男がほとんどいない世界に来(てしまっ)たロイ   作:ロイ1世

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いくら傷ついても

 艤装の電源が完全に落ちてシールドを含む全ての機能が停止し、墜落した相手を見下ろす。推進力を完全に失っているため、逃げれないことを理解しているのだろう、ただこちらを見つめるだけだ。

 

「一撃で沈めてやる」

 

 ナノマシンを脳天に突き刺して殺すため、確実に当てて貫けるよう接近する。

 

「おじさん…」

「命乞いをするのだとしても、その呼び方は悪手だな」

 

 人差し指の照準を眉間に合わせる。こいつを始末したらどっかに吹っ飛んで行ったもう一人も始末する。

 

 そう思ったときだった。

 

「グラハム!!」

「来るか!!」

 

 グラハムのいる方向から奴が、テールが来た。どうやら勘が冴えているらしく、まだ遠いうちに取り敢えずグラハムに刺しておこうと思ったナノマシンを弾かれてしまった。 

 

「お、お母さん…」

「大丈夫よ。リリィも既に回収したわ。あなたも艤装を解除して逃げなさい」

「分かったよ」

 

 仲間の深海棲艦に肩を借りて歩いて逃げるグラハムだが、テールが追撃をしようものなら許さないだろう。しかし、このまま逃がすことはできない!!

 

「お前も出てくるとは思っていなかった。だが、グラハムとかいう奴は逃がさない」

 

 空中で捨てていたレールガンをナノマシンを使って操作する。スコープが無いので狙いが付けにくいが、二発撃てるし着弾観測射撃が出来るので外しはしない。

 

「くらえ!!着弾観を!!」

「この音…上か!?避けて!!」

「グアッ…さっきのレールガン…」

「もう一発来る!?弾くしかない!!」

 

 瞬時に艤装を展開して濃いでは足りないレベルの対空射撃をテールはして音速を超えた弾を弾く。グラハムに対する攻撃は失敗した。このままだと、あいつはもう片方のツインズであるリリィを回収した仲間と共に逃げるだろう。

 

「だが、それでいい。お前が二発目を防御することは予想していた」

 

 ナノマシンで投げナイフを形成し、テール目掛けて既に投擲している。現状、一番厄介なのはテールだ。ここでグラハムを倒す機会を失ったとしても、既に大ダメージを与えている。それならばここでテールにも一撃を与えることを優先した方がいい。特に今ならあのサイズの艤装を展開して対空射撃をしていたから、回避するのは難しいだろう。

 

「避けれるか!!」

「初めから、避ける気なんて、ない!!」

「その靄は!!」

 

 確実に刺さると思ったナイフを前にして、テールは黒い靄でそれらを弾いた。弾いた張本人は右手を閉じたり開いたりしながら靄を出し入れしている。

 

「力が戻っているのを感じる。この戦、勝てる!!」

「冗談じゃないって」

 

 菊花賞のときには粒子を使わなかったからどこぞのイギリス貧民層出身の吸血鬼のように長い年月が経った結果使えなくなったのかと思ったが、そんなにイージーでは無いようだ。粒子の方がナノマシンよりも性能が高いことを考えるとこのまま戦うのは純粋に不利。増援を呼んでおけばよかった。…呼んでも結局無駄か。

 

「逃ーげよ」

「逃がさない」

 

 あいつが粒子を使えるなら、こちらに現状、勝てる要素がない。ナノマシンを使っても粒子には性能が劣っているからナノマシンで殴る近距離は無理。それ以上の距離は単純に使える銃がない。ナノマシン銃撃は伸ばして戻す間に斬られるだろうし、レールガンは既に弾切れ。そうなったらもう逃げるしかない。

 

「どこまで逃げる気だ?」

「は、速い!!」

 

 この前は飛べなかったのに今は下半身を粒子に乗せて空に逃げた俺を追ってきやがる。スラスターを噴かしているのに速さはトントン、或いは若干こっちが遅い。粒子は戦闘用であって移動用ではないはずなのに、一体どうなっていやがるんだ、あいつのは。

 

「どこかで撒くか、或いはグラハムを攻撃して俺に構ってられない状況にしたい。だが、もう見つけれねえ!!」

 

 逃げる過程で色んな方向に飛び回ったせいでスタート地点とグラハムが逃げた方角が分からねえ。おまけにここは一戸建ての多い住宅街。ビル街なら何度も角を曲がりまくって視界から消えて逃げれるのに、こんな場所じゃどうしようもない!!くそ、もう取れる手がないぞ!!

 

「ダメだ。こういうときこそ落ち着こう。冷静になれ。2+2=5だ」

 

 慌ててパニック状態になっている自分を消せ。冷静な自分を作れ。

 

 …

 

 ……

 

 ………

 

「どうした?念仏でも唱え始めたか?」

「2+2=5、2+2=5…」

 

 そうだ、そもそもどうしてナノマシンが粒子に負けるんだ。ナノマシンは粒子をモデルに作った。粒子は生物だが、ナノマシンは機械。機械なら損耗を無視して運用することができる。オーバーヒートしても、壊れても、補充すればいい。

 

「いくら傷ついても、勝てればいい!!」

『アヴァター、オーバードライブ』

 

 体を構成する全てのナノマシンをオーバードライブさせ、動きをより速くさせる。オーバードライブのせいで排熱が間に合っていないのか、体中が熱い。スラスターからも、熱でダメになったナノマシンが噴き出て光を反射し、虹色に輝いている。

 

「は、速い!!それに、この光は!?」

「そこぉ!!」

「ちぃ!!」

 

 一度使ったらナノマシンが損耗し、長く使いすぎるとアヴァターとして機能するのに必要なナノマシン量を下回ってしまうかもしれないこのオーバードライブのおかげで、テールを今、確かに上回っている!!

 

「その光、絶対に止める!!」

「遅いんだよ。この、…補給艦が!!」

 

 あれだけ負けると思っていたのに、今なら勝てる。テールは今の俺を目で追うこともできていない。ただ通った後に広がるナノマシンの残骸が生み出す虹を見ているだけだ。

 

「沈めえええ!!」

 

 何度もテールの周囲を飛び回り、虹が虹を隠して俺を完全に見失ったとき、頭上から一気に降下してとどめを刺す。

 

 

 

 

 刺せる、と思ったんだ。

 

「はぁ・・・はぁ・・・」

「な、ど、え…」

 

 俺が攻撃する前に、黒い靄に、テールの粒子に、顔の右半分を抉られていた。右目が使えないのは流石にまずいと思ったので、全身のナノマシンの密度を下げて余った分で失った部分を再形成する。

 

「熱い…。この熱は、摩擦?」

 

 抉った部分から感じた熱を超高速で動き回る俺を抉ったせいと勘違いしているテールだが、あの様子だと確実に俺がどこから攻撃をして来るかというのが分かっていたようだ。絶対に見破れるわけがないのに。

 

「分かる。私には、今のお前がどういうことを思っているのか。認めたくない事実が、私に教えてくれている!!」

「じじ、つ?」

「くふふ…お前はそれを、あの世で教えてもらえ!!」

「目が合った!?」

 

 冗談だと思いたいが、テールと今、ほんの一瞬。ほんの一瞬だけ、目が合った。初心者の置きエイムのような偶然だったかもしれないが、オーバードライブ中のこの速度の俺と今一瞬だけ目が合った。

 

 どうなっている。奴はこちらを何らかの方法で探知しているのか?索敵系ですぐに思い当たるのは電探だが、オーバードライブ中は使い物にならなくなったナノマシンの残骸が空中に散布されてチャフの役割を果たすので、一面反応して分からないはずだ。耳…も音速を超えているので聞いてからでは遅い。目なんて最初から追えていない。

 

 つまり、こちらがどこにいるのかしか分からないんだ。

 

「それなら、どうにでもなる!!」

 

 手の中に投げナイフを形成し、テール目掛け投擲する。超高速の移動によって発生する慣性によるズレも計算に入れた一撃は、テールの右胸に突き刺さった。

 

「やりぃ」

「ロイ…」

「どういう方法か分からないが、お前は俺がどこにいるのかだけが分かるようだな。ただ俺がどこにいるのかってだけで、俺が何をしているのかは分からないようだな!!」

「野郎ォ!!」

「無駄だァ!!」

 

 テールは俺を殴ろうとしてきたが、やはり場所しか分からないようで、僅かに下がって逆にカウンターを決めてやった。

 

「あ、熱い!!」

 

 大気圏に突入したロケットのような空気の摩擦とナノマシン本体の発熱によるダブルの熱で左頬を火傷しているテールを見て良い気分に浸っていると、異常が起きた。

 

「ざまあみろってん…だ…」

 

 左腕が脱落した。

 

 

 

 

 左腕が、劣化したレンガの表面のように剥がれ落ちていった。断面を見ると、ナノマシンが融解してしまい、連結を維持することが出来なくなってしまったようだ。

 

 

 

 

 

 

『オーバードライブ、危険領域に突入』

「まずいな。かなり手こずりすぎた」

 

 体内温度を見ると、優にタンパク質が固まる温度を上回るどころか、それに桁をいくらか足していた。自動的に熱感知機能を止めていなかったら今頃大騒ぎする間もなくに死んでいたでだろうほどだ。ナノマシンにも限界が来ていた。

 

「オーバードライブ、解除」

『了解。オーバードライブを中止し、排熱に努めます』

 

 流れが、変わってしまう。

 

 頼みの綱のオーバードライブを再発動するにはもう少し間を開けなければいけない。かといって、全ナノマシン量の半分を失ったこの体でテール相手に時間を稼げるとは思えない。右胸に刺さったナイフも、まだ掠り傷だろう。

 

「おい」

「…」

 

 だが、焦ってはいけない。流れが変わるとはいえ、まだこちら側にある。テールは何故俺がオーバードライブを止めたのか分かっていないだろう。あくまでここは、こちらが上であるように振舞うのだ。

 

「おい」

「…」

 

 時間を稼げるよう、静かに、かつ、威圧的に。

 

「おい!!」

「…」

 

 慌てるな。慌てて逃げたりでもしたら、食われる。

 

「どういうつもりだ」

「さあな、何のことだが」

 

 距離は若干近めに。遠いと逃げる準備をしていると思われる。近い方がいい。近い方がまだ闘争心の圧を感じさせられる。

 

「この胸の傷…」

 

 ナイフが刺さった傷を見せてきた。どうやら刺さった後に熱で少し溶けたようだ。ケロイド状になってしまっている。

 

「今ならまだ追撃できる。そう思わないか?」

「…」

「追撃は、しない。そう判断させてもらうぞ!!」

「ウリャー!!」

「遅いわーッ!!」

 

 飛んでいるので必要ない足を構成しているナノマシンを、腕に回してラッシュを仕掛ける。足は中身がすかすかの状態になって戦いには使えないが、腕しか使わないからいい。テールもこちらのラッシュに対応し、カウンターを入れるためにラッシュを開始した。

 

 ラッシュの速さは向こうの方が上でパワーもある。こちらが若干押され始めた。防戦一方だ。だが、それでいい。互いに接近し、殴り合う。この状況が欲しかった。 

 

「身体能力は私の方が優れている!!」

「オーバードラーイブ!!」

 

 全身から再び熱を感じる。例外として発熱するものが無い足だけが少し涼しいが、それでも直ぐに熱が混ざり合い、分からなくなった。

 

「今からお前を焼き殺す」

「なるほど…殴っても大やけど。しかし、殴らなくてもこれほどの熱なら大やけどするな」

「いくぞオラァ!!」

 

 再度のオーバードライブで限界が来ている体でラッシュに紛れて脳天直撃の一打を繰り出そうとしたときだった。

 

『トレーナーくーーんッ!!』

「タキオン!?」

 

 タキオンが俺を呼ぶ声が聞こえた。最初は空耳を疑った。テールには聞こえていない様子だったし、何かの間違いだと思った。アヴァターの記録にもタキオンの声は残っていない。だが、確実に聞こえた。

 

「呼んでいるのか…」

 

 オーバードライブによる圧倒的な速度でテールのラッシュを躱してタキオンのいる東京レース場に向かう。速度がダンチなのでテールも追ってこれない。

 

「大丈夫か、タキオン!?」

 

 レース場の上から入って客席にいるタキオンや皆をどこにも異常はない。だが、皆の視線はコースに向いている。

 

「サイレンススズカ!?」

 

 ハイパースローモーションで後ろの方を走るサイレンススズカだが、明らかに足取りがおかしかった。その瞬間、車の中での悪い予感を思い出し、それが的中してしまったのだと察した。

 

『オーバードライブ、強制終了』

「やかましいッ!!もう少し踏ん張れ!!」

『不可能』

 

 スラスターの推進力が足らず、空から落下してしまうが何とかサイレンススズカの元に降り、患部の脚に負担が掛からないよう抱える。

 

「と、トレーナーさん?」

「大丈夫か?」

「寒いです。ですが、トレーナーさんは暖かい…」

 

 オーバードライブの熱でサイレンススズカが焼け死なないよう、内側に留めようと努力してはいるが、それでも直に触れれば高温の熱が流れてしまう。

 

「俺にあまり触らない方がいい」

「嫌です。もう少しだけ…人の熱を…」

「…」

 

 脚の容体は骨折。それも簡単に治るものじゃないし、治ってもレースに出走するにはそれなりのリハビリと過酷なトレーニングが必要だろう。

 

 スキャナーを使った簡単な検査をしていると、痛みで顔が苦しそうなサイレンススズカが目を瞑ったまま話しかけてきた。

 

「トレーナーさん…」

「どうした?」

「私を、ターフで殺すって、約束しましたよね?」

「…そうだったな」

「私には、何だか分かるんです。トレーナーさんがこうして私を支えてくれなかったら、きっと今頃、私は死んでいたって」

「ウマ娘はそんなにやわじゃない」

 

 本当は痛くて会話なんて出来ずに気絶するのが普通なのに、サイレンススズカはそれに耐えている。苦しみから解放させなさい、そんな声がタキオンの叫び声と同じように俺の脳に届くが、そんな戯言は聞こえない。

 

「ふふ…ウッ。トレーナーさん、私をターフで殺すんじゃなかったんですか?」

「いつかは殺すさ。けど、今じゃない。お前もまだ走りたいだろ?」

「ええ。グルーヴやフク、それにスぺちゃんと一緒に…」

「こっちだ!!速く担架に乗せろ!!」

 

 熱調整にそろそろ限界が来てサイレンススズカを骨折と火傷で病院に送らなければならくなってしまいそうになっていたとき、救急隊員と共に義明が走ってやってきた。どうやらもう救急車が外に待機しているらしく、サイレンススズカを担架に乗せるとすぐに外まで運んで病院まで乗せて行ってしまった。

 

「トレーナー…」

 

 秋の盾を手に入れたエアグルーヴが、心配そうにこっちを見てくる。サイレンススズカとの仲が深いエアグルーヴにとって、ライバルであり親友である彼女が緊急搬送されたことがショックなのだろう。

 

「大丈夫だ。怪我はそこまで深刻じゃない。俺たちは俺たちで、やるべきことをやろう」

「わ、分かった」

 

――

 宝塚でのリベンジが果たせなかったエアグルーヴ。そういう風に報道されるならまだよかった。だが現実は非情で、俺が古参のエアグルーヴを勝たせるため、サイレンススズカのトレーニングを過酷なものにして故障を誘発させたというものになった。

 

「提督…」

「・・・」

 

 そんなニュースのせいで、『スパルタン』は11月までレース出走禁止処分。さらに懲罰金の支払いがURAから科された。無論これは愚民どもを落ち着かせるためのパフォーマンスなのはわかっている。元々11月に出走予定のレースはないし、懲罰金は小学生の小遣いレベルだ。だとしても、こんな処分は馬鹿げている。

 

「提督!!」

「なんだッ!!」

「び、BBが、これを…」

「…」

 

 秋風過ぎ去ったある日、BBの出した計算に目を瞠る。

 

「深海棲艦襲撃予想地点図」

 

 戦争も、何もかもが終わりに近づいているのかもしれない。




オーバードライブ

ナノマシンを暴走させ性能の限界を突破させる。デモの結果、完成した深海棲艦にのみ使えるナノマシンのモデルになった粒子を凌駕することが確認された。

しかし暴走の結果、発熱が排熱を上回り、ナノマシンに蓄熱した結果、ナノマシンが融解しアヴァターとしての機能を低下させてしまう。危険領域に突入すると、ナノマシンは爆発を起こし我々がまだ完全に解明できていない危険な事象を引き起こす可能性がある。そのため使うことになるとしても最終奥義が差し違え覚悟のときだけだろう。

余談だが、熱でダメになったナノマシンが背面の排熱口から噴き出す際、蝶の羽を形作りながら光を反射して月の光のようになるため、月光蝶と一部の技術者は呼んでいる。
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