声のした場所…俺のトレーナー室に駆けつけてみると、そこは修羅場だった。
部屋は本などが散乱し、机も真っ二つに割れ、さながら喧嘩後のようだった。そして義明は破壊され、彼女に渡した新式銃も持ち主と同じようになっていた。誰がこんなことをやったのか。それはこの部屋に入る前から気配で分かっている。
「テール…」
手に女王陛下が下賜された羅針盤を収め、足元のガラクタと化した義明を踏みにじる様に、あのときと同じような悲しみと怒りが湧いてくる。
「ロイか。丁度いい、お前で試してみよう」
落ち着いた雰囲気で同じ部屋にいたグラスワンダーを持ち上げると、その首に黒い粘着物質の着いた刀を当てながら、その手に羅針盤を握らせる。
「お前、ロイのことを信奉しているな?」
「な、何を…」
「それなら話は早い。ロイの名を叫べ。フルネームでもファーストネームだけでもいい。そうすればロイは強くなる」
「そ、それなら…」
テールのしようとしていることが分からない。俺を何故パワーアップさせようとする? そもそも、あの羅針盤にはそんな効果があったのか?
おそらくテールしか状況を呑み込めていない中でグラスワンダーが俺の名を呼ぼうと息を吸ったとき、テールの後ろから伸びて来た黒によって、グラスワンダーの掌の上にあった羅針盤は部屋の隅に弾かれた。
「ダメだ。それを使っては…」
「…」
「それを使うなら、本物の君じゃなきゃダメだ。偽物の機械じゃない、本物の肉体じゃなきゃ」
「小娘…貴様、知っていたなッ!!」
グラスワンダーを羅針盤が飛んで行った方向に投げた後、テールは後ろの壁にもたれ掛っていたアグネスタキオンを殺そうと飛びかかった。だが…。
「させるわけ、ないだろッ!!」
ビーム兵器や実弾兵器を使って他を巻き込まないためにもテールを殴る。こいつからしたら小娘一人の始末よりも俺の対処を優先するはずだ。
そう思っての行動だったが、結果は俺の予想とは違った。
「そらよ、犬みたいに取ってこいッ!!」
インファイトをしている中で、テールは粒子を使ってタキオンを外に放り投げた。俺が開けた大穴から出ていったためまだ怪我はしていないが、それも時間の問題だ。何かにぶつかればペースト、Vをはじめとする空中艦隊を撃ち落としている『グングニル』の射線に被れば蒸発だ。
「間に合えッ!!」
こんな奴と殴り合っている場合ではない。直ぐに飛んでタキオンを保護しに行く。
「タキオン!!」
空中で一度追い越し、逆噴射を掛けながら投げ飛ばされたタキオンを下側からこの体全体を使って受け止める。
「大丈夫か!?」
「う、ぐ、…」
「心配するな。必ず守る」
タキオンをアヴァターの内部にしまう。傍から見れば体で食っているように見えるかもしれないが、おそらくこの危険地帯で、一番安全なところだ。
「集中砲火!?」
テールが相手じゃなければ。
「お前のことがよく見えるよ!! 花火になってくれ!!」
「あいつ…」
全ての艤装を展開し、こちらに照準を合わせて一斉にその砲口を光らせる。絶え間ない弾幕がまるでサーチライトのようだが、相手がよく見えるのはこっちも同じだ。
「蒸発しろ、このゲス!!」
この学園の象徴の一つとも言えるトレーニングコースから見える時計塔から落下しながらビームライフルで狙撃する。自分たちが作った怪物が元になっている兵器だと察したテールはその威力を恐れ、当たらないよう動き回る。
「馬鹿が、こっちはネズミを狩る猛禽類の気分だよ」
校舎と校舎の隙間を縫いながら逃げるテールを、一直線に追いながら撃つ。全弾撃って掠っただけの当たりが数発と戦果には恵まれなかったが、あいつは覚悟を決めたのかリリィと同じ死に場所を選んだ。
「鬼ごっこは終わりか?」
「ハッ、この私がただただ逃げてここに行きついたと思っているのか?」
「違うのか? ここはお前の娘が死んだ場所だ。お前もここで死ぬんだ!!」
地中に潜らせていたナノマシンも使い、一斉に攻撃を仕掛ける。ナノマシンはテールを切り裂こうとするし、俺もビームサーベルで焼き切ろうとする。
だが俺を殺したいのはテールも同じ。テールは粒子でナノマシンを防ぐと、早撃ちで俺のビームサーベルを破壊する。しかし俺はその銃を、壊れたビームサーベルの爆発に巻き込んで破壊する。
「…」
「…」
ナノマシンも、粒子も、間に割って入ることは出来ない。こんな距離で使える武器も、無い。トレーナー室のときと同じ、殴り合い。それが延々と続く。言葉は無い。ただ互いの感情が乗った拳だけが交差する。だがその拳を受け止めることはない。
そんな不毛な争いは、終わった。
「Vが…」
上で、Vがやられた。持っているすべての物を集中砲火を浴びながらも吐き出したVは、お役御免と言わんばかりに炎上しながら宇宙へと飛び立ち、爆発四散する。多くの残骸は爆発によって地球の引力を破ったが、少なくはない欠片は、降って来た。
どうするか。砲撃支援も受けれないとなると、手段がない。
『やっちゃいなよ、希望はあるんだから』
「…そうだね。なら、賭けに出ようか」
「賭けだと?」
今までずっと沈んでいたタキオンを体から排出し、安全なところまでナノマシンが運ぶと、俺は何の躊躇いもなくナノマシンをオーバードライブさせる。これには勿論粒子よりも動きが良くなって強くなれるという利点があるが、今回はそれで終わらない。停止勧告が出ても止めず、ナノマシンを熱し続ける。ついには炉が臨界し、体から爆発が起きる。
「こいつ、まさか!?」
爆発が俺たちを包み込む。しかし、どちらも無事だ。ただ周囲に謎のフィールドが展開する。俺が解除しない限り誰も出られない永遠の牢獄。
「これはあの時と同じ…」
「そうだ。俺たちは未来に行く。千年とか二千年とか、そんな短い期間じゃない。億でも、兆でも、京でも足りない。生命が何度も誕生と滅亡を繰り返す。その先の未来に行く!!」
テールさえここから消すことが出来れば、少佐とアイは深海棲艦を殲滅できる。最高の着地点は別だが、こいつが受け入れるとは思えない。だからこそ、戻ってこられない未来へと送る!!
「お前を壊して転移を止める!!」
「無駄だ、もう始まった。俺たちはもう止まらない!!」
半透明のフィールドの先にある世界は、もの凄い速さで動いている。草が芽吹き、木が伸び、それらが切り倒され、文明が誕生し、そして滅び、再び草が芽吹く。仮にここでフィールドの外に出れたとしても、もうあのトレセンは存在しない。
「時間旅行を楽しもうよ。姉さん」
――
愚かだ。私を遥か未来に飛ばせば無力化できると思ったこのスクラップは、哀れだ。
あの日の再来となったが、別に詰みというわけではない。決して壊れない神器、世継ぎの『羅針盤』をこの世界で探し出し、そしてまた過去へと遡ればいい。遡るならば、どこまで戻ろうか。跳ばされた時点まで戻れば、ロイを失った横七という圧倒的弱者を捻りつぶすだけでいい。楽だな、まずはそこまで戻ろう。
こいつの張ったフィールドから、外へと一歩踏み出す。何度も再生と崩壊を繰り返した土壌に私の足跡を残し、新たな歴史を残す。…はずだったその第一歩は、砂のように崩れ去った。
「な、あ、私の脚が!?」
フィールドの外に出した瞬間、脚が崩壊した。ボロボロになったそれは、粉となって地面に積もる。
「まさか、そういう…」
分かった。ロイが賭けたのは私の無力化じゃない。私の説得だ。ロイはこの現象が起きることを知っていた。フィールドをロイが解除しない限り、私は外に出られない。それを材料にして、私と話し合い、真の意味で戦いを終わらせるつもりだったんだ。人類同士、或いは人間と深海棲艦、若しくはそれと似た構図の戦争。この星で幾度となく誕生した人類が幾度となく滅びていったその原因を、私たちならきっと解決することが出来た。だけど私はそれを、一方的に断った。もし受け入れていれば、二人で時を遡り、世界をよりよく出来たかもしれないのに…。
「これが私の罪」
受け入れよう。私はこの罪と、不倶戴天の敵で愛すべき愚かな弟
でもあるロイ・ヴィッフェ・ヒドルフを背負い外に出て…そして共に、塵となった。