シエラレオネ神話には、人類共通神話という別名があります。それの由来は、アフリカに起源を持つといわれる人とウマ娘が世界各地に散った後も語り継がれてきたからです。その過程で興った宗教も、この神話に関する記述があり、日本神話も人と神の一族との争いで全てが滅びた後の出来事として語られています。
この神話が実話、或いは何かをモチーフにしたものかは分かりませんが、世界各地でこの神話に基づくものが発掘されていることから、アフリカで大流行した、もしくは散った後の全人類が目撃したのではないかとされていますが、確かなものではありません。
話の内容は、私達ウマ娘が誕生していない遥か太古の地球で、横暴で欲張りな一部の人間によって神の一族と争いが起き、そして全人類がその戦争の惨禍に巻き込まれていきますが、ある日、母が神である人間の男、シエラレオネが立ち上がり、一部の離反者と共に神の一族との戦いに挑むというものです。
シエラレオネは神の一族と戦う過程で強靭な肉体と鋼の精神、そして知恵と技術の天使であるハートの作った装備を得て、彼に忠誠を捧げた仲間たちと戦い、戦争を人類でも神の一族でもない、他ならぬ神の勝利とさせます。
そしてシエラレオネは人類からは救世主、神の一族からは終戦の英雄として讃えられますが、その後、裏切者のレッテルを貼られ、仲間と共に空を飛ぶ鯨へと逃げていく。
――
「これが、シエラレオネ神話の主なストーリーですが、急にどうしたんですか?」
「いや、単に気になっただけの事さ。そうだろトレーナー君?」
「ああ…そうだな」
大雨の降っている空を見ながらトレーナーさんはそう返事しますが、どことなく元気がありませんね。
「それにしても、最後がまるで打ち切り漫画みたいじゃないか」
「それはまぁ、分かっていないことなので。解読されていない原文が図書室にあるかもしれませんが、ロブロイさんに聞いてみないと」
シエラレオネ神話を書いたとされる古代エジプトの記録のコピーは一般に広まっていますが、解読できていない部分も多く、実際に今二人に話したことが正しいのかは分かりません。
「他にもシエラレオネと仲間たちとの日常を書いた話とかもありますが、それらはあまり資料がないのでお話はしないでおきます」
「資料ね…。カフェ、君に聞いて分かるかは知らないが、何故そんな太古の神話がそんなにも詳細に分かるんだい?」
「そうですね。基本的にどの宗教の教典にも書いてあることなので、そこから整合性を合わせていくのが基本だったんですが」
「ですが?」
「近頃、海底から碑文が発見されまして、解読したところシエラレオネ神話の内容だったそうです」
「石碑?大方、宗教儀式で海に投げ入れたり津波に流されたのじゃないのかい?」
「はい。私もそう思いましたし多くの…全ての学者もそう思っていました。ですが年代測定をしたところ、少なくとも数兆年前のものだそうです」
一説には京にも足を踏み入れているというものもあるそうです。
「つまり、この神話は本当に遥か太古にあった出来事と言うのかね」
「分かりません。ですが、おそらくは」
年代鑑定も正確ではないそうなので、実際のところはまだ何年前か分かっていません。
「トレーナー君は今の話を聞いて、シエラレオネ神話が実際の出来事だと思うかい?」
「俺は…実際の出来事だったと思う」
「ほう」
「実際に起きていなかったら、全人類が知ることは出来ないし、教典にも入れないんじゃないか」
「それでは遥か太古のウマ娘が存在しないということと矛盾するのではないかい?」
トレーナーさんの言うことは確かですが、それでは冒頭のウマ娘がいないという文言と矛盾してしまいますが、トレーナーさんは既にそれに対する回答を持っていました。
「そうだ。だが、こう考えれば矛盾はしない」
遥か太古にそれが起き、それを人類や神の一族は碑文と言う物質と魂という精神の二つで後世に残した。
「これならどうだい?」
「魂とは、ずいぶんとまた怪しい物を」
「そんなこと言ったらウマソウルって何だよ」
「それは…むぅ…」
ウマソウル…私たちに流れている、現代の科学技術でも解明されていない、立証することができない、何か。時に私達に力を与え、試練を与えるそれが、私達に…。だとしたら…。
「だとしたら、何故、残したんだい?数兆年も前のことに加え、空を飛ぶ鯨の力で全てが無に帰したのなら、覚え、残しておくことは無意味ではないのかい?」
「どうせ強欲な人間は災いを呼ぶとかの戒めだろ」
「君!!少しは考えたまえよ!!」
「理由なんざ、当人たちに聞いてくれ」
「トレーナーさん…」
トレーナーさんにしては珍しい、やさぐれた言い方をしてトレーナーさんは部屋を出て行きました。
「酷いねえトレーナー君は。カフェもそう思うだろう?」
「…少し、気になりますね。見てきます」
「おや?カフェはトレーナー君にお熱かい?」
「ふざけているのなら、私一人で見てきます」
「分かったよ、私も付いていく」
――
「皆がまだ彷徨っている…それも、数兆年も前から?飛べることは出来る筈だが、発見されないなんてことはありえるのか?」
トレーナーさんは、まだ雨が止んでいないのに屋上にいました。口の動きから何か言っているとは思いますが、その何かが分かりません。
「碑文…海底から発見されたのなら、陛下が?だとしても、何故?何故作られたのだ?」
少し…少し、近付きます。近付いたらきっと聞こえる筈…。
「聞こえているか?ああ、命令だ。シエラレオネ神話、それに関するものを全て回収しろ。…そうだ、海底にあるものから研究所、博物館までの全てだ。頼んだぞ」
シエラレオネ神話に関する物の回収?トレーナーさんはトレーナーさんなりに気に掛けているのでしょうか。いえ、そうだとしても横七を動員させる程でしょうか。
「…ここで、また戦うことになるのか?いや、ないはずだ。あいつらは全員巻き込んだ。他ももういないはずだ。だから、だから、落ち着けよ、ロイ」
はぁ、という大きなため息で俯き、聞き取れないほどの小声で何か言ったあと、トレーナーさんは踵を返して校内に戻ろうとします。
「トレーナーさん」
「カフェ!!…それに、タキオンもいたのか!!」
「濡れたままだと風邪をひきますからこれで拭いてください」
「ありがとう」
持ち歩いていたハンカチで足りるとは思えませんが、それでもしないよりはましです。
「ところで、いつからいたんだ?」
「それは…」
「皆がまだ彷徨っている、のところからだよ」
「タキオンさん!!」
「まあまあカフェ。どうせ彼には隠し事は通じないよ」
「そ、それはそうですが…聞こえたんですか?」
豪雨と暴風で少し近付くまで聞こえなかったのですが、どうして…。
「読唇術、というものでね。口の動きから何を言っていたのかが分かるというものさ。トレーナー君は聞き取れない声で悪口を言うものだから、つい気になって勉強したよ」
「タキオン…」
「そんなに怒らないでくれよ。私は君の愛しい愛バという奴だろ?」
「…」
「さて、ではそんな愛バから一つ質問をしよう。君、『かこ』とはどういう関係かな?」
タキオンさんの手のひらを上に向け、親指を立て、人差し指を相手に向ける、何かを確信したり決心したときに行うポーズでトレーナーさんに問いただすと、トレーナーさんの顔はみるみる赤くなっていき、突然、元に戻ります。
その様子にタキオンさんはますますヒートアップし、エアグルーヴさんとの契約を認めたあの日、加古という女性がペンダントの中の写真で共に写っていたことを引き合いにだし、
「そして、聞き取れなかったが君は『魂というものがあるのなら、ここに来てくれよ、加古。辛いよ』と言っていたよね?」
「…」
「沈黙は肯定と見なすよ、トレーナー君」
「…次の日曜、空けておけ」
「…分かったよ、トレーナー君。楽しみにしているよ」
「カフェ、すまないがエアグルーヴに来週の日曜は休みと伝えてくれ」
「分かりました、トレーナーさん」
…私は、トレーナーさんのことを知らない。トレーナーさんが横七の提督…横七の幹部というもう一つの顔があり、敗北の末ここに来たということ以外に、私はトレーナーさんを知らない。
ただ、トレーナーさんはトレーナーさん。それ以上でもそれ以下でもないことを私は知っている。