男がほとんどいない世界に来(てしまっ)たロイ   作:ロイ1世

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有マ記念まで後数日

「波風が気持ちいい…」

 

 どこかの縁側で目が醒める。海に面した山の頂上に位置するようで、風が潮のにおいを運んでくる。

 

「私は反対よ」

 

 後ろから苛立った少女の声がした。どこかで聞いたことのある声だが、誰かは思い出せない。顔を見れば…と思ったが、それでもダメだった。

 

 水色の綺麗な色の髪とは釣り合わない厳しい眼つきの美少女。確かに会った気がするし何だか大切な人だったような気もする。

 

「あなた、今がいつか分かってる?」

「何を聞くか。今は八月。この時期にアフリカ調査に行くのは死にに行くようなものだね」

 

 まあ場所によっては問題ないのだが、肉食動物も活発に活動するこの時期に行くと大抵襲われる。今ではもう慣れたものだが、初めての時は今は亡きトレーナー君の名を泣き叫びながら逃げたものだ。

 

「残念ね。今は12月よ」

「は?」

「その様子だと、目覚めたようね。アグネスタキオン。いえ、ロイと呼んだ方がいいのかしら?」

 

 なんだこの嫌味ったらしいガキは。私が子供の頃でもこんなに酷くは…。

 

「霞之神?」

「何よ。突然」

「霞之神!?」

「霞でいいって前にも言ったでしょ? まあ、今のあなたからしたら十数年前のことだから覚えてないかもしれないけれど」

 

 霞之神。かつて横七が所有していた横七岬の近くに建立された古くからある由緒ある神社が祀る縁結びと保護の神。その御利益にあずかろうと未婚の女性から母親まで多くの人がお参りにくる神。

 

「どういうことだ。私は横七島にいたはずだが。君がまた引きずり込んだのかい? それとも私は…」

「あなたから来たのに。おめでとう。あなたは今や立派なタイムトラベラーよ」

 

 箪笥の上に置いてあった小さな黒板にチョークで白い線を二本横に長く描き、それぞれに今、未来の二つの点を入れる。

 

「いい? ロイが死に、そしてその十数年後に横七島に行って米軍の特殊部隊の襲撃を受けた経験は、本物よ」

 

 二本の内上側に引かれた線に、『乙』というタイトルを横に入れる。

 

「この『乙』という世界線の終点はここ。あなたが横七島を調査した日」

「待ってくれ、そんないきなり世界線とか言われても、なんのことだか」

「いいから黙って話を聞きなさい。 ともかくこの日にあなたは時間を巻き戻した。神に成れれば時間を巻き戻せることは理解しているわよね?」

「もちろんだが、私は…」

「あなたも神なのよ。といっても、その一部分だけだけどね」

 

 霞が私の左腕を撫でると、服の下からまるで学生時代に実験をしたときのように腕が輝き出す。

 

「あなたに移植されたロイの腕。これもロイが神になると同時に神性を持った」

「そしてその腕の持ち主である私も神になった、と?」

「正しくはその力の代行者ね。しかも魂はアグネスタキオンに戻ってしまったから時間を再び巻き戻すほどの力は残されていないし」

 

 いつの間にかすり替えられていた私の左腕、いや、トレーナー君の左腕を見る。肩や肘を見てもどこで継いでいるのか分からない。手の指紋を右と左で見比べてみるが同じだ。トレーナー君の左腕は肩から指先まで揃って切り落とされたはずだから、表面に私の指紋などを加工しているのだろう。となると横七のバイオメトリクスはトレーナー君の左腕の指紋ではなく腕そのものが持つ遺伝子を認識していたのか。これで散々BBのデータを漁っていたが、知らなかったな。

 

 トレーナー君の左腕を移植されたのでは? という疑念は学生時代からあった。もっとも最初は私が怪物になっただけとしか思わなかったが。

 

 始まりは些細なことだった。いつものようにデータサンプリングのため握力計を握ったところ、右と左で3倍の差があった。何度計測しなおしてもその差は一定なので、怪しいとは思っていた。皐月賞で大勝利はしたが、その前に弥生賞でカフェに負けていたのでトレーニングの賜物かと思った。

 

 確信に変わったのはダービーだ。あの日私はカフェに全てを託すため、あそこで脚を折るつもりだった。苦渋の決断であったのには変わりないが、弥生賞のことやその後のカフェの成長を鑑みれば判断は間違っていなかった。しかし私はあのとき、脚を折らなかった。いや、折れなかった。

 

 第四コーナーカーブ。囲いを逃れてほぼトップスピードだった私は、レーンギリギリの内側を加速しながら通過した。脚に掛かる負荷は私の硝子の脚を破壊するのには十分で、見られたかは分からないがあのときの私は引きつった笑みと涙を浮かべていた。覚悟はしていたが、それでももう一生走れないことを想像すると怖かったのだ。

 

 しかし現実には折れなかった。理由は単純明快、私がウマ娘ではなくなっていたからだ。学園に戻った後血液検査などをしてみたところ、それまでとは違い異形のものになっていた。深海棲艦だ。深海棲艦と化した私の体はウマ娘の限界を超越し、身体能力は格段に強化された。それを折れなかった脚に感じた私は、ウマ娘によるレースを守るため、活動休止という名の引退をした。私の体ではもう『ウマ娘の限界』に挑戦することは出来なくなっていた。

 

 その後、BBに左手を認識させればデータを見ることができたので、直前に見たトレーナー君の戦闘映像と合わせてこの腕がトレーナー君の腕だという結論を出せた。少々早かったが、ほとんどすべてのデータを見ることができたのは提督権限だろう。それに実際間違っていなかったわけだし。

 

 その後は極限状態だと使いこなすことができ、幾度となく窮地を救ってくれた。

 

「いいかしら?」

「ああ、構わないよ」

「で、そのときに生きていた神に成りうる存在は記憶と肉体を持って任意の時間に映ることができる。まああなたの場合は腕だけ、しかも全く老いないロイの腕だけが十数年の時を経たのだけどね」

「若返りか…ちょっと待て。任意の時間って、私は選んだ記憶は」

「無いでしょうね。でもよかったんじゃない? 一番大切な時間に来れたんだから」

「今は12月なんだろ!! 一体いつの…」

 

 カレンダーを指す。この年は…。

 

「私のクラシック期。有マ記念まで後数日…」

「つまり後数週間で府中でロイは死ぬ。どうにかすんのはあなたの役目だから、じゃ」

「じゃ…って、君!! 君はロイ君と共に戦ったんだろ? 少しは助けてくれよ!!」

「私は未来をまだ知らないの。そりゃ時間の乱れは感じれるけど、何が起こるかまでは分からないの。その点、あなたは既に一度経験している。あなたならできるはずよ」

「そ、そうか…」

 

 少なくとも、前回と同じことをすれば時間を巻き戻せることは分かっている。だが、目指すはそこじゃない。トレーナー君が生き残り、横七も健在。テールは神に成って過去に飛ばない。そんな未来を、私は目指す。

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