本当に申し訳ない。
エアグルーヴとデビューに関する話し合いをした。記事に載ったこともあってか向こうの方から時間を作って欲しいと言われ、結果として放課後直ぐに話し合いの場を設けて話した。
エアグルーヴの方針はトリプルティアラ。レース名で言うなら桜花賞、オークス、秋華賞の三つ。全て芝でマイルと中距離。エアグルーヴの才能なら勝利は確定している。一応脚質的にクラシック三冠は厳しいがそれでも皐月とダービーの二冠なら狙えると伝えたところ、母親がティアラ路線で結果を残しているらしく、自分もそれに続きたいとのことだった。
エアグルーヴを支える、それを思ってトレーナー室でトレーニング内容を組み立てていたときのことだった。タキオンが部屋の扉を開けたのは。
―――
トレーナー君は私の実験に協力的ではない。
彼と担当契約を結んだとき、カフェに釘を刺されてしまってからというもの、一度として彼でデータを取ることはできなかった。あのときは諦めるしかないと思った。なにせトレーナー君は男。都会のホタルレベルの絶滅危惧種。そんな存在に投薬実験を無理矢理していると知られれば、仮に私が家に土下座して揉み消しを頼み込んだとしても、揉み消せないだろう。
だが、それはトレーナー君が一般的な男性の場合だ。私はトレーナー君が何処か常軌を逸しているという確信があった。それは彼が単に横七の提督、幹部だから、という訳ではない。彼の持つ雰囲気が、オーラが、私が産まれてこの方一度も感じたことのないものだったからだ。
そこで、私は思った。彼に・・・トレーナー君に、ウマ娘の力を示せばより協力的になってくれるのではないか、と。勿論だが力を示す、と言っても脅迫の類ではない。俗に言う「走りに魅せられた」と言わせるのである。
「やあやあトレーナー君。今日は実に良い実験日和だねぇ」
「薬はゴメンだ。帰ってくれ」
「酷いじゃないか。これでも控えているのだがねぇ」
ラボの冷蔵庫には使われずに待機している試験管が溢れている。他の娘でやろうにも人用に調整したものではウマ娘に使っても結果は出ない。他のトレーナーでは、トレーナー君に迷惑を掛けてしまう。在庫一掃のためにも、トレーナー君を魅せねば。
「早速だがトレーナー君、腕相撲をしよう」
「ああ腕相撲ね、・・・腕相撲?」
「そうだとも。さあ早くこっちの机に来たまえ」
トレーナー君を急かして中央にある応接室の様に置かれたソファーに座らせる。
「私が勝ったら君にこの薬を勧めよう」
「効果は?」
「ちょっとばかしの筋肉増強効果さ。リベンジマッチには丁度いいだろ?」
「二回もやるのか」
トレーナー君は肩を何度か回すと机に肘をついた。
「さぁ、実験開始といこうか!!」
私も肘を付きトレーナー君の手を掴む。大きな手で、温かいと思いながら開始の合図を言う。男の人の手を触るという幸せが終わる悲しみを乗り越えて腕に力を入れた・・・筈だった。
「馬力など相手になるかァーッ!!」
私の手は、一瞬で机に叩き付けられた。
え?
「なっ、何が!?」
「どうする?リベンジマッチ、いくか?」
トレーナー君は手首を数回回すと今まで見たことのない、恐ろしい笑みを浮かべたまま、そう聞いてきた。
何が起きた?
私は確かに力を込めた。それは事実だ。でなければトレーナー君を強く握った感触は一体何だったのか。
「も、勿論だとも。今度は油断せず、勝たせてもらうよ?」
トレーナー君の筋肉量はコートの上から推測しても明らかに一般的な量だ。神話のウマクレスのような大柄ではち切れんばかりの筋肉はない。
とするとあれか?母親が神であったシエラレオネのように一部の力が宿ったとでも言うのか?
「3...2....1...0!!」
「今度は・・・ッ!!」
さっきの負けは私が力を込めるのが遅れていた。だから先に叩きつけられ敗北した。その説しか有り得なかった。
だから私は卑怯だがトレーナー君の開始の合図よりも少し速く力を込めた。
そして、私は目撃した。トレーナー君は一バ力、多少の個体差はあれど700W、その力が掛けられても、トレーナー君は手の甲を机に着けるどころか手首すら傾けていなかった。
「言ったろ?馬力が相手になるか、と」
再びトレーナー君が不敵に笑う。徐々に、徐々に、私の手が押されていく。
「ありえない・・・」
「じゃあこれは何だ?夢と言うなよ」
分かっている。これは間違いなく現実だ。現実だというのに、私は負けている。
「これで、終わり」
その一言で、僅かにも浮いていた私の手は完全に落とされた。
「いやー、面白かった。タネにも気付かずに再戦するとはまだまだ甘いね」
あまりの出来事に理解できず呆然としていると、トレーナー君は先程の怖い笑みは何処へやら、子供のように笑いながらそう言ってきた。
「タネ?」
「ああそうさ。ウマ娘のパワー、一馬力を容易に上回る力の出処、チラッとだけ見せてやろう」
何を、と言おうと思った。口を開けた瞬間、トレーナー君の服・・・コートが少しだけ、捲り上がった。そのとき、私は見た、見たんだ。トレーナー君の力が何処から来ていたのかを。
背部には煙突のようなものがあった。金属製で、背負うものでは明らかにない煙突が。それはさらに細い線でいくつものパーツと繋がっていた。ただ一つ断言するとしたら、それは確実に私達が知るものでは無いということだ。
「それが・・・」
「着けてる理由は様々だが、聞くんじゃないぞ。それとこのことは秘密な」
「理由は様々だし、皆には秘密って」
理由?よくて護身用?確かに幹部には相応かもしれない。府中には人だけでなくウマ娘も多い。そうなればウマ娘のパワーを超える力を出せる装備は必須だ。だがここは日本。そのレベルのものは作ったりしてはいけないのではないか?仮に作れても・・・
いいことを閃いた。
「トレーナー君、君はつまり違法なものを身に着けている、ということでいいかい?」
「違法って・・・」
「ああ、安心したまえ。別に通報したりしないよ。ただ少し、お願い事を聞いてほしくてね」
「願い事?」
「簡単なことさ。実験に必要な材料を調達してほしい」
「調達って、今もやってることだろ」
「ああそうさ。だが今回頼むものは少し面倒でね。正規の手段では手に入らないのさ」
「おい、それって」
クククッ
「そうさ、君に頼むのは輸入、購入、保有、精製。そのすべてが禁じられている禁制品さ」
「横七は犯罪組織じゃないぞ」
「君のそれは犯罪だろ?」
トレーナー君は諦めたのか、黙って下を見つめた後、再びこちらを見た。
「わかった。後でリストをくれ」
「いやー、物分りが良くて助かるよ。それじゃあ次は・・・」
「次!?」
「何かね?文句があるのかい」
「犯罪教唆してまだやれっていうのか」
「こっちは君の本職さ。今からテストを兼ねて走るからタイムを測ってほしい。何のテストとは聞くまい?」
「待ってくれ!?走るのか?」
「私もウマ娘だよ、君。着替えてくるから先に待っててくれ」
腕力では負けたが、走りで魅せるという、ここに来た目的は変わっていないよ、トレーナー君。別の収穫があったことは間違いないがね。
―――
タキオンが走るのは珍しい。トレーナーになってからかなり時間が経ったがタキオンのトレーニングを見た回数ははまだ五本の指で足りる。今回はテストと言っていたので新薬を試すのだろう。
「しっかりと頼むよ?トレーナー君」
「任せろ」
タキオンがスタートをする。並走相手がいないのでいまいち速さが伝わりにくいが自己ベストを優に越えるペースだ。
「···」
タキオンがコーナーに入る。
タキオンとは、確か存在が確認されていない超高速の粒子、だったか。いつかのときにそう言っていた気がする。
タキオンが直線に入りラストスパートを掛ける。その名を体現する走りだ。まさに超高速。周囲の休憩していた生徒の視線がタキオンに集まっている。当然だ、彼女の走りは凄まじい。人を魅せる走りだ。
タキオンがゴールラインを越えた。タイマーを止める。自己ベストどころか練習場での最高記録だ。
「その様子、実験は成功と見ていいね」
「ああ。そうだな」
タキオンの体に異常はない。怪我の遠因となるようなものもない、健康だ。
「使ったのは何だ?」
「使ったもの?ああ、単純な自己暗示さ。効果は抜群だった」
手には何やら怪しい本が。まさかそれを参考にしたのか。
「君もやってみるかい?」
「いや結構。それより、もう一本いくか?」
「遠慮させてもらうよ。流石に疲れたからね。片付けるものは特にないから、出来れば君におぶっていって欲しいんだが」
なにか考えるような素振りをしながら言うその我儘に付き合う。
「本当におぶっていってくれるのかい!?」
「暴れるな、落とすぞ」
「今日は本当にいい日だ!!」
「耳元で叫ぶな!!投げるぞ!!」
その日から、何やらおぶりチャレンジなるものが誕生したという噂を聞いた。何だそれは?
おぶりチャレンジ ロイトレーナーに練習場からおんぶで何処かに運んでいってもらうこと。多くのウマ娘が夢を見て挑むが尽く失敗している。成功者はアグネスタキオンとプールで溺れたエアグルーヴ(無意識)のみ。
クソガキ
ロイ「このリストのもの、手に入れれる?」
アイ「国外でなら出来ますけど、正規の方法では持ち込めませんね」
ロイ「じゃぁどうする?」
アイ「密輸をします」
ロイ「だから気に入った」