今回の宝塚記念には去年と今年を代表する二人のウマ娘が出走した。
一人はデビューから栄光の道を歩み続け、今も尚敗北を知らない女帝、エアグルーヴ。
そしてもう一人は、そんなエアグルーヴとは対極的に敗北を喫し続け、今年復活したサイレンススズカ。
イメージとしてはエアグルーヴが優勢だが、その実は違う。サイレンススズカとエアグルーヴのあらゆるデータを分析すれば、サイレンススズカはエアグルーヴよりも数歩先の場所に常にいる。つまり、このレースはただのレースをすればサイレンススズカが勝つ。
だが、エアグルーヴは桜花賞以来ただのレースをしたことはない。極限にまで集中した状態だからこそ起こり得る幻影。それを利用したレースでエアグルーヴは勝利を重ねてきた。そしてその幻影は、ただ集団のペース決めやブロック妨害を突破するだけでないことをエアグルーヴは知らない。
――
「エアグルーヴもサイレンススズカも、どっちも調子は万全。他の連中が気の毒だ」
「その言葉、私が走っていた時も言っていたのかい?」
「…」
「沈黙は肯定と見なすよ、トレーナー君」
隣にはこの前のダービーで説明も無しに休止を宣言してきたタキオンがいた。控室に戻る前に話があると言われ、その内容が休止宣言を出すことと聞いたときは急いでメディカルチェックをしたが、健康そのものだった。なぜ休止するのかの理由を知らせてほしいところだが、今はそれを気にしている場合じゃない。
「トレーナー君はエアグルーヴ君に勝てる見込みがあると思うかい?直近のタイムを比較すればスズカ君の方が上回っているよ」
「ああ。だがエアグルーヴにはインチキ戦法がある」
「あの不思議なプレッシャーのことだね。だがあれでスズカ君を超えれるとは思えないが」
「超える必要はない。沈めればいいだけだからな」
注目の宝塚記念、そのゲートが開き、位置取りを二人は始める。サイレンススズカは先頭。エアグルーヴはその後ろだ。サイレンススズカは得意の逃げでどんとん距離を離していく。エアグルーヴは距離を開かないよう先行策で食らいついてはいるが、それでも少しずつ離されてしまっている。
「エアグルーヴは気付かなかったか」
「気付く?何かあったのかい?」
「あの幻影はただの気のせいなんだ。だから何処にでも現れるしどこまでも速くなれるしどこまでもいける。だからどんな風にも使えるんだ」
二つの点を先頭に置き、残りは全て後ろで御団子。早くもレースはサイレンススズカとエアグルーヴの一騎打ち。他はもう置いてきぼりだ。
「そもそもサイレンススズカは自分が先頭のときに異常なほどスピードが出る。だから先行差し追い込みだと本来の才能が輝かなかったんだ」
「つまりスズカ君を二番手もしくは三番手にすれば自然と落ちてくる?」
「落ちてくるとまではいかなくとも、エアグルーヴが追い抜ける速さにはなる」
半分を超えた。2人の距離はおよそ五バ身。
「つまり、エアグルーヴ君がスズカ君の前に複数人分の幻影を出せば自然と勝てる」
「ああ。そしてエアグルーヴは気付いたようだな。サイレンススズカの前の芝の揺れ方がおかしい」
「スズカ君の勝負服がほぼ空気抵抗を受けていない!?」
「スリップストリームだ。もっとも、幻のだけどね」
エアグルーヴがサイレンススズカの前に立ち塞がるように配置した幻影が風を遮っている。これで本来の走りが封印されたサイレンススズカを後はもう追い抜かすだけ、そのはずだった。
「義明との経験が活きたか」
サイレンススズカのスピードは確かに自己最高記録に比べれば遥かに遅い。だがそれでもエアグルーヴが余裕を持って追い越せる速度ではなかった。
理由はサイレンススズカの過去を思い返せばすぐに思い当たる節が浮かんでくる。
サイレンススズカが義明と契約していた頃、彼女は得意の逃げを封印されていた。だがそれでも比較的安定した成績を残していたということは、別にそれほど逃げに依存しているというわけではない。むしろ義明が逃げを封印したことで先行や差し、追い込みの走りにある程度慣れることが出来てしまった。
「悲しい物だな。エアグルーヴは気付ぐのが遅すぎて負けた。逆にサイレンススズカは気付かないから勝てた」
「気付くのが遅いから負けたのは兎も角、気付かないから勝てたというのは一体?」
「サイレンススズカは義明と進んだ過去のことを悔いている。忘れたいし無かったことにしたいと本気で思っている。それ位彼女とあいつの仲は悪くなってしまった。だが今回はその経験がエアグルーヴの幻影の被害を低下させた」
掲示板にはサイレンススズカの番号が表示され、その後四分の一バ身差でエアグルーヴの番号が下に出た。
「そのことに気付いたなら、サイレンススズカはその過去を肯定しないといけなくなる。それが彼女には大きな枷になるんだよ」
「レース中に精神的動揺が起きることはあり得る。だがそんなにも…」
「そんなにも大きく結果に作用するんだよ。精神的動揺というものは」
特に自分のやってきたことに対する評価を180度回転させなければいけないときはね。
「トレーナー君、あの二人を見たまえ」
「スポーツマn、ウーm…スポーツホースシップか」
ゴール板の先で、二人は握手をしていた。互いに全力を尽くして走り切ったことを互いに称賛しているようだ。
「しかし、これで世代最強がはっきりと分かったね」
「いや、そんなに簡単じゃない。さっきも言ったが、今回はエアグルーヴが気付くのが遅かったんだ」
歴史にifは存在しないというが、仮にエアグルーヴがレース開始直後、或いは位置取り中に幻影を出していたのならば、サイレンススズカは今回のような余裕を作ることが出来なかっただろう。
「その言い方からして、君は次があるとしたら、今度はエアグルーヴが勝つと?」
「このままどちらも成長しなかったらな」
エアグルーヴ対策に逃げ以外の戦法でも走れるようした方がいいか?けどそれだと義明と同じだしなー。どうすればいいんだか。
「こっちに手を振ってくれているよ、振り返さなくていいのかい?」
「…」
「おっ、喜んでくれているね」
「こっちの気を知らないでよくもまあ…」
無敵の女帝、エアグルーヴ。異次元の逃亡者、サイレンススズカ。芝の同じ距離を得意とする二人が初めて戦った宝塚記念はサイレンススズカに勝利の女神がほほ笑んだ。だが、次も同じとは限らない。そもそも、次があるかも分からない。だが、その次があるとしたら、きっと心惹かれる愉快なものになる。
このときはまだ、そんなことを楽しみにしている暇なんかもうないことを知らない。
茨城
おそらく今回はこのシリーズ史上、一番レース描写をしている(当社比)。
ちなみにレース描写が少ない理由は以下の通り。
1.投稿者がそもそも競馬を見ない。
2.ウマ娘のレースシーンもスキップ一択
3.長距離走が嫌い。特にシャトルランとか、ああいったものが大嫌いだった。