘たちはアプリ版に登場しません。名前は命名規則に則って付けました。ちなみに、母親三姉妹とペルデーンの名付け親はペルデーンの祖母という設定があります。