「いや、私は平気さ。手当を必要としている人は他にいるはずだから、そっちを優先してくれたまえ」
研究所からおよそ4㎞は離れた場所にある大きな講堂が、私たちの避難場所だった。そこには研究所の職員のほかに、あの銀行の近くにいたであろう人々が避難してきていた。その中には転んで怪我をした人や、流れ弾で壊れたレンガの破片で怪我をした人などがおり、本職の者が彼らを治療していた。私も応急処置には心得があるため手伝おうとしたのだが、彼女らにとって私のようなアマチュアは人手が足りているときはむしろ邪魔なようで、絶賛私は暇娘…と言うには歳を取った暇女性だった。
結局避難してから6時間が経過して、周囲は安全だと判断されたこともあり、私たちは外に出られるようになった。しかし時間帯としては既に一人で出歩くには少々危険な時刻が迫っており、仕方がないため夕食を摂った私はスポンサーが押さえた高級ホテルに向かった。
文句の付け所がエレベーターに乗る時間の長さしかないホテルのロビーには、コピーした碑文を回収する役がホテルウーマンに扮して待機しており、私は彼女に部屋まで案内してもらったチップに紛れてコピーを渡した。
これで私の任務は晴れて終わりとなり、次の任務が通達されるまでの間は自由に過ごせるようになった。高価な家具が並べられた広々とした部屋で何をしようかと思っていると、内線で呼び出された。フロントが言うには、軍人が私を訪ねて来たらしい。一瞬新生との繋がりがバレたと考えた私は、いやあり得ないと否定する。コピーを採った部屋には監視カメラは無かったし、痕跡も消した。受け渡しも完璧だったし、疑う余地など偶然見学に来たタイミングで銀行強盗が起きたことしかない。これで私を疑うのだとしたら、それは最早パラノイアの一種だ。しかしそれでも最悪の場合を想定した私は、最低限取っ組み合いになったときに振り払えるよう練習した後にフロントへ降りた。
結論から言えば、私の心配は杞憂だった。
「お久しぶりです、アグネスタキオン先輩」
「久しぶりじゃないか、グラスワンダー君」
武器こそ持っていないが、それでも軍服を着た後輩のグラスワンダーがそこにいた。
――
銀行強盗に対応した部隊の隊長だったグラス君は、避難者名簿の中にあった私の名が目に留まり、スポンサーの一つであるメジロ家に連絡してまで私の宿泊先をつきとめたそうだ。
「それで、大丈夫でしたか?」
フロントで話すのもなんだからと部屋にまで案内し、紅茶を出してすぐの第一声がこれだった。
「
「そうですか…ふふ、そうですよね」
「ああ、そんなものさ」
少し引き気味な、しかしそれでいて納得したリアクションをするグラス君だが、そんな彼女もまた、
「あの頃の彼よりも恐ろしい気迫が出せる人間は、この世には存在しないよ」
「そうですね。あの日…横須賀の後のロイさんほど、怖い人はいません」
深海棲艦の大軍と横須賀で戦った横七だったが、ある一点を除けば大勝利と言って差し支えなかった。
――
あの日、私はグラス君とエアグルーヴ君と共に横須賀にいる彼を訪ねていた。ほぼ一か月間学園に顔を出さず、代理の義明君も入院中であった中、トレーナー若しくはサブトレーナーのサインが必要な書類の提出が求められたためだった。しかしそのタイミングで運悪く深海棲艦が横須賀に侵攻を開始。私たちは安全のため横須賀の基地司令部の地下に案内された。
戦いは横七の計画通り有利に進んだ。
陸と海の二方面同時侵攻。陸からはツインズが、海からはテールが襲い掛かった。横須賀にいる戦力はそれに十分対処できる戦力は無かった。
そう、横須賀には。
深海棲艦が十分横須賀に近付いた時、横七島に準備していた増援が空中艦隊と共に現れ、圧倒的な物量差で迫りくる深海棲艦を圧し潰した。ツインズ討伐の後、吶喊を仕掛けて来たテールに対し、彼は横須賀の自爆を決定。深海棲艦のみを分解する装置が発動するまでの時間稼ぎとして、彼は横須賀に残り、テールと死闘を繰り広げた。私はそれを、脱出のために呼び寄せた特別機の中から、彼の無事を祈りながら見ていた。
その数日後、彼を回収したという報を聞き、横須賀に向かった面々で無理を言って彼の私邸へ訪れた。
「仇を、皆の仇を!!」
「やめてください提督!!」
「もうアヴァターはないんですよ!? 次は生身になるんですよ!?」
「今の提督は戦える状態じゃないんです!!」
「それはテールも同じだ!!」
大けがを負ったからと、ベットの上で横になっているだけだったなら、まだよかったのかもしれなかった。しかし現実には、鬼気迫る表情をして無理矢理入れられたのであろうポッドを開けようと大暴れする彼と、それを必死に止めようとする面々だった。
戦闘能力をほぼ全て失ったトレーナー君。
横七にとっては最大の損失だった。府中に深海棲艦が攻め込んできたときも、彼が五体満足で戦えたのなら、横七は相打ちになって消えなかったのかもしれない。
――
あのときの光景。トレーナー君の気迫。どんな重賞レースでも感じることのなかったそれは、間違いなく私たちのトラウマだった。
「昔話はまあいいさ。それよりも、何か土産話でもあるんだろ? 見るにまだ勤務中のようだ」
「…お察し頂いてありがとうございます。今日、タキオン先輩を訪ねさせていただいたのは、銀行強盗の件と関係があるんです」
「ふーん」
私と彼女らとの関係性を疑っているのかもしれないと少しだけ緊張してしまう。
「私も、あの事件に出動したのですが、到着した時には既に終わっていたんです」
「他の部隊が優秀だったということかな?」
「違うんです。私の部隊が、一番最初に到着した部隊だったんです。なのに…」
「犯行グループは、既に息絶えていたんです」
「なっ!?」
「おそらく、彼女たちは陽動部隊。何かから気を引くためだけにあの銀行を襲った。そして、その何かが無事に終わったから、彼女たちは用無しとなり、口封じのために…」
「そんな…そんなことが、あっていいはずが。そもそも、そんなことをする組織が…」
「あるんです。一つだけ。…新生横七。苛烈極まる手段で勢力を拡大した過激派。横七の名を騙る外道たち…」
怒りに震えるグラス君を見て、ようやく私は彼女の所属部隊を示すバッチを見た。
「XCOM…」
米国で発足した、横七犯罪を取り締まる…横七の後継組織を撲滅する特殊部隊。完全に既存の軍系統から独立していて、外国であっても活動の痕跡が発見された秘密組織。グラス君はその部隊長だった。
「その『何か』が何なのか、私たちはまだ掴めていません。それに、その『何か』をやった部隊が、まだ近くに潜伏しているはずです。タキオン先輩は偉大な科学者の一人…そう判断したため、今晩は私が護衛します。明日以降も、お邪魔でなければ」
「そ、それはうれしいが…君は大丈夫なのかい? 仮にも隊長なんだろ?」
「司令官が優しいので、融通が利くんです」
「だが、それでも限度があるだろう。私は明日の朝には日本に帰るから、その間だけ、頼むよ」
「ふふ、任されました」
昔と変わらない柔らかい笑みを浮かべて話を続けるグラス君。きっと、私がその『何か』を行った人物だと知れば、容赦することなく切りかかってくるのだろう。
XCOMと新生横七。それぞれに所属している者たちが、今、同じ部屋で夜を明かそうとしている。…乞い願わくば、君と相対することがないことを。
用語解説
XCOM
日々脅威を増す横七犯罪に対処するため、横七の遺産をアメリカが独占するため設立された横七の自称後継者団体を弾圧するために設立された組織。
後継者団体の活動域がアメリカに留まらないため、外交問題化を避けるために半ば非公式の組織という形になっており、そのため既存の枠組みから外れている。
構成員はアメリカ軍の優秀な人材を更に選抜しているため、並の部隊では敵わない。その練度の高さと即応性が理由で、横七犯罪以外の凶悪犯罪にも駆り出されることがある。
司令官は(自称)ジェントルマン・ジョニー。隊長はグラスワンダー。