「サイレンススズカに故障発生、サイレンススズカに故障発生!!」
「スズカ君!!」
「先頭サイレンススズカ、どんどんと後続に追い抜かされる!!」
大欅を越えたとき、スズカさんの足取りがふら付いていた。次第に振れ幅は大きくなり、バランスを取ることすら出来ないようになっていく。
「今行きます、待っていてください」
大事故になるのを防ぐため、助けに行こうとポールに足を掛けた時…
「これが…月光蝶!!」
晴れた明るい日なのに、綺麗な月の光が空から差した。
――
「BBによる身体検査は今から十五分前。エアグルーヴは健康。脳波測定によるメンタル面はやや不調。一方でサイレンススズカは健康なことに加え絶好調」
秋シニア三冠のスタート地点、天皇賞秋のレース場である東京レース場に向かうため、車に乗っていたとき、BBの出したデータで健康診断をして怪我のリスクを確認していた。二人とも健康で問題は無さそうだったが、義明の出したとあるデータが気になった。
『サイレンススズカ 芝 直線片道 到達最高時速60㎞/h』
タキオンやカフェの出した記録がこれを超えているので最初はなんとも思わなかったが、見返したときに異常性に気付いた。これはただの直線の記録なのだ。
タキオンたちは2000mほどのレースで十分に加速をしたり足を溜めることが出来たので60㎞/hを出せた。しかし学園内の直線は最長でも200しかない。つまりサイレンススズカはそのわずかな時間でそれほど加速した。急発進なんてレベルの代物じゃない。
「果たしてこのまま出させていいものか」
BBを信頼するなら怪我は現状ない。それほどの負荷が掛かっていても問題は無かった。しかし今回は練習と違ってレース。スプリンターも尻尾を巻いて逃げ出す加速をしたサイレンススズカに走らせていいものか。
「義明」
「ハイなんでしょう」
別の車に乗っている義明にチップを使って連絡を取ると、すぐに返ってきた。ずっと待っていたんじゃないかってくらいで速かった。
「サイレンススズカの様子はどうだ?」
「絶好調です。キレもいいですし、良い走りが必ずできます」
「そうか、ありがとう」
…その良い走りをするための負荷が大きすぎる。怪我を防ぐためにも、レース場についたら一応サイレンススズカに注意するよう伝えようか。
レースを走り切らせれるために、時々とんでもないことをするサイレンススズカにそう伝えようと思ったとき、車が止まる。
「おいどうした」
「分かりません。前方で車が詰まっているようです」
「まずいな、ここは交差点の真ん中だぞ」
幸いにも皆の乗っている車は向こう側に渡れていたが、このままでは交通の邪魔だな。もう一つの信号が青になったらドライバーに不快感を与えてしまう。
「どうにかして寄れないか?」
「難しいです。こうもなっては…ん?」
「おいおい、勘弁してくれよ」
運転手の海兵隊員が右側を見て止まったので、何があるのかとそちらを見ると、大型トラックが猛スピードでもう横断歩道まで走ってきていた。あの速度とこの距離では仮にブレーキを掛けたとしても止まれない。この車はただの鉄屑になる。乗っている俺たちもミンチだ。
「随分と芝居くさいことをする」
「まずい、大佐!!」
「動かすな!!これでいい。このままでいい!!」
海兵隊員がアクセルを踏もうとしたが、肩を掴んで止める。逃げれないのでトラックがこの車にぶつかりかけるが、ギリギリで、トラックは上に傾く。
「ええ?」
トラックが、この車の少し上を走り抜ける。トラックの影がこの車を隠すのをやめたとき、巨大な落下音と共に衝撃で外れたパーツが地面を擦って不愉快な音を奏でる。
「安心しろ。無事だ」
「ど、どうやって」
「ナノマシンでちょっとしたジャンプ台をこの車の右側から上に通り抜けるように作った。その結果トラックはこの車にぶつからず、ちょっとした落下事故を起こした」
「た、助かったー」
「すまないが、安堵するのはもう少し後だ」
戦闘経験が無い新兵を置いて少しパーツが外れたトラックを見る。扉は開いていない。つまり、まだ運転手はいる。
「お前は車を邪魔にならないところに運べ」
「え?どうしてです」
「あのトラックは深海棲艦の攻撃だ。運転手の眼が光ったのを俺は見た」
扉に手を掛けて降りる。この異常事態にこの場全体が混乱していた。
「い、今すぐ増援の部隊を呼びます!!」
「間に合わないからいらない。義明、聞こえるか!!」
「大丈夫ですか、提督!?」
「深海棲艦の攻撃を受けた。対処してからレース場に向かう」
「分かりました、ご武運を!!」
皆の乗った車が行ったのを見届けてからトラックに接近する。常に距離は一定を保ち、道路に半円を描くように運転席がが見える場所に行く。
「誰もいない。なら!!」
指からナノマシンを出してトラックをハチの巣にする。ガソリンに火が付いたら一大事なので動力部は傷つけないよう細心の注意を払いつつも攻撃するが、何も当たらない。荷台にもダンプカーではないのに砂だけが入っている。
「逃げられた?そんなわけがない。そもそもとして扉は歪んで開かないし、窓は割れていない。荷台は砂だから後ろから出ることもできない。まさか…下か?」
車の下部にナノマシンを飛ばして形状を見るが、何も張り付いていない。
「どのタイミングだ。どのタイミングで逃げた」
「空を飛んでいるときに、降りた。とかは?」
「後ろかッ!!」
ツインズだ。ツインズの女の方が後ろにいやがった!!既に後ろを取られているから振り向きざまにラッシュを叩き込もうとしたが、あの浮遊できる艤装で後ろに退いて当てれなかった。
「この前の菊花賞。マンハッタンカフェが勝利したらしいね。おめでとう、おじさん」
「挟まれたか…」
「知っての通り現地観戦していたんだけど、スタート直後に急用が入っちゃってね。最後まで見れなかったんだ」
「今日はそうならないよう、ここで始末して差し上げますわ!!」
前と後ろからツインズが仕掛けてくる。どっちもこの前よりもリーチが長い軍刀を持っていて、構えている。抜刀突撃だ。シールドを持っている以上、どちらかを先に潰すのも難しい。つまりここは、取り敢えず逃げよう。
「あ、待ちやがれですわ!!」
「三十六計逃げるに如かず。ただし…」
「ん?」
「ただ逃げるに如かず!!」
「この臭いは…ガソリン?」
「そこのトラックのガソリンだ。それでしっかりと肌を焼け!!」
調べるついでにガソリンをナノマシンで運んでおいた。本当にこのナノマシンは優秀だ。水も通さないしガソリンの臭いを広げない。ただまあ攻撃が直撃するとやばいから、もう撒かせてもらう。これでツインズ得意の飛行も、艤装によるスラスターへの点火が必要だから火だるまになるはず。
「炎程度で、怯むと思わないで下さい!!」
「これくらい、何ともありませんわ!1」
「いいガッツだ。付いてこい!!」
燃えているので位置が分かりやすいツインズが追ってくる。あの状態では銃は使えないから軍刀かクローか、或いは他の近接格闘を仕掛けてくる。だが、正々堂々と戦うつもりは毛頭ない。
「車に積んでおいて良かったと思ってるよ」
アヴァター自体は、銃ではない。構成しているナノマシンの小ささゆえに自由が効くしライフルのような銃身の構造を模した腕にすることが出来るが、専用の構造ではないし何度も使うと脆くなる。何より摩擦が熱い。だが、そのナノマシンの海に物を沈めることは得意だ。さっきのガソリンも、同じようにこの体に沈めて運んだ。
「あれは…レールガンですの!?」
「カーチェイスになったときに、相手の車を吹き飛ばすことに特化したレールガンのアークライト改だ。ロックオン機能が無いから空飛ぶ豆粒を狙うのには適さないが、炎が目立たせてくれる!!」
「対車両用ならこのシールドは突破される!!回避行動を取るか炎を消してマークを外さないと」
「チャージ完了。シュート!!」
アヴァターから電力が供給されたレールガンが高速で充電され、女の方を狙って初弾を発射する。発射された弾丸は僅かに帯電し、回転しながらリリィと呼ばれているツインズの進行方向に進んでいったが、誤差30㎝といったところだろうか、肝を冷やさせる程度にしかならなかった。手振れは無かったが、互いに飛行している三次元戦闘で狙いが付けにくい。
「外しましたわね!!チャージしている間に接近してとどめを…」
「甘いな。シュート」
「カハッ!!…血が、流れて」
「通常のアークライトはチャージに少なくとも四秒は掛かる。だが、こいつは改だ。その半分でいい」
一度目の射撃で偏差が分かった。わずかな間も置かない攻撃で、尚且つ直進してきてくれるなら、外しはしない。着弾場所は左わき腹、弾丸は貫通して艤装にもダメージを与えた。そのせいで推進力を調整できずに、どっかに吹っ飛ばされていく。
「リリィ!!」
「もう一人に構っている場合か?」
「速い!!」
二対一にならないなら、不慣れな空中戦でも遅れはしない。ましてやツインズの息の合ったコンビネーションがないなら、恐れるに足りない!!
二発撃って空になった弾倉に新しいカートリッジを挿し込む。グラハムというツインズの男の方は一人では勝ち目が無いと悟ったのか、攻撃のチャンスを窺うこともしない。再び電流がレールガンに流れ、溜まった力の捌け口を求めて砲弾が蠢きだした。
「この前はシールドに弾かれたが、今度はそうはいかない。シールドに関してはこちらの方が進んでいる。故に、弱点も熟知している!!」
「このままだと負ける!!リリィを探さないと…」
「逃がすか!!」
考え得る限り最高のタイミングで放った砲弾は、グラハムが艤装の一部を投げ捨てて撃ち落したことで防がれた。しかしこれを観測している間のわずか二秒の間にも、弾倉から砲弾は蒸発した特殊溶液を外へと送り出している銃身へと運ばれ、次を待っている。
どっかに飛んで行った女を探したいが高度を上げるとレールガンで撃たれるのが分かっているのか、急降下して町を盾にして飛行する。それは正しい。俺よりも下を飛ばれると貫通力のあるレールガンは民家や道路にも穴を開ける。卑怯だが、正しい。
「でも、ちょっと甘いんじゃないの?」
「これは…なんだ?この黒くて太い、ゴムに包まれた金属の束は…」
「わざわざ低空を飛んでくれてありがとう。だが、教育が足りていないんじゃあないのか?」
「なにが」
「そいつはな、電線と言って強めの電気が流れるんだ」
事前に切断しておいたものをナノマシンを使って奴の目と鼻の先まで運べた。低空にいるおかげで伸ばす距離が短くて済んだ。それと電線が地下に埋められてなくて助かった。今回ばかりは役所の仕事が遅いことに感謝するよ。
「まさか…」
「この前のスパルタンと同じだ。お前の艤装もダウンしろ!!」
シールドは、発生装置があるから張れる。そして、当たり前だが装置が壊れれば消える。電線から来る電流がどれほど弱くなっていたとしても、空中放電できるのならシールドは消せる!!
「や、やられる!!」
「もう一人のツインズも、テールも、必ず葬ってやる。先に行って三途の川で待っていろ」
ツインズ
テールの実子で双子の深海棲艦。艤装はどちらも同じでジェットパックによる飛行能力を鉤爪、剣といった接近戦が主体の装備が多い一方で、遠距離攻撃に使える武器は今のところライフルしか確認されていない。
交戦回数が少ないためまだ何かある可能性が高いため油断は出来ないが、単純な戦闘能力は成熟したスパルタンに劣る。ただし、真に危険なのは双子の連携で、寸分の誤差もない連続する同時攻撃にどう対処すればいいのかはまだ分かっていない。
グラハム
ツインズのおそらくは兄。全てのデータを探し回ったがどこの病院で出産されたのか分からない。
冷静で、反応が早い。なぜこれがテールの息子か分からない。
リリィ
ツインズのおそらく妹。グラハムと同じく出生は謎。
お嬢様言葉を使っているがどことなくパチモン臭い。間違いなくテールの性格を受け継いでいる。