トレーナーが帰って来たその日に、私達は学園の地下倉庫に呼ばれた。
「数日振りだな。今日は昼から色々あったが皆にも大切なことがいくつかある」
昼頃の記憶が朧気でトレーナーとタキオンが生徒会室に立っていたことしか覚えていないが、その後にチーム全員に対して招集が掛かった。そういえばトレーナーは夏合宿が終わってからの二日間学園に来ていなかったな。
「まず最初に皆には、この二日間一度もトレーニングを見ることが出来なかったことを詫びたい。本当にすまなかった」
「トレーナーさん…」
「今、横七は戦争状態にある。その影響で俺が学園にいられない日もこの先出てくるはずだ。現にこの二日間、俺は横七の方で忙しくてこっちに来れなかった。そこで、二度とこのようなことが起きないようにした。それがこれだ」
目の前にはおよそ二メートルの巨大なタンクにそれと繋がったいくつものコンピューターが鎮座していた。巨大なタンクにはたったの二文字、BBとだけ書いてある。
「こいつはBB。横七の頭脳だ」
「BB…Big Brainということか」
「正式名称は少し違うらしいがそう思ってくれていいと思う。こいつは横七の全ての情報を記憶しているし、三つの疑似人格AIが搭載されているから質問に回答することも出来る」
「三つの疑似人格AIとは?」
「理性。道徳。そして感情。これら三つが討論をして出した結論が聞ける。試しにやってみるか?」
自分たちの最高傑作を誇らしげに説明するトレーナーの提案に乗ったのは、スペシャルウィークだった。BBの前に立ったスペシャルウィークは何を質問するのか少し考えたのち、大きな声で問うた。
「じゃ、じゃあ。トレーナーさんの好きな人!!」
「ロイ・ヴィッフェ・ヒドルフノ恋人ニ関スル回答ニハ、ノーマルライセンスガ必要デス」
「ええーっ!?」
無機質な回答に私も含め驚いていたが、その答え直ぐに分かった。恐らくあの写真の女、加古だろう。トレーナーがあれだけ接近を許した異性は写真の撮影とはいえおそらく彼女だけだ。
私たちの反応を楽しんだトレーナーは次々とBBの説明をしていった。
「そこにある身体検査機で最新のデータを提出すれば、フィジカル面で必要な能力を上げるトレーニングを出してくれるだろう。レース戦術も相手のデータやレース場のコンディションを入れれば参考になる物は作れるはずだ」
「それだとトレーナーさんはいらないじゃーないですかー」
セイウンスカイの質問に、トレーナーはさも当然と答える。
「かもな。まあ俺もAIの感情担当だからいないわけじゃないが」
「とにかく、トレーナーさんが不在の時はこちらの機械に頼ればいいと」
「そゆこと」
頼るべき杖が無機質な機械というのは滑稽な話だが、トレーナーの思考が反映されているのならある程度は問題無いだろう。
そうこうしていると扉が叩かれた。トレーナーはやっと来たかと言いたげな表情で来訪者に入室許可を出した。入ってきたのはここ数ヶ月行方不明だった義明トレーナーだった。
「義明英子、着任しました」
「着任報告御苦労、義明トレーナー。彼女は今日からサブトレーナーとして皆の補助を行う。俺がいない間の書類仕事もやるから俺がいなくてトレーニング場を確保できない、レースに出走できないということにはならない」
「精一杯頑張ります」
二人の間で決定していることなのだろうが、私達にとっては完全に寝耳に水だ。スズカも驚いている。それに気付いたのか、義明トレーナーは私達に顔を向けてきた。
「確かに私は恥ずかしい人間だったわ。自分の実力不足のせいなのに彼にあたって。挙句にあなたたちにも怒ってしまったわ」
「…」
「でも私は生まれ変わったの。今の私は彼の為に全てを捧げれる。とってもいい気分よ!!」
あまりの豹変ぶりに先程とは別の意味で固まっていると、グラスワンダーとトレーナーがこそこそと話していた。
「あれで大丈夫なのですか?少々危険そうなのですが」
「…学園でトレーナーとして動けて信頼がおける奴があれ以外いなかった」
「あらあら…」
サブトレーナーである義明トレーナーを「あれ」呼ばわりとは、どうやら苦肉の策だったらしい。
「話は以上だが、何かあるか?」
「ええ。トレーナー。一つあるわ」
「何だ?」
ずっと黙って話を聞いていたキングヘイローが、前に出てきた。
「あなたは一体何と戦っているの?」
「…」
背を向けて無言のままトレーナーはBBに何かを入力した。
「海底都市デノ作戦記録ヲ再生シマス」
BBはどこかの都市での映像を流し始めた。カメラには先頭にトレーナーを置き、何人ものスパルタンやあの加古と言う女性と共にどこかの都市を走っている様子が映っていた。
『回収地点まで後五分です!!』
『それだけ時間があれば袋叩きに遭うぞ!!』
『右から接近してくる物体在り。数6!!』
カメラが右に向くと、そこには六人の女性のような異形が立ってこちらを見ていた。その異形は肌が病的に白いのに、眼が妖しく輝いていた。それらは腕に艦砲のようなものを装着しており、砲身が動いていた。
『撃たれる前にやる、撃ち方始め!!』
その聞きなじんだ声…トレーナーの命令を合図に、スパルタンを始め加古やトレーナーまでも各々の銃でそれを撃ち、倒していった。
「あれは深海棲艦。俺のいた世界で最初に大地に立った知的生命体で艤装をつけた海の覇者。確かに敵だが、倒すべき真の敵ではない」
BBを操作して早送りにしながらそう説明する。そして早送りをやめたとき、画面にはそれまでの深海棲艦とは違い比較的人間に似た肌の色をしている女性が映っていた。
『逃げられるかー、ロイ?』
『行く手が塞がれています。我々で時間を稼ぎますので大佐は…』
『いや、俺以外がやっても無駄だ。俺がやる』
『いい度胸だ。それとも、自分のとこの元上司を倒して調子に乗ってるだけか?』
向かい合っているトレーナーとその女性は互いに体から黒い靄を出すと、その靄で相手に襲い掛かった。どのような理屈で成り立っているのか分からなかったが靄を使った戦闘は互角なようで、大きな動きはなかった。
『ふふふ、流石はロイ。あの戦果も納得だ』
『ハァ・・・ウッ…』
『だが、所詮は人間だな。神への道を歩み始めた私には到底及ばない!!』
戦いは短いようで長く続いていたが、スタミナの切れていたトレーナーに鞭のような鋭い一撃を入れようとした靄が伸びてきた。
『ぬうッ!!』
ウマ娘を超えている反射神経でその靄を左手で掴んだトレーナーだったが、あの女は全身が黒くなりながらも勝利を宣言するように高らかに言った。
『馬鹿め!!掛かったな!!』
『ハッ!? グアアアァァァ!!』
掴んだその靄が花が開くように中を見せると、そこにはどういうわけかあの女がいて、靄を掴んでいた左腕を肩から切り落とした。
『いい運命だ。そう思わないか!?やはり私達は運命の糸で繋がれている!!』
元の位置にあった女の姿を模した靄を消してトレーナーの前に立とうとする女に対し、トレーナーは切り落とされた腕を靄で包むと建物の壁を下半身を靄にして蛇のように這って上って行った。
『お前はもう逃げられないんだよ、ロイ!!』
それを見たあの女はトレーナーを追おうと全身を靄にしてトレーナーが上るよりも速く空を飛ぶ。
『上に道は無いぞ!!』
先回りをして建物の屋上からトレーナーを襲おうとしていたが、トレーナーは何も無い空中に靄となった腕を伸ばした。
『上に行く必要はない。仲間が拾ってくれるからな』
トレーナーの腕は飛んできていたペリカンとは違った比較的平たい機体の後ろについている搭乗口の手摺を掴んでいた。
『ロイの腕が届いたよ!!速度を上げて離脱して!!』
『了解。こちらサバイバー1、ターゲット、並びにエージェントを回収した。速やかに戦闘区域から離脱する』
『逃がすかーッ!!』
リールに巻かれたようにその機体に引き寄せられるトレーナーを女は攻撃しようと靄になって追ったが、速度が違うようで徐々に離れていった。
「あの女はテール。俺がここにいる元凶で横七が戦っている相手だ」
BBの再生を止めたトレーナーは左手に着けている手袋を外し、裾をまくる。そこには機械の腕があった。
「傷口がどういうわけか馴染まなくて、治すことが出来なかったんだ。…どうかなキングヘイロー。これでいいか?」
「え?…あ、ええ。十分だわ」
質問者のキングヘイローは勿論、私やアグネスタキオン、それにマンハッタンカフェのようにあの日理事長室にいた面々を除いて理解できているのは義明トレーナー以外にいないようだ。
「なら、今日のトレーニングを始めよう。すまないがタキオンとまだ話したいことがあるから義明と共に先に行っていてくれ」
「了解」
「分かった。ついで皆には私達の方で貴様について知っていることを話しておく」
トレーナーが空から落ちてきたことや横七の提督であることも伝えておかないと、この映像だけでは理解が足りないだろう。たわけが。
――
「それで、どうして私を残らせたのかい?」
皆を退出させた後、一人だけ残したタキオンと話す。
「昼に集めた毒電波発生装置。あれをBBを使って解析したんだ」
提督権限でアクセスしている為、パスワードが必要なもの以外は全てにアクセスできる。回収したあれを分解して調べたら、かなり面白いことが分かった。
「このパーツには特殊な物質が使われていてな。こっちの機械から発生した超音波に影響を与えて、人の感情を操作できるようにしたんだ」
「その操作の結果があれだと?」
「対象人物に向ける全ての感情…怒りから愛までの全てを怨念にし、攻撃をさせる」
再現不能なメカニズムだが、相殺する超音波を発生させれば無力化できるので、テールからしてみても一発限りの使い勝手の悪い発明だったのだろう。
「それを知らせるために私を残らせたのかい?」
「それもあるが、もう一つある」
再びBBにコードを入力し、とあるデータを表示させる。
「横七には基本的に横七に所属する人員の生体データしか残していない。だとすると、これは何だ?」
「これは…私のデータ。それもおよそ一年前だ」
装置の分析をしたときにBBのデータを漁ったら、偶然にもタキオンのデータと遭遇した。健康診断とかのデータはBBの記憶対象外なので存在するのはおかしい。だが、現に存在する。一度タキオンと二人で島に来たのでそのときに録ったのかもしれないが、だとしても理由が分からない。
「それに、だ。あの毒電波発生装置は対象者以外の全てに作用する。なのになぜお前は影響を受けていなかった?」
「…」
「聞いても分からないことは理解している。けど、伝えておくべきだと思ったんだ」
俺に聞いても分からないことだからタキオンに聞くだけ無駄だろうとは思うが、伝えるのは義務だ。
「トレーナー君の方こそ、何か知らないかい?」
「可能性があるとしたら…ロストメモリーかもしれない」
「ロストメモリー?」
「機密情報、或いはスパイのように記憶があると不便なとき、横七はそれをBBに残して消去する。もしかしたらその中に答えがあるのかもしれない」
「それならその記憶を取り戻せばいいんじゃないかい?消せるなら思い出せるだろ?」
「それが出来たらロストメモリーの存在理由が無くなるよ。ロストメモリーは忘れている必要がないか思い出さなきゃいけないときにならないと戻ってこない」
記憶操作は深海棲艦のお家芸で、アイも出来るが本来の目的を達するまでは思い出せない柔軟性がない技術だ。
「分かった。一応覚えておくよ。もしかしたら何かの拍子で思い出すかもしれないからね」
「頼んだ。じゃあ俺はトレーニングを見てくる」
「では私は実験をしようかな」
タキオンを残して俺もターフに向う。ライセンスがない以上、BBのデータを見ることは出来ないから警戒する必要もない。
「やはり、ね」
そうタキオンが言った気がしたが、おそらくは、気のせいだろう。
スパルタン 海兵隊員
日本では売れないでお馴染みMicrosoftのHALOに出てくるユニットがモデル。
ぱっと見は人間であり、感情もあって血も流すが、本来の姿は無機質な機械である。感情はただのAIが行う状況に合った行動であり、血も人工皮膚で覆っているが故の流血である。量産性だけを求めれば本体の機械部分だけでいいが、それだと都市での作戦行動に支障をきたすと判断した――ということになっている――ため、人工皮膚で本体の機械を覆っている。
本体が機械であるためAIのデータをコピーすれば優秀な兵士を常に作ることが可能だが、それは多様性を失うことを意味しており、全てが同じことしかできないと突然の出来事に対応できないため最低限のもの以外は訓練を通じて身に着ける。
海兵隊員とスパルタンには外見的違いはないが搭載されているAIがスパルタンの方がかなり高性能で判断力も高いことに加え、機械部分も強化されている。つまりは高価。一方で海兵隊員もODSTというスパルタンには劣るが一般兵よりは優秀な兵種がおり、経験を積んだODSTはスパルタンに並ぶ。
なお、スパルタンの使用するミョルニルアーマーにミョルニルは含まれていない。