「ここでいいのですよね、タキオンさん」
「ああ。ここにトレーナー君がいる」
「横七海洋ビル…国内だと唯一の横七所有のビルだね」
「どうせ違う名前で他にも所有しているよ。さ、入ろう」
エントランスは近未来的で、清潔な白色で統一されていて、中央には小さな噴水もあった。ベンチにはビジネスウーマンに扮した海兵隊員が警備員の代わりに座っている。受付も一般人に見えるが、海兵隊員だ。
「すみませんが、現在は…」
「君たちの提督に会いたい。君の愛バが会いに来たと伝えてくれ」
「…」
ベンチに座っていた海兵隊員が立ち上がって服の内側に手を入れた。受付も机の下に手を伸ばしている。最悪の事態に向かっているが、ここまで来て引き下がることは出来ない。
「トレーナー君、見ているんだろ!?速く降りてきたまえ!!」
監視カメラの位置は分からないが、彼ならここを見ているはずだ。そして見たなら、例え文句を言うためだけだったとしても、ここに必ず彼は来るはずだ。
「タキオン?なんだかちょっとまずくない?ここの人たち怖いんだけど…」
「テイオーに賛成ですわ。一度帰って、アポを取ってからまた来ませんこと?」
「いいや、それではダメだ。ここで必ず彼を出させる」
ここまで来るために車を出してくれたマックイーン君と会話を偶々聞いて付いてきたテイオー君は帰ろうとしている、一度でも帰ってしまえば、次にまた来たとしても再び帰ってしまうだろう。最初の一回が大切なんだ。その一回で次が決まる。
「いつまで君は待たせる気なんだ。私たちは君の愛バだろ!?」
「うるさいな、タキオン。近所迷惑だからやめろ」
「トレーナーだー。久しぶりー!!」
「おいおい、そんなにはしゃぐなよ。だいたい、四日前も学園に戻っただろ?」
「わずか三分、それも義明トレーナーさんを病院に運んだだけで私たちが最後に会ったのは天皇賞秋のあった日曜の移動前の朝ですわ」
「それから君は、一体どこで何をしていたのかなー?」
「う、うるさいな…。ここだとなんだから、付いてきてくれ」
私たちの苦情に対応できず逃げるようにエレベーターの入った彼を追って私たちも中に入る。ここは普通のエレベーターのようで、ワープはせずに普通に上に上がっていった。
「横七とは無関係な人もここには来るのかい?」
「昨日は横須賀市の市長、一昨日は横須賀基地の司令官と話した。ここは俺たち横七の数少ない外交をするための場所なんだ」
「その割には警備が緩いんじゃない?警備員さん、入り口にもエントランスにもいなかったよ?」
「見えるもの全部を正しく理解できていないな」
「非戦闘員に扮させるのは正しいのかい?」
「相手によるのさ」
扉が開いたので降りると、そこは大量のモニターと緑の制服を着たオペレーターがたくさんいる司令室だった。中央に地球のホログラムがないので完全にではないのだが、エアグルーヴ君が初めて彼の家を訪れた時に見たという光景と同じだ。
「司令官、佐世保基地からの撤収が完了しました」
「分かった。輸送部隊には続けて舞鶴と呉の部隊も運んでもらう」
「了解しました」
中央の巨大モニターに、輸送部隊の空路が表示されている。その隣には国内で展開中の部隊の位置。これらを重ね合わせて見ると…。
「横須賀以外を捨てている!?」
輸送ルートは全て太平洋へと続いており、国内に残る横七の部隊は殆どいなかった。しかもその残っている部隊は府中と横須賀という、私たちとトレーナー君がいる場所にしかいない。
「酷い言い方だな。戦術的配置転換だと…」
「トレーナー君!!君が見捨てたのは…」
「だから、配置転換だって」
僅かな戦力で深海棲艦と戦争なんてできるのだろうか。無理だろう。たとえトレーナー君一人で全てを倒せるとしても同時多発的に攻撃を対処することはできない。彼は一人しかいなんだ。一つか、或いは近くの二つだけだろう。
「君は…」
「大佐殿、失礼してもいいかな?」
マックイーン君たちを置いて揉めていると、奥の方から白いスーツの男が現れた。深海棲艦ほどではないが、長い間日光を浴びていないことが想像できるほど肌は白く、太り気味で薄ら笑いを浮かべどことなく不気味だった。
「少佐か。構わん入れ」
「それでは、失礼するよ」
海兵隊員やスパルタン、緑服のオペレーターとは違う雰囲気が違い、私たちを見てもニヤニヤしているだけで敬礼やお辞儀、或いは無視をするといったことをしない。
「紹介する。こいつはマックス少佐。府中守備隊の司令官だ」
「初めまして、フロイライン」
「府中守備隊の司令?君はどうするんだい?」
「俺はしばらく横須賀に残る。トレーナー業は入院中の義明が」
「提督業は私が代行する」
少佐…提督のトレーナー君が大佐だから、階級的には二つ下。佐官クラスだが大佐が一番上だからマックス少佐はナンバースリー。横七島にナンバーツーが残るとすれば国内に横七のトップが二人もいる。配置転換と言うのも頷ける。
「それで、少佐は何用だ?」
「特にはありませんとも。ただ、司令室に敵かも分からない小娘を連れて来たのは何故かと思いましてね」
少佐が私たちを嫌そうな顔で見る。場違いな子供を見るような冷ややかな目は、私たちに早く出ていけと訴えかけている。
「ちょっとあなた。私たちはトレーナーさんに案内されて…」
「それを正気かと疑っているのだよ。この一大事にわざわざ子供の来客に構うなど、今がいったいどういうときか大佐殿はお分かりになられていないのか」
「少佐」
煽るような言葉に対して平常心でトレーナー君は返した。一方で少佐はニヤケ顔が真顔に変わり、トレーナー君の顔を覗き込むように見ていた。
「伝えたいことは、それだけか?」
「…そうだ。では、失礼する」
踵を返して去っていくが、トレーナー君の顔を覗き込むときに見せた無表情は消え、入って来た時以上に笑みを浮かべていた。
「すまないな。悪い奴じゃないんだが、言い方がきつくて」
「大丈夫だよ。言っていることは、間違っていないからね」
「お前たちも早く学園に帰れ。面倒ごとにならないうちn…」
「大佐!!テールの奴が電波ジャックを!!」
「見せろ」
「メインモニターに!!」
いくつも並んだモニターの一つに、あの女が映される。端正で美しいがどこかヒトではない異質さのある顔だ。
「私たち、深海棲艦は、我々の生命を脅かす横七の潜伏している横須賀を攻撃する」
「トレーナー君…」
「ただし、民間人を巻き込む意図はない。よって、今から24時間後に攻撃を開始する…」
に、げ、る、な、よ、ろ、い
――
「面倒なことになったな」
「どうするの?ぼくたち帰れるの?」
「難しいだろうな。あいつらのことだから、逃げてく車にお前らがいるのを見つけたら捕まえて人質に使うに違いない」
「トレーナーさん…」
「心配するな。準備は出来ている」
部屋がわずかに揺れる。窓の外を見ると、地上が迫ってきていた。
「地下にもぐっている?」
「今からここは横須賀地下司令部となる。ここにいれば、少なくとも砲撃や爆撃で吹き飛ばされることはない」
「あ、あれ!!あれ何!?すっごい禍々しい!!」
地中に入って土しかないと思っていた外には、何か巨大な装置が置かれていた。ロケットのような筒の上にはサッカーボールのようなものがあり、形状としてはT2ファージに近い。
「あれは分解装置。詳しいことは使うときになったら話す。お前たちは安心して休んでるといい」
そう言われて案内されたのは合宿のときに使ったホテルの部屋だった。もちろん、合宿所にワープしたのではない。同じ間取り、同じ状態の部屋だ。
「もー。ぼくとしては少し走りたいんだけど」
「悪いが明日までここにいてもらう。じゃあな」
私たちが中の物色をすませ、外に出ようとしたときに扉を閉められる。lockという電光表示もされた。
「ちょ…トレーナー!!トレーナー!!開けてよ!!」
「無駄ですわ。それよりも、運転手は無事なのでしょうか」
「大丈夫だよ。人質になれるのはトレーナー君を悩まさせることができる人。彼と面識がない運転手なんて利用価値はないさ」
それよりも心配なのは、横須賀にいる横七の数だ。あの画面にも出ていたが、今ここにいるのは海兵隊が三大隊三千人。スパルタン一個師団三十二人。ここに航空隊や戦車隊といったのが加わっても頭数としては四千にも満たない。
一方で深海棲艦はどうなのか。表沙汰になっていないだけで他にもあるかもしれないが、横七が深海棲艦と戦ったのはセントライト記念に菊花賞。それに天皇賞秋。そしてトレーナー君の偽物。わずか数回で、しかもその数回の内に倒したのは機械だけ。つまるところ、深海棲艦はほぼ全ての戦力を残している。
トレーナー君の言うように決戦だというなら、深海棲艦はその全てを投入してくるだろう。数は想像できないが、それでも過去の彼と横七でも倒せなかったのだから、数万はいるのではないか。だとしたら、何故彼はあんなにも余裕なのか。
あの機械は一体何なのか。彼の切り札があれだとしても、一体何が出来るのか。
「分解装置
…まさか!?」
横七島
太平洋の海底火山を噴火させて形成した火山島で遷移の加速実験を行うという名目で領有し、本拠地として利用している島。中央にすり鉢状の山があり、その頂上にある観測所に扮したエレベーターから地下の基地へと入る。海岸や海中に航空機や潜水艦用の出撃ハッチがある。本来の計画では浮遊島として世界各地を飛び回りながら深海棲艦と戦うことを想定していたが、空中艦隊の敗北とコスト的問題から諦めた。
外交上はトロピコの領土であることに加え、秘密主義の横七が支配していることから、核兵器を貯蔵しているのではないかと疑いを受け、核査察が行われた。(査察団は山頂にある観測所から島を一望した後、帰っていった。)