エアグルーヴ君が秋華賞、私がホープフルステークス、カフェ君も重賞を獲り、私達は秋のレースは十分な戦果を持って終えれた。そして年末、私達は以前のようにトレーナー君の家で色々と兼ねた食事会が行われることになったのだが…
「…まだなのかい?」
「もうすぐ来る」
「そう言ってもう一分は過ぎたのだよ?」
「…そうだな」
迎えを寄越すからと学園の駐車場に呼ばれた私達だったが、一向にその迎えが来る気配がない。私を実験室から無理矢理引っ張り出したトレーナー君もそれに苛立ちを覚えだしたのか、学園の時計と自分の時計を交互に見て自分の時計にズレが無いか確認している。
「ええと、トレーナーさん。私達、本当に行って大丈夫なんでしょうか?」
「ワーオ。スぺちゃんもそういう所はしっかりしているんデスネ」
「そ、それは…その…出会い方があれだったから…」
「あっ、そういえばスぺちゃんは学園の外で会ったんだよね?どうやって会ったのかな~?」
「確かに…学園の外で出会ったのはスぺちゃんと私だけですけど、私はアメリカのトレセンでしたから実質的にはスぺちゃんだけですね」
「わ、わー!!トレーナーさん!!あの車ですか!!」
「ん?いや、あれは違うな」
「えーッ!?」
確かに、今学園に入って来た車も中々の高級車だが、あの時に見た車庫には無かったね。それにあの車のメーカーは横七自動車ではないし。
「…で、まだなのかい?」
「もうすぐ…今来た」
「車は見えませんが…」
「車?そんなものじゃ行けないよ」
「じゃあ何で行くんだ?ヘリならヘリポートで集合だろ?」
「これ」
トレーナー君は二、三歩前に出てノックをすると、宙から金属音がした。
「俺達がペリカンと呼んでいる機体だ。流石に定員オーバーだから、二機に分乗するがな」
「」
「」
「」
「」
「」
「」
「」
「これかい?乗り心地は悪くないんだが、椅子が倒れないのが好きじゃないんだよねえ」
「軍用の輸送機だからな。速さと積載量と燃費しか追求してないよ。それにこいつは割と改修したんだがな」
「そうかい。じゃあ次に乗る時は乗り心地を追求したもので頼むよ」
「何様のつもりだお前」
「薬品番号564ー120HM」
「それ出すのは卑怯じゃない?」
私を非難してくる密輸人の言葉を無視して座席上部からブランケットを出し、誰も座っていない席を三つ分使い横になる。
「タキオン…まぁいい。俺はコックピットの方に行く」
「それなら私はここに座ろう」
「私達はこっちの方に乗りましょ」
「…本当に軍用機ですね。装備品を掛けておくハンガーもありますし」
「こっちには見たことのない酸素マスクがありマスヨ!!」
「それはガスマスクかな?」
「離陸準備できています」
「出発だ」
その一言で機体は垂直に上昇し、その後目的地方向に進み始めた。向こうとも無線で繋がっている様で、騒がしい声が聞こえてくる。
「寝るから、着いたら起こしてくれたまえ」
「何様のつもりで…」
――
「ガッ!?」
大きな揺れで目が醒める。窓から見える景色は南国の木が幾本も見え、気温も温かいのでどうやら何処かの島に着陸したようだ。
「起きろ、着いたぞ」
「あの衝撃で起きないウマ娘はいないよ」
「どうだが」
トレーナー君はそのまま降りてもう一機の方へ向かった。戻ってくる前にブランケットを畳み、いつでも降りれるよう準備する。手荷物もない軽い身なのですぐに出来たが、トレーナー君は何時まで経っても戻ってこない。
「トレーナー君?君は一体いつまで担当を待たせるんだ、君の愛バだろ?」
「うるさいですよ、もう少し待ったらどうです?」
「まだ一分も経っていないぞ、落ち着いて待て」
「しかしねぇ…」
「お前たちも降りろー、そろそろ行くぞ」
「噂をすれば何とやらだねぇ」
着陸した場所は赤レンガ造りの洋館前で、トレーナー君は中に入っていった。草木の整った庭を脇目に私達も後を追い中に入るとそこにはもう食事会場が用意されていた。
「ほう、随分と手際が良いね」
「そうだったら遅れないんだよな」
「わ~!!美味しそうな料理がたっくさん!!早速食べましょう!!」
「頂いちゃいまショウ!!」
「トレーナーさん、頂きますね」
「ありがたく頂くわ!!」
「セイちゃんはちょっと酔いが…」
「貴様ら、少しは節度と言う物をだな」
「いいじゃないですか、トレーナーさんも、今日は無礼講、ということですね」
「勿論。俺は厨房の連中を労ってくるから冷める前に食べてくれ」
「分かったよ、残っていなくても泣かないでくれたまえよ」
トレーナー君は軽く手を振って外に出て行った。
「…皆、彼をつけるよ」
「え、食べないんですか!?」
「トレーナー君は厨房の人の所に行くと言ったのに外に行った。気にならないかい?」
「確かに…気になりますね」
「酔いが醒めないので着いていきまーす」
「…行こう!!」
――
トレーナー君を追って洋館の敷地の外に出てしばらく歩くと、森の中の練兵場のようなところに着いた。中では大柄の大人が男女混合の複数列で整列し始め、脇にはヘルメットが抱えてたっていた。寸分の狂いなく整列していてある種の美しさがあったが、彼らは全員壇上のトレーナー君を見ていた。トレーナー君はかなり不機嫌そうで、常に眉間に皺が寄っていた。
整列が終わり、彼の元にマイクが届くと彼は漸く言葉を発した。
「ふざけているのかお前たちは!!」
「!!」
「訓練報告書ではミスの多発に成績の低下。整備面でも忘れが目立つ。今日に至っては目標到達時刻を進行方向との数度のズレを起こし放置した結果、14秒遅れることになった。受けた気になっている訓練でお前たちは既に14秒あればどれほどのことが出来るのか分かっている筈だ。だというのにお前たちは…」
普段の彼とは違う表情。普段の彼とは違う言葉。普段の彼とは違う勢い…。私達に見せる普段の様子とは打って変わった鬼のような形相で、彼は目の前に集まった自分の部下を叱る。どんなにトレーニングで無茶をして彼に叱られても、あそこまで怒ることは無かった。どんなに変な薬品を飲ませようとしても、あそこまで頑なに拒否しなかった。だというのに今、彼はあれほど激怒している。
「…」
「どう?驚いた?」
「ッ!?」
「おっと、声出しちゃダメ。気付かれちゃうよ」
青みがかった髪の女性は叫びそうになっていたスペシャルウィークの口を押さえる。…へそを出し、さらしを巻いているこの女性と、私は以前会った気がする。だが、どこで…。
「あの、あなたは以前、ウマネストで…」
「ん?ああ!!あのときの緑の子!!じゃあこっちが胸部分に穴開けてたちょっとあれな…」
「うっ…そう言われると名乗り出にくいデース」
「おっ、そのカタコト語尾。やっぱりかーッ」
「ええーっと、あなたは…」
「それよりも、向こう、向こう。なんか動き出したよー?」
指差す先では整列していた彼らが何やら作業用の車に乗って何か色々引っ張り出していた。何かの設営が終わると今度は銃を一人一丁持ち、再び複数に別れて一列で並んだ。視線の先…黒い柱の上に胡坐をかいて座るトレーナー君が、またマイクを片手に喋り出す。
「既に理解していると思うが、有事の際、自分の身を守ってくれるのはお前たちの持つその武器だ。だが、いかに優秀な武器といえど、当たらなければただのうるさい鉄屑だ。それを最強の武器にするのは、お前たちの射撃能力に他ならない。だが、お前たちはここ数ヶ月のテストで命中率が低下している。よって、簡単ではあるが動かない的に銃を撃ち、お前たちの才能がどれほどなのか確認する。始め!!」
「うるさいから耳ふさいだ方が良いよ」
「えっ?」
一斉に射撃を始めたので、その発砲音が一斉に押し寄せてくる。音は長く残らなかったが、その分高い音がした。その音のキツさに急いで耳を塞ぐ。
「こ、この音は…」
「訓練時に用いる銃にだけ付けた発砲音調整装置。警備隊の発砲音と同じにならないためだけど、やっぱりキツイよね、これ」
「は、離れましょ?」
「いいけど…無理そうだよ?」
「それはどうしt…」
「何者だ!!」
茂みの向こうから、声。それも二人はいる。おそらく巡回だ。
「ど、どうすれば…」
「に、逃げまショウ!!」
「ダメ、逃げたら撃たれる。まずは落ち着いて。それから、少し離れてて」
彼女は足元に転がっていた石を拾うと、それをトレーナー君に向って投げた。ウマ娘の動体視力でも追うのが厳しいその投石にトレーナー君は気付き、マイクを投げて撃ち落とすと大きく跳躍し、次の瞬間には私達の目の前にいた。
「お前ら…人が嘘ついたからって投石は無いやろ」
「え、ええっと…」
「まあ客人ほっぽり出して自分の仕事やったのはいけないことだけどさ、あんだけの速さ出しての投石は人が死ぬよ?大丈夫か?」
「その…」
「と言うか、食事はどうした?どんな料理も出来たてが美味しいんだ。態々あのバカ共が遅刻してでも調節したのにそれをお前たちは…待てよ。そもそも石投げたの誰だ」
「この人ですぅ…あれ?」
スペシャルウィーク君が指差した先には本来ならば後ろにいたはずのあの女性は既に居なくなっていた。
「…嘘は、流石にどうかと」
「いえ、違うんですトレーナーさん。ここには先程まで、ウマネストのときに見た女性が…」
「ウマネストのときに見た女?」
「ハイ!!その人が石をトレーナーサン目掛け、投げていまシタ!!」
「お前たち、まさか適当なことを…いや、まさか…」
トレーナー君が何かを考え始めた時、茂みから二人の男が銃を構えながら現れた。
「ッ!!失礼しました。侵入者かと思いましたが大佐殿と御客人たちでしたか…」
「お前たち、ここから逃げ出す人はいなかったか?」
「はい。モーションセンサーに大きな動きはありませんでした」
「逃げだす人影は確認していません」
「そうか…。ありがとう、お前たちも巡回に戻れ」
「はっ、失礼します」
彼らの敬礼に軽く手を挙げて答えるが、視線は地面を向いたまま…何かを考えたまま、固まっていた。
「あの方、トレーナーさんと何か強い繋がりがあるように感じました。思い当たる方はいませんか」
「…いる。だがそれはありえない」
「どうしてですか?思い当たりがあるならその人に後で確認すれば…」
「絶対にない。ありえない。天地がひっくり返っても無い」
「どうしてそんなに否定するのだ。思いつかなければ手当たり次第に聞くのも手だぞ」
「聞けない。いない。存在しない」
「は?」
「既にもういない。この世にいない。死んでいる」
「WHAT?それってトレーナーさん、ghostってことですか?」
「…分からない」
「トレーナーさん!?」
「…」
さっきとはまた違うが、このトレーナー君も見たことがない、珍しい様子だった。
普段のはきはきとした軽い調子で、はぐらかすときも肯定気味になる彼が、単調に、それも彼のプライベートの奥深いところの質問に、はぐらかしもせず答えるのは見たことが無かった。
トレーナー君は空を見上げ、周囲を見渡し、つま先で地面を数度つつくと再起動したかのように動き出した。
「この件は調べておく。それよりも皆は戻って食べてくれ。冷めた料理は味が悪い。多少はもつよう工夫はしてくれているだろうが、それでも温かい方が美味しい」
「…分かったよ。それと、すまなかったね、トレーナー君。色々と迷惑を掛けて」
「いや、むしろありがとう。皆のお陰でまた夢が見れる」
「夢?」
「ああ。夢だ。きっといい夢になる」