「一番人気、マンハッタンカフェ」
「弥生賞ではその後二冠を達成するアグネスタキオンを差し切って勝利しました。長い間レースに出走していませんでしたが、かなりの期待を背負っています」
まだ残暑が厳しい九月後半、セントライト記念のパドックで流れる放送の声を聞きながら、トレーナーさんとその隣にいるタキオンさん。そしてそれらを囲むスパルタンさんを見る。
深海棲艦との戦争が始まったと宣言して以来、トレーナーさんは不在になることが多くなりましたが、彼の考案したトレーニングをタキオンさんがそのときの私に合わせて修正してくれたので、かなり強くなることが出来ました。
「…」
はい、あの人たちですね。見えます。暗くて冷たい…。
「トレーナーさん。地下バ道までお願いできますか?」
「ああ。大丈夫だ」
「私も必要かい?」
「いえ。あなたは危険ですので席で待っていてください」
「…?よくわからないが、そうさせてもらうよ」
――
「随分と危険な真似をしたな」
「トレーナーさんがいれば問題はないと思ったので」
「評価が高いはうれしく思うよ。ただ、もう少し危機感を持ってほしい」
地下バ道でカフェと歩きながら話す。後ろにはスパルタンが三人。そして、その後ろには布を纏った何者かが数人いた。ここで確認するが、カフェは一番人気でレース場に入るのは一番最後となった。つまり出走者は後ろにいない。他の出走者のトレーナーだとしたらこっちを追ってこないし、そもそも美術品のように布に包まらない。つまり、奴らは深海棲艦だ。
だが、何も焦る必要はない。ここで砲撃戦をしようものなら建物が崩落する。そもそも、奴らは艤装があるから戦える。無ければただの強い人間だ。陸上型じゃない限り艤装が使えない以上、分はいい。
「勝利者インタビューには間に合わせる」
「分かりました。それでは行ってきます」
カフェが日の当たるレース場へと歩き出した一方で、こちらは地下バ道を振り返る。連中はかなり距離を詰めていて、眼の光が見えた。姿を隠す理由がないことを理解したのか、戦闘にいた二人はその布を投げ捨てた。
「あなた、自分の思い人が殺されて悲しいのでしょう?同じところに送ってやりますわ!!」
「ダメだリリィ。今日はこいつらのテストをしに来たんだから」
「…それならばこれらが御相手しますわ!!」
残りも一斉に布を投げ捨てると同時に突撃してきた。どうやら機械らしく、骨格だけの手には先端が帯電している杖を持っている。
「アリス。ダグラス、ジェローム。戦闘開始!!」
「「「了解!!」」」
接近してくる相手に対し、ダグラスとジェロームが前に出て散弾銃で応戦するが、正面装甲が厚いのか怯まずに敵の射程に入ってしまう。
「避けろ!!」
「しまった!!アガガガガ!!」
「ダグラス!?うわっ!!」
「高電圧!!そして何よりもシールドをダウンさせて本体にもダメージを与えるほどの高威力!!」
スパルタンは人工皮膚で本体である機械を保護しているが、所詮は人工皮膚。表層にゴムの膜を張ってはいるが数ミリ程度なので耐えれる電圧などたかが知れている。そのためミョルニルアーマーは電気に対して高い耐性がある。それでいてシールドも張っているのでスタンガンなど効くはずがないが、あの電気杖は一点に高電圧――それこそ生身の人間が触れれば丸焦げになる――の電気を流せるらしく、倒れた二人は痙攣していた。
「ジェローム!!ハッ!!」
横にあった関係者専用室からも二体飛び出し、アリスもやられてしまった。
「あっという間に一人ですわね」
「僕たちの勝ちですよ」
二人組は歩いて距離を詰めてくる。確かにこちらは数的劣勢だが、質を忘れているらしく、もう勝ったつもりでいるらしい。スパルタンチームが恥を晒したが、敵の全体数を把握したし場は整った。
「いいセンスだ。陸戦において不利な深海棲艦の代わりの機械。武器もシールド装備のスパルタンに有効な電気杖。やられたよ、完璧だったと言わざるを得ない」
「どうされました?敗北宣言ですの?」
「おじさん。おとなしく降伏すれば苦しまずに殺してあげるから」
「だが、すぐにスクラップになる」
壁に染み込ませていたアヴァターを構成するナノマシンを全ての杖兵を一斉に倒せるよう出し、大鎌を形成させて一振りで全ての杖兵の首を撥ねる。
「なっ…」
「お前ら、やはり新米だな。隙が多い」
「上だッ!!避けろリリィ!!」
二人の頭上に槍を形成して脳天に直撃させようと思ったが、間一髪で男のほうが気づき、避けられた。新米だが無能というわけではないらしい。新兵器の実戦テストを任されるのも納得だ。
「機械を壊した程度で調子に乗らないでくださいまし!!このクソ野郎!!」
「危なかった。殺気もなく予兆もなかった。残骸が僕たちを映さなかったら気付けなかった。完璧な奇襲だ。やっぱり戦闘経験が少ない分、僕たちが不利だ」
男は女の腕を掴む。なにやら企みがあるようで女の方も男の腕を掴んだ。
「敵の真ん前で変身合体が出来ると思うな!!」
ナノマシンで出来た刀を持って飛びかかろうとしてとき、二人の体が輝き、全身を包み込むような艤装ユニットが現れた。だがそれはあまりにもグロテスクで、人間よりも強度がある深海棲艦の体の限界に挑戦したと思われるほど、艤装の機械的要素が本来の生物的要素を侵食していた。
「ここは退くよ」
「…分かりました」
飛行能力があるらしいそれで、二人は体を浮かべると俺を正面突破してコースに出て逃げようとする。
「逃がさない!!」
何物も弱いうちに狩る。武士道精神に反する卑怯な手だが、進化して手が付けられなくなったら精神どころの騒ぎじゃない。逃げ道をないよりはマシなだけのナノマシンの壁を作って封鎖し、こっちも居合の構えをとる。
「邪魔だよ!!」
「突破させてもらうよ」
二人は腰に掛けていたアサルトライフルを抜き、飛行中で精度の高くない射撃をしてくるが、至近弾もシールドが弾く。無意味であることを理解したらしい二人は銃を戻して艤装のクローを展開する。勝負は一瞬。すれ違いざまに斬れるかどうか。
「ウリヤーッ!!」
「「デェリャーッ!!」」
射程に入った瞬間に抜刀し斬りかかった。ナノマシンで構成されたこの刀ならあの程度の艤装なら破壊できる、そう判断しての行動だった。だがそれは正しくなかった。
「…」
相手にもシールドがあった。刃が奴らの近くにいったとき、シールドに弾かれた。無理やり押し込んだから艤装に傷をつけることはできたが、それでもかすり傷、十円傷と同じだ。
「た、たい…さ…」
少しは回復したダグラスが這ってこちらに近付いてくる。意識は取り戻したようだがアーマーの電源がいかれてしまったようだ。
「問題ない。少し…かなり、抉られただけだ」
俺の攻撃がシールドに阻まれて失敗していた間に二人は俺の胸を片側ずつ抉っていった。この体はナノマシンでできているから腕を空洞にして余ったナノマシンを使えば誤魔化せるし大したダメージではないが、それでも敵に一撃…二撃やられたのだと思うと負けたのだと判断できる。
「アイ、逃走した二人はどうした」
チップを使って本部で周辺を監視しているアイに連絡を取る。逃げた方向だけでも分かれば捜索範囲を絞れる。
「大変ですよ。コースに出て低空飛行で外に逃げたせいでパニックが発生。その後はビル群の間を縫って飛んでいましたが突然消えてしまいました」
「消えた?監視カメラに偽のデータが送られたとかじゃないのか?」
「はい。周辺一帯のカメラを見ていますが、どこにも映っていませんし正常に機能しています」
「車はどうだ?」
「…レース場から逃げていく車に不審なものはありません」
「完全に撒かれたのか」
そもそもとして奴らはどのルートでここまで来たんだ。周辺は先月から監視していたからそう簡単に入れはしない。仮に変装してトラックで入ったとしても逃走ルートで車は使えない。封鎖されれば動けないし道路には監視カメラが付けられていて必ず追跡できる。
「不幸中の幸いなのは、レースが終わっていたことです。もしそうでなかったら、マンハッタンカフェの勝利は取り消しになっていました」
「敗者なのに勝利者インタビューか」
三人のアーマーの電源を復旧させて立たせる。押し付けられていたところ以外には傷はない。まあその傷が黒焦げで目立つが、機能的に問題はない。
「来月にはカフェの菊花賞。それにエアグルーヴとサイレンススズカの天皇賞秋があるんだ。毎回これだときついな」
コースに出ると、客席は勿論、出走者もパニックになっていた。どこか懐かしい雰囲気に趣を感じながら、これからのことを考えると頭が痛くなってきた。
アヴァター
元ネタは間違いなくXCOM2のあれ。
テールとの戦いで再起不能になった肉体に代わる新たな体。全身がナノマシンで構成されており、ファン感謝祭で義明トレーナーに刺された後に柔軟性の高い戦闘用のナノマシン――正確には、ナノよりももっと小さい粒子――で構成されたものに変更した。
その結果、繋がっている限りはどんな風にも扱うことが出来る。それこそ建造物の隙間に流し込んで大鎌を形成させたり、掌の上で刀にしたり、ものすごい速さで伸ばせば銃のようにもなる。ただし爆弾のようなナノマシンの持つエネルギーとは違うエネルギーの物体を形成することはできない。(抜け道あり)
元は医療目的であったため、付着させれば傷口を塞げる。正確に付着することができるのであれば鼓膜の代わりも、網膜の代わりもできるだろう。
また、現在も引き続き多機能高性能なアヴァターを開発している。配備が間に合うことを祈るばかりだ。