「どこだ~彼は」
今日は実験道具の購入のためトレーナー君と外出していた。勿論待ち合わせ場所は店の近くだ。
実験道具はトレーナー君に投薬実験をしないからといって使わない訳ではない。確かにトレーナー君で実験できないと試験管がいつまで経っても空かないから不便だが他にも新薬の実験や現象の実験で使い、無くなる物は多い。
そしてトレーナー君を態々外に連れ出した理由だが単純に荷物持ちだ。トレーナー君は実の所、お金を持っていない疑惑がある。自販機を利用した様子も痕跡も無ければ外食、果ては食堂も利用していない。おそらく落ちてきたときにカード類を全て紛失してしまったのだろう。つまり給料が入るまで彼は文無し、財布として期待できない。だがあの身体能力。天井の扇風機を掴んで落ちないあの腕力。そして最初の奇襲実験を避けた身のこなし。荷物持ちとしては適任じゃないか!!
だがそんな彼が見つからない。服装は普段通りのトレンチコートだと思うしあの銀髪はなかなか見ない。
「あれは…」
待ち合わせ場所で待つこと5分。妙に人だかりが出来ているベンチがあることに気付く。聞き耳を立てれば男がどうたらと言っている。まさかとは思いつつもその人だかりに近付き、掻い潜って進めばトレーナー君にヒトミミが言い寄っていた。
「でももう2時間ちょっと待ってるんでしょ?速く行きましょうよ」
「いや、2時間待たせてるのは俺が時間よりも1時間早く来たのが悪いんだ」
「だとしても1時間は待ってるでしょ。早く行って戻ってくれば丁度いい時間よ」
「そうかもしれないが場所を離れるわけにはいかないんだ」
「えーでもー」
ああ。間違いなく相手にしていない。トレーナー君は興味や関心が無ければ大抵の問答で最初に肯定してやんわり断る。エアグルーヴ君が説得材料にその場にいた彼を使ったときにいつもあんな風にしていた。
今回もそうだ。最初に肯定することで好感度を少し稼ぎつつやんわり断れば減りは少ない。時間が経てば相手に限界が来て離れるだろうし、こちらの限界が来たなら話を切って場を離れる。仮に腕を掴まれても問題はない。トレーナー君には振り払い、そして撒くフィジカルがある。つまりあの女は今、トレーナー君が自分の意見に寄ってきていると内心は思っているが現実は端から相手にされておらず、止めることもできないのだ。
なら私は、彼女のためにもこの不毛な時間を終わらせるとしよう。
「待たせたねトレーナー君。さあ行こうか」
「ひでえなぁ」
そう零して立ち上がる。女は腕を掴むが流れるように振りほどかれてしまう。
彼を囲んでいた女たちも行かせてなるものかと距離を詰めようとするが、トレーナー君は私の腕を掴んでベンチの背もたれに一度跳んで移り、その後大きく跳躍して包囲を脱し、距離を取る。
「トレーナー君これは些かまずいと思うが君はどう思う!!」
「?取り敢えず下ろすぞ」
再度包囲されない距離でトレーナー君は私を腕の中から下ろす。つまり私は男の人にお姫様抱っこという夢のようなことをしてもらったのだ。純粋に恥ずかしい。
「目的の店には少し走って行こうか」
「ああ、そうしよう」
落ち着きを取り戻し、道具の売っている店に行く。
――
「やっぱ高いよな」
トレーナー君は実験道具の値札を見て零す。
「それはそうだろう。なにせこの店は数少ない横七製品を取り扱っている店なのだから」
横七の製品はどれも一級品だ。こうした実験道具はまだしも生産機械や部品は一切販売していないし実験道具なんてニッチなものは必要な機関に直接送られるので一般人が目にすることはない。かく言う私もこの店を知ったのは学園側が備品の窃盗防止のために教えられて初めて知った。
「…やっぱそうか」
トレーナー君は一つの電子計量器を見てまた零す。今度は値札ではなく、それ自体を見ている。
「どうしたんだい、傷でも付いていたかい?」
「いや、どれも綺麗さ。だがまぁ横七だなぁって」
「君の中の横七はどういうイメージなのさ」
品定めを終え、店員に購入するものを伝える。すると店員は店の奥に行き、番号が貼られた箱を大量に持って来る。
「…この番号で間違いないね。これで足りるかな?…ありがとう」
会計を済ませ、店を出る。荷物は彼が持ってきたリュックに詰める。
「さて、私はここで実験器具の買出しを済ませた。他にも必要なものはあるがそれはネット通販でこと足りる。今からは単純にお出掛けタイムとしようじゃないか」
「なら帰るぞ。カフェは今日自主練にしてる。見てやらないと」
「いや、カフェはならエアグルーヴ君に追われるのが嫌だからと自室で休んでいるよ。なーに金銭面は気にするな!!今日は私が払ってやろう」
「それはどうなんだ」
「ふむ、確かに生徒が教師にお金を貸すのはまずいか。…なら今日の荷物運びというアルバイト代として払おう」
「それでも…」
「私は君と遊びたいんだ。受け入れてくれよー」
「分かった、分かったから、大声を出さないでくれ。待ち合わせ場所みたいになるのは嫌なんだ」
抵抗をやめたトレーナー君を連れて喫茶店に行く。夕食前のおやつの時間だ。
「注文はどうしようか。私は紅茶とこのショートケーキとして、君も何か食べた方がいいだろ。何も食べれてないのだろ?」
「いや、しっかり食べてるよ」
「私を騙せるよ思うなよ。君は食堂を利用したことがないそうじゃないか。大方、お金がなくて食べれてないのだろ?」
「まぁ食堂を使ったことがないのは事実だし金もないが、食べれてはいるさ」
「何を?まかないかい?」
「鳥と野菜。裏の森は割と食料の宝庫だからな。それに寮はガスと水道があるし、困ったことはないよ」
「えーっ!!」
鳥と野菜、それも森で採れたもの!?どうしたらお金がないから頭を下げてお金を借りたりしようとするのではなく自給自足しようと思うんだい!?
「君、真っ当な、森で手に入れた食材を使った料理以外のものは何を食べた」
「たしか…病院食。味が薄くて美味しくなかった」
「落ちてきた日の夕食とその次の朝食だけかい!?」
「いや夕食があまりにも絶望的過ぎて朝食が出される時間の前に寮に移った」
トレーナー君が落ちてきて何日経った?もう2週間は過ぎたと思うぞ。
「よし決めた。君はナポリタンだ。久しぶりに食事を楽しみたまえ」
「いや別に。帰れば冷蔵庫には鳥と蛙があるし調味料は調理室のをもらったから食事は出来てるぞ」
ダメだこいつ…話が通じない。ならばと呼び出しボタンを押す。
「そうか…なら、店員さん、紅茶とイチゴのショートケーキ、後ナポリタンを一つずつ下さい」
「分かりました。少々お待ちください」
店員は注文を受けて去っていった。これでもう逃げられない。
「ありがたいが…まあ、甘んじて受け入れよう。この礼は別の形で返すさ」
「従順だねえ。まあ、いいことじゃないか」
こうして私はおやつ、彼はしばらくぶりの料理を食べる。
「そういえば、ここに来るまでにかなり視線を集めたよな。何かおかしいか?」
「まあそうだねえ、男が街を歩くのはかなり珍しいことだからね」
「男が道を歩くのが珍しい?変なことを言う」
「そうでもないさ。このご時世、男なんて都会のホタルのようなものさ」
彼は理解できないといった顔でこちらを見る。
「ホタル?男が?」
「ああそうさ。有史以来、どの文明も男を求めて争い、廃れていったのさ。歴史で習わなかったかい?」
「いや…まぁ、知らない例えだったからつい」
「そういうものかね。施設では重々言われると噂で聞くから。やはり噂は噂か」
「そうだな」
――
「府中の監視カメラがこれを」
「これは…」
「間違いなく彼だ。あのバッチはトレセン学園の」
「3人を集めろ。迎えに行く」