あの雨の日から数日後の日曜日。私は学園で横七の輸送機に乗せられ、中央が山の円形の島に来た。数年前のニュースで見た新しい火山島で、横七が遷移の加速実験の為に買い上げたところで今は横七グループの研究所となっていた。
その実験は大成功のようで、既に島全体は緑に覆われた無人島のようだった。
私達はその中で最も自然の多い山の頂に降りた。そこにはヘリポートと安価な倉庫があるだけだった。
「御苦労、帰りのときまでに荷の準備をしておいてくれ」
「了解しました!!御帰還の際にリストをお渡しします!!」
「頼んだぞ、さあ、行くぞタキオン」
トレーナー君は出迎えの人に命令をすると私を連れて倉庫の前に立った。そのときに私はこれの扉が両開きであることを知り、ようやくこれが倉庫ではなくエレベーターなのだと思った。エレベーターの中には他の階に行くためのボタンはなかった。どうするのだろうと思っていると室内に閃光が走る。
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再び扉が開くとそこは先程の山頂とは違い、奥ゆかしい日本庭園だった。空模様はいつ雨が降り出してもおかしくはない色で、風も少し冷たかった。
「これは…横七の科学というものかい!?」
「そうだ。そしてこれからはかなり私的なことを話すことになる。取り敢えず付いて来てくれ」
トレーナー君はエレベーター…いや、おそらくワープ装置のある部屋から出て日本庭園を歩き出した。ただの散歩ではなく、どこかに行くという意志があった。歩いている道中、ポツリポツリと溢れ出るように、君は話し始めた。
「数年前、俺は国防軍となった自衛隊の陸戦隊に入るため、軍学校にいた。そして卒業の年、俺はアフリカで発生した紛争に派遣され、深海棲艦という種族に遭遇した」
トレーナー君の経歴…。数年前、というのはトレーナー君にとっての数年前で、私達にとっての数年前ではないのだろう。それに私達も知っている自衛隊が国防軍になったということは、それほどまでに日本に危険が迫っていたのだろう。
「深海棲艦っていうのは、人間より…いや、恐竜とかよりも先に陸上で生活していた知的生命体だ。そいつらは長い間深海で生きていた。そしてそいつらの地上帰還の際、帰還民が殺されたことで人類との戦争が勃発し、勝ち目がないことから派遣先から撤収した」
深海棲艦…人類よりも早い段階で誕生した知的生命体。そして帰還と戦争…。人類が他の知的生命体と接触し、勝ち目がないからアフリカから逃げる程の敗北を味わった…。
「俺はそんな深海棲艦と対抗できた人間だったが、PTSDを発症してな。だが、直ぐに復帰した。恥ずかしい話、戦場の女神に惚れていたから死んでも怖くなかったんだ」
「まさかそれが…」
「…深海棲艦を倒せる存在の艦娘。学生の君に言うのはどうかと思うが、俺は容姿が美しく、性格もいい彼女達とお近づきになりたかったんだ。馬鹿げた話だが、あの時は死んでも一目でいいから見たい、何か役に立ちたいと思っていたんだ」
トレーナー君がどこかおかしいと思っていたが、まさか女好きの男がいるとはね…。トレーナー君の世界ではそれが正常なのかもしれないが、私からしたらやはり異常だよ。
「そして、いつも通り任務を受けた日のことだった。その任務は艦娘売b…既に捕まえた奴が吐いた違法な取引を潰すことだった。そのときだよ、彼女に出会ったのは」
「それが…」
「ああ。加古、君が知りたがっていた写真の女性だ」
君は橋の手摺の機械を操作し、女性のホログラムを…写真で見た、加古という女性を出した。腕には何か
厚いプレートが付いており、その上には砲台があった。背中には以前トレーナー君が付けていた機械があり、似た機能を持っていると予想できる。
「俺は加古に戦い方を教え、共に戦い、共に笑った。最古参ではなかったが、コンビネーションは間違いなく加古とが一番良かった」
「それで君は彼女…加古さんに恋愛感情を?」
「勿論だよ。持たない方が異常さ」
トレーナー君の言い方からして、加古という女性と付き合い、結婚していてもおかしくはない。だが、彼女のホログラムの左手薬指には、既婚者であることを示す指輪がなかった。
「ただ、間が悪かった。互いに結婚に前向きだったが、時は戦時、場は日本有数の鎮守府の横須賀第七鎮守府。結婚や夜を共に過ごすことも、デートも出来なかった。そして終戦を迎えた途端に俺は全方位から敵にされ、唯一打てた手段だった深海棲艦を治めていた女王への直訴のため、単身、深海の都に行った」
「それでも、君がここにいるということは…」
「ああ。女王は俺への理解はあったが、多数決の原理で俺は捕縛された。逃げ出せはしたんだが、致命傷を負ってしばらくは意識がなかったんだ。その間に付いて来てくれた仲間が内ゲバを始めて、目覚めたときにはもう俺と加古とアイと、白露っていう奴しか生きていなかった」
「あのスーツの女性と写真の私と同じぐらいの年の子だね」
「そうだが…。兎に角、白露は爆弾を仕掛けられていて、それに気づかなかった俺はすぐ傍にいたんだ。そして爆弾が爆発する瞬間になってそれに気づいた。至近距離での爆発で対処が追い付かなかった俺はまず白露が炎の中に消えていくのを見るしかなくって、次は俺の番だと思って諦めていたら、人影が前に現れて俺を庇ったんだ」
「つまりその加古さんは…!!」
「俺を護って死んだ。とうとう横七は俺とアイの二人になった。敵に囲まれたようやく歩けるようになった身の俺は、逃げることも戦うこともできず、アイを各地に潜伏している仲間のところに跳ばせて自爆スイッチを押した」
池が震え排水がされると、そこには墓碑があった。
「加古を始めとする死んだ全ての仲間の名が刻まれている。…遺骨はまだ回収できていない」
君の悲しい瞳はその墓碑だけを見つめている。
「では、私と出会ったのは…」
「そうだ。スイッチを押し、爆発に意識を刈り取られた直後だ」
「そんな…じゃあ君は酷い傷心の中でトレーナー業を!!」
「あのときは、軽く忘れていたんだ。思い出せるがすぐに忘れる、それが収まったときにはもう君達と契約をしていた。帰ることも戻ることも出来ない以上、職務を全うするつもりだったけどね」
「もし…もし、私達が担当契約を…いや、理事長がトレーナーとして君をスカウトしなかったら、君はどうしていた?」
トレーナー君は答えないまま墓碑の前に立ち、彫られた名前に手を当てていた。上から下まで撫でると、今度はその逆を。それを数度繰り返し、ようやく答えた。
「きっと…死んでいた」
聞かせるつもりがないのか、その考えに辿り着いた自分を恐れた、或いは恥じたのか小さい声だった。
「横須賀を散策した後、きっと海にこの身を沈めていた。…その前に横七が見つけてくれるとは思うが」
トレーナー君は墓碑の前に一つの小さな箱を置き中を墓碑に向けて開いた。中には純銀の指輪が入っていた。そして声を出さないで口だけを動かす。
「も、し、こ、こ、に、き、み、が、い、る、な、ら、う、け、と、っ、て、く、れ、…って、君!!」
「…………受け取っては、くれないか…」
トレーナー君は肩を落とし、下手に触れたら崩れてしまうと信じてしまうほど脆くなっていた。
「…タキオン。すまないが先に学園に戻っていてくれ。案内役は付ける」
進んできた道から一人、顔の見えないセーラー服の女性が現れた。豊峰やアイではない。彼女が案内役なのだろう。彼女が手招きをするので、私はそれに従い付いて行った。
「案内役はあと少しで来るから、それまではこの室内庭園でも楽しんでくれ…タキオン?タキオン?どこ行った!?タキオン!?」
私を心配する彼の声に、私は学園で一人でヘリポートに行ったことを咎められるまで気付けなかった。
――
「…君。トレーナー君…いや、君たちの提督君は、あんなにも弱かったんだね…」
「…ロイは弱くない、私達が知る全ての存在から、私達を守ろうと戦ってくれる」
「だが、彼はあんなにも傷付いて…」
「そう。だけどロイは立ち直る。何度でも立ち上がる。だからロイは弱くない」
顔の見えない女性は確信を持った風に言う。
傷付いて落ち込んでしまうほど強くない、かといって立ち直れないほど弱くない。それでいて守るために戦う。
「…彼は、普通の…」
「ううん。ロイは普通じゃないよ。それは知ってるでしょ?」
「ああ、そうだったね。彼は、彼は、彼は…狂っている、だね」
「ふふっ、そこまで分かっているなら、あたしもちょっと安心かな」
「安心?」
エレベーター擬きのワープ装置に入る寸前に浮かんだ疑問を確かめるため立ち止まろうとしたが、背中から押され、中に入れられてしまう。
「ちょっと君ぃ!!」
「ロイを頼むよ!!ロイは弱くないけど強くも無いからね!!支えてあげるんだよ!!」
「君は一体!?」
扉が閉まる寸前、室内には光と共に青白い電撃が走った。怖くはない、ただ寂しい電撃だった。