えーっ、どうも、ロイです。
時刻は夕暮れ前、今私はトレセン学園内の模擬レース場にいます。理由は自分の担当枠を競うかららしいです。
マンハッタンカフェに求められたとき、確かに私はOKしようとしましたよ。でもね、正直言ってこのレースは無駄よ。目覚めてから12時間、横七からの連絡を待つために夜も起きていたんですよ。でもさ、深夜って何もないじゃん。だから生徒とか職員の情報読んでついで模擬レースのビデオも見て朝を迎えたのよ。
だからつまり、出走者がどれくらいの能力だったかが分かるから、既に結果は分かっているのよ。
でもさ、アグネスタキオンが放課後に俺の担当枠決めるレースするとか宣伝して回ったし、抽選された参加者はやる気満々だから寮に帰れなんですよ。おまけに普段模擬レースに出ないアグネスタキオンが出走するからトレーナーも集まってくるし…。
今俺がどこから模擬レース場見てると思う?野球部が夜間練習の時に使うクソでか照明君の上からだよ?
こうなったのは自分のせいだって理解はしているよ。ここに飛ばされたのは自分のせいだし暇だからってトレーナー始めて、担当なんて誰でもいいから早い者勝ちさせようとした俺が悪いよ。
「でもこれは聞いてねえって」
下の方を見る。ターフ上には準備運動をしている参加者。観客席にはスカウト目的のトレーナーと明らかに誰かを血眼になって探しているウマ娘たちで埋め尽くされている。前者はいいよ。仕事だもん。ただ後者、後者はねぇ…。
そんな風に文句を頭に浮かべていたら放送が入る。
「あー、あー、今から特別模擬レースを開始します。参加者は以下の通り…」
聞こえてくるのは事前情報通りの名前だ。そして本命…
「5枠3番、アグネスタキオン。模擬レースには一度も参加していない彼女がどのような走りを見せるか、楽しみです」
この騒動の元凶だが、入学時の能力検査で既に光るものがあった。光し者である。
そして対抗…
「8枠13番、マンハッタンカフェ。既にデビュー前でありながら、素晴らしいスタミナの持ち主です」
2400の中距離だがほんの少し長くなれば長距離。デビュー前の子たちがこの距離を走るとなるとスローペースかスタミナ切れを起こすだろう。その中であのスタミナがどれだけ輝くか…。
「全員がゲートに入り…スタートしました」
ゲートが開き勢いよく飛び出したはいいがやはりスローペース。アグネスタキオンもマンハッタンカフェもどちらも集団の好位置にいる。
そして第二コーナーを曲がった時点で既にスタミナ切れを起こしたのが後ろへと落ちていく。最終コーナーに辿り着く前に、このレースはアグネスタキオンとマンハッタンカフェの一騎討ちとなった。
「最終コーナーを曲がり、今、最後の直線です」
二人を見る。アグネスタキオンはかなりの加速を見せているがやはりスタミナ不足か思うように伸ばせていない。一方でマンハッタンカフェは逆にアグネスタキオンを越える加速が出来ていない。
結局、このレースはアグネスタキオンが制した。
勝者のアグネスタキオンは観客席には近寄らず、真っ直ぐ校舎の方…占領している教室に向っている。彼女達が勝手にやったレースだが勝者を担当にすると宣伝されてしまっている以上、俺も照明から照明へ、そして校舎の屋上から窓へと入っていった。
――
空き教室ではアグネスタキオンが既に着替えて待っていた。
「さあロイ君、いやトレーナー君。私が君の担当だ。それでいいね?」
「構わないよ。これが契約書だ」
試験管やらメモやらが沢山ある机の上で自分が書く枠を記入する。
「それでは、次は私か」
アグネスタキオンはすらすらと自分の名前を書き終え、渡してくる。
「ありがとう。早速提出に…」
「いや待ちたまえ、それが受理されて正式に担当とトレーナーの関係になる前に、幾つか話したいことがある」
アグネスタキオンの目がすっと遠くの空を見る。
「私は生まれてこの方、ウマ娘の可能性を追い求めている。我々が到達できる最高速度は理論上の最高速度よりも遅い…。そして私が到達したいのはこの理論上の最高速度を越えた可能性の果て…その果てを私は見てみたい」
理論上の最高速度、つまりウマ娘の身体が耐えられる負荷の限界で起きる走り。そしてアグネスタキオンはそれを越えると言った。
「勿論これは並大抵の努力では成し得ない。才能も必要だ。そして私は、それらを備え持っている」
トレーニングコースに顔も出さないのに見せたデビュー前なのに2400を走り、最後には完ぺきではないがそれでも相応の加速をしてみせた才能。そして実験という別方向からのアプローチ。
「そして今、その可能性の果てに私を導く道標の君が手に入った。喜べモルモット君。前人未到の領域を見せてやろうじゃないか」
「ああ、それはとても魅力的な…モルモット?」
なんだ、実験のやり過ぎで呼び間違えたか?でも確かここはペット禁止…。
「さあ、実験と行こう!!」
「あぶねえ!!」
中身の入った試験管を口に入れようとしてきたぞ、どうなってる!!
「ほぉ、その身のこなし、只物ではないね!!」
顎に指当てて楽しそうに見てる場合じゃないだろ。何人にやろうとしてんの。
「可能性の果てを共に見ようではないか~。さあ、はーやーくー、はーやーくー!!」
「何故に?何故に投薬実験?」
「ほら、ウマ娘と人間は生態が酷似しているだろ?だから君で試作品をテストしてみようではないかと」
「理由になるかぁ!!」
飛び跳ねながら三次元の逃亡をしていると、扉が開く。
「タキオンさん…自分の担当トレーナーだからって何でもしていいわけではありませんよ」
「おや、それでは君が代わりに受けるかい?なに、効果は体力回復効果のあるただのドリンクさ」
「嫌です、飲みません」
「えーっ!!こんなにもいいものがあるのに君は逃すのかい?」
「はい。それでロイトレーナーさん、少し話が」
「はい?」
天井に貼り付けの扇風機に掴まりながら聞く。
「色々と聞きたいことはありますが、私のトレーナーになってくれませんか」
この言葉に俺よりも速く反応したのは、アグネスタキオンだった。
「ちょっと待ちたまえ、君は私との彼を賭けたレースに賛成し、参加した。そして君は私と数バ身差で敗れ、私は彼と契約を結んだ。君が出る幕はないよ」
烈火のごとく言葉を連ね、マンハッタンカフェに近寄る。だがマンハッタンカフェも冷静に返す。
「確かに私は負けました。ですが彼はあなたの実験を嫌がっています。このままの関係が続くなら私が契約した方が彼の為です」
保護委員会に怒られますよ、そうアグネスタキオンの耳元で付け足すように囁く。
「ゔ…それは…そうだな。…よし、トレーナー君。君が望むまで実験は控えるよ。これならいいだろ?」
アグネスタキオンは最大限の妥協をしたと言いたげな目で見つめてくる。
「まあそれはそれで嬉しいが。ただまあ別にマンハッタンカフェとも契約してもいいと俺は思うんだが」
「なんだと!!」
「ありがとうございます」
返事が速い…。
「あのレースは勝者が俺の担当になるって言ったけど、別に一人だけとは言ってないし、それにマンハッタンカフェはこのレースで負けてもスカウトしようって最終コーナーのときに思ったんだよ」
扇風機から手を離し、床に降りる。
「だからこれ。一着アグネスタキオン二着マンハッタンカフェ用に用意しておいた二枚目の契約書」
予想通りの着順で、予想通りの走りだった。スカウトに特別な熱はない。ただ強いウマ娘が二人いて、その二人が契約を望んだから受けるだけだ。
「これで良いですね」
「待ちたまえよトレーナー君!!君は初めてだろ!?初めてなのに二人も担当するのか!?」
「ああ、やるよ」
こちとら人材(兵士)育成のプロだぞ。やってやるさ。
「じゃあ提出してくるから」
マンハッタンカフェから書類を受け取り、部屋から出る。そして…喜ぶ。
いやぁ、提出するって名目で部屋出れて良かった。あのままいたら押し負けて実験台にされてたよ。取り敢えず、今は五体満足なのを喜びますか。
Q.何故タキオンの走りに魅了?惹かれなかったのか
A.最終コーナーの加速が不完全、つまり可能性の果てに辿り着ける走りではなかったから自分から実験動物に成り下がれなかった。尚、入学時の能力検査で片鱗は感じておりトレーニングは手を抜いていない模様。