「たいちょー、有給使ってくださいよー」
「すみませんが、まだやるべきことがあるので…。それにまだ半年あるじゃないですか」
「たいちょーは去年も一昨年もそう言って有給一回も使わなかったじゃないですか。それで怒られるのはうちらなんすから、頼みますよ」
「ふふふ、頑張ります」
「たいちょー…」
口を膨らます人事部の方に笑みを零してしまったときに、後ろから足音がします。そこで振り返ってどなたが来たのかを見てみると、メグ局長でした。
「そうだぞグラスワンダー。あんたが休まないとあたしが査問会に呼ばれる羽目になる」
「ですが今週中にはジョニー隊長が帰還して、保全省との戦いが待っています。ここで休むわけには」
「それはうちら『クレーター』の仕事であんたら『第七十九小隊』の仕事じゃないだろ?」
「そうですが…」
私が所属する米陸軍特殊部隊、第七十九小隊は男性の健全な生活と成長を目的に組織された機関、クレーターに配置され、本来の隊長であるジェントルマン・ジョニー隊長が保護施設を監査し、そこで得た資料を元にクレーターが業務改善の通告などをしています。
これだけならジョニー隊長だけが出向すればいいのですが、時折この監査を力尽くで揉み消そうとする輩がいます。そういった方たちを処理するため、ラッキー・ルーさんやララ・ゲイルさんといった小隊の皆さんと共に配属されています。
そして今週にはジョニー隊長が監査から戻り、出来ればない方が喜ばしい私たちの出番となります。もちろん、ジョニー隊長がお戻りになれば私の隊長という肩書をお返ししますが、それでも副隊長として頑張らなければなりません。それなのに有休を使うのは…。
「そんな考えも今すぐ変わるかもな」
「それは…」
「日本からあんたの友人が来ている。ただのファンかもしれないが、顔を見れば思い出すだろ」
「その方のお名前は…」
「確か…アグネスタキオン、だったかな。研究の発表でグラフトンに来たついでに寄ったらしい」
アグネスタキオン…懐かしい名前です。
「分かりました、行ってきます」
――
一般の来客なんて滅多に来ないこの『クレーター』には民間人が入っていい応接室がありません。そのため彼女は受付の近くに出されたパイプ椅子に座りながら自販機で売っている紅茶を飲んで待っていました。
「お久しぶりです、タキオン先輩」
「やあやあ久しいね。こんなウェストバージニアの山奥まで来る羽目になるとは思わなかったが、まさか君もいるなんて」
「こちらも驚きました。スぺちゃんたちとはウマインでやりとりしていますが、直接訪ねて来たのはタキオン先輩が初でしたから」
「私もカフェやマックイーン君以外で会うチームメンバーは君が初だよ」
学園を卒業して帰国した私はロイさんを失った喪失感や孤独感を紛らわせるために軍に入隊してそれきりかつての仲間たちと顔を合わせる機会がありませんでした。成人式もこちらで済ませましたし…。一時期エルがメキシコで活動していましたが、あのときも結局会わずじまいでしたね
「それで、今日は一体どうしたんですか?」
「まあ別にたいした要件は無いよ。ただ君の助けが必要なだけさ」
「私の助けがですか?」
「そうさ。君はここに来て長いんだろ?」
「はい。かれこれ10年はここにいます」
「それならどこか美味しいお店を知らないかい? 高くても構わないから。積もる話もあることだし、出来れば個室がいいかな」
「それならいいお店を知っています」
――
「結構美味しいじゃないか。こんな採掘業しかないド田舎にも良いお店はあるんだねぇ」
「一応南に行けばワトガ市がありますからね」
連れて来た日本料理のお店で次々と箸を運んでいくタキオン先輩を見てお店選びに成功したことを実感します。このお店は確かに高い方ですが日本人好みの味で、有名で美味しい将軍のステーキハウスよりもこっちの方が合っていました。実際私も奮発した食事のときはここを利用します。
「それで、話があるのではないでしたか?」
「うん? まあ、あるにはあるがまだ食べ終えていないからね」
「下手をすると私が席を立つ可能性がある話、ということですか」
「どちらかというと私が席を立つ羽目になる可能性が高いが、その認識でも間違いはないよ」
タキオン先輩が席を立つことになるような話…。とても気になります。じれったいことがあまり好きな性格をしていませんので、食事で気を紛らわせたいところですが、食事制限が…。
「…そんな顔をするんじゃないよ。話というものも結局のところ君の助けが必要というだけだからね」
「まだ私の助けが必要なんですか?」
「とても、それも君にしか頼めない」
いつの間にかデザートのきな粉餅を食べ終えていたタキオン先輩は、バッグから小さな機械を取り出して机に置いた後、来訪の目的を語ってくれました。
「私たちが進めている計画、『76』に君がいる」
「『76』? 何かの暗号ですか」
「そうだ。出来れば外で話したくないほど重要な話題だから、『76』で通させてもらう」
76…アメリカ合衆国の独立した年の下二桁と同じで、確かそんな名前の会社もあったはず。ですがタキオン先輩とその御仲間がそれに関連したことをしているとは思えない。計画の番号からか、或いは7月6日か…。
結局自分で考えても分かりませんのでタキオン先輩の次の言葉を待っているしかありません。
「『76』には色々と人手が必要でね。特に君のような荒事にも慣れている人となれば喉から手が出るほど欲しいんだ」
「つまり、軍人が必要な事態が想定されることをしようとしているんですね」
「…確かにそうだが、君を選んだ理由はそれに加えて彼女の仲間でもあったからさ」
「彼女?」
「それは『76』に関わるから言えない」
「そうですか。お断りさせていただきます」
会計を済ませるため伝票を取ろうとしたところ、その腕を必死な形相のタキオン先輩に掴まれます。この程度なら振り払うことも可能ですが、ターフの上とあの日にしか見せなかったこの顔をしてまで私を止める理由は、気になります。
「その『76』というものが何であるのか分からない現状、お断りすることしかしません」
「うーん、君の性格上そう言うとは思ったが、どうやって伝えようか…、そうだ!! 少し集中してくれ」
「は、はぁ…?」
伝票を握っていた左手を開かせると、そこに人差し指で文字を書いていきます。
R…U…E…
「ロッ…!?」
「シーッ!!」
「フガフガ…」
ロイ!? ロイさんに関わること!?
「と、とにかく、『76』はそれに関係することだ。詳しい話は日本でしたい。聞いた後で断ってもらってもいい」
「どれくらいの期間がかかりそうですか」
「だ、だいたい一か月あれば済む予定だ…」
「そうですか。すぐに有休を申請して駆けつけます」
「そ、そうかい…。日本に来たときはここに電話してくれ。頼んだよ…」
皺くちゃになった伝票を拾ったタキオン先輩は急いで部屋から出て行ってしまいました。が、そんなことは些細なことです。
ロイさん…あの人に関連することに関わることができるなんて…。それもタキオン先輩は横七の痕跡研究の第一人者、そんな人が態々スカウトに来るくらいなんですから、楽しみで仕方ありません。初めて日本に行った時のようです。
――
「あんたが有給申請だなんて、恋でもしたかい?」
「いいないいなー、私も良い男と出会いたいなー」
「隊長がいなくなるとゲイル困る」
メグ局長に有給申請をしたところ、溜まっていた分とこれから溜めるであろう分を一気に消費しろということで、三か月もお休みを頂けました。普段だったらどうやってその間を過ごすか考えものですが、今なら大丈夫です。タキオン先輩との『76』が完了した後は日本各地を旅行してもいいですし、スぺちゃんやキングちゃん、スカイちゃんとも会いたいです。それに、もしも叶うのならば、ロイさんと一緒に…。
「ケッ!? 私がいないじゃないですか!!」
「日本にいるか分からんから…」
「マンボッ!! バードストライクDEATHッ!!」
「クェーッ!!」
「羽毟れクソド…」