「よく来てくれたよー、君がいないと少々…いや、かなり面倒なことになるからね」
「彼に関係することであれば全力を尽くします」
「忠臣グラとはよく言ったものか。付いてきたまえ、車を待たせている」
空港まで迎えに来てくれたタキオン先輩に急かされるまま外に連れ出され、ロータリーに停められていた車に流れるままに乗せられます。車内には私とタキオン先輩のほかに、運転手の男性がいました。
「この人は…」
「君もよく知る横七の海兵隊員さ」
「メジロ家の…」
「それとはまた別物だよ」
横七の残党を吸収したメジロ家とは別の海兵隊員? これも『76』に関係しているのでしょうか。聞きたいことは山ほどありますが、タキオン先輩は車内では何も話しません。ですが沈黙の車はその間も走り続け、府中郊外にある城壁を思わせるような巨大な建物の中へと入っていきました。
中世ヨーロッパの壁に囲まれた都市のような巨大なレンガ壁に囲まれた広大な敷地にはいくつもの建物が建っており、車はその中でも一際目立つものの前で停められました。
「タキオン先輩、ここは…」
「メジロ家に譲られなかった横七の遺産の一つ。横七日本本部。一度引っ越した後の彼が住んだ家であり、日本における横七の司令部さ。そして今は私のラボであり、私たちの本拠地でもある」
荘厳な扉を開けた先には十数年前にロイさんがいたと思わせるような雰囲気がインテリアや警備システムに残されていました。ですがほとんどの場所に木箱やケースなどの物資が置いてあり、どことなくゴミ屋敷の形相となりつつあります。
「ようこそ、正統横七の本部へ」
「正統…ッ!?」
横七の名を平然と騙る者がここにも…。
「まぁそんなに気を立てないで欲しい。組織の名称を考えたのは私ではないし、私たちの計画には君も賛同するはずだ」
「新生横七などという紛い物と同じでは無いということですか」
「一応、それも紛い物ではなかったらしいんだがね。詳しくは少佐から聞いた方が早いだろう」
「少佐…確か、学園の司令部にいたあの肥満男ですね」
「頼むから落ち着いてくれ。そして聞いた後で判断してほしい」
訓練で自身を御せるようにはなりました。ですのでまだ暴れません。まだ、暴れたりはしません。
あの男に会うべく、先ほどよりも少し距離を置いて前を歩くタキオン先輩に付いて行くと、ある部屋に通されました。副官室、と書かれた札の上に手書きで提督代行補佐官室と。中に入ってみれば多少は痩せたものの、十数年前にも見た金髪で嫌な目付きをしているあの少佐がいました。
「ようこそおいでになった、フロイライン」
「お覚悟を…」
扉の横に置いてあったコート掛けを持って殴りかかろうとしたところ、タキオン先輩に止められてしまいました。訓練を受けたウマ娘を止められるほど、タキオン先輩も何かしらしていたのか、それとも見切られていたのか。
「…まずはあなたの誤解を解きたい。我々は、富や名誉や思い出などに固執していない。目的はただ一つ、大佐の復活だけだ」
「ロイさんの…」
「私は大佐を復活させるために尽力してきた。その多くは失敗に終わったが、ようやく実現する可能性がある計画が立てれたんだ」
「それが…『76』」
少佐が言うには、この十数年間は全てロイさんの復活のためだけに費やしてきたとのこと。
戦争が終わってすぐにほぼ全てを失った横七はメジロ家に吸収されました。少佐を頭に据えて何とか動いていた横七残党にとっては国籍も何も無い非武装の武装集団である自分たちを保護してくれるという利が、メジロ家にとっては人員だけですが横七のノウハウを手に入れられるという利がありました。
そしてある程度の再興が終わった際、少佐は新しくメジロ家当主となったマックイーン先輩にロイさん復活計画を話したそうですが、それをマックイーン先輩は拒否。そのため少佐はメジロ家から離脱、結果としてメジロ=横七という横七の無い横七が成立してしまいました。
その後、少佐はロイさんと同じ遺伝子を持つ人物を見つけ、その人物…ルイ・フォンス・ヒドルフを新たに提督とする横七を立ち上げました。ですが彼女は自身を頼ってきた横七を天からの贈り物と考え、地位や名誉、金のために彼らを利用とし、少佐に見切られてしまいました。
それが今、世界でもっとも恐れられている過激な反社会的武装集団の新生横七。構成員も元ギャングでテロ行為を行うただの犯罪者集団です。
そしてロイさん復活の希望が見いだせなくなった少佐たちはアフリカに潜伏していたところをタキオン先輩に発見され、ロイさんの復活を目的にする秘密結社、正統横七が誕生した、と。
「色々と聞きたいことがあります」
「どうぞお好きに」
「では、なぜマックイーンさんやルイにその計画を託そうとしたのです」
「それは二人が大佐の後継者だと思ったからだ」
「後継者?」
「メジロマックイーンはチーム『スパルタン』で大佐と接した者たちの中で実家が一番裕福だった」
「つまり彼女はトレーナー君の精神を受け継ぎ、それでいて復興が必要な横七残党が必要な力もあったということさ。しかし蓋を開けてみてみれば彼女にはトレーナー君から受け継いだものは何もなかった。そこで新たに目を付けたのがルイという怪物だったわけさ」
「ルイ・フォンス・ヒドルフは大佐と同じ遺伝子コードを持っている。つまり大佐と同じ存在になれる器だった」
「だが彼女はそれまで経験してきた貧困や飢餓、家庭内暴力などの不幸の揺れ戻しだと横七を捉えて銀行強盗やテロ行為を計画した。自分の欲望のために横七を使おうとしたところはトレーナー君と同じだが、その方向性は真逆だね」
「では、タキオン先輩。あなたはどうなんです」
何も受け継いでいなかったマックイーン先輩。悪いところだけしかなかったルイ・フォンス・ヒドルフ。それらを糾弾していたあなたは、相応しいのですか。
「少なくとも私は彼の後継者を自認してはいないよ。そこの全自動後継者認定botとは違ってね。ただ彼を復活させる必要があり、世間には紛い物の横七がある。だからこその正統横七さ」
「アグネスタキオンは大佐の肉体の一部と精神の一部を持っている。彼女こそ新たな提督に相応しい。だがこの乙女は唯一の提督は大佐だけとして、自身を提督代行としか言わない」
「提督代行…ではタキオン先輩が…」
「そうだ。私が正統横七の指揮を執っている。…実権は少佐が握っているが、担ぐ神輿には私の方が適しているからね」
…。
二つの横七。それらの失敗。新たな希望。
「アグネスタキオン提督代行。私も、グラスワンダーも、ロイ・ヴィッフェ・ヒドルフ大佐復活のため、『76』に協力します。いえ、協力させてください」
「クックック…大いに貢献したまえよ」
――
「そういえば、どうしてマックイーン先輩はロイさんの復活を拒んだのですか?」
「なに、それは非常に簡単なことさ」
作戦会議室に場所を変えて『76』の中身を確認していたときに、不意に湧いた疑問。彼女もロイさんを好いていたのですから悪い話ではなかったはずです。
「既に彼が復活したら時間を巻き戻させることについては説明したね」
「はい。あの日のテールもそれを行おうとしていました」
「『76』の最終的な成功判定は彼が時間を逆行できたかで決まる。そうすれば彼は有利な状態で戦争を進めることができるからだ」
ただの一兵卒がタイムリープをしたとしても戦局に影響を与えられるかは怪しいですが、ロイさんは提督。横七の最高司令官。きっと戦争をより劇的な勝利へと導いてくれるはずです。
だからこそ、余計にマックイーン先輩の拒否が気になります。ロイさんが生きている世界を、拒むだなんて…。
「ここで問題になるのが、『どの戦争を』彼が変えるかなんだ。彼が経験した戦争は大きく分けて二つ。一つは私たちも体験した十数年前の戦争。そしてもう一つは彼の愛する人たちを失ってしまった戦争。前者だけを変えるならば私たちは彼と再び巡り合える可能性がある。だがもし後者を変えてしまった場合…」
「ロイさんも横七もこの世界に来ない…」
「そういうことだ。『76』が仮に成功してもトレーナー君が遥か大昔に飛んでしまったら、私たちが会えるとは思えない。それどころか私たちはロイ・ヴィッフェ・ヒドルフという男を知らずに生きることになる」
「つまりマックイーン先輩はそのようなことになるぐらいならロイさんとの思い出を優先する、と」
「恐らくわね。ただメジロ家にはトレーナー君の遺伝子サンプルが初期の『76』計画のときに贈られているから、それが原因かもしれない」
「どちらにせよ、一筋縄ではいかないということですね」
「そうだ。『76』の第一段階、メジロ家にあるあの『羅針盤』。あれを手に入れるには少々物騒な手を打たざるを得ない」