途中までグラスワンダーの方が先輩と言う設定を忘れて一番年下なのに先輩になるマックイーンという存在が誕生してしまった。
アニメ版と混ざってしまったんや。
「すみませんが、許可のない者を通すわけにはいきません」
「連絡ならしたよ。つい十分前のことだが」
「形だけ残っているチームメンバーのウマインで、ですがね」
「それでは困ります」
警備員の詰所から見えるのはチームの解散式のときに訪れて以来のメジロ家本邸。今でも夢に見るあの頃よりも巨大で荘厳さを持ち、メジロ家が如何に成功を収めているのかということを言葉を介せずに伝えてきます。
「失礼しますわ」
「ッ、どうぞ、当主様」
ノック三つと僅かな間の後の落ち着いた声。その声の主は面影自体はあるものの、あの頃とは似ても似つかない威圧感を放ちながら、開いた扉から入ってきました。
「久しぶりですわね、グラスワンダーさん」
「ようやく来たかい」
「タキオンさん。。今月分の出資は既にしたはずですし、追加分も受け取ったはずですよね?」
「いやいや、今日ここを訪れたのは研究資金の無心のためじゃないさ。グラス君が来日したから、チームの皆を訪ねながら昔を懐かしもうということでね」
マックイーンさんとは研究費の関係で顔を会わせる機会に恵まれているタキオン代行から、打ち合わせ通りの流れで会話のバトンが渡されます。
「はい。ここにはチームで撮った写真やトロフィーなども飾られていると聞いたので」
「そうでしたか。少し時間もありますし記念館まで案内しますわ」
目的地はメジロ家本邸の一角にある『スパルタン』記念館。私たちの写真や獲ったレースのトロフィーに優勝レイなど功績に関わるものは勿論のこと、ロイさんの私物なら車からマガジンに装填されていた銃弾一発まで全てが飾られている、マックイーンさんの時間をあの日まで戻し、止めるための場所。そこにあるあの『羅針盤』を奪はなければ。
「あまりに突然でしたので、驚きましたわ。いつもだったらお断りするのですが、今日はグラスさんがいるので特別に、ですわよ」
「ありがとう、感謝するよマックイーン君。いや、マックイーン提督とお呼びするべきなのかな?」
ロイさんを彷彿とさせる物言いに、マックイーンさんの尻尾の揺れが一瞬止まり、内心の揺れを見せます。
タキオン代行は何を考えているのでしょうか。ここで下手に怒りを買ってしまえば記念館までの道中で突き返されてしまうかもしれないのに…。
「ふふふ、私はトレーナーさんほど立派ではありませんわ。もし彼ほどの人物でしたら、横七は私から離れていきませんもの」
「横七からの私たちへの贈り物は独占したのにかい?」
「あれは彼からの『私だけの』贈り物ですわ。二度と間違えないで下さいまし」
「はいはい。私もあの家を貰ったしお相子ということにしておくよ」
「御二方が羨ましいです。私はロイさんに授与された勲章の予定でしたが、関税を越えれなくて手元には残せませんでしたから」
「勲章だけでしたのに不憫でしたわね。ですが、記念館でしっかりと保管されていますからご安心を」
タキオン代行の嫌味と思い出話を隠しカメラが張り巡らされている道を歩きながら聞いていると、何だか昔に戻れたような気がしないでもないですね。ただ今からのことを思うとこう昔を懐かしむことができるのは今日が最後なのでしょうけど、それも仕方ありませんか。
懐古できる最後の時間を過ごす記念館は、本邸よりは劣りますがそれでも一般家庭の住宅よりも巨大で、マックイーンさんが過去に囚われていることを建設費から語り掛けてきます。中に入って最初に出迎えてくれるのはトレーナー室を再現した個室。物は偽物かもしれませんが、それでも確かにここには十数年前の風が吹いています。
「おッ、これは私とカフェとグルーヴ君が一冊ずつ買ってしまった特別号じゃないか」
「はい、本物ではありませんが、特別に追加で刷ってもらいましたの。他にもこの机は学園の廃棄品を修理してますし、この椅子だって…」
「『帰ろう、帰ればまた来られるから』…」
扉の上に飾られた額縁に入っている言葉。これはかつての軍人が無謀な突撃を避け、汚名を承知で撤退したときの言葉だそうです。この言葉を大切にしているはずなのに、どうしてあなたは帰ってこなかったのですか…。
「…いけません、次に行きましょう。ここだけで八時間は過ごせますが他にも見るものは沢山ありますから」
「…そう、だね」
「はい…」
ここに来たのは、昔を懐かしむためじゃない。ロイさんを復活させ、その昔をやり直すために私は来たんです。たとえその昔に、ロイさんという柱が無くても…。
記念館内には他にもいろいろなものがありました。合宿所のホテルの一室を再現したり、トレーニング中の一場面を再現したり…中には車で移動中の状態を再現して隣に座ったりできるところや荒れた店内で銃を構えるロイさんの蝋人形など、それぞれの思い出が追体験できるようになっています。もちろん、レースの記念品もありますが、手の込みようから考えても、ここは記念館というよりも追体験場といった方が正しい気がします。
「ここはBBのある一室ですわ」
「おお、凄い出来じゃないか」
「ですがこれは蝋細工の偽物なのでは?」
「はい。実のところBBは行方が掴めていないのです。かつて横七の将校に聞いたのですが、BBはトレーナーさんの死後自爆してしまったのだとか」
「横七が生命線の情報をそう易々と残すわけがないさ。だから横七学なんていう現代の考古学が生まれる」
「第一人者の言葉は違いますわね。まぁそんなことに出資している私も私ですが」
目的の物を探す旅の途中で気付いたことがあります。それは、私たちは二つの視点から横七やロイさんを見ているということです。
一つは昔を思い浮かべ、そして昔のように接する、学生の頃の私の視点。一方は大人になり、軍事訓練も受け今は仲間から横七の遺産を奪おうとする大人の私の視点。どちらが良いか悪いかなんて判断するつもりはありませんが、一貫した姿勢で見ることができないのはほぼ毎日夢にロイさんを見ていただけに少し残念です。
「ここは…」
「はい。次は横七の遺産…の模倣品の展示場ですわ」
「このスパルタンはアリス君か」
BBの部屋の次は横七…ロイさんを構成する重要な要素ではありますが、チームの記念館としてはあまり適さない展示ですね。ただこのコーナーに『羅針盤』がありますから、他の部屋よりも一品一品見ていかなければ。
「似ている…」
「だがこれらも全てコピー品なんだろ? 一時期いた本物には逃げられてしまったのだから」
「失礼なことを言いますのね。確かにこの記念館にある物は私たちの寄贈したもの以外は全て記憶を頼りに作り上げられた偽物です。しかし、本物だってあります!!」
「グラス君が保管していた『羅針盤』のことだろ。結局寄贈品に違いはないじゃないか」
「横七の品に関する寄贈品は少ないんですの!! …はぁ、少し気分が悪くなってきましたわ」
「…流石に言い過ぎたね。君は屋敷に戻ったらどうだい? 私もここには君ほどではないがそれなりには来ている。説明はできるさ」
「そう…です、わね。グラスワンダーさん。本邸でお会いしましょう」
「…はい」
気を抜けれないお忙しい身でしょうし、疲れも溜まっていたのでしょう。大声を出す機会もあまり無かったはずですから、マックイーンさんはすぐに息を切らして退出していってしまいました。
「…大丈夫、ですかね」
「ああ。いいだろう」
この記念館の警備システムに音まで拾われているか分かりませんが、強奪に関するワードは濁して会話します。こちらの思惑が見破られれば最後、横七流の訓練を受けたメジロ家の私兵が私たちに襲い掛かります。そのときまでに『羅針盤』を奪えていれば逃げるだけなのでいいですが、もしそうでないなら、『羅針盤』はより警備が厳重な場所に移され、『76』は失敗するでしょう。
「…そういえば、タクシーってどうしましたっけ」
「一度帰したが呼び戻してすぐそこまで来ているよ。高くつくだろうね」
「困りましたね。それなら速く、しましょうか」
「見たいものも見れたしね」
その一言を合図に、停電で照明が落ちます。補助電源に切り替わるまでの30秒の間に、ガラスを破って『羅針盤』を取り出さなければ。
「この薬品をガラスにかけて溶かしてくれ」
手袋をはめたタキオン代行から渡された試験管をガラスに投げつけると、飛散した液体はウマ娘の渾身の蹴りを受けても割れないガラスを溶かしていき、中で守られていた物は無防備な姿を晒します。
「はやく、後10秒もないんですよ!!」
「焦らさないでくれ。手袋を付けているとはいえ、触れれば無事では済まされないんだ」
開いた穴が広がっていき、溶けたガラスが垂れなくなったとき、タキオン代行は中に手を入れ、羅針盤を掴みます。既に3秒を切っていました。
電源が切り替わると、照明は付きませんでしたが、全ての展示品の台が地下へと潜っていきます。そこに行ってしまえばもう手は出せないので、危ないところでした。
「安心するのはまだ早いよ。ここから一刻も早く脱出しなければ」
「そうでした。早く外へ…」
姿を隠した何も載せていない台座を見て一安心していたとき、全ての扉が蹴破られ中に軽機関銃を持った黒服たちが入ってきます。
「動くな!!」
十数人もの私兵が私たちに銃口を向ける中、隊長格の男性が一歩前に出てきます。
「寄贈品を回収したいという卑しさは許そう。それは確かにグラスワンダー、あなたのものだった。しかし、今は当主様のものだ。それを大人しく返せ」
「その前に一つ、マックイーン君に伝えてくれ。ここには二度と来ない、と」
「貴様…今日まで我々が支援してきたからこそ研究を続けられた身で、よくもこんな背徳を…」
怒りで震えた男が銃を下ろして鉄拳制裁をしようとタキオン代行に近付いたとき、記念館の壁を突き破って装甲車が現れ、私たちを私兵隊から隠します。
「計画通りだ」
90㎜連装機関砲が私たちを撃ってくる私兵隊を牽制している間に後ろから乗り込もうとすると、タキオン代行が男に掴まれ、揉みあいの末『羅針盤』を奪われてしまいました。
「そんな、『羅針盤』が!!」
「構うな、乗り込め!!」
取り戻そうと一度乗った車から降りようとしましたが、タキオン代行に引きずられてしまい、車のドアが閉じられてしまいました。
「あ、ああ…」
失敗した。失敗してしまった。時間は巻き戻らないから、ロイさんは復活しない。それどころかこんな騒ぎを起こした後じゃ、もう生きていられない…。
力なく側面に付いた椅子と椅子との間で打ちひしがれる私に、タキオン代行はいつもの調子でこう言いました。
『作戦は成功だねえ』
――
「隊長、それで、『羅針盤』は無事だったのですね」
「こちらに」
縁深き仲間に襲撃されたメジロ家の本邸で、肩に腕章を付けた黒服の男は自身の主に間一髪取り返すことの出来た『遺品』を見せる。それを見た当主は安堵の表情を浮かべながらも、自身はとうとう全ての仲間を失ってしまったということを痛感する。
「それでは私は『これ』を安全な場所に運びますので」
「頼みましたよ」
十数年…いや、彼女が今の立場になってからおよそ五年。その間に彼女は何を得て、何を失ったのだろうか。彼女は『全員』に渡すよう言われた『特別な横七の遺産』を独占し、そこから発生した『者』を得た。『それ』と共に過ごす日々は間違い無く幸せだったが、それは彼女が自分の大切な先輩や、親友でありライバルだった仲間が自分から離れていったことに目を背けていたからだった。
そして今日、長年連絡の着かなかった先輩と、皮肉を言い、そして金を無心する、思い出の助演女優と決別した。それで手元に残ったのは、多くの贋作と少しばかりの本物。
だがそれでも彼女は安心していた。何故ならその二人が奪おうとしていたものが奪われない限り、自分と彼との思い出は消えることが無いと知っていたのだから。それが他の何よりも…例えメジロ家が没落したとしても、大切なものなのだから。
しかし彼女は知らない。それを寸でで取り返す勲章物の働きをしたはずの男は、部屋を出る際、扉に堪えきれず笑みを見せてしまっていたことを。そして、その男の素顔を自分は知らなかったということを。
メジロマックイーンが、『羅針盤』を持って退出したはずの隊長が、一週間前から屋根裏で下着姿のまま拘束されていたという報告を聞き、発狂するまで後、五時間。