奪えなかった。失敗した。『76』は破綻してしまった…。
横七が放棄された下水道を整備して作った秘密の地下トンネルを走る装甲車の中で、私はまだ絶望していました。
銃弾を浴びてそこで命尽き果てでも取り返さなければならなかった『羅針盤』。タキオン代行に止められて引き下がってしまいましたが、無視して飛び出すべきだったんです。しかし代行は事もあろうに作戦は成功だと。一体どうして…。
車が曲がるたびに体を椅子にぶつけて傷つけることを良しとしなかったタキオン代行によって座らされたとき、上の砲座から人が降りてきました。本部では見なかった真新しい海兵隊員の戦闘服を着た人物は、よく見れば私のよく知る人でした。
「メグ局長…?」
「どうしたんだグラスワンダー、そんな顔して。作戦は無事成功しただろ」
「でも、『羅針盤』は。…そもそも、メグ局長はどうしてここに」
「その様子だと、代行殿から詳しい説明は受けていなかったようだね」
メグ局長に見詰められたタキオン代行は、自身の失態に気付いたようで、正統横七とメグ局長たちクレーターや第七十九小隊の関係について教えてくれました。
「つまり、二つは横七の組織だったということですか」
「概ねその通りだね。私たちクレーターは合衆国が二度と提督にちょっかいを掛けれないよう自浄作用という形で保全省を牽制する役割を担ったんだ」
「ただしそれは少佐も含めて知らなくてね。ここ最近BBのデータを解析した結果明らかになったんだ。そして先月、『76』に協力するよう通達したところ、関係者は全員持ち前の装備を持って日本に上陸した」
なるほど、メグ局長の装備が新品に見えるのは、ずっと使われずにいたからなのですね。そして運転席にいるのはルーさんで、助手席で道案内しているのはゲイルさん。ジョニー隊長以外の全員がここに集結していました。
「それでは、私が配属されたのは偶然ということですか?」
こうして明るみに出た関係性を知ったことで出てくる疑問。それは私の人生がどこまで操作されたものだったのか。
軍に入隊したのは私の精神状態がかなり追い込まれていたからで、そうでなければ私は
「いや、あんたの人事についてはこちら側が干渉させてもらったよ。提督と繋がりのある使える奴は欲しかったからね」
答えてくれたメグ局長はあっさりとしています。確かに、それもそうですね。卒業したとき、少佐たち横七残党は丁度メジロ家から離脱するタイミングで私の行方は追えていないでしょうし、メグ局長たちにもそれを調べる理由はありません。結局、偶然ということですか。
「ところで、ジョニー隊長はどうされたんです。隊長も戻ってくる時期でしたよね」
「ん? ジョニーの奴とは会っていないのかい? あいつは先週からメジロ家に潜入していたはずだが…」
「それって…」
少なくとも、素顔のジョニー隊長は見ていません。私の知る素顔も本当は素顔じゃないかもしれませんが、クレーターで見た顔はどこにもありませんでした。そして一週間前から潜入していたというメグ局長のお話と、ジョニー隊長は変装のプロフェッショナルということから、きっと私が見た誰かに化けていたのかもしれません。
「じゃあもしかしたら…」
「局長、見えました。一度停車します」
「手元にちゃんとあるんだろうね。持っていなかったらそのまま轢き殺しておやり」
「…海兵隊員の骨格フレームを潰すには少し速度を落とし過ぎました」
暗く入り組んだ旧下水道でどうやって先回りしたのか分かりませんが、私たちの進行方向を塞ぐように黒服の腕章をつけた男がフレアで自分の居場所をアピールしていました。あの顔は、タキオンさんと揉みあいの末『羅針盤』を奪った私兵隊の隊長。まさかあれが…。
「いやー、うまくいったぜ」
「ジョニー隊長!!」
「ようグラスワンダー、俺が留守の間は上手いことやっていたそうじゃないか」
顔は勿論のこと声まで変えることができるジョニー隊長があの場いたなんて、全く気付くことが出来ませんでした。
私たちはあくまで『羅針盤』が地下の金庫に移されないよう取り出すだけの部隊で、回収はメジロ家内で幅を利かせているジョニー隊長に任せる。これならばマックイーンさんは追手を出さないので安心して本部にまで戻ることが出来ますが、それを私に伝えないとはタキオン代行は一体何を考えているのでしょうか。
「そ、そんな目で見ないでくれよ。私も私であの薬品の調合に手間取ってしまったんだ。それで気付いたら実行日だったから…」
「…代行の言い分は、分かりました。でも次からは無いようにしてください。作戦成功のために全力を尽くすのが私たち軍人ですので」
「き、気を付けるよ」
こうして私の考えていたことが杞憂に終わったので、ゆっくりと椅子に座って本部に到着することを待つことができました。車内では次の作戦の確認や、メジロ家の動向をジョニー隊長が仕掛けたカメラなどを使って見ていましたが、私兵隊の隊長が入れ替わっていたことや『羅針盤』を持って行方不明になったことなどには一切気付いていませんでした。どうやらジョニー隊長は入れ替わった一週間、外で仕事が終わったときに部下を連れていると外で飲み歩いたり、一人だけならば道行く人相手にその…『小遣い稼ぎ』をしていたそうで、帰ってくるのが朝方ということを何回かして、最初こそ怪しまれていましたが今では誰も気にしないほどにまでなったそうで、今もきっと誰かと飲み歩いていると思われているのでしょう。
――
「全員に聞いてもらいたい」
本部内で最も広い格納庫。そこに正統横七の手空きの者を集め、忙しい者には放送を通じてタキオン代行は演説をしました。
「君たちの提督であり、私たちのトレーナーであったロイ・ヴィッフェ・ヒドルフがこの世を去ってから既に十数年もの年月が経過した。その間に横七残党は多くの過ちを犯し、世界を混乱させる原因を作ってしまった。しかし、提督の復活という私たちが長年夢に見た荒唐無稽な計画は、『76』という暗号になって現実味を帯びて来た。その証拠に、『76』は最早完遂直前だ。作戦の立案能力も部隊の指揮能力も、拠点の運営能力でさえも無い代行という肩書の私が言えることはただ一つ。君たちの力をあと少し、もう少しでいいから貸してもらいたい。私は君たちの提督をこの世に連れ戻し、君たちが勝利した未来を必ず作り上げる。そのために、君たちの力が必要なんだ!!」
壇上であまりキャラに似合わないそんなことを言うタキオン代行ですが、私たちの意志は最初から決まっています。
「代行ッ!!」
「「「代行殿ッ!!」」」
「「「「「「「「我々を導く提督代行殿ッ!!」」」」」」」」
「君たちの覚悟を、私はしかと受け取った。敵は巨大だ。私たちのノウハウを持ったメジロ=横七と世界最大の犯罪組織、新生横七。しかし両者ともに私たち正統横七には及ばない。片やお嬢様が思い出を守るために創ったただの真似っこ集団。片やチンピラとゴロツキが徒党を組んだだけの明日にも沈む呉越同舟の泥船。それに比べ、私たちはなんだ!? 正統横七は、崇高な目的と高い練度とこの世界に並ぶものの無い技術力を持っている最高のエキスパート集団だ!!」
格納庫のボルテージが最大にまで膨れ上がる。ただ一、二度叫んだだけで、ほとんど聞いていただけなのに、体が熱い。長年忘れていたこの感覚。かつてと同じ、あの感覚が私の中で蘇っていく…。
「最後にして最も重要な次作戦の目標を伝える。次の目標は府中、トレセン学園。その地下に秘匿されたBB…正式名称、BIG=BROTHERの御前で儀式を完遂することだ。君たちには儀式が完了するまでの間、他組織からの攻撃を打ち払ってほしい。奴らも儀式を始めれば私たちが学園で何をしているか気付くはずだ。苦しい戦いになることが予測される。しかし、私は君たちを信頼している。君たちが私に付き従ってくれるように。…諸君らの健闘を期待する。再び違う過去の世界…『再生した日』で会おう!!」