「…」
トレーナー室の片隅で、まるで修道女が祈るように片膝を床につけ、瞼を閉じ、頭を下げて必死に耳を傾ける。
「アヴァターがやられた、付近に待機中の機体なし」
「復活地点はここにしろ。ここが最寄りだ」
「学園裏の森林の部隊から入電、敵の第三波です!!」
耳を傾けることさえ出来れば、僅かではあるが怒号とも悲鳴とも取れる必死な叫びの横七の通信を聞くことができる。
「増援に向かった艦隊がグングニルによって撃沈、戦力が足りていません」
「BBとの連携を密にしろ。増援は墜とされるが、ミサイルは迎撃されない」
「ペリカン、残存数30。空輸が間に合いません!!」
「提督、復帰まで後一分」
外で起こる喧騒などには耳を貸す余地はない。ただひたすらに、トレーナー君に関する事柄だけを集めるんだ。
「提督、復帰します!!」
「情報は入っている。戦闘可能な者は私に続け」
「はい。ですが、方法は…」
「後で説明する。可能な者は直ちにサイロに集まれ」
トレーナー君の声だ、間違いない。トレーナー君が戻ってくる。外の酷い有様からはどうやってここまで来るのか分からないが、彼が来るなら安心することができる。
彼が来る様を見ようと窓辺に近付いた時、突然振り向かされて頬を力強くビンタされる。その力の強さは、思わず自分の歯が欠けていないかを確認してしまうほどで、こんな力が出して私を叩こうという者が一体誰かはすぐに分かった。
「正気ですかあなたは、避難指示が出ているんですよ!!」
いつになく本気な声で、興奮した目で、友を心配する震えた手で、私の両肩を掴んで揺らす。
「ここだと五月蠅くて聞こえないからって地下シェルターから飛び出して、皆があなたを心配して探しているというのに、あなたはこんなところで…」
「す、すまない…。だが、これにはわけが…」
「そんなこと関係ありません!! 早く戻りますよ!!」
腕を引っ張られて廊下へと連れ出され、学園地下の横七が学園に内緒で勝手に建設した地下シェルターに連れていかれそうになったとき、轟音が聞こえたとともに大きな揺れを感じる。
「なんだこの揺れは!? 爆発でも地震でもないぞ!?」
「とにかく、早くシェルターへ…」
立つことができないほどの揺れに耐えてどうにか進もうとするが、階段にも辿り着けてはいない。
「君のお友達とやらは私たちを運んではくれないのかね!?」
「それが、さっきから見えないんです!! いつもは呼べば来てくれるのに…ッ!?」
「カフェ!?」
私よりも少し先を進んでいたカフェの頭に先ほどから続く揺れで留め具が緩んで外れた掲示板が直撃する。出血はしていないが気を失ってしまったようで、軽度の脳震盪だろう。本来なら安静にしておきたいところだがこの学園に今はシェルター以外安全な場所は無い。しかもこの揺れ、あとどれくれい続くか分からないが今度は蛍光灯や割れたガラスが降ってこないとも限らない。動かすしかないが、カフェを運びながら階下のシェルターに行けるほどの余裕は私にも無い!!
「戻るしかないか…」
こうなると次点で安全なのはトレーナー室しかない。あの部屋にはトレーナー君の私物がたくさんある。彼は未練がましく欲深い男だから何らかの非常事態が起きてもあの部屋の物が破損しないよう取り計っているはずだ。
「さあカフェ行くぞ。君の体重は私も知っているが、ここ最近で急に爆食なんてしているなよ…」
先ほど来た道を引き返してトレーナー室に戻る。部屋の扉の内鍵をしめたときになってようやく揺れが収まってきたのでカフェを持ち上げてソファーに寝かせる。しかし私にはほっと一息つく間もない。
「この部屋にも何か使えるものがあるはずだ」
地下のシェルターなら深海棲艦は気付かないはずだが、学園の一室、しかもトレーナー君の部屋となれば見に来る奴がいてもおかしくはない。そんな危険な場所で休息を取るなんてバ鹿げているがカフェのことを考えればこれしかないのだ。
本棚は先ほどの揺れで本が全て落ちているが何らかの隠しギミック、或いは隠し扉などは無い。冷蔵庫には鍵がかかっているがここ数日の間の猛特訓の成果が輝き、一度たりとも開いたところを見たことのない開かずの扉を開くことができた。
「これは…燃料? それも重油に似た臭いがする…。それにこっちは…薬莢が埋め込まれているクッキー? 彼の頭がここまでおかしいとは…」
心配することが別個で増えたがともかくこれで即席の火炎瓶が出来た。火力がありすぎて正直私たちも死ぬかもしれないが無いよりはましだ。後は扉から入ってくる可能性のある何者かに警戒するだけ…。
重油入りの火炎瓶を片手に扉を監視しているとき、全く警戒していなかった窓側で爆発が起き、私もカフェも部屋の隅に追いやられる。無論火炎瓶は手放してしまったので無防備だ。
「な、なんだ一体…」
砂埃を払いながら立ち上がろうとしたとき、首根っこを掴まれて持ち上げられる。
「おや、誰がいるかと思っていたら、アグネスタキオンじゃないか」
口の端に乾いた血を付けた怪物は、つい先刻アヴァターを破ったテールだった。
「丁度いい、あなたにも手伝ってもらおう」
喉元にナノマシンのモデルだという粒子によって形成された三本のクナイのように鋭いく細長い者が先端の細長い尾を当てられる。
「羅針盤を探しているんだ。とっても古くて北を一向に指し示さないガラクタ品。知らないか?」
「そんなもの…見たことも、聞いたことも…」
質問をしたときは楽しそうな目つきだったのに、私が何も知らないと分かるとすぐに興味を失くした玩具を見るように私を見て、クナイが私に迫ってきた。
そのときだった。
「ハアアァァァァァ!!」
ウマ娘でも簡単に破ることはできないはずの扉を破壊して義明君が現れ、手に持った拳銃でテールを撃ち始めた。突然の乱入者が海兵隊でもスパルタンでもないただの一般人だったこととその手に持つ武器の威力を計りかねていたせいか、最初の一撃はテールの目を貫いた。予想だにしていなかった事態にテールは私を離して防御をしたが、その防御すら弾丸は破ってテールを攻撃した。
「あのカスの転生体のくせにーッ!!」
防戦一方だと思っていたテールだったが既に反撃の策を講じていたらしく、壁や床や天井から粒子による触手が飛び出し彼女の四肢を引き裂いた。
「まだ、まだまだ!!」
頭と胴体だけになった義明君だったが、あの傷口、骨と肉じゃない、機械だ!! 機械の体だから完全に破壊されるまで死なない。しかも複雑に分断されたわけじゃないからあの体がナノマシン製ならすぐに修復して戦うことが出来る。
「き、貴様、その首飾りは…!?」
右腕と再接続して再び銃を撃ち始めた義明君をテールは完全に破壊することはせず、銃を蹴飛ばして無力化すると首飾りをひったくり、その中にあった探し物の古びて北を指さない羅針盤を取り出した。
「これだ…まさかお前が持っているとは…」
感動している様子で踏みつけていた手にそれを載せると親が子の手を包み込むように優しくその手を閉じさせ眼前に持っていかせる。
「君にお願いがある。これを持って私の名を呼んでくれ。私を信奉する気持ちを持ちながら」
「なんでそんなことを…」
「それだけでいいんだ、それをすれば私はこの戦いから手を引く。もうこれ以上悲劇は起こらない。さあ、それだけ、たったのそれだけだから…」
顔を見ることはできないが、その声色だけで興奮していることが分かる。そしてその言い方だけで、あの羅針盤が何か分かった。
「ダメだ義明君、それをしては!! それはきっと選ばれた者を神にする。テールを神にすれば歴史が変わり、トレーナー君の存在が歴史から消え去ってしまう!!」
「余計なことを…」
「いえ、それならそれでいいわ。そうと分かったなら、やることは一つ」
見たことのない義明君のにやりとした笑顔を見た時、きっと私と彼女が思ったことは同じだったはずだ。
「ロイ・ヴィッフェ・ヒドルフ!!」
「ッ…ふざけるなーッ!!」
視界に光が溢れる。眩しいが、悪くない。温かくて優しい光だ。
グングニル
深海棲艦が対空中艦隊用に開発したと思われる超高出力エネルギー兵器。内蔵されたリアクターから無限に近いエネルギーが生成され、高い拡散性のあるビームとなって発射される。
横須賀の戦いで使用され、重装甲化改装がされた空中艦隊を展開されたシールドごと貫いた。
弱点と言えば、あまりにも威力が高すぎるので、地上攻撃には用いれないだけであり、この地球上で最強の兵器と言っても過言ではない。
提督の捨て身の作戦によって鹵獲に成功し、これから得られた技術、特にリアクターに関する技術からビーム兵器が開発されたが、武器習熟の問題から新兵以外の部隊への採用は見送られた。