「ロイトレーナーさんの担当ウマ娘さんは理事長室に集合してください」
いつものように放課後、トレーニング時間になるのを待ちながらコーヒーを楽しんでいるとそう放送が掛かりました。
「タキオンさん、何かやりましたか?」
「いいや、何も」
「そうですか」
トレーナー君が実験をさせてくれないとよく嘆いて私に矛先を向けているので、他の子にもやろうとしているのではないかと思ってましたが…違いますか。以前のようにタキオンさんにトレーナーは付いてますし何故呼ばれたのでしょう。エアグルーヴさんが直訴…トレーナーさんは私たちに委ねたと…。
「取り敢えず行きましょう…タキオンさん、行きますよ」
「えー。今は大切なところなのだよ?カフェ、君一人だけで行ってくれ」
「行きますよ。ほら火を消して」
「ああ…」
タキオンさんの実験を終わらせて腕を掴み、連れて行く。何か騒いでいるが気にしない。
――
理事長室の中では理事長、たづなさん、トレーナーさん、そして隣にスーツに身を包んだ知らない女の人がいた。
「トレーナーさん?その人は…」
「早く始めて欲しいのだが…」
「集結!!ロイトレーナー、始めてくれ」
理事長のその言葉で、トレーナーさんは口を開きます。
「私…俺は横七…横須賀第七鎮守府で提督をやっていた。階級は大佐」
「トレーナーさん?」
「まあ待ちたまえカフェ。聞こうじゃないか」
タキオンさんに咎められ、質問することを止められてしまいます。
私はトレーナーさんは記憶喪失か何かだと思っていましたが…違うんですね。横須賀第七鎮守府…海軍のかなりすごいところにいたのですか。そして横七グループの横七もここから…。
「俺は最期の戦いで負けて…ここに飛ばされた。こいつは俺の最も信頼している仲間でその戦いの生き残りだ」
「戦場の空間が乱れていたので調査したところ、この世界に辿り着きました。尤も、辿り着いたのは提督が落着する10年以上前でしたが」
「そこでこいつらは横七を創設し拡大。今回もトレーニング器具の提供を餌にここに来た」
「少しいいかな?」
咎めたのにあなたは聞くんですね。
「あなたは横七で、トレーナー君を連れて帰る為に来たのかな?」
「はい。横七には提督が、ロイが必要です。これには提督も同意しています」
「それは困るねぇ。私も彼が必要なんだ。可能性の果てへ辿り着くためにね」
「わ、私も。私もあの子に追いつくために、トレーナーさんが必要です」
トレーナーさんがいなくなるのは嫌なので、タキオンさんに便乗します。するとトレーナーさんは慌てた様に言います。
「待ってくれ。俺は確かに横七に戻ると決めたが、別にトレーナーを辞めるわけじゃないさ」
「うむ!!ロイトレーナーは横七とトレーナー業の兼任を決意した。故に、彼はトレーナーを辞めない!!」
「ですので皆さんは安心してください。豊峰さんと理事長が話し合って決めたことですから」
「約束は守りますし守らせられます。提督がいなくてもこの10何年やってきましたし」
「嬉しいねえ、自分の部下がここまで優秀だとは」
「ですが、それはあなたが生存している可能性を信じてのことです。提督、あなたは我々を支えているんです。物質的なものではなく、精神的なもので!!」
二人が熱くなっていて置き去りにされている感が否めませんが、とにかくトレーナーさんがいなくならなくてよかったです。それに豊峰という人も、嬉しそうですし。
「それは良かったよ。私はてっきり君は保護委員会の人間じゃないかと思っていたからね」
「我々もそれを危惧した。しかし、杞憂!!二人は圧倒的な絆で結ばれている。それは強固!!まごうことなき本物!!」
「…トレーナーさん、一つ聞いてもいいですか?」
「どうした?」
「最期の戦い、と聞きましたが、どうして負けてしまったのですか?あなたの身体能力なら負けなさそうですし、仮に負けても逃げることはできると思います」
「それは…そうですね」
トレーナーさんがいなくなる心配がなくなったことで新しい疑問が出てしまいました。それは、なぜこの世界に来る羽目になったのか、です。普段のトレーナーさんの身のこなしを見ると誰が相手でも勝てそうですが、なぜ。
この疑問の答えはシンプルでした。
「悪いが答えたくない」
あっけらかんと、まるで最初から知らないことのように、そう答えただけです。
「…戦いでは一度の敗北が死に繋がります。それに提督は指揮下の仲間とも公私で繋がりが深く、あのときに多くの仲間が」
「勘弁してくれ」
「…すみません」
ヒントを与えてくれそうだった豊峰さんもトレーナーさんに阻まれてしまいました。
ですが、聞こえた中で答えに近い物はありました。提督、公私で繋がりの深い仲間、死。おそらくですがトレーナーさんはその戦いで多くの仲間を失い、そして自分も…。
「嫌なことを聞いてすみませんでした、トレーナーさん」
「いや、元々は互いが信頼しあえるよう秘密を話そうと今回のことを考えたんだ。それなのにこんな話の折り方して、こっちこそ悪い。だけどな、すまないが…」
そう言ってトレーナーさんはしばらく黙ってしまいました。ですが次第に腕を動かし、首に掛けていたものを出します。
「別のことを話すから、許してくれ」
掛けていたもの…ペンダントですね。それを開けて中を見せてきます。…写真。集合写真と…家族写真でしょうか?トレーナーさんを3人の女性…というより2人の私たちと同じくらいの子と1人の大人の女性が囲んでいます。
トレーナーさんはいつもの恰好で、右に茶髪の女の子。左には赤髪の女の子。どちらも黒い制服みたいなのを着ています。後ろには…セーラー服を着た女性がいますね。
「まずこの4人の写真。右のこの小さいのが白露。長いこと…それこそこいつよりほんのちょっぴりだが長い付き合いがある。次に左の赤いの。こいつは江風。白露、豊峰の次に出会った。そして後ろの…加古。出会いはこの写真の中だと一番後だ。そして寝坊する」
「ほう、それではこの集合写真がいわゆる横須賀第七鎮守府所属、というわけだね」
「ああ。全員が大切な仲間だ」
女の人が中心…トレーナーさんに集まっているのはそれだけ慕われていたのでしょう。
「全員を紹介してやりたいが時間が…」
写真から顔を離して何か喋ろうとしたら急に止まった。
「…たづなさん、他に誰か呼びました?」
「いえ、トレーナーさん担当さん以外は誰も」
「うーん、取り敢えず連れてきてもらうか」
誰か来る?そう思ったので扉を見ていると1分もしないうちに扉が開いて2人入ってきました。1人は背中に手を回し拘束されている状態で、もう1人がそれを連行してきたようでした。
「付近をうろついていたので」
「御苦労、配置に戻れ」
「了!!」
連れてきた人が部屋を出ていったので、連れられた人を見ます。
「何やっていたんですか、エアグルーヴさん」
「違う、これはその…」
「エアグルーヴさん、何か用事ですか?」
あなたはトレーナーさんの担当ではないでしょう。早く用事を済ませて出て行ってください。
どうしたんです。なぜ何も言わないで立ってるんです。
「エアグルーヴさん?」
「もしかしてだが…私たちが認めたら自分も担当だから来た、というわけかな?」
「そ、そんなわけないだろう!!」
「図星だな」
エアグルーヴさん…。
「ロイトレーナー!!説明を」
「はい。エアグルーヴと担当契約を結ぶことに私は同意しましたが、二人にも事前に相談していなかったので承諾を取れたら契約を行う、ということになっています」
「成程、つまり二人が認めていないからエアグルーヴ君は担当に最も近い担当ではないウマ娘、と」
「ですが理事長、私とロイトレーナーが契約に同意しているなら問題は…」
最悪の展開になりつつありますね。エアグルーヴさんも担当になるとあのレースが作った契約お断りの雰囲気が無くなり契約希望者が扉を叩く回数が増えて私達の時間が無くなってしまいます。
「タキオン君、カフェ君。どうかエアグルーヴ君の契約を認めてはくれないだろうか」
「すみませんが理事長、私達は彼と共にマンツーマンのトレーニングする時間を失いたくありません。それに理事長も模擬レースの件はご存知でしょう」
「無論!!模擬レースに一度も出たことのない君が出た唯一のレースで、勝者はロイトレーナーの担当になる権利を得ると聞いた」
「はい。その結果私と…カフェは少し特例でしたが担当になり、他のウマ娘が彼を逆スカウトすることはほぼ無くなりました」
エアグルーヴさんのように契約を狙ってトレーナー室や廊下、果てはトレーニング中に声を掛けてくる人はときどきいますが。
「ふむ…では提案!!エアグルーヴ君を担当してくれたら私からロイトレーナーへの逆スカウトを禁止するよう掛け合おう。それではどうか」
「ほう…」
逆スカウトの禁止…エアグルーヴさんが担当になることによって起きるロスよりは大きい?ですがトレーニング時間が減っては…。それでも三人以上になることはないと考えれば…。
「タキオンさん、私はいいと思います」
「私も悪くはないと思うね。トレーナー君」
「なんだ?」
「エアグルーヴ君にも簡単に説明したまえ」
契約用紙を書く手を止めずにエアグルーヴさんを見ます。
「俺は別世界で横須賀第七鎮守府の提督をしていたが負けて死んだと思ったらここに来た。こいつは横七の代表として来た。俺は横七とトレーナーを兼業する」
「?…???」
「理解はゆっくりでいい。これ書いて」
理解できていない様子のエアグルーヴさんに用紙を渡して書かせてます。もう後戻りはできませんね。
「よろしく頼むよ、エアグルーヴ君」
「お願いします、エアグルーヴさん」
「ああ。私の方からも、頼むぞ」
マンツーマンのトレーニング時間は減ってしまいましたが契約しようとトレーナー室を訪れる人が来なくなることの方が嬉しいと考えましょう。事実、私はトレーナーさんと一緒に飲むコーヒーが好きですし。
「そうでした理事長、こちらが来週に納品予定のトレーニング器具一覧です」
「これは…感謝!!たづな、早速スペースの確保を」
理事長に渡されたリストとは別の物をトレーナーさんに豊峰さんが渡します。
「随分と凄い物を」
何を…と思いましたがその紙をすぐに返してしまい、私が見ることは出来ませんでした。
「そうだトレーナー君、君は横七の提督だろ?大切な担当の為に実験器具をいくらか都合してくれよー」
タキオンさん…横七の軍事関連で偉い人に頼むことなのでしょうかそれは。
「タキオン…貴様」
「まあ…いいか?」
いいんですか?それなら私にも欲しい物が…。
「余裕のある器具はありますが、それだけでいいですか?」
「ほう!!では後で欲しい物品をリストアップしよう」
「では私もコーヒー豆を」
「成程、ならば私も」
「ああもう大変だよ」
トレーナーさんのことを以前よりも知れて、私達担当ウマ娘の仲もより深まり、絆を感じた一時でした。
担当組→ロイの事を横七の一部門のトップだと思っている
理事長組→ロイの事を横七でもかなり偉い人だと分かった
ロイ→自分が横七のトップだと伝わり信頼を築けたと思っている
豊峰→偽名が多過ぎて覚えきれていない
圧倒的、圧倒的なすれ違い