「…いつまでここにいるの、もー!?」
「テイオー、まだあれから26時間しか経っていないのですから…」
「いや、既に24時間が経ったというなら何かしらのアクションがないはずがない」
深海棲艦が戦闘を開始したのが2時間前。戦闘の規模によるだろうが、横七なら既に大勢が決しているだろう。だとしたら今もこうして安全な地下に私たちを閉じ込めてる意味が分からない。
昨日のように時報アナウンスや放送を通じて行うトレーナー君との会話もない。戦闘中で忙しいからだろうが、だとしてもここまで放置はないだろう。
「行こう」
「え?」
「ここから抜け出してあの司令室に行こう」
「ですがどうやって?エレベーターは停止しておりますのよ?」
「大丈夫さ。来た時に試してみたから、ね」
左手でエレベーターのキーパネルを操作すると、反応して無機質な扉が開いた。
「ふむ、やはりね」
「これって大丈夫なの?」
「いや、むしろバレたらかなりヤバいさ。だが、彼にバレて止められる前に行こうか」
エレベーターに乗って上へ。司令室へ行く。提督の彼か、緑服の誰かがいると思っていたのだが、実際のところは誰もいなかった。いや、誰もいなくはない。死体はあった。正確には機械の残骸か。ともかく緑服の機械たちは無残に破壊されていた。
「一体どうなっているのー!?ワケワカンナイヨー!?」
「トレーナーさん、トレーナーさんは…」
「…」
残骸たちの様子を確認する。全員撃たれて破壊されている。近くには拳銃も転がっている。しかし、自決をしたわけではない。拳銃に込められている弾丸の大きさと、傷の穴の大きさが違う。何者かがここを襲い、彼らは敗れたのだ。
だとしたら、襲撃者はどこに。なぜ散々ここを荒らしたのに、今いないんだ。そもそも、戦局は今いったいどっちが有利なんだ…。
破壊されていないモニターにトレーナー君やスパルタン、海兵隊員が映っていないか見てみるが、どこにもいない。映像を変更できるのかもしれないが、どの機械が…。
「ビルの周りを誰かが飛んでる!!トレーナーかなー!!」
「本当ですか、テイオー?」
「うん。だってさっきから何度もビルの周りを飛んでるんだよ?トレーナーしかなくない?」
まさか…。
「窓から離れてこっちに来るんだ!!」
「え、でもトレーナーだよ?」
「のんびりとしているんじゃあない!!そいつはきっと、きっと…」
二人のいたところとは反対の窓から、スラスターを吹かしながらそいつは入ってきた。
「子供…それも、艦娘じゃなくてウマ娘…」
機械と肉の融合がこの前学園に潜入してきたあの深海棲艦よりも酷く、ほぼ全身が機械に覆われた男の声の深海棲艦はスラスターを微調整しながら着陸した。機械化が全身に及んでいるようで、歩く度に駆動音や軋む音が聞こえる。
「お前たちが、おじさんを…」
「伏せろ、皆!!」
「ゴールドシップ!?」
どこから入ったのか分からないが通気口から降りて来たゴールドシップ君は、これまたどこから調達したのか分からない横七のロケットランチャーをあの深海棲艦に構えた。
「お前は…」
「あばよ、ここで沈め」
発射されたロケット弾は目にも止まらない速さで飛んでいき、胴体に直撃した。ロケット弾を食らって倒れない深海棲艦はいないと思っていたが、煙の中に立つ影があった。
「まじかよ…」
「伏兵がまだいたとは…」
傷一つついていない奴は、顔部分の装甲を上にスライドさせ周囲を見ていた。晒された顔には、常に青い光が四方八方に走っていた。目も焦点が合っておらず、瞳が双眼鏡のように大きさを左右それぞれが自由に変える。サイボーグと化していたこの深海棲艦を、私は知っている。
「グラハム…」
前に画像で見た時の面影は残してはいるがそれでも一瞬で判別がつかないほどのサイボーグ化。一体どれほどのものを失ったのか。そもそもどうしてそんなことを…。
「深海棲艦分解装置は既にカウントダウンが開始されている…」
近くのコンピューターをいじってモニターに何かを表示させたグラハム君は、その無機質な外見とは裏腹に感情豊かで、悲しそうだった。
「深海棲艦分解装置?それが一体どうしたんだ」
「分解装置は私たちの体に流れる深海棲艦たる要素を全て分解する。波に呑まれれば最後、私たちは塵になって消えていく」
「ふ、つまり君たちは彼の掌の上で踊らされたということかい?」
やっとトレーナー君の考えが分かった。彼は横須賀を棄てたんだ。最初から彼は横須賀にテールやツインズのような大物を引き込むことが出来たら分解装置とやらで消すつもりだったんだ。この部屋の様子から多少は失敗があったようだが、それでもある程度は本筋通りに行っているんだ。
「これが作動したらおじさんも海兵隊員もスパルタンも、要素を用いて作られた横七もすべて消えるのに…」
「おじさん?トレーナー君のことか?」
「…彼の体もまた、深海によって成り立っている」
勝ちだ。この戦い、彼の完全な勝ちだ。彼の体は本物ではない。それならたとえここで分解されても大丈夫だ。しかしこいつらはそれを知らない。だからこそ敵陣中枢への単独突入という危険な賭けもしたんだ。
「言っておきますが、アヴァターだから大丈夫とは思わない方がいいですよ」
「ッ!?」
「接続を正しい手順を踏まずに突然断つのは大きな負担です。それに本体が耐えれるのかなんて分かりませんから」
グラハム…こいつ、一体どこまで知っているんだ。アヴァターのことなんてBBにアクセスできない限り知る由もないはずなのに…。
「それはそうと、学園生徒識別コードに一致しないのがいる。排除する」
「三人とも、逃げろ!!」
再び飛んで追うことはしなかったが、グラハムはゴールドシップ君を一直線に追う。対するゴールドシップ君も、決して逃げようとはせずに弾を装填していた。
「さっきのやつとは違うぜ!!」
再び撃たれたロケット弾は一つから三つへ。三つから九つへ。九つから二十七つへと大きさや速度を維持しながら増殖する弾で、これも全て当たった。
「どうだってんだ!!流石のツインズも横七の半せいk…」
「ダメージコントロール…。機能不全になった左腕を分離。正面装甲も分離」
「バケモンかよ」
「…確保」
機械の伸びる腕でゴールドシップ君の頭を掴むと、力を込めながら宙に浮かす。これには流石のゴールドシップ君も痛みで藻掻き、脱出しようとするが圧倒的な力の前にねじ伏せられる。
「ゴールドシップ!!」
「逃げる…んだ。マックちゃん」
「…特別コードに一致。捕獲する」
彼女たちを見てそう言うと、グラハムは背中からサブのアームで二人を捕まえる。私の方も見ているので捕まえるつもりなのだろうが、他に使える腕はもうないようで、私を捕まえるために先ほどよりも強い力でゴールドシップ君の頭を潰そうとする。
「まっく…ちゃん…」
「ゴールドシップ!!しっかり!!」
ミシミシという音が彼女の頭から聞こえ始め、想像してしまったその最期に恐怖していたとき、海の方角から歪んだ月が出た。
いや、月ではない。月光蝶だ。月光蝶の光がここにまで届いたんだ。
「電探に多重反応…」
グラハムは後ろを振り向いて月光蝶の発生源を見ようとしたができなかったようで、窓に近付く。
「あ…ああ…」
「ゴルシ―ッ!!」
ゴールドシップ君の頭から血が噴き出し始めた時、私は彼女に手を伸ばした。ただの条件反射のようなもので、目の前で失われゆく命をどうしても留めたかった。なんともならないことは分かっていたが、それでも伸ばしてしまった。そのときだ。
「…ダメージ、大」
私の伸ばした左腕が、まるで紙のように薄くなって更に伸びたと思うと、ナイフのようにグラハムの腕を断った。
「うう…」
「これは…」
『おはよう』
『…』
『分かってるって。でも、まだ少しだけ起きるんでしょ?』
『…』
『そっか。なら頑張らないと』
薄くて伸びたままの私の腕は、その後二人を掴んでいたサブアームも断ち切るとグラハムの胴体に突き刺さった。そしてあいつは千鳥足でそのまま窓の方に自分から寄っていくと、自重で窓を割って下へと落ちていった。
「私は…」
『お休み』
「お休…み…」
グラハムを貫いた腕が元の状態に戻った。左腕に異常はない。突き刺さった時に着いたはずの血もない。しかもあのときは感触すらなかった。
どういう状態なのか分からなくなっていた時に、窓にペリカンが横付けされる。搭乗口には海兵隊員がいた。
「生徒たちを確認!!数は4!!」
「4!?事前に聞いていた数とは違うぞ。一人乗れない!!」
「内一名は重傷。二名軽傷」
「…負傷者を優先する。回収しろ」
「了解」
海兵隊員がこちらに渡ってきて、ゴールドシップ君らをペリカンに運ぶ。マックイーン君とテイオー君は掴まれたときの衝撃のせいなのかうまく歩けていなかった。三人を運ぶと海兵隊員は私のところにやってきた。
「俺がここに残るから君が乗ってくれ」
「君は一体どうするんだい?」
「大丈夫だ。まだサバイバー4が巡回している。俺と大佐はそれで脱出するよ」
「トレーナー君はまだなのかい!?」
再び海の方を見るが、まだ月光蝶が発動している。装置の起動まで後どれだけあるか分からないが、彼を助けないと…。
「私が、残る」
「え?」
「彼を私が連れ帰る。だから君はペリカンに戻り給え」
「ダメだ、生徒は必ず連れ帰るよう命令されている。だから君が…」
「私が彼を説得する。彼のことだから君たちになんと言われても戦い続けるはずだ。それなら私が彼を止める」
「そんなこと…」
海兵隊員が言い淀んだ時、ペリカンの方から泣き叫ぶ声が聞こえた。どうやらゴールドシップ君の容態があまりよくないらしい。通信で急かされたのか、海兵隊員は無事を祈ると言うと、ペリカンに戻っていった。
それから数秒後。今度はペリカンとは違い薄くて爬虫類のエイリアンが使っていそうな飛行機が来た。
これがサバイバーという奴だろう。架けられたタラップから乗り込むと、周囲の残留者一覧というタイトルで電子板に横須賀の地図と赤い点が表示された。そのほとんどは先ほどのビルから離れるように高速で空中を動くのと、地上で微動だにしないものの二つだけだった。
海の方にあるはずの彼の点を探すと、それは表示が追い付かずに点が瞬間移動してしまう速さで動いていた。
点が近付いた時、ハッチが開いて外が見えた。月光蝶の光が機内にも差し込んでくるが、肝心な彼が見えない。
「どこだトレーナー君!!」
オーバードライブ状態の彼を見つけることは速度的に困難だが、もうそろそろ発動してから五分経つ。クールダウン状態になった彼を引っ張り上げて逃げ切ればいい。そのためにもしっかりと目を凝らさなければ…。
「いた!!」
月光蝶が収まった最後の地点に彼はいた。オーバードライブ中のような出力はないがそれでも空を飛びながらテールと戦っていた。戦況は芳しくないようで、彼の体のあちこちから流血している。
「早くこっちに来るんだ!!」
「タキオン!?」
何とか気づいてもらったはいいが、どうすれば彼がここに来れるか…。BBの説明をされたときに見た映像通りならこの機体はテールよりも速い。つまり彼がこの機体に辿り着ければいい。最も簡単なのはオーバードライブだろうが、再使用できるようになるまでに分解装置が起動する可能性がある。出来るなら一刻も早い方がいい。となるとあとは、あの映像のようにトレーナー君にこのハッチまで手を伸ばしてもらうしかない。
だがそんなことをテールが見逃すのか。トレーナー君がテールの目の前からこの機体で逃げるのは二回目。しかもトレーナー君自身が手を伸ばしてこの機体に触れるのは前と同じシチュエーションだ。警戒されているに違いない。となると、取るべき手段は一つ。
ペリカンの機内にはあった降下用ワイヤーを探し、見つけたので取り付けると、私の体をそれで解けることがないようきつく縛り、ダイブした。長さはこちらの意志で限界までは自由に調整できる謎仕様なので彼のいる場所まで伸ばす。
「掴まるんだ!!」
「命知らずめ。助かる」
彼のナノマシンで延長した腕が私の腕を掴み、延長していた腕を元の長さに戻すことで彼が近付いてくる。それを見た私もワイヤーを巻き戻して機内に戻る。こちら側から飛び込んでくるとはテールも思っていなかったようで、妨害するには反応が遅れると思った。しかし、仮にも相手はトレーナー君を上回る力量を誇るテール。咄嗟に彼の足を掴んで私たちに付いてきた。
「逃がさないぞ!!このまま飛行機ごと撃ち落してやる」
背中から要塞を連想されるような巨大な黒鋼の装備を出現させ、無数の砲の照準をこちらに向けてくる。繋いだこの手を離すことすら視野に入れなければならないのかと絶望していたとき、彼の重心が変わった。
それまでは腰から下の足に重心があり、どちらかというと下に引っ張られていたはずだったが、突然彼のいるタラップ側、つまり横側に引っ張られた。予期などできるはずのないそれに私まで機外に放り出されて空中に三人?二人と一体?一人と二体?とにかく風に煽られながら浮いていた。
「照準がぶれるじゃないか、この馬耳女が!!」
足を掴んでいない方の腕で拳銃を持ち、私に狙いを定めたテールを、トレーナー君は顔に光を走らせながら見ていた。瞳孔は開かれ、迷いを捨てた眼差しを持った彼は、自らの脚をナノマシンの鎌で切り離す。
「努力賞だ。それだけ持って地獄に堕ちろ」
「ロイ・ヴィッフェ・ヒドルフゥーーーッ!!」
血の一滴も流さない切断された彼の脚を掴んだまま海面へと落ちていく。彼の名を叫びながら全ての砲を響かせて私たちを狙ってくる気迫に、テールという怪物の執念を見る。分解装置の範囲内のはずである横須賀からそう遠く離れていない海にあれだけの負傷をしたまま落ちたということは、テールに明日は無いだろう。
「助かった…」
「…」
ワイヤーが巻き戻って安心できる機内に無事戻ることが出来た。まさか私にも銃口が向けられるとは思ってもいなかったので恐怖したが、何とか成功してよかった。
「やったじゃないか、トレーナー君。これで私たちは…」
「馬鹿野郎…」
タラップにいつの間にか再生していた足を抱えて座り込んだトレーナー君が確かにそう言った。
「下手をすればお前も死ぬんだぞ!!それなのにお前は…」
「だがこうしてうまくいったじゃないか!!」
「それは…そうだが。とにかく、危険なことはするんじゃない!!」
「…」
「それと…あれだ。ええっと…ありがとう。助かった」
聞きなれない彼の感謝の言葉に驚いていると、横須賀の方から青白い光の壁が迫ってきた。あれが分解装置の効果なのだろうか、先ほどまで砲声が響いていたのに一気に静かになった。逃げることをしなかった深海棲艦が消滅したからなのだろう。しかしそれほどの効力のある平気だというのに横須賀のビルは一つも崩れていなかった。グラハムの言うように、本当に深海棲艦であるための要素だけを分解するのだろう。
「君たちの部隊は大丈夫なのかい?」
「ああ。戦死者多数、放棄した物資の数は未知数だが、生存者は全員脱出した」
「最後は私たちかい?」
「ご名答」
ハッチが閉じて席に座ると、トレーナー君は横になった。彼にとって今日は記念日だ。長い間彼を苦しめたテールと決着をつけたことに加え、深海棲艦はその大半を失った大勝利の日だ。そんな日ぐらい、こうして好きにさせていいだろう。
「ところでトレーナー君。目的地はどこだい?」
「家。治療を受けたい」
「そうだね。ついでにそこで祝勝会といこうか」
「どーせならカフェの有馬記念の勝利まで兼ねよう」
「それだと後一か月もかかるじゃないか!!今すぐ祝おうよー」
「はいはい。小さくていいならやりましょ」
目を閉じて私に背を向けた彼にムッとしながらも愛しさを覚えた時、今のこの喜びを台無しにするようにアラートが鳴った。一瞬にして彼は飛び起きてコックピットへと行く。当然私もそれに続いた。
サバイバー
緑色の爬虫類のようなデザインが特徴の武装を完全に捨て速度とステルス性能に極振りした回収機。最高時速は光と同じだが、それで運転できるパイロットは開発できていない。主な任務は危険な戦地で部隊を回収する、または敵軍後方に部隊を降下させる部隊の運び屋で、これがあれば戦線は意味を為さない。
全てを速さとステルスに振ったのに、その速さは活かしきれず、また積載量もスパルタン一個小隊(4人まで)とその活躍とは裏腹に恵まれない性能をしている。