リボン家のウマ娘   作:鼠日十二

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『おにごっこ、しよ?』
『ねーねー』
『たのしいよ?』



シンク・シンク(6)

 

 

 なんだか古い夢を見ていた気がする。それもとびきり古くて嫌な夢。逃れるように目を覚ますと、そこはトレセン学園の保健室だった。

 

 だんだん意識がはっきりしてくるにつれ、何があったのか思い出してきた。どうやらちょっと頑張りすぎたらしい、まさかこの年で酸欠で倒れるとはねぇ……。ウマ娘の肉体を過信しすぎたか。

 

 どうにも、走っている時は肉体と精神が乖離しがちだ。ウマ娘として走るよりかは、ウマとヒトとして走る、みたいな。

 

 まだ少し痛む頭を抑えながら、ゆっくり身体を起こす。

 

「すぅ……」

「うわっ」

 

 思わず変な声が漏れた。ぼさぼさの髪、よれたスーツ……あの女性トレーナーさんがベッド脇の椅子に座り、腕を組んだ体勢で爆睡していた。

 

「……何してんですか」

「ん……ぐぅ……」

「ここぞとばかりに睡眠取らないでくださいよ」

 

 頬をぺちぺち叩くと、トレーナーさんは眠たげに目をこすりながらむくりと顔を上げた。

 

「……よく寝ました」

「おはようございます。えっと……いつからそこに?」

「15分前くらいですね」

「よく寝たとは?」

「久しぶりに惰眠を貪りました」

「感覚バグってますね。働きすぎじゃないですか」

「そんなに褒めても残業代は出ませんよ」

「うわ……」

 

 普通に引く。トレーナー業の闇を見た気分である。

 

 私のじっとりとした視線を意にも介さず背筋を伸ばしたトレーナーさんは、小脇に挟んでいたクリップボードを開いた。

 

「さて、まずはお疲れさまでした。具合は大丈夫ですか?」

「む……まだすこしぼうっとしますが、大丈夫です。トレーナーさんのお話を聞くくらいはできます」

「話が早くて助かりますね。それでは、あの日の質問の答え合わせといきましょうか」

 

 至極まじめな表情で、トレーナーさんはその言葉を吐いた。

 

「結論から言えば、学費20人分を三年間で稼ぐことは不可能ではないと考えます」

「……ってことは!」

「ですが決して簡単ではありません。そこで私、ふたつ案を考えました」

 

 トレーナーさんは頷き、二枚のプリントを渡してきた。そのうちの片方にはでかでかと『力こそ全て☆トゥインクル走破ルート』と見出しがつけられている。

 

「これはひたすらにトレーニングしつつレースで勝負勘を養い、G1で一着を取ることを目標にするルート。言ってしまえば王道ですが、しかして覇道でもあります。誰よりも強くあらねばならないわけですから」

「……そこまで強くなれるでしょうか」

「授業、食事、入浴以外の全ての時間を捧げて、ようやく勝負の舞台に立てるくらいの見込みですね。トゥインクルシリーズは化け物ぞろい粒ぞろい、絶対勝てるなんてことはありません」

 

 プリントをじっと見つめる。たった一枚の紙には、狙うべきレースから日々のトレーニング案までが細かい字でびっしり書き込まれていた。

 

 なるほど確かに王道だ、レース名に添えてある賞金額も派手なものばかり。 

 

 しかし……。大穴狙い、一点集中。G1一筋というのはいささかギャンブルが過ぎるようにも感じる。

 

 そんな心情を見透かしたようにトレーナーさんが付け加えた。

 

「学園のほとんどのウマ娘はこのルートを選びます。それが実現可能な範囲であれ、無謀な試みであれ──彼女らはレースに勝つためにトレセンに来たのだから」

「それは……なんとも」

 

 理解しがたいですね、とは言わなかった。ほかの生徒からすれば、理解しがたいのは私のほうだろうし。

 

 別に共感してもらおうとも思わない。

 

 トレーナさんに礼を述べつつ、もう一枚のプリントを見る。

 

「えーと、こっちは『山無し谷無し☆低空飛行ルート』……?」

「そちらのプリントは、言ってしまえば邪道です。勝つことを目標にしていません」

「えっ」

「Pre-OpからG1まで、その時点で賞金の高いレースに片っ端から出て必(・)ず(・)入(・)着(・)する。それなりの精度の鉄砲を数撃って当てる、そういうプランです」

 

 紙面に目を落とす。列挙されたレースは私でも知っているほど有名なものから、全く聞いたことのないものまで様々だ。

 

「他にもトップアイドルルートなど考えましたが、成功率の観点から除外しました」

「ですよねー。この見た目ですし、自分でも向いてないと思います」

「観客席からあなたを見つけるのは大変でしたよ。大きなリボンなんかつけても良いかも知れませんね」

「あはは……遠慮しときます」

 

 これでも元男なので。必要ならやるが、あまり派手なのは勘弁してもらいたい。

 

 などと考えていると、トレーナーさんが唐突に胸の前で手を合わせた。ぱしん、と乾いた音が鳴る。

 

「で、本題に入りましょう」

「本題? 答え合わせは、ちょうど今してもらいましたけど」

「その上での提案です。 ……リボンペルデーンさん、うちのチームに来ませんか」

 

 それは予測できた答えで、予想外の勧誘だった。

 

「私はあなたが欲しい。あなたの目標を叶えるために。そして私の夢を叶えるために」

「……トレーナーさんの夢って、いったい」

 

 トレーナーさんは笑った。それもとびきり獰猛に。おおよそ成人女性が浮かべてはいけないような笑顔で、彼女は心の内を明かした。

 

「私の夢は――総てのウマ娘の幸福です」

 

 届かないと知ってなお、ヒトは星に手を伸ばす。

 

 トレーナーさんの夢は世界平和と同じくらいの絵空事で、それをあまりにも本気な顔で語るものだから――

 

「良いですね」

「でしょう? 私の人生を賭けるに足りる、良い夢です」

 

 乗ってあげても良いな、って思うのだ。この人は私の夢を笑わないだろうから。

 

 きっと私もトレーナーも夢見がちなリアリストだ。叶うかどうかわからない熱に浮かされながらも、本気で成し遂げるために手段を選ばない。

 

 そして――決断は迅速に。

 合わなきゃ新しいトレーナーを探せば良いさ。今はこの一歩を踏み出すことが何より大事だ。

 

「役に立てるかは分かりませんが。よろしくお願いします、トレーナーさん」

「互いに利用するくらいの気持ちで良いですよ。ようこそ、チーム『アルコル』へ。申し遅れました、チーフトレーナーの茜崎 美鈴(あかねざき みすず)と申します」

 

 鈍色のトレーナーバッジが、ぎらりと輝いた。

 

 

 

 

 

 

 

「でもトレーナーさん、人のこと言えないですよ。なんですかこのネーミングセンスは」

「えっ。自信作ですが」

「これで……? ちなみにアイドルルートはどういう名前なんですか」

「『超(スーパー)ウマ$(ドル)札束殴打(オーダー)』です」

「ダセェ……」

 




ウマを見に北海道まで来ました。これで表現により緻密さと精巧さが増すことでしょう。
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