それと今回の話、地味にバットエンドです。まあ最後はゴルシがタイムマシンで撒き戻してやり直すから、わーおあんし~ん。
君の愛バさ
府中決戦。横須賀の戦いで生き残った、或いは出遅れた横七、深海棲艦双方が全力を出して互いを潰し合った今世紀最大にして最小の戦い。その戦いに我らがトレーナー君ことロイ・ヴィッフェ・ヒドルフは、横七の総司令官として参戦し、テール、リリィ、グラハムといった深海棲艦の指導部を単独で撃破し横七を勝利に導いた。
自分自身と引き換えに。
もちろん、トレーナー君のことだ、死んではいない。だが府中に旧式だろうが全てのアヴァターを集結させ、一斉操作したことでBB内に収容されていた本物のトレーナー君の脳は深刻なダメージを受けた。
「それで加古、次の休日はどうする?」
「…」
再度確認する。あの日、府中決戦で、トレーナー君は、横須賀で一度完全に敗走した横七で深海棲艦に勝利するため、奥の手のアヴァター全機一斉操作を行い、その脳に深刻なダメージを負った。戦闘終了後わずか10分で学園に設営された野戦病院に運び込まれた際は、外傷こそなかったが発話が困難で目も焦点が合っていなかった。しかしその後の治療の甲斐もあってトレーナー君は復活を果たすことが出来た。だが完全な復活とはならず、認知機能に異常を抱えてしまった。
「加古? どうして返事をしないんだ、加古?」
トレーナー君は私を恋人の加古だと認識してしまっている。意識を取り戻したと聞いたので駆けつけた際に私をそう呼んだ時は思わず後退りしてしまった。それから幾度となく否定し、私はアグネスタキオンだと言ってもそれを認めない。
「今週末はスペシャルウィーク君…ちゃんたちのレースだ…でしょ? 付いていかなきゃ」
「いいんだよそんなの、適当に募集した奴に行かせりゃいい」
それに加え、トレーナー業も疎かにし始めた。トレーナー君からしてみれば、今は積もりに積もった長年にわたる自分の恋心…それも一度完全に捨てなければならなかった想いが爆発しているだけなのだろうが、義明君亡き今、チームを回すにはトレーナー君が絶対に必要なのだ。
「…も、もうすぐアグネスタキオンちゃんが来る時間だよね? わ、あたしは一度戻るから」
「そうだな。じゃあまた後で」
「う、うん…」
トレーナー君の認知の異常。それにはある特徴がある。一つは、私以外の人を見ても加古とは認識しないこと。そしてもう一つは…。
「トレーナー君? 入るよ?」
「タキオンか、いいぞ」
時間によって私を私と認識するか加古と認識するかが分かれていること。
具体的に言えば午前8時から午後5時までは私と認識に、逆にそれ以外の時間では加古と認識する。入れ替わるときは一度視界から外れなければならないのだが、それでもこの法則が見出せればまだ息が詰まる思いをしないで済む。
「加古君から聞いたよ。君、仕事を放り投げて遊びに行こうと誘ったそうじゃないか」
「ゲェ…擦れ違いざまに教えたのか、加古め…」
「アッハッハッハ、君も大人なのだから、職務を果たすべき時はしっかりとしたまえよ」
「そう…そうだな…」
プライベートな部分では加古、オフィシャルな場ではアグネスタキオン。私と彼の関係がどういったものなのかというものがまざまざと実感させられる。
――
「タキオン。今日でもう卒業なんだな」
「そうだね。…君と過ごしたここ数年、長いようで短かったよ」
「ああ…」
桜のつぼみも膨らみ始め、春の訪れをうんぬんかんぬんといった頃、卒業式を終えた私はトレーナー君と共にトレーナー室で話していた。
「君もトレーナーを辞めるんだろ?」
「ちょうどいい時期だからな。皆レースから引退してそれぞれ向かう道も決まったし、俺も俺で色々と決めたから」
去年卒業したエアグルーヴ君はガーデニングなどを専門的に学ぶため、横七大学農学部園芸学科へ、サイレンススズカ君は天皇賞秋のときの重度の怪我…と軽度の火傷を治療したときの体験から、同大学の医学部へと進学している。私立大学として承認を受けたばかりの横七大学だが、横七が絡んでいるのだからそこらの私大とは比べ物にならないはずだが、二人とも見事合格して見せた。カフェも自分の店を持つために経営学を学ぶだろうし、私もスポーツ科学の研究のため入学する。
「君はどうするんだい? 倒すべき深海棲艦も倒し終えたのだろ?」
「…結婚して楽しいセカンドライフを過ごすのさ」
「加古君とお幸せにね」
「…一つだけ聞かせてほしい」
ドアノブに手を掛けた時、席を立ったトレーナー君に呼び止められる。
「お前は一体誰だ」
私の中でその質問が木霊する。
「あのとき…府中で深海棲艦と戦った後からずっとだ。加古が部屋から出ていったと思えば扉の外で直ぐに踵を返し部屋へ入ってくる。そしたらそこにいるのはアグネスタキオンだ。そしてアグネスタキオンが部屋から出ていったと思えば今度は同じ人物が加古として入ってくる。お前は一体誰なんだ」
「私は…私はアグネスタキオン。君の愛バさ」
「…ッ」
逃げるように部屋から出ていく。トレーナー君は呼び止めることもしない。ただ「そうだ、そうだったな」と呟くだけだ。
――
翌日、深海棲艦と戦って人類を守り、そして横七のミスターとして世界を繁栄させた男、ロイ・ヴィッフェ・ヒドルフ死亡の報が世界を駆け抜けた。死因は脳天を貫通した銃弾。午後7時に自宅の書斎…執務室で拳銃自殺をしたとのことだ。
「私が…私が、受け入れなかったから…。加古ではなく、アグネスタキオンとして生きようとしたから…」
彼を殺した声は、静かに消えていった。
前回のクイズの答え合わせ。
そもそも時間遡行に必要なのはロイかテールの親族とそれを神にする羅針盤。羅針盤は『もう二度と来ない』の回でメジロ家が回収していましたが、神に成ったのは一体だぁれ?
ここでまずゴールドシップが候補に上がりますが、ゴルシはタイムマシンがあるからこそ時間遡行できるため違います。(横七はロイの復活が目的のため、過去で行動する人物が力を持ち過ぎないようにするため神にはしません。)
するともう某水星の母親みたくクローンを作って…でしょうか? 違います(即答)
もう一体いるでしょう? ロイかテールの親族で、生き残っているのが。
そう、グラハムです。『それで私は』に再登場して速攻死んでいったグラハムです。本来ならタイムマシンの生体パーツとして時間を越える船頭を務める彼です。そのため『おはよう』で単騎で特攻を仕掛けて分解装置を停止しようとしていました。まぁ結局は失敗しましたし、最終的にはマックイーンにロイと戦うという本望が果たせるということで嗾けられました。
他に言うことがあるとすれば、生存に関しては『士気十分』で捕虜として報告されていることぐらいですかね。