リボン家のウマ娘   作:鼠日十二

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紹介回その1


シンク・シンク(2)

「やあ、起きたまえ。起きたまえよ後輩くん」

 

 肩を揺すられる感覚に、うっすらと目を開く。ここ数日でようやく見慣れてきた天井は薄暗かった。まだぼんやりとしている視界に、同室の先輩の姿が映り込む。長めのウマ耳とふわふわのボブカットを揺らしながら、いつも通りの眠たげな半目でこちらを覗き込む先輩。その眩しいくらいの白毛を目で追ううちに、だんだんと目が覚めてきた。

 

「う、おはようございます」

「おはよう。起こしといてなんだが、大丈夫かい? 眠いなら寝てても良いけど」

「いえ、起きます……セイヴァー先輩の朝練についてくって言ったの、私なんで……」

 

 そう。昨夜、私は同室のテイケイセイヴァー先輩が早朝から朝練に出ていることを知って、同行させてほしいと頼んだのだった。受験期にも朝練はやっていたし、お母さんたちのお弁当作りで早起きには慣れているから大丈夫……と思っていたんだけど。いつも起こす側だった私がこうやって起こされるのは、すこし新鮮だった。

 

 時計を見れば、短針は4を指している。どこからどう見ても朝の4時である。朝練の時間を聞いた時点でわかってはいたが、やっぱり眠いものは眠かった。喉元から迫り上がる大あくびに抵抗できず、気の抜けた吐息が漏れる。

 

 とはいえ、いつまでもぼうっとしているわけにも行かず。未練がましくも身体にのし掛かる温かい掛け布団を気合いの力で跳ね除けて、大きく伸びをする。

 

「ぐうう〜っ!」

 

 ペキペキと背骨が小気味いい音を立てた。ベッドから降り、セイヴァー先輩が趣味で育てている観葉植物やら野菜やらの鉢の合間を縫って、顔を洗いに外に出る。

 

 

 

 身支度を終えれば、あたりは幾分か明るくなっていた。ジャージ姿の私と先輩は、誰もいないコースの前までやってきていた。さわやかな朝風が、かすかに青い香りを運んでくる。

 

「朝練というのは、この独特の雰囲気も醍醐味の一つさ。自分の影もおぼつかないような時間の、朝露に濡れたコースは別世界だ」

 

 普段より饒舌さの増したセイヴァー先輩は、しゃがみこんで芝をさらりと撫でた。

 

「僕はね、まだ誰にも踏まれていない芝の感触が好きなんだ。それだけのために、わざわざこんな早い時間から朝練に出ている」

 

 そう聞いて、コースに目線をやっても、芝は昨日と変わらないような気がした。しかし、セイヴァー先輩は自信ありげだ。

 

「わかるものですか」

「わかるとも。なぜなら僕はテイケイセイヴァー、麦農家の娘だからね」

 

 手についた朝露を振り払い、おどけるように笑いながらトレーニングコースに足を踏み入れた先輩の真っ白な尻尾が、心中を表すように機嫌よく揺れる。

 

「ん、悪くない」

 

 スタスタと歩いていくセイヴァー先輩の小さな背中を追いかけて、私もトレーニングコースのスタート地点に立った。

 

「せっかくだから併走でもするかい?」

「いいんですか?」

「構わない。あまり前を走ってほしくないんだが、この芝なら僕のほうが速いし」

「むっ」

 

 ……もちろん、デビュー済みのセイヴァー先輩と入学したての私の間に大きな力の差があることはわかっている。けど、自分のほうが速いと言われて黙っていられるウマ娘はいない。元人間の私だって、それなりの闘争本能は持ち合わせているつもりだ。朝一だが全力を出せるように、いつもより念入りに関節を温め、それから大きく朝の空気を吸い込んだ。

 

「準備はいいかい? 開始の合図は一分後のアラームだ」

「了解ですっ」

 

 セイヴァー先輩がコースの柵の向こう側にスマホを放り投げた。画面には『00:54』と映っているのが見える。来るべき瞬間に向けて気を高め、構え、脱力。筋肉の収縮には、弛緩が必要不可欠。その落差が瞬発力になる。

 

 

 そうして──耳障りな電子音が鼓膜を揺らすのと同時、足に力を込め、強く地面を蹴った。スタートは同時、であれば初速も同じはず。そう思ってちらりと隣を見れば、セイヴァー先輩はすでにそこにはいなかった。

 

「なっ……!?」

 

 ロケットスタート、しかして速度は落ちることは無く。小柄な体をめいっぱい前に傾けて、跳ぶように走っている。踏みしめられた芝が、蹄鉄の形に深くつぶれているのが見えた。セイヴァー先輩の長いウマ耳と尻尾が、白く流星の様に線を引いている。

 

 人は──ウマ娘だって、星に手が届かない。それでも誰かを導く星であれ、かの星の様に輝けと願って、トレセン学園のチーム名には星の名前が使われているのだとか。入学式で聞いた話を、なぜか今思い出した。

 

 

 

 

 

 

 結局、セイヴァー先輩は私に10馬身差ほどつけてゴールした。ペース配分すらろくにできず全力で追いかけた私は、ヘトヘトになって息も絶え絶えに地面に倒れ込む。

 

「む、無理、速すぎ……どうなってるんですか……」

「ふふ、私はスプリンターだからね。短距離は私の戦場だ、そう簡単に勝ちをくれてやるつもりはないとも」

 

 セイヴァー先輩は笑って、スマホを拾い上げた。

 

「おや、4時半か。5時にもなればほかのウマ娘がやってくるだろうから、それまでは走ろう」

「そのあとは?」

「筋トレだ、後輩くん。僕の友人の筋肉ダルマも言っていた、『結局筋肉がものをいう』ってね」

「の、脳筋発想だ……!」

「それがあの筋肉ダルマ、文系マッチョを自称しているだけあって勉強はできるんだよな。不思議なものだ」

「文系マッチョ……あれ、どこかで聞き覚えが……」

「そうかい? 何度も聞かない単語だと思うがね」

 

 そう言われても、どこかで聞いた気がするのだ。何だったかなぁと記憶を掘り返してみても、目当ての宝は見つからない。そんな話をしているうちに息も整ってきたので、芝から体を起こす。

 

「ん、再開しようか。せっかく早起きしたんだ、時間は無駄にしたくないだろう?」

「そうですね。走ってないと落ち着きませんから」

「ウマ娘らしいな」

 

 あいまいな笑いを返し、膝についた草切れを払い落とした。

 

「もう一周いいですか」

「いいとも。ただし一度走ったところは避けるぞ。僕はへたった芝が大の苦手なんだ。うまく力が出ない」

「そんなパンのヒーローみたいな……」

 




モブウマ娘紹介:テイケイセイヴァー

白髪ふわふわボブの僕っ娘。眠たげな半目は走っている間は開く。数多のトレーナーが匙を投げた意味わからん走りで意味わからんタイムをたたき出す癖ウマ。こんなんでも作中最強枠。

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