リボン家のウマ娘   作:鼠日十二

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……?(宇宙ブルボン)


シンク・シンク(3)

 

 授業が終わってから図書室に行くと、あれからすっかり仲良くなった図書委員のウマ娘がにこやかに手を振ってくれた。彼女の名前はゼンノロブロイという。

 

「こんにちは、ペルデーンさん」

「久しぶり、ロブロイちゃん。勧めてくれた本、とても良かったよ」

 

 この前勧められて借りたのは、自分を騎士だと思い込んでいる気狂い老人とその従者のウマ娘を描いた作品である。なんだか似たような話が前世にもあったから、間違い探しをするような気分で読めた。とはいえそれを素直に伝えると気狂いなのは私のほうになってしまうので、この会話が軽妙で良かった、などと感想を述べるにとどめる。

 

「ふふっ、ありがとうございます。実は、紹介した本を抵抗なく読んでくれる方って、すごい貴重で……。私もすごく嬉しいんです」

「winーwinだねえ……」

 

 やはり共通の趣味があると、話も軽やかになるというもの。とはいえ前回の反省を忘れていない私は、あくまで小声でロブロイちゃんに尋ねた。

 

「で、ごめん、今日は本を借りにきたわけじゃないんだ。資料室って今使える?」

「資料室ですか? わかりました。ちょっと確認しますね」

 

 学園には、図書室とは別に過去のレースの映像や記録をまとめた資料室がある。当時の貴重な紙媒体も多くあるため、入室や貸出には許可が要る……とまあ、大学の図書館のようなものだ。

 

 しばらく帳簿をめくっていた彼女は、顔を上げて笑顔を浮かべた。

 

「空いてますよ。ご利用になりますか?」

「お願いできる?」

 

 ロブロイちゃんは頷き、図書室のカウンターの奥の扉を手で示した。

 

「あちらになります。この表にお名前だけ、お願いします」

「ありがとね」

 

 案内されるままほとんど開閉音のしないその扉を開けると、古い紙と埃の匂いがふんわり私を包んだ。日焼けしないようにか、部屋の中ははカーテンが締め切られていて薄暗い。

 

 金属製の本棚には、レース距離などで分類されたファイルが年代順に並べられていた。その中をしばらく見て周り、二十数年前のファイルをいくつか抜き取ってみる。

 

「ええと……確かお母さんが出走したのは……」

 

 スマホにメモしておいたレースの名前を調べていくと、当時の出走表に「リボンリゾルート」の名前を見つけた。家族のことを思い出して、少し懐かしい気分に浸る。

 

 昔から、アニマートさんやカルマートさんには「姉さんによく似ている」と言われてきた。なんだか血のつながりを感じて、嬉しかったのを今でもよく覚えている。

 

 だから――似ているからこそ、お母さんのレースは走りの参考になるんじゃないかと思ったのだ。それが、私がここにいる理由だった。

 

 出走表のコピーを取った私は、次いで資料室の奥の方に歩を進めた。棚に並んでいたものがファイルからDVDに、そしてVHSなんかのビデオテープへと変わっていく。

 

「えーっと、せんきゅうひゃくきゅうじゅう――あれ?」

 

 日付の書かれたシールを指でなぞりながら棚を見ていくと、お母さんが出走しているレースの記録だけちょうど抜き取られていた。どうやら先客がいたらしい。これほど昔の、それも格の高くないレースの映像を見に来る人が私以外にもいるとは……勤勉なウマ娘もいたものだ。いや、あるいはトレーナーか。ともかくほかにもお母さんが出走したレースはあるし、問題はない。

 

 ついでにアニマートさんとカルマートさんが出走している映像もいくつか見繕って、私は資料室を後にした。

 

 

 

 

 次に向かったのは、学校の視聴覚室だ。DVDプレーヤーは生徒向けに貸し出ししていたんだけど、さすがにビデオデッキは視聴覚室と一部のトレーナー室にしか設置されていないのだという。トレーナーのいない私は、必然、レースを見るには視聴覚室を使うほかなかった。

 

「失礼しまーす」

 

 引き戸を開けると、中からレースの実況らしき音声が聞こえてきた。どうやら先客がいたらしい。転生してからずいぶんと鋭敏になった聴覚が、一字一句正確にその言葉を聞き取った。

 

 

『ブリッジゴースト猛追! しかしリボンリゾルートがわずかに速いか、早い、速かった!』

「うん?」

『リボンリゾルート1着です! 終始安定した走りで見事勝利を掴み取りました!』

 

 ……どうしてお母さんの名前が聞こえるんだ?

 

 聞こえてくる歓声と勝利インタビューに引き寄せられるように、視聴覚室に足を踏み入れた。

 

 教室の前方、大きなモニターに映っていたのは、紛れもなく若かりし頃のお母さんの姿だった。絶句する私に、部屋の中から声がかかる。

 

「ああ、すみません。今場所を空けますから」

 

 見れば、スーツ姿の女性がガタガタと椅子を引いて立ち上がるところだった。胸元には鈍く輝くトレーナーバッジ、だがそれよりも目を引くのは──目の下で冬眠するかのごとく居座っている、黒々とした隈だった。

 

「……クマ娘?」

「どういうネーミングセンスなんですか、それ」

「いやだって……ちゃんと寝てますか? 期末テストの準備と実家の資金繰りで3徹した時のお母さんよりひどい顔してますよ」

 

 睡眠不足は判断力の低下やら肌荒れやら、いろんなバッドコンディションの原因になる。ウマ娘は、特に学園の生徒はハードなスケジュールを送りがちなので、購買部にはスキンケア商品も多く取り揃えられているとかいないとか。

 

「自覚はありますが。もう取れないんですよ、洗っても」

「いや寝てくださいよ。洗って取れるわけないでしょ」

 

 よく見ればスーツはよれが目立ち、短めの髪もところどころボサついている。社畜みたいな見た目をしているその女性は、机の上に転がっていたリモコンを拾い上げて未だ流れ続けていたレース映像を一時停止した。

 

 画面がにこやかなお母さんの表情で固定される。

 

「さて、一応質問ですが。あなたの言う『お母さん』は、このウマ娘のことで間違いないですか」

「……そうですけど。よくわかりましたね」

「顔立ちがそっくりですから」

「えへへ……褒めても何も出ませんよ?」

「褒めてないんですよねぇ……」

 

 え、そうなの。

 

「なんで意外そうな顔なんですかね」

「心外です。 ……ところで、どうしてお母さんのレース映像を?」

「これですか? 以前、たまたま図書室であなたと図書委員の生徒が話しているのが聞こえまして」

「ロブロイちゃんか。いつのことだろ……」

「入学式の日ですね」

「……あ! あれか!」

 

 ロブロイちゃんと初めて会った日のことを思い出す。そうだ、確かリボン家のことについてちょっと話したんだっけ。

 

「たぶん、私以外にも図書室にいたウマ娘にはみんな聞こえてたと思いますよ。耳のいい種族ですから」

「え゛っ」

 

 入学初日に実家のあんまり大声で言えない事情を大声でバラした長女がいるって?

 

「つらい……」

「まあ、それですこし興味が湧いたので調べていたというわけですね」

 

 とはいうものの、机の上に並べられたメモや資料は『すこし』で片づけられるような量ではなかった。私の視線を感じたのか、彼女も机に目線を落とす。

 

「ああ、これですか? レース史にあまり詳しくなかったので、ちょっと勉強したんです」

「ちょっととは一体」

「これくらいなら二晩で纏められますよ」

 

 そういってにっこり笑うので、私は深く考えるのをやめた。違う尺度で生きている人と認識をすり合わせようとするのは、ほとんどの場合徒労に終わるからである。

 

「さて、私はもう行きますね。こういうのはウマ娘優先であるべきですし」

 

 そう言ってさっさと資料をまとめ始めたトレーナーさんをあわてて引き止めた。ウマ娘よりもウマ娘に詳しいであろう彼女に、一つだけ聞いておきたいことがあったのだ。

 

「ち、ちょっと待ってください。質問良いですか」

「彼氏はいませんよ?」

「何寝ぼけてるんですか。って、そうじゃなくて……トレーナーさんって、レースの賞金にも詳しいですか?」

「ええ、だいたい把握しています」

「それじゃあ、えっと、その……」

 

 意を決して、口を開く。

 

「――中央トレセン学園6年分の学費20人分を、私一人で稼ぐことは可能だと思いますか」

「……ふむ」

「あの、現実的かどうかだけでいいんです。トレーナーさんから見て、まったく無理なことなのかなって、気になって、私……」

 

 何か続けて言うこともできず、私はトレーナーさんの様子を伺った。彼女は懐からスマホを取り出し、しばらく何か操作しているようだった。嫌な沈黙が視聴覚室に満ち、心を占める不安の割合がゆっくり膨らんでいく。

 

 やがて顔を上げた彼女は、困ったように小さく笑った。

 

「わかりません。わかるわけがありません。私、あなたの実力も知らないんですから」

「あっ、そうですよね……すみません、変なこと聞いて」

 

 頬が熱くなる。先走ってバカなことを聞いてしまった。思わずうつむいて顔の熱を逃がそうとしていると、優しげな声が降ってきた。

 

「だから、見せてください」

 

 顔を上げれば、トレーナーさんの笑顔があった。

 

「見せるって……何を」

「あなたの実力を、次の模擬レースで。その時に、私も質問の答えを出しましょう」

 

 その返事を噛み砕いて、飲み込んで、理解して。胸の奥がざわざわと疼くような感覚を覚える。ドキドキと心臓がうるさい。

 

 これは……少なからず期待されてると思っても良いんだよね? トレーナーさんのほうを見ると、彼女は不器用にウインクした。目尻がひしゃげて、目の下の隈がさらに濃くなる。

 

「どんどん頼ってください。トレーナーはその為にいるんですから」

「……それじゃあ、えっと。よろしくお願いします」

 

 深く深く頭を下げた。自分の尻尾がパタパタと揺れているのが足の間から見えた。

 

「ええ、楽しみにしています」

 

 




トレーナー紹介:トレーナーさん

女。気になることがあると睡眠時間を削る悪癖がある。
比喩なしにウマ娘のためなら何でもできるやべーやつ。実はシンボリルドルフの担当になったことがあるが、方向性の違いによりすぐに解消された。互いの考えを尊重した結果であり、今でもたまに連絡を取る間柄である。


作者、これからテスト期間&その直後にインターンに行かなきゃならんので、次回更新がいつになるかわかりません。でもストックはこれ書いてる時点で1話あるし、遅くても二週間後くらいまでには更新できると思う。公園でヒィヒィ言いながら花壇いじってる男が居たらきっと作者です。

(内容はともかく)この話がやけに文字数多いので、これで許してください。


追記:なんだか見てくれる人が急に増えて、更新遅れるのが申し訳ないので一つ裏設定でもお話しします。

この作品、オリジナルウマ娘の名前には全てモチーフがあります。それはリボン家の命名規則に従っていたり、あるいはとある曲の歌詞から取っていたり……

読む片手間に想像でもしていただければ作者としても嬉しい限りです。
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