リボン家のウマ娘   作:鼠日十二

9 / 12
『おにごっこ、しよ?』
『ねーねー』
『たのしいよ?』



シンク・シンク(6)

 

 

 なんだか古い夢を見ていた気がする。それもとびきり古くて嫌な夢。逃れるように目を覚ますと、そこはトレセン学園の保健室だった。

 

 だんだん意識がはっきりしてくるにつれ、何があったのか思い出してきた。どうやらちょっと頑張りすぎたらしい、まさかこの年で酸欠で倒れるとはねぇ……。ウマ娘の肉体を過信しすぎたか。

 

 どうにも、走っている時は肉体と精神が乖離しがちだ。ウマ娘として走るよりかは、ウマとヒトとして走る、みたいな。

 

 まだ少し痛む頭を抑えながら、ゆっくり身体を起こす。

 

「すぅ……」

「うわっ」

 

 思わず変な声が漏れた。ぼさぼさの髪、よれたスーツ……あの女性トレーナーさんがベッド脇の椅子に座り、腕を組んだ体勢で爆睡していた。

 

「……何してんですか」

「ん……ぐぅ……」

「ここぞとばかりに睡眠取らないでくださいよ」

 

 頬をぺちぺち叩くと、トレーナーさんは眠たげに目をこすりながらむくりと顔を上げた。

 

「……よく寝ました」

「おはようございます。えっと……いつからそこに?」

「15分前くらいですね」

「よく寝たとは?」

「久しぶりに惰眠を貪りました」

「感覚バグってますね。働きすぎじゃないですか」

「そんなに褒めても残業代は出ませんよ」

「うわ……」

 

 普通に引く。トレーナー業の闇を見た気分である。

 

 私のじっとりとした視線を意にも介さず背筋を伸ばしたトレーナーさんは、小脇に挟んでいたクリップボードを開いた。

 

「さて、まずはお疲れさまでした。具合は大丈夫ですか?」

「む……まだすこしぼうっとしますが、大丈夫です。トレーナーさんのお話を聞くくらいはできます」

「話が早くて助かりますね。それでは、あの日の質問の答え合わせといきましょうか」

 

 至極まじめな表情で、トレーナーさんはその言葉を吐いた。

 

「結論から言えば、学費20人分を三年間で稼ぐことは不可能ではないと考えます」

「……ってことは!」

「ですが決して簡単ではありません。そこで私、ふたつ案を考えました」

 

 トレーナーさんは頷き、二枚のプリントを渡してきた。そのうちの片方にはでかでかと『力こそ全て☆トゥインクル走破ルート』と見出しがつけられている。

 

「これはひたすらにトレーニングしつつレースで勝負勘を養い、G1で一着を取ることを目標にするルート。言ってしまえば王道ですが、しかして覇道でもあります。誰よりも強くあらねばならないわけですから」

「……そこまで強くなれるでしょうか」

「授業、食事、入浴以外の全ての時間を捧げて、ようやく勝負の舞台に立てるくらいの見込みですね。トゥインクルシリーズは化け物ぞろい粒ぞろい、絶対勝てるなんてことはありません」

 

 プリントをじっと見つめる。たった一枚の紙には、狙うべきレースから日々のトレーニング案までが細かい字でびっしり書き込まれていた。

 

 なるほど確かに王道だ、レース名に添えてある賞金額も派手なものばかり。 

 

 しかし……。大穴狙い、一点集中。G1一筋というのはいささかギャンブルが過ぎるようにも感じる。

 

 そんな心情を見透かしたようにトレーナーさんが付け加えた。

 

「学園のほとんどのウマ娘はこのルートを選びます。それが実現可能な範囲であれ、無謀な試みであれ──彼女らはレースに勝つためにトレセンに来たのだから」

「それは……なんとも」

 

 理解しがたいですね、とは言わなかった。ほかの生徒からすれば、理解しがたいのは私のほうだろうし。

 

 別に共感してもらおうとも思わない。

 

 トレーナさんに礼を述べつつ、もう一枚のプリントを見る。

 

「えーと、こっちは『山無し谷無し☆低空飛行ルート』……?」

「そちらのプリントは、言ってしまえば邪道です。勝つことを目標にしていません」

「えっ」

「Pre-OpからG1まで、その時点で賞金の高いレースに片っ端から出て()()()()する。それなりの精度の鉄砲を数撃って当てる、そういうプランです」

 

 紙面に目を落とす。列挙されたレースは私でも知っているほど有名なものから、全く聞いたことのないものまで様々だ。

 

「他にもトップアイドルルートなど考えましたが、成功率の観点から除外しました」

「ですよねー。この見た目ですし、自分でも向いてないと思います」

「観客席からあなたを見つけるのは大変でしたよ。大きなリボンなんかつけても良いかも知れませんね」

「あはは……遠慮しときます」

 

 これでも元男なので。必要ならやるが、あまり派手なのは勘弁してもらいたい。

 

 などと考えていると、トレーナーさんが唐突に胸の前で手を合わせた。ぱしん、と乾いた音が鳴る。

 

「で、本題に入りましょう」

「本題? 答え合わせは、ちょうど今してもらいましたけど」

「その上での提案です。 ……リボンペルデーンさん、うちのチームに来ませんか」

 

 それは予測できた答えで、予想外の勧誘だった。

 

「私はあなたが欲しい。あなたの目標を叶えるために。そして私の夢を叶えるために」

「……トレーナーさんの夢って、いったい」

 

 トレーナーさんは笑った。それもとびきり獰猛に。おおよそ成人女性が浮かべてはいけないような笑顔で、彼女は心の内を明かした。

 

「私の夢は――総てのウマ娘の幸福です」

 

 届かないと知ってなお、ヒトは星に手を伸ばす。

 

 トレーナーさんの夢は世界平和と同じくらいの絵空事で、それをあまりにも本気な顔で語るものだから――

 

「良いですね」

「でしょう? 私の人生を賭けるに足りる、良い夢です」

 

 乗ってあげても良いな、って思うのだ。この人は私の夢を笑わないだろうから。

 

 きっと私もトレーナーも夢見がちなリアリストだ。叶うかどうかわからない熱に浮かされながらも、本気で成し遂げるために手段を選ばない。

 

 そして――決断は迅速に。

 合わなきゃ新しいトレーナーを探せば良いさ。今はこの一歩を踏み出すことが何より大事だ。

 

「役に立てるかは分かりませんが。よろしくお願いします、トレーナーさん」

「互いに利用するくらいの気持ちで良いですよ。ようこそ、チーム『アルコル』へ。申し遅れました、チーフトレーナーの茜崎 美鈴(あかねざき みすず)と申します」

 

 鈍色のトレーナーバッジが、ぎらりと輝いた。

 

 

 

 

 

 

 

「でもトレーナーさん、人のこと言えないですよ。なんですかこのネーミングセンスは」

「えっ。自信作ですが」

「これで……? ちなみにアイドルルートはどういう名前なんですか」

「『(スーパー)ウマ(ドル)札束殴打(オーダー)』です」

「ダセェ……」

 




ウマを見に北海道まで来ました。これで表現により緻密さと精巧さが増すことでしょう。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。