「悪いが、俺の勝ちだ」
――
加古を連れて夜のパリの街を楽しむこと一か月。はしご旅をした日もあるのでほぼパリ市全域の美味しいお店を背景に加古を堪能することができた。今日もまたパリの街に繰り出していっても良かったのだが、久しぶりに加古が寮のキッチンを使って手料理を振舞ってくれるということなので、楽しみにしながら部屋から寮の談話室に降りていく。
「おい」
扉出た瞬間首根っこ掴まれたわ。
「シリウスシンボリか、どうした?」
「あんた、今日は寮にいるんだな」
「毎日いるよ」
どれだけ遠くの店に行こうとも、俺たちは結局伝書バトのようにこの寮に戻ってきていた。外泊に関しては制度上色々と面倒くさいのでやらない。そもそもトレーナーである俺含め今回の遠征組は「トレセン所属」の「合宿とレース」のために来た「競技者集団」だ。越えてはならない一線というものがある。
「まあいいんだ、そんなことは。それよりもあんた、ゲームをしないか?」
――
挑戦的な笑みを浮かべたシリウスに連れてこられたのは元より行くつもりだった談話室。そこにある資格の机を囲むように二人座っていたが、空いている一つに座らされた。シリウスは俺の対面だ。
「あんた、ポーカーは知っているよな? お互いに今出せるものを賭けてやろうぜ。ただしこの二人は無関係だ。二人そろって負ける可能性もある。楽しいだろ?」
「同室に毒されたな。いいだろう」
「流石はロイトレーナーだ。あたしはこのリディア金貨を掛けさせてもらう。あんたはどうする?」
「うーむ、生憎そんなお宝は今持っていないんだ。困ったな」
「そうかい、それならあんた自身を賭けろ」
「乗った」
相手が自分の出したとんでもない提案を受け入れたことで一瞬だが目が点になったシリウスを見逃さない。
「では軽く今晩を共に過ごす権利でいいな」
「おいおいあんた正気かよ。仮にも妻帯者で今回も同伴しているんだろ?」
「ちなみに言えばこの会話も聞こえているな。いやー、後が怖い」
脳内通信機に鬼電が…。
「だが、負けないから杞憂に過ぎない」
「くくく、言うじゃないか。それでは始めようか。チップはこのおはじきで務める。一人五個、それを先に全て失った方が負けにしようか」
シリウスがトランプの山をシャッフルし始めた。そして四人全員にカードを配り終える。目の前には伏せられたトランプが五枚。
「少し言い遅れたが、このゲームを運否天賦の時勢で変わるものにしたくない」
「どうしたんだ、急に?」
「シリウスシンボリ、お前が既にやったように、これから先、全てのイカサマを見破れなかったときに限り合法にしよう」
チップを払って手札を入れ替えていたシリウスが手を止める。
「なんだ、バレていたのか」
「こっちは通常業務で観察眼が鍛えられているんだ。見逃されると思うなよ」
シリウスの裾からトランプが何枚も落ちてくる。
「これ、ロイヤルストレートフラッシュ…」
「最初から終わらせるつもりだったか。けど、当てが外れたみたいだな」
――
裾の中の仕込みがバレるのは想定通りだ。わたしも、あんたがこれを見破れないとは端から思っていない。だからこれはブラフ。この一戦は、何もイカサマをしていないのにあたしがただの運だけで勝ったと思わせるための布石。
「悪いがシリウスシンボリ、この番だけは札の入れ替えは禁じさせてもらうぞ」
「分かってるって。疑われないためにも、袖は捲るよ」
「殊勝な心掛けだ」
感心しながらトランプの札を入れ替えているが、その組を言い当ててやろう。ツーペアだ。他二人はどちらもブタ。なんで分かるのかって? あたしが親の時点で察しの通り、トランプをそうなるよう配ったのさ。そしてわたしの手番は、フラッシュのは…
「ッ!?」
バ鹿な!? クラブとスペードの4のツーペアだと!? おかしい、あの状態でこれは来ないはずだ。待て、落ち着け、落ち着けシリウスシンボリ。これはミスだ。54枚もトランプがあれば一枚間違えただけでもここまで大きくなる。今回はそれが理由だとしよう。
「俺はこれでいい。いくぞ?」
結果はあたしから時計回りにツーペア、ブタ、フラッシュ、ブタ。最下位ではないので直撃を避けることができたが、それでもイカサマバレで無効になったチップも合わせれば後一回しかない。それにあのフラッシュは、私のところに来るよう調整した札の…。
「どうした? 何かあったのか?」
対局の男はニヤニヤと笑みを浮かべながら言う。
「まあ驚くことも無理はない。自分がそうなるよう配った札が360度回転して配られたなら…」
「360…?」
「180度でしょ、この歴史的大ペテン師」
「アイタッ」
チップを回収したロイの頭を小突いたのは微笑みを浮かべたエプロン姿の加古さん。一方でロイは背筋を急に伸ばした。
「あたしは別にいいよ、ロイが何を賭けて負けても」
「そ、それはどうm…」
「でも時雨たちが聞いたらどうなるかな? それとシリウスシンボリちゃん。ロイにトランプと出目で勝負するのはやめたほうがいいよ。全て細工しちゃうから」
「おま、なんてことを!!」
「はぁ?」
「試しにちょっとコインで削ってみな」
投げ渡された硬貨――記念コインか? 片面には横七再始動記念、もう片面にはロイと加古さんと後誰か二人が細かく刻まれている――でトランプの数字を削ってみると、その下からは別の数字が。他の札全ても削ってみれば、そこには私が本来想定していた形のフラッシュがあった。
「こ、これ、横七の技術だろ!! こんなイカサマされたら、見破れるわけが」
「言ったろ? イカサマは見破られない場合に限り有効。俺に戦いを挑んだ時点で負けなんだよ」
「ふふふ…はっはっは!!」
あたしがあんたに挑んだ時点で負け? 笑わせてくれる。
「おい、ゲームを変えるぞ」
「分かったが、先に夕ご飯だ。行かないと加古に殺される」
「見えんのかよ」
包丁を後ろ手に隠す女を抱くとか、こいつ、相当狂っているんじゃないのか?
――
「ただいま、そっちは食べたか?」
「当たり前だろ。わたしたちウマ娘は体が資本なんだからな」
「それはいい。で、次のゲームは…おいおい、フランスにまで来て態々将棋か」
「チェスはトレーニング用の備品で持ち出せなかったからな。代わりに日本文化好きの奴から借りた」
駒を盤上に一つ一つ並べる。駒も盤もプラスチック製の安物だな、後で良いのを贈ってやるか。
「フーム…」
「どうした? 悪いが、イカサマはなしの正々堂々とした勝負だぞ」
駒を未だ一つ並べていないロイにあたしが今できる最大限のキメ顔を見せるが、ロイは黙って目を瞑ったままだ。
「トレーニングで使うし戦法も熟知している。だからこれはあたしの方が有利。そう考えているかもしれないが…」
「93手目、桂馬の6-4で終わりだ」
盤上で無造作に倒れていた駒が、一瞬にして強固な戦列を築き上げた。
――
「チッ…」
何度目かもう分からない数の舌打ち。別に状況が悪いわけではない。こちらは飛車を落とされたが相手は陣形が崩されている。宣言した6-4に行ける駒も無い。あれはあくまでも年齢不詳、自称20代の男の妄言と捉えれるかもしれない。
だが、不気味だ。
ポーカーのときとは違いイカサマを仕掛けられる可能性は無いに等しいだろう。だが、あたしには目の前のこの男がただ純粋に将棋をしているとは思えない。何か別の戦いをしている気配がする。
「あっ、まだやってたんだ」
「加古か。食器洗いありがとう」
「いやいや、あれくらい何てことないって、いつもやってもらってるし。それよりもこれは…」
加古さんが盤上と控えの駒を一瞥して一言。
「93手目の6-4?」
「なッ、あんたも言うのか!?」
「シリウス様がこの盤面から負けるわけないだろーが、この
「そうだそうだ!! 大人しく
「言っとくけど…」
違う席から椅子を持ってきてロイの後ろに座った加古さんが、声のトーンを落として釘を刺す。
「あたしたちは将棋で生還率を高めたんだ」
「せ、生還率ーッ!?」
「皆が将棋で賢くなったように、あたしたちも将棋で訓練した。生きるために。
普段の加古さんとは違う重い雰囲気。それによる沈黙の中、ぴしゃりと軽い音が響く。盤上に駒を置いた音だ。
「次で87手目だ。シリウスシンボリ」
置かれたのは桂馬、宣言した通りに6-4を狙える位置にある。
だが…
「だが、そんな手が今更何になるんだ!! わたしの策は既に終わっている。93手目よりも前に!! 王手!!」
準備は整った。後は詰将棋だ。
「88」
王将が逃げた。
「王手」
追撃。
「89」
カバーに香車が入った。
「王手」
別の駒を動かして王将を追う。
「90」
王将がその駒を獲る。
「王手」
余りの駒を全て使い再び追い詰める。
「91」
王将が一手では追い込めない場所に逃げる。
「チッ、だが次で…」
「92、王手」
「ッ!?」
獲られていた飛車がわたしの玉将を狙う。逃げ道は…。
「ッ!!」
「ここで終わるか、続けるか、だ」
玉を逃がす。
「93、王手」
宣言通りの93手目。ロイは新しい駒を盤上に出す。その駒は他の駒では獲れず、玉が獲れば飛車が差す位置に来る。王将を追い詰める過程で動かしたのが仇になった。僅かな移動によって、完全に無防備な隙間が生まれてしまった。そして唯一の逃げ場所は…。
「6-4、詰みか」
「悪いが、俺の勝ちだ」
――
「いやー、ロイもシリウスシンボリちゃんもお疲れ様」
「…」
「抱きつかれてもだんまりかよ」
頭を豊満な胸で挟まれて
「おいッ!! 大丈夫か!?」
肩を掴んで強く揺らすが反応が無い。周囲も以上に気付いて救急の出番かと思った瞬間だった。
「誰に何を言われても、私はロイの味方だよ」
加古さんがロイの耳元で何かを囁いた。その瞬間、凄まじい量の水蒸気を頭から噴き出し、加古さんにキスをした。
「ありがとう」
遠巻きに心配していた連中も含めて少々刺激が強すぎるものを見せられた私たちの気分が悪くなっていく。
「チッ、心配して損したぜ」
おそらく人生で最も舌打ちをした一日も、いつもと同じように過ぎていった。
将棋中の脳内通信の様子
白露「ねぇロイ私自分自身が一番だってことはもう諦めているんだよ?だって加古さんがいるからロイの一番は加古さんだから私諦めたんだよでも一番は無理でも二番は諦めてないよ時雨や加賀さんや古鷹さんや神通さんみたいにライバルはいっぱいいるけどまだ諦めてないんだよなのにロイはそんなポット出て馬女にそんな賭けを して私たちを苦しめたいの?本当に私は…」
時雨「提督?僕加古さんに行ったんだテールの監視は加古さんがやって他の女への牽制は僕がやるから僕も連れて行ってッてなのに加古さんは僕を置いて行っちゃったんだよそれでも僕は二人を信じていたのに君は僕を失望させたんだ軽い気持ちで勿論僕も提督が負けるなんて微塵も思ってないよだけどあんなことを言い出す提督にも問題はあるしそれを聞いた僕たちがどんな風に思うか少しは考えてほしかったかなそれはそうと僕堪忍袋の緒が切れちゃったからそっち行くねアイさんが機体を使わせてくれないから海路で行く羽目になりそうだけど来週にはそっちに着くから今度はちゃんと守るからねわかったそれから…」
ロイ1「ここまでは想定通り、シリウスシンボリの将棋の打ち方の癖が出ている。これなら宣言通りに勝てそうだ」
ロイ2「頼む、頼むから、静かに…」
ロイ3「ず、頭痛がする。眩暈も、吐き気もだ!?」