「あっそうだ、皆はもうチームに入ってるの?」
とある日のお昼時、いつものように食堂で御食事をしていると、スぺちゃんがこんな風に切り出してきました。
スぺちゃんの席からは壁に貼られたチーム勧誘ポスターを見れるので、気になったのでしょう。
「いいえ、私達はまだチームに入っていないわ」
「そうなんだー。私、チーム選びに困っていて。何か聞けたらな―、って思ってたんだけど…」
「にゃっはは、心外だなー。チーム選びの手伝いはできますよー、だ」
「そうですね。どのチームがどんな特徴かはある程度は分かっていますので、参考になるかと」
「ありがとう、皆!!」
そうですね。私達は…というより、去年の終わりのときにチーム未所属の方はどなたも来月までチームに入りません。つい先日もチーム加入者が激減したとこぼしているトレーナーさんを見ました。
「じゃあ、皆はどのチームに入ろうと思ってるの?」
「それは、勿論!!ロイトレーナーさんのチームデース!!」
「ロイトレーナーさんのチーム?」
「はい。去年から学園にいるトレーナーさんで、一年目でエアグルーヴ先輩、アグネスタキオン先輩、マンハッタンカフェ先輩の担当をしていて、去年の阪神JFで圧勝をされた方です」
最終コーナーで先頭に立ち、それ以降は影を踏むどころか見させもしなかったエアグルーヴ先輩。走っている姿はあまり見かけませんが、それでもかなり高い実力をお持ちのアグネスタキオン先輩。そしてゴースト的存在とトレーニングをしているマンハッタンカフェ先輩。これが、ロイさんの担当ウマ娘たち…。
「そうなんだー!!あれ?でもロイトレーナーさんの勧誘ポスターなんて見たこと無いよ?」
周りをグルっと見回されても、壁や掲示板には貼られていないので見つけることはできません。
「それはね、まだチームが無いからよ」
「まだ、チームがない?」
「いやさ、ここだけの話、ロイトレーナーさんがチームを今年の春に創るっていう噂しかないんだよねー」
「えーッ!?」
「こら、立たないの」
「エアグルーヴさんのレースの結果から、持つのではないかと言われています」
去年の阪神JFでのあの勝利からロイさんがチームを持つのではないかと予想されています。既に複数契約で監督能力の高さは示されており、問題の実績も出来ています。あの理事長なら、恐らく。
「ま、待ってよ!!皆は噂を信じて待ってるの!?」
「待ってるだけではないわ、常に自己を磨き、このキングが選ばれるよう常に努力しているわ!!」
「チームが本当に出来ても、どうせ争奪戦だからねー」
「このエル!!世界最強になるための最初で最大の試練に挑みますよ!!」
「あっスぺちゃん。ただトレーニングをするだけではダメですよ。チームの加入権を目指してトレーニングをするだけでは、もし入れなかったりチームが創られなかったときに大変ですから、候補も考えておくことが大切ですよ」
「分かった、ありがとう皆!!午後の授業も、けっぱっていくべー!!」
「ふふ、スぺちゃんったら」
――
春になり、葉桜が目立つようになった頃、噂通りロイさんはチーム『スパルタン』を創設しました。新入生の方達が不利にならないよう取り計らった結果なのでしょうが、その優しさがエアグルーヴ先輩の出走なさる桜花賞に影響なさらないか心配です。
そして…
「あっグラスちゃん!!」
「スぺちゃん…どうしましたか?」
「チーム『スパルタン』に加入の応募出した?」
「いえ、これから」
「良かった!!一緒に出しに行こ!?」
「はい、行きましょうか」
スぺちゃんと私の手には同じ一枚の紙。学年、組、番号、名前。それらの必須事項に加えてロイさんが男性であるが故の誓約に署名するなど、一般的な応募よりも少々手間を掛けるものでした。
「ねえねえグラスちゃん、グラスちゃんは応募理由に何て書いたの?」
「私ですか?私は、先輩方やいずれ現れる後輩たち、そして何より、スぺちゃんや皆と全力で走りたいから、って書きました。スぺちゃんは?」
「あっうぇうぇ私!?私は、日本一のウマ娘になるため、って書いたよ!!」
「そうですか、素敵な理由ですね」
「ありがとう!!」
ロイさんのトレーナー室の前にはポストが置いてあります。この中に、私達の応募用紙を入れて、タイムを計って、合格か不合格かが伝えられます。どれほどのウマ娘が入れるのか分かりませんので倍率は分かりませんが、それでも高いのは間違いないでしょう。
「お願いします…!!」
二礼二拍手一礼、神社に届くかはわかりませんが、届くことを信じて祈ります。
「その話は本当か!!」
「「!!」」
振り返って戻ろうとした時、トレーナー室から大きな声が響きます。中で何やらロイさんが話しているのですが、気になってしまって思わず扉に耳を当ててしまいました。
「グラスちゃん!?」
「静かに!!」
精神を集中させて、壁の向こうの会話を拾うのです。ウマ娘の耳ならできるはず。
「発見したのか!?」
「いえ、ですが逆説的に発見できていないことが理由になるかと」
「…現状、Vを回収することが出来れば、何より嬉しいことはないんだ。せめて、せめて遺体だけでも」
V?遺体?
「現在衛星や帰還命令を出していますが、おそらく、まだ白露のシステム攻撃の影響で外部からの指示を受け入れず、自動航行しているのかと」
「面倒にしてくれたよ。アクティブフィールドは機能しているのか?」
「はい、そこは復旧しているかと」
「良かった。余計な面倒事はごめんだからね」
「はい。続報が入り次第、報告させていただきます」
「分かった、一秒でも早い発見を祈っている」
「失礼します!!」
命令を受け入れない?白露?自動航行?アクティブフィールド?
ロイさんは何の話を…あの機械忍者が脱走?でもあれはあの夜は、しっかりとロイさんの命令を聞いていた。それに白露とは?人名?それともその話題のもの?だとしたらVや遺体が何なのか。
「グラスちゃん!!急いで!!」
「えっ?…あっ!!」
「盗み聞きとは感心しないな、グラスワンダー」
…盗み聞きがロイさんにバレてしまいました。部屋の中にはロイさんと知らない女性が一人。女性が扉を開けていましたが、気づきませんでした。
「…申し訳ございません、中から大声が聞こえたので何事かと思い、聞き耳を立ててしまいました」
「えっと…ごめんなさいロイトレーナーさん!!」
「スぺちゃん…」
盗み聞きが悪いことだということは分かっています。ですので謝るしかありませんが、悪いのは私だけなのでスぺちゃんまで謝る必要は…。
「提t…トレーナー、どうします」
「どうするも、しないもないだろう。二人とも…いや、グラスワンダー、中に入れ」
「わ、分かりました」
「提督!!」
「アイ、頼んだぞ」
「了解ですッ!!」
女性の方が少々怒りの籠った返事をしましたが、ロイさんは流して手招きしています。
「ええっと、私は…」
「スペシャルウィークか、話が聞こえていないなら帰れ」
「わ、分かりましたー!!」
ロイさんの素っ気無い言い方が少し厳しく感じたのでしょうか、スぺちゃんは尻尾を巻いて帰って行ってしまいました。
「どうした、入らないのか?」
「いえ、失礼します…」
ロイさんは応接用のソファーに座り、私にも座るよう促したので、私も座らせてもらいます。ロイさんはトレーナー室では普段からそうなのか分かりませんが、仮面ではなくスぺちゃんの言っていたようにサングラスを着けていました。
「あの…」
「あと二、三ヵ月で、初めて会ったときから一年になるな。あのときはパイプ椅子だったが」
「は、はい?」
ロイさんは思い出すように私達が初めて会ったアメリカのURAでの話をし始めました。
「不思議に思わないか?もう一年経とうとしているんだ」
「時の流れは速い、でしょうか」
「そうだ。油断しているとすぐに一日、一週間、一月、一年が終わる」
「…」
「ただ、その間にも事は進む」
天井を見つめ、私を見る。それを何度も繰り返しながら、話します。
「ここに来たのは多分奇跡が起きたからなんだ。あのとき、偶然見つけて、偶然手に転がって来た通信機を使って。そしたら偶然ここに降って来た」
「降って…来た?」
「箝口令が出されていたな。まあ本人だからいいか」
「何が、でしょうか」
「俺はな、空から落ちてきたんだ」
「!?」
「そのときは意識がなくて、ただ偶然それを見ていたタキオンに助けられて、ここにいる」
学園でロイさんが特別だと言われているのは知っていましたが、最初から特別…ここまでくると最早異常と言っても差支えの無いことがあったなんて。
「たださ、空に家族同然と言ってもいい仲間を全員置いて落ちてきたから…さ…」
「ロイさん?」
「さっきの話は、あいつらが乗っている艦がまだ発見できていないって報告で、まだ地に足を着けれていないんだ、あいつらは…」
「ロイさん…ロイさん!?」
「だから、だから、見つけてやらなくちゃ…いけないんだ」
ほんの少しだった。けど、私は見逃しませんでした。
「ロイさん、泣いていらっしゃるのですか?」
「泣く?ああ…泣いていても、おかしくはないさ」
ロイさんは、立ち上がって窓に寄り、空を見て、何かを探すようにその瞳を動かします。
「何か空に、探し物が」
「…ここでの話は、盗み聞きしたものを含めて、忘れてくれ。出来なかったら、喋らないようにしてくれ。頼む」
「ロイさん、頭を上げてください、お願いするのは私の方です。盗み聞きをしたことを、許してください。私の自制心が弱かった故の失敗、恥ずかしく思います。今後は精進しますので、何卒…」
「ありがとう、グラス…」
少し憑き物が落ちた様に、ロイさんは囁くようにお礼を言い、私に退室を促しました。
自制心も、走る力の成長も、能力測定で御覧に入れてみせます。