悲しみしか、無かった。
横須賀を攻撃したあの日、グラハムは本来の作戦行動とは違い単独で横七の司令ビルに特攻を掛けた。結果としてあの子は横須賀の指揮能力を破壊しその後の戦闘を優位に運ぶきっかけを作ったのだから大戦果を挙げたのかもしれない。けれど、帰ってこなければその名誉の意味はない。
リリィもそうだ。横須賀では慣れない部隊指揮をいなくなったグラハムに代わって一人で行い、横七の地上部隊を敗走寸前にまで追い込んだ。もちろんあれは敵増援をグングニルで一方的に叩けたことや横七島の徹底的な空襲といったこちら側の作戦が上手くいったことに加え、横七が最初から戦いを捨てていたこともあったが、それでも出来の悪い機械人形を中心とした部隊でスパルタンや海兵隊を破ったのには変わりない。
そして今回もトレセン学園を接近している台風に乗じて占領し、生徒や職員を人質にして要塞化されていない場所で戦うことを強要するという作戦を立案し、最も大切な要である占領と人質の確保に成功した。
今が冬休み期間であったこととデモ隊連中のせいで人間の数が減っていたことと守備隊が配置されていなかったことは誤算だったが、それでもよくやったと言わざるを得なかった。
あの傷ついた体…横須賀から帰って来た時は部下に背負われ、最早生きているのが不思議だったくらいに体を失っていたというのに、不安定な改造と機械との同化を極限まで進めたことで、あの子は復活した。
亡き双子の兄の仇を討とうと頑張っていたというのに、私たちは再び横七の罠に掛かってしまった。
台風に乗じて学園を占領しようとしていたことはロイに読まれていたんだ。いや、そもそもあの台風すら横七の罠だったんだ。
十二月の超大型台風。しかも勢いが強い状態で日本に関東辺りから上陸し、府中を通過する。明らかに虫が良すぎた。それに加えこの学園も、ところどころ核シェルターかそれ以上の堅牢さを誇っている。明らかに普通の建造物じゃない。
つまりここは元々横七の要塞で、横須賀の後に残った残党をここで狩ろうとしていたのだ。ただ横七にとっても横須賀での損失は大きく、戦果も期待していたほどのものではなかったのだろう。でなければ台風という空からの眼を遮って私たちが行動しやすくなるようお膳立てはしないだろうし、学園を一度占領させて捜索のために戦力が散っているときに攻撃を仕掛けたりはしない。
それに結局、これが罠であろうが偶然であろうが私たちは多くの間違いをしていたことに変わりない。
体育館に人質を集めそこを司令部として籠城戦を行う。生徒がいるからには施設ごと砲撃で吹き飛ばすなんてことは出来ない、つまりここ周辺は激戦地の中では異質のオアシスとなる。そうなると思っていたのだが、ロイは単独で潜入し、指揮系統が混乱し且つ部隊が出払っている僅かな時間で人質を解放しておまけと言わんばかりにリリィをも殺していった。
学園の占領から私たちが入城するまでおよそ三十分。しかもその中には捜索隊を出すまでの時間も含まれているからチャンスはわずかに十分もないはずだ。だというのに、こうも呆気なく…。
台風の雲の中に隠れていた艦隊は離脱したし、学園内に降下してきた陸戦部隊も既に囲んでいる。盤面としては悪くない。それにもう、お前との方も付いた。
「意外と呆気なく終わるのね」
「まだ…終わらな…い…」
娘のようになったというのにまだ動くこの男の頭を握りつぶす。残った体も引き裂き火を放って跡形も残したりはしない。
「さて、あとは継承を済ませるだけ」
ロイは持っていなかった。だが確実に受け取っているはず。それに、学園にあるのは雰囲気でわかる。
「待っていてね、グラハム、リリィ…。すぐにまた会えるわ」
時間が巻き戻れば、巻き戻せさえすれば、すぐにまた会える。今度は横七のいない、悲しみの無い平和な世界で。
トレセン学園地下
元々は単に震災時に備えた非常用物資や年に一度日の目を浴びる器具類を仕舞うだけの手狭な場所だったが、提督がトレセン学園トレーナーとして勤務することを決定した結果、突貫工事で拡大された。
地下には全学園生徒、職員、および近隣住民全員を収容できる巨大地下シェルターに加え、生産能力は有していないものの、府中全体の指揮が行える指揮拠点としては十分な地下司令部がある。
横須賀の戦い以降、横七の物資はここか府中郊外の邸宅に運ばれ、使われる日を待っている。